幻の夢を追いかける華   作:日振

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或る馬主の話

 

1947年4月27日

 私の人生は、動物と共にある。

 そのきっかけとなったのが、女中のトヨさんがお世話をしていたフウという名前の仔犬の存在である。

 フウは、幼い私が不躾にその小さな身体を力任せに触っても怒らず、逆に頭を擦り寄せ共に走ってくれる様な可愛くて優しい命であった。

 私はフウと接する内に、動物に対して慈しむ気持ちを持つ様になった。身体への触れ方と共にフウから教わった1つだ。

 それからの人生は家を継ぐ為に必要な勉強と、動物に時間を使っていた。私はいずれ、数多の人間の人生を預かる立場になるのだから厳しい躾もされたが、私には心の拠り所があり、無垢な友がいたのだ。

今日は、育てていた老犬が死んだ。冷たくなった身体に触れる度、昔の事を思い出す。仕方のない事とはいえ、寂しいな。

 

 

1947年5月19日

 故友である芳司君から私の家はまるで動物園の様だと言われた。

 確かに、ミツ子さんと私。まだ2人きりの家にしては音が多い。

 コチ、マチ、マメ、ヨウ、ハク、ウメ、シマ、ユサ、ナコ。そういえば、ミツ子さんと見合いをした時も彼女は困った様に笑って、ワタシが犬嫌い、猫嫌いだったらどうしたんですか。と、聞かれたな。

 最近は畑の手伝いという名目で前々から気になっていた馬を買いたい思っているのだが、ミツ子さんは許してくれるだろうか。

 

 

1948年10月30日

 知り合いの牧場で育てられていた雌の馬に惚れ、勢いのままに買った。成長につれて白くなる毛色だと教えられたので、名前は雪風にした。

 本来なら、力が強い雄の馬が良かったが、あの瞳に釘付けになってしまったのだから仕方ない。

 ミツ子さんも最初は本当に馬が来たと驚いていたが、昔から私の突拍子もない行動に付き合わされていたからか次第に受け入れ、今では雪風の子供が楽しみねと笑っている。

 いつか、私の息子が雪風の背に、子供達に乗る日がきたらと思ってしまう。きっと、良い思い出になる。

 

 

1949年1月4日

 芳司君にも雪風を見せてやろうと呼んでみたら、彼は腰を抜かしかけた!と笑い、驚いていた。

 人好きな雪風は直ぐ芳司君に顔を寄せ、芳司君もまた、その身体を撫でていた。そうして暫く、芳司君は何かに気付いたかの様に心臓の辺りをしきりに触って、息を吐いた。私は、雪風に何か問題があるのかと思って息を止めてしまった。

 

 

1949年2月28日

 雪風を競馬に出したいと言われた日、私は初めて芳司君の意見に否を出した。

 雪風は畑の手伝いをして貰う為、珠子や蓮之介を背に乗せて貰う為に我が家にいる。何の訓練も積んでいない。競う世界へと脚を向けるには、あまりにも小さい身体なのだ。

 

 

1950年11月23日

 あの後、私は芳司君から熱烈な言葉でまんまと丸められ、雪風を芳司君か紹介する人へ預け、あまつさえミツ子さんと植物の図鑑を開いてどの名前が綺麗かと話し、懇意にして頂いている菊池先生の元へ脚を向けていた。

 我ながら流され易いというか、甘いというか。マァ、アセビさんに怪我がないなら良い。あの子が健康に生きて死ねるなら、私はそれで良い。

 イヤ、これは私のエゴイズムだな。

 今日はあの子が大きなレースに出た。アセビボタンと名前を変えた雪風は、私の心配など気にせずとても強い馬だったらしい。

 

 

1951年8月10日

 最近、身体の調子が悪い。

 

 

1952年2月3日

 身体が思う様に動かない。

 激しく咳き込んだ後に倒れ、水でも飲もうと1歩歩けば倒れを繰り返している。今日は遂に布団へ血が付いた。

 頑張っているアセビさんの応援に行くどころか、一目会うなんて簡単な事すら出来ない。

 アセビボタン、私の子。会いたい。

 

 

1952年12月25日

 珠子と蓮之介が芳司君の計らいで馬の背に乗せて貰えたらしい。今の時代は良いな、写真がある。私がその場にいなくても子供達の楽しそうな顔を見る事が出来る。

 新しい薬が効いているのか、幸せな事にここ最近は体調が良い。芳司君に我儘をしてミツ子さんと共に私はアセビさんに会いに行こう。

 私の事を覚えてくれていたら嬉しいのだが。

 

 

1953年6月20日

 私は競馬に詳しくないから、競馬については芳司君に殆ど任せていたが、次の秋場に行われる天皇賞で引退、という形になると聞いた。体調は相変わらずだが、どうにか私も行けないものか。

 

 

1953年11月1日

 芳司君が私が競馬場へと行ける様に何やら手配してくれるそうだ。

 あの子の引退競走、この身体を引き摺ってでもどうにか見てやりたい。

 

 

1953年11月15日

 美しいものを見た。

 

 

1954年4月16日

 どうか、どうか、あの子が幸せであります様に。

 

 

 

 

 

1:名無しが適当語り ID:tj9ZR6SsU

アセビボタンを筆頭に、その後「アセビ」を冠する馬を所有していた円谷巽さんの日記が発見された模様。

https://

 

2:名無しが適当語り ID:Xk/TnoZ+F

アセビの馬に乗っていた小金井近江・斗真騎手が「アセビに脳を焼かれている」と言われるけど、一番脳焼かれているのは馬主さんなんだよな

 

3:名無しが適当語り ID:E/22CiKL5

円谷さんの命日と、最後に書かれた日記の文字が滲んでいるのを見るとなんかくるものがある。

 

4:名無しが適当語り ID:HHAlf7TI5

体調が悪くなるのと比例する様に文字がどんどん崩れたり、下手になっている中で11月15日に書かれたものは健康だった頃と同じ様に綺麗に書かれてる事に形容出来ない感情が湧き上がってくるのよ

 

5:名無しが適当語り ID:RYDpORWGJ

うちの爺さん婆さんが病気で苦しんでいる姿を見てたから「最近、身体の調子が悪い」の絶望感が凄い。

 

6:名無しが適当語り ID:eK9qMHGAs

>>5

分かる

 

7:名無しが適当語り ID:6d0yXa7h9

時代的に仕方ないんだけど、円谷さんが患った病気は現代の医術だと完治する、しなくても治療をしっかりと続ければ日常生活を送るには問題ないレベルに対処出来るものなのが辛い。

ボタンの子供であるスズナとかの活躍とか見て欲しかった

 

8:名無しが適当語り ID:/PHJRN2eP

円谷さんは勝ち負けに拘ってた人じゃないっぽいけど、スズナがダービー勝った時とか凄く喜んでそう

 

9:名無しが適当語り ID:o7jLrpbbc

クラシック勝つ馬を所有して、障害レースで活躍する馬も所有して、海外で花開く馬も所有して、孫達が馬主を始めたらその所有馬も滅茶苦茶活躍してと、円谷さんの馬主生活は楽し過ぎるよな

 

10:名無しが適当語り ID:hAcXLZEdV

>>9

円谷巽の孫があのアセビデージーの馬主で、親友の高垣さん家の孫が地方所属ながら交流戦とかダートGIで活躍したアセビコウロの馬主だもんな

 

11:名無しが適当語り ID:i9t4VZt7X

あなたと旅をしようって花言葉がある馬酔木を名前に持つ馬が、本当に世界中を旅して結果を出しているの俺だったら脳焼かれるね

 

12:名無しが適当語り ID:1Dpw+MhTG

アセビボタンから始まる脳焼きの系譜

 

13:名無しが適当語り ID:bp5fgaw0j

円谷巽(アセビボタンに脳焼かれる)

高垣芳司(アセビボタンに脳を焼かれ、脳を焼かれた親友の遺言の解釈としてアセビを現代にまで続く冠名として残す)

高垣琴(お爺ちゃん達がやっている姿や、サラブレッドの格好良さに惚れ込み知識ほぼ0なのに馬主資格取得)

円谷桧(爺さんが馬主をやっていた事を知り、興味本位でコウロが出走したフェブラリーを現地観戦。脳を焼かれ、馬主資格を取得)

 

14:名無しが適当語り ID:pixC/7MvF

>>13

あまりにもこんがり過ぎる

 

15:名無しが適当語り ID:Hr527DV7C

>>13

一般人だったらギャンカスの血なんだけど、全員が揃って馬が走る姿に美しさを見出して脳を焼かれているのが流石文士でもあった巽さんの流れというかね

 

16:名無しが適当語り ID:/xvm7jWtC

円谷さんにアセビボタン関連の本を書いて貰いたかったし、それを読みたい人生だった

 

17:名無しが適当語り ID:cqhtONgvL

円谷巽さんの著作はジャンル的には純文学だけど、大衆文学みたいな読み易さがあって尚且つ内容も面白いからオススメだぞ(ステマ)

 

18:名無しが適当語り ID:fXG3rsjfZ

>>17

仕方ないなぁ……電子版ある?

 

19:名無しが適当語り ID:MSa3pxp2J

>>18

あるぞ

 

20:名無しが適当語り ID:xboYi9j1X

>>18

フットワーク◎

 

21:名無しが適当語り ID:12qEnwyJ1

脳を焼かれてる円谷さんだけど、高垣さんが話してた馬主になる前のエピソードで「お前の馬が全力で格好良く走る姿見たくないのか!?!?(意訳)」で競馬は別に……って所から、まぁ怪我しないなら......になってるから結構流され易いというか、人が良過ぎるタイプよね。大変失礼な偏見だけど詐欺被害とか凄そう。

 

22:名無しが適当語り ID:Sl8ywOike

>>21

円谷先生もうちょっと鋼の意思持ってもろて

 

23:名無しが適当語り ID:57cQ7dj74

でも、巽さんは家に押し入ってきた強盗を論して自首させたくらいには凄い人だよ

 

24:名無しが適当語り ID:1D5E6rESU

>>23

何故逃げようとしないんですか……?

 

25:名無しが適当語り ID:0ba6DUh3m

>>24

円谷巽曰く、強盗にしては瞳が迷って何やらのっぴきならない事情があるのだと伝わってきたから。らしい。

ちなみにその強盗はちゃんと自首させてるけど、お勤めが終わった後に自分の会社で働かせる約束をしている。

 

26:名無しが適当語り ID:5JfqXXt7H

>>25

エスパー?

命大事にしろ。親友に怒られてしまえ。

 

27:名無しが適当語り ID:jlcXrjPiO

>>25

騒動を知って駆け付けてきた高垣さんに「死んだらどうする!?」って滅茶苦茶怒られてるぞ

 

28:名無しが適当語り ID:w4msahThm

>>27

正論of正論

 

29:名無しが適当語り ID:s5AMDwXRU

>>27

ぐうの音も出ない

 

30:名無しが適当語り ID:ax00oBEPB

円谷巽さん、ちょっと人生が濃いとちゃいます?

 

 

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