幻の夢を追いかける華   作:日振

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 綺羅星よ、砂漠に咲け

 

 鬣を綺麗に編み込んで飾り付けた黒鹿毛の馬、アセビデージーは電灯を背に土の地面を走る。調教ではあるが、レース前ともあって内容は普段と比べたら軽く、デージーも本気というよりはしっかり目のランニングをした程度で収まっている。

 デージーの背に乗るルドルフ・コヴァーチュが規定の距離を走り終え手綱を引くと、デージーは合図のままにスピードを緩め、ゆっくりと歩き始める。

 

「オッケー。ステキです、デージー」

 

 常歩をするデージーの首筋を叩きながらルドルフが笑い掛ければ、言葉に反応する様に首を上下に振る。

 デージーはデビュー前から共にいるルドルフの事を誰よりも信頼していて、ルドルフもまたデージーを信頼する、唯一無二の関係性を築いていた。

 手綱を操り、出口の辺りまで戻って来れば、調教師や調教助手らに迎え入れられる。

 

「どうですか?」

「何時も通りですね。デージーやる気マシマシです」

「それは良かった」

「明日、デージーのマスター来ますので、頑張りますよ。デージー?」

 

 ルドルフの言葉に反応する様に、デージーは再び首を揺らす。

 

「まっさか、こんな事になるなんてクラシックの頃は思ってもいなかったな」

「えぇ。どれもこれもマスターのお陰、です」

「少数精鋭と言えど、こんなにも長い期間の遠征を許して頂けるとは」

「あの人は、今の所デージーしか所有する気がないみたいだからな。そういう浪漫もあるんだろうさ」

「その為に、私、ゼンリョクやりますね」

「おうとも! その域だぞ名手!」

「明日は宜しくお願いしますね」

「Nechte to na mně!」

 

 無意識にルドルフが母国の言葉で返事をすれば、長い付き合いの中、頻出した単語は覚えてしまった調教師と調教助手は期待を込めながら鐙に乗った脚をバシバシと叩いた。

 

 

 アセビデージーは言ってしまえば「よくいる馬」の一頭だった。デビュー戦は10着、続く未勝利戦も掲示板から外れて「頑張っているね」と言われるだけの戦績。

 しかし、奇跡が起きて文字通り格上なレースである「アネモネステークス」に出走出来る事となり、16番人気で番狂わせをやってみせた。

 そこから進んだ本番は5着という結果に終わったが、身体が出来上がってきたのかもしれないと次のレースを陣営が考え始めた所で、デージーの「本領」を引き出すキッカケは馬主である円谷桧のたった一言によってもたらされた。

 

「海外のレースへ、挑戦出来ませんか?」

 

 競馬に携わる人間ならばまず「無理だ」と一蹴されてしまう円谷の無垢な提案へ、調教師は最初頭を抱えたが、それでも、何か変わるのならばと強く願われた無垢で無謀な夢物語を見る事にした。

 円谷は文字通りの「大盤振る舞い」で自身の持つ資産をデージーに投資し、それのお陰で海外のレース。ロイヤルミーティングの3日目、「リブルスデールステークス」の出走に漕ぎ着けた。

 デージーは日本とは全く違う地面を蹴り、見違えた様に「勝負」が出来る様になって、「勝利」を掴める様になった。

 けれど、どれだけ勝利を重ねても日本と比べると賞金の安さから反比例して増えていく莫大な遠征費用に、何度も「この辺りで」と調教師やルドルフが口にしたが、それでも円谷は首を縦に振らずただただ浪漫を求め続けた。

 

 

 ピンクと白のリボンで尻尾を飾り付け、三つ編みにした鬣には花の飾りが付いた髪ゴムを結ぶ。デージーは普段から厩務員の手によってお洒落に着飾っているが、本番は更に着飾っていて人の目を引く姿をしていた。

 デージーがオレンジに染まり始めた空の下に姿を表せば、美しく飾り付けられた姿に目を奪われたのか一部から感嘆の声が漏れる。

 

「じゃあ、頼むぞ。今日は、円谷さんが見に来てるんだからな」

「イエス。お任せ下さいな、デージーのマスターへ、デージーの強い所見せますね?」

 

 黒に薄紫を合わせた勝負服を着たルドルフが胸を張り、トントンと胸板を叩けば、調子には乗るなよとまた脚を叩かれる。

 厩務員から離れ、ダートコースに蹄を乗せる。デージーは「やってやる」とばかりに頭を振り、ルドルフが宥める様に首筋を叩く。

 ゲートに入り、左右を自分よりも大きな牡馬に囲まれるが、怖がる事なくジッと目の前の扉が開かれるのを待つ。

 

「Jdeme na to!」

 

 ルドルフは勢い良く飛び出したデージーを態と後方で待機させる。それは、父であるアセビロードと同じ、初めて見る人間にとっては「無理だな」と思わせる走り方。

 向こう正面の2コーナー近くからスタートするコースを走りながら、ジッと、最後方から前を伺う。既に、前との差は3馬身、4馬身と開いている。

 歴史の中で日本馬がまだ一度しか優勝していないレース。大観衆の注目は、前方で、激しい競り合いをする馬達へと移った。

 それが、デージーの一番得意とする舞台だった。

 

「……デージー!」

 

 4コーナーのカーブ。デージーの前を走る馬達が少し外に膨れた。

 ルドルフが生まれた隙間を狙って鞭を一発振るえば、たったそれだけの合図でデージーはギアを幾つも上げて、地面を抉り取らんばかりの踏み込みでスピードを上げる。

 一つ前の馬から離された差もまばたきをするする間に忽ち縮められ、残り200メートルになる頃には先頭に立つだけでなく、後続へどんどんと差を開いていく。セーフティーリードと言われても、速度を緩めずに圧倒的な差で一人と一頭だけで、ゴールの前を通過する。

 ルドルフが立ち上がり、デージーの事をアピールすればワッと声が上がる。

 

「あ、あの! しゃ、写真!」

 

 コースの側でレースを見ていた円谷が普段とは違い、少年の様な興奮で携帯のカメラをデージーへと向ければ、戻って来たデージーはそれを理解したのかピタリ止まって、円谷へと顔を向ければルドルフもまたそれに倣って真面目な顔を作る。

 これまでは仕事の都合で生のレースを殆ど見た事がない円谷が現地へと来たタイミングで勝利出来た事への安心と、デージーへの尊敬をごちゃ混ぜにしたルドルフが「やりました」と調教師へ言えば、調教師も「良かった」と安堵を浮かばせる。

 記念撮影の時、よく分かっていない円谷の子供達がデージーをバシバシと叩くが、デージーは「仕方ない」とばかりに鼻を鳴らした。

 

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