幻の夢を追いかける華   作:日振

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 コバルトブルーが煌めいている

 

 私のお爺ちゃんは凄い馬乗りで、私が生まれるよりずっと前、地元である荒尾にあった競馬場で文字通りブイブイ言わせていた。全87レースに出走して、60勝したロカランギョク。移籍してきたダービー馬のアセビスズナ。素晴らしい馬に沢山乗った事がある凄い人だった。

 そんなお爺ちゃんから生まれたお父さんは馬に興味を持たず、馬乗りになる事もなかったけれど、その次の世代、孫の私は馬に興味を持って馬乗りになった。

 騎手になって直ぐの頃は、自分の実力不足で下手な競馬をして、進路妨害も定期的にやらかして、その度に沢山怒られて不甲斐なさと申し訳なさで怒られる以上の頻度で泣いていた。

 私はお爺ちゃんみたいに凄い人になりたかったけど、デビュー早々、私には無理だと悟った。最近は男が、女が、と口にするのはタブーとされているけれど、私は女に生まれた以上どうしたって力や体力の面で彼らには勝てない。それは、トレーニングを欠かしていないにも関わらず太くならない腕や、薄い身体が示している。

 でも、諦める事はしなかった。

 力で勝てないのならば、誰よりも技術力を高めて劣った部分を補えば良い。

 馬の力を、全力を邪魔しない様にどの位置からスタートしたとしても無駄をなくせる様にエスコートするのが私の理想で実際、そういう乗り方が私に合っていたのか理想を目指し始めてからは勝率に結果が現れ始めた。

 馬乗りのお爺ちゃんにとっての運命がロカランギョクやアセビスズナならば、私の運命は「トゥカーナェ」だ。

 トゥカーナェは、私が騎手になってから初めてデビューから絶えず乗らせて貰っている子で、私と同じ女の子。オーナーが沖縄が好きらしく、トゥカーナェという名前も日本で唯一沖縄でのみ見る事ができるきょしちょう座にある恒星の名前から取られている。

 トゥカーナェに出会った時、目と目が合った瞬間、漠然と「この子は大物になる!」と確信して、その通り、九州三冠を達成して交流戦でも他の男の子や女の子達に負けず、その強さを発揮している。私には勿体ない程に素晴らしい、愛しい存在なのだ。

 

 

 胴は緑、袖は水色で、黄色の二本輪模様がワンポイントの何度も着て、見慣れた勝負服を身に纏ってパドックへと一礼して脚を踏み入れる。

 間違える事のない、トゥカーナェの元へ誰よりも早く駆け寄る。普段から着用しているメンコは特別仕様となっていて、三冠を表す目の近くに付けられた真珠のワッペンの他に、額の所にはオオハシをモチーフとした鳥のワッペンが付けられている。そして、鬣もこれまではそのままだったのが今日ばかりは勝負服と同じ色の生地を使って綺麗なワタリが編まれていた。

 トゥカーナェは昔から「佐賀で一番のお洒落さん」と言われていたが、今日は一層お洒落をしていてとても可愛らしい。

 

「宜しくね」

 

 オーナーから言われて、大きく頷く。

 今日はトゥカーナェの引退レース。泣いても笑っても、最後。私が彼女をエスコートする最後の日。

 

「この大舞台、トゥカーナェと伊波実幸が預かります! お任せ下さい!」

 

 オーナーさんから一旦別れ、与えられたほぼ真ん中の枠。サラブレッドも、人間もメンバーの中では唯一の女子。お洒落さんはモテるのか、両隣の馬から鼻を寄せられてトゥカーナェもそれに応えている。ある程度落ち着いた状態で、スタートまでの時間が過ぎる。

 少し待って、スタッフさんがゲートから離れて行く。

 

「行くよ、トゥカーナェ」

 

 ゲートが開く。最後の一戦、最高のパフォーマンスをしよう。

 

 

 コバルトブルーのメンコはどの場所にいても必ず見つけて貰える。だけど、今だけは、目立つメンコの色は関係なく沢山の視線を向けられる。

 4コーナー、私達は先頭に立った。横目で確認すれば、後ろから追ってくる他の人馬や、遠くにはトゥカーナェのメンコと同じ色が使われた応援幕が見える。内容はここからだと分からないけど、きっと、間違いない。話した事はないけれど、あの幕を持って可能な限り私達の遠征に駆け付けてくれたあの人に私はずっと背中を押されていた。トゥカーナェを愛してくれている人へ、酷い走りを見せない様にと頑張ってこれた。

 

「頑張れ、頑張れ! トゥカーナェ!」

 

 体力を消費して息を切らしながら、必死にトゥカーナェを鼓舞する。トゥカーナェと出会った頃から暇さえあれば一緒に過ごして話し掛けていたからか、トゥカーナェは私の言葉を覚えて、舌鼓や鞭よりも実際に言葉として口にした方が反応が良くなった。だからこそ、レース中も私はトゥカーナェに話し掛ける。その昔、ファンの人が撮ったレースに私の声が入っていた事があってその時は少し恥ずかしかったけれど、それもまた今となっては思い出だろう。

 

「もう少しだけ、一緒に走ろう、トゥカーナェ!」

 

 残り100メートル、誰かに並ばれた。必死になって、後の事はその時に考えれば良いと何も考えずに、ただただ追い続ける。トゥカーナェが1ミリでも前に行ける様に。

 

 

 暫く間を置いて、深く息をする。漸く私の耳に歓声が入ってくる。トゥカーナェが驚かない様に、そっと首筋へ身体を預ける。

 ゴーグルの中の海を見ながら、トゥカーナェへお疲れ様の言葉を掛ける。

 

「……有難うトゥカーナェ。今日の貴方も、素敵だったよ」

 

 砂の上を歩きながら、トゥカーナェは大好きな厩務員さんを探す。歓声の声と、人混みが近くなってトゥカーナェを出迎えた厩務員さんが泣きながら勢いのままにトゥカーナェへ抱き付いて、その後に手を出されて私は厩務員さんと一緒に泣きながら握手をする。

 検量室の前でトゥカーナェから降りれば、同じ様に泣いていたオーナーさんから抱き締められて私もその背中へ手を回す。私達を優しく見守ってくれたオーナーさんの涙を初めて見たから、引いていた涙がまた溢れそうになって必死に我慢する。

 検量を終えれば、地方馬と地方所属騎手が良い順位となったからかインタビューの為に声を掛けられ、それを了承すれば数人の記者さんに当たり障りのない質問を投げられて、しどろもどろになりながらも答える。

 

「最後に、今回が引退レースとなりましたトゥカーナェ号に対して、何か一言頂けますでしょうか」

 

 その質問に、初めて言葉が詰まる。

 質問を頭の中で何度も反芻して、考える。

 

「……トゥカーナェ、出会ってくれて有難う。頑張ってくれて有難う。私は、貴方を、愛しています」

 

 長考した末に出した、私の最適解。

 

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