幻の夢を追いかける華   作:日振

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 手の掛かる子程可愛いかもしれない。

 

 不恰好な結び目と不揃いな太さの三つ編み。それらは、これまたバラバラな高さに麻紐で結ばれている。本人が「不器用」と自称する通りの見た目に仕上がった、鬣への願掛け。

 「頑張れよ〜」と首筋を叩かれるのに反応して鼻を鳴らす栗毛の牡馬。

 デビューからあまり良いとは言えなかった場所から、活路を見出して転向した新しい舞台。その場所で、アセビロードは花開かせた。これまで手が届かなかった「一着」に触れ、重賞の場でも表彰台から降りる事ない安定感。

 

「別に勝てとは言わねぇさ。ただ、お前の綺麗な走りを見せつけてこい。な?」

 

 言い聞かせる様に厩務員が口にした言葉。それを理解してかロードは再び鼻を鳴らす。

 レースや調教以外では置物の様に動かない癖に、こういう時だけは反応を見せるロードにデビューからずっと相手をしてきた厩務員は「理解してんの?」と笑いながら、優しい手付きで額を撫でた。

 明日、ロードが出走する予定の「中山大障害(秋)」は、ロードにとっても、厩務員にとっても初めてとなる大舞台だった。

 

 

 スタートが切られる。レースが開始して直ぐ、高さ1メートル40センチ、幅は2メートル40センチにもなる生垣障害を越え、ロードは最後方の位置を取る。そのまま4コーナーを回り、先頭からロードまでは20馬身以上はある縦長の状態となった。

 転向してからの主戦である安曇は「毎回前に届くか怖いんだよなー」などとレースの度に口にしているが、確かにこれだけを見ると怖くなる、不安になる気持ちも充分に理解できる。

 流石、GIの舞台というべきか、正面スタンド前の連続障害をミスする人馬は無く、1コーナーを回って深い坂を下って行く。

 

「おっけ、おっけー! 良い感じぃ!」

 

 同時刻、ロードが出走している中山大障害を観戦しながら、ロードを世話している厩務員は一つ一つの障害をクリアして行く度にテンションを上げ、手を叩く。珍しく正装をしているが、袖口や襟元などを注視するとヨレているのが分かり、口調の通り厩務員の適当さが見て取れる。

 目線の先、襷コースの入り口にある坂を進み、ギュッと隊列が縮まってきたメンバーの姿が見える。襷の真ん中、少し前までは難易度の高さから競争中止となる人馬が多かった大竹柵を今は全人馬がクリアする。

 ただ一人と一頭、変わらずに前とは少し離れた位置のロードも、ファンや関係者が口を揃えて「美しい」と言う飛越でクリアして、前を走る集団を追う。

 

「お、動いたか? 早い? いや、大丈夫だな」

 

 厩務員の目には、襷コースを抜けて、逆回りとなったコースで4コーナーのカーブを回るロードに跨る安曇が鞭を入れたのが見えた。一瞬仕掛けが早いのでは、と考えたが、毎日の様にロードのスタミナを見ている厩務員は直ぐに「大丈夫だ」の確信を得る。

 坂を降って、上る。2度目の襷コースを進み、順回りコースへ戻る。正面スタンド前、先程まではポツンと孤独に走っていたロードが前を走っていた集団に並ぶ。

 

「大丈夫」

 

 レースの後半となり、緊迫感と様々な声が混じる中で厩務員は普段とは違った真面目な声で頷く。心配も程々に、今はレースにだけ集中する。あの不恰好な三つ編みに込めた「想い」は伊達じゃないと手を握り、息を吐く。昨日、ロードに言った勝ちを望まないかの様な言葉と、現在の態度が反転する。

 ロードの走りを見て、それだけの手応えを感じてしまった、欲を出してしまう程の「勝つかもしれない」が見えてしまった。

 10馬身はありそうな差をただ一頭、ロードだけがドンドンと縮めていく。どこかで「こりゃ保たねぇな」という声が聞こえる。

 

「な訳あるかい。アイツはアセビロードだぞ」

 

 小さく、隣の人間にも聞こえない声で厩務員が呟く。最後の坂を上ってきた時、既にロードは先頭に立っていた。最後の障害、高さ1メートル40センチ、幅2メートル40センチのそれを、観衆に見せつける様に、これまでで一番美しい形で飛越する。

 後は、純粋な脚比べ。

 ロードのトップと比べると劣る脚の速さは後ろからの猛追によって徐々に差を詰められて、一瞬ヒヤリとしたものを感じてしまうが、速さはなくてもそのスタミナで行える笑ってしまう程のロングスパートで、最後の一歩を届かせない。

 

「うわぁ!! つえぇって! ロード捕まったかと思った!!!! 生きた心地がしない!!!!!」

 

 ゴール後、地面にへたり込みながら厩務員は大きな声で叫ぶ。周りから不審者を見る時の視線が突き刺さるが、厩務員は気にせず頭をガシガシと触る。

 

「もー、やだなぁ、毎回こんな気持ちになるのやだわぁ……!」

 

 これまでも何度か重賞に出て、良い結果を出してきたロードだが、これ程のレース振りは初めてで厩務員は「嫌だなぁ」と言いながら、笑って、誇らしい顔をする。

 ロードと安曇を迎えに行くと、初めて4000メートル以上の距離を走った事もあり、少し疲れた様子を見せていたが、特に身体は問題なくピンピンしていた。

 

「……駄目かと思った」

「今日ばかりは流石に俺も同意見っすわ!」

 

 固く手を結び、一つになった気持ちを叫ぶと、当の本馬はこれまたタイミング良く首を傾げた。

 

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