幻の夢を追いかける華 作:日振
アセビボタン、アセビスズナ、アセビルピナス、アセビロード、アセビツバキ、アセビコウロが所属しているチームシェアトが使用している教室に、ボタンを除いた5人のウマ娘とトレーナーである若旅伊吹が集められている。
仲が悪い訳ではないが、大々的に仲良しというよりはペアでの結び付きの方が強く、チームとしては柔らかな交流を行っているメンバーはそれぞれのやりたい事をやり、時折ヤンチャなスズナが「おせぇ」と声を漏らす。
「御免なさい、開けて頂けますか?」
カチリと、時計の針が丁度6の位置を指した瞬間にくぐもった柔らかい声が、扉の向こうから教室の中に響き渡る。
どうしたんだろう。と、若旅が引き戸をずらすと両手でダンボールを持ったチームリーダーのアセビボタンが立ち、有難う御座いますと軽く会釈をしながら教室に入る。
メンバーが集まる教室の真ん中にある机へボタンがダンボールを置き、封を開ける。そして、飛び出さんばかりに溢れた黒い謎の物体。
「ア? 何ダこれ」
「ウニ、ですかねー?」
「いや、これはウニというより」
「栗。だな」
スズナがトゲを指で摘んで持ち上げ、ルピナスが首を傾げる。そんなルピナスの言葉にツバキが訂正を入れ、若旅がダンボールの中身を口にする。
一連の流れを見ていたコウロがおずおずとボタンへ顔を向け、どうしたんですかと問い掛ける。
「実は、実家から送られてきまして。近所で採れたからと」
ボタンは慣れない手付きで、花柄のシンプルなケースに入った携帯を触り、画面を見易い様にダンボールの横へ置く。
そこには逞しい幹を持った木と、ダンボールの中身と同じ沢山のイガが画面に写っている。
「栗。と、言いましても……この状態からの下処理は、うらも流石に分からないんだね? 茹でる? 蒸す? 焼く? 揚げる?」
「俺も、料理はするが栗まではな……」
「アタシは食う専門ダ」
「申し訳ありませんが、吾もあまり」
「わ、わたしも、料理は」
「ルーちゃんも出来上がった状態でしか食べた事ないですー」
三者三様の反応を見せる中、悩みの種を持って来たボタンだけは自信満々な表情をしている。手を叩き、全員の注目を集めると、ダンボールを自身の方へ引き寄せる。
「心配はいりません。私の両親も鬼ではないので、下処理の必要があるものを無闇矢鱈と送ってきたりはしません。栗の下処理くらい、私にお任せ下さい! 皆さんに見せたのは……」
ボタンが一拍置き、まるでこれから盛り上がりますよと言わんばかりの雰囲気で、最後の言葉を続ける。
それは、ある者にとってはすんなり頷ける言葉であり、ある者にとっては辛酸を嘗める様な気持ちになる言葉であった。
「下処理が終わった後の大量の栗を剥いてもらうお手伝いをお願いする為です!」
アニメやゲームの様に派手な効果音が鳴り響いているかの様な声色で話し終えたボタンの言葉を聞いて、スズナは考える事なく「アタシはパス」と切り捨て、教室から出ようとするのをボタンが引き止める。
「そんな事は言わずにね、スーちゃんも、お願いします」
「嫌ダ……あと、スーちゃんッテ呼ぶナ」
「えー? でも、食べないの? 栗ご飯に、茶碗蒸し、この量だとモンブランみたいなスイーツも作れるかな?」
「……クソッ。アタシを食いモンで釣ろうって?」
「食べる専門だもんね〜。ほらほら、想像してみて?」
「……クソッ……クソッ……!」
耳元で悪魔の囁きとも言える料理の羅列に、スズナが悔しそうな表情と声を出しながらも、耳だけはピコピコと動く。
逃げようとする度に、どうするの〜と追い掛けられ、耳にプラスして瞳も右往左往に動かした後、長考に長考を重ねた末、スズナはもう一度小さく「クソ」と口にする。
その言葉により、チームシェアトの全員が栗剥きへと参加する事が決定した。
数日後、トレーニングのない休息日となっているタイミングで集められたチームシェアトのメンバーは、ザルに入れられた茹で栗を見て、改めてその量の多さに驚く。イガに包まれている状態ならば、一個二個だが、その中には基本的に三個の栗が入っている。
単純計算でダンボールの中に入っていた数から3倍の栗が、目の前に鎮座している。
「では、宜しくお願いします!」
何日か分の新聞紙を机全体に広げ、人数分の小さなカッティングボードと、厚手の布巾に包んだナイフを配りボタンは早速一つ目の栗へ手を伸ばす。
それを皮切りに他のメンバーも栗に手を伸ばし、ボタンからレクチャーがあった通りに鬼皮と渋皮を剥いていく。
「先は長い。ですねー」
「千里の道も一歩から、なんだね」
「勝利への道に比べればこれくらい……!」
静かな教室の中で、パキリパキリと音を立てながら、淡々と作業を続けていく。
まだ見ぬ未来への美味しい料理と、スイーツに向けて。時々、つまみ食いをしながら。