幻の夢を追いかける華   作:日振

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 Nous courons avec vous.

 

 薄曇りの空の下、ジャージを着たアセビデージーがえっほえっほとストレッチを行っている。既に身体が温まっているのかジャージの上着を腰に巻き付け、上半身は半袖の状態となっていた。

 デージーは、下半身の筋肉を重点的に解すと側に控えていたトレーナーへと向き直る。

 

「おっし! 準備万端だぜ」

「では、トレーニングを行って……と、言う所ですが」

 

 意味ありげに言葉を切るトレーナーを見つめ、デージーは首を傾げ、常に身に付けているサングラス越しの瞳をパチパチと何度か態とらしく瞬きをすると、なんだなんだとトレーナーの周りを回る。

 トレーナーもまた、態とらしくゴホンと咳払いをすると、デージーに向けて数枚のプリントが挟まれたバインダーを渡す。

 

「プロジェクトL'Arc……?」

「Přesně.トレセン学園から選ばれたメンバーが今回、デージーと同じ様に凱旋門賞に挑戦する為、やって来ます」

「ほぉーっ! それは素晴らしい! いつ、どんな時も挑戦するのは素晴らしい勇気だからね」

 

 ニカリと笑うデージーを見て、トレーナーであるルドルフは真面目な表情から一転、優しい表情となり、デージーへと目線を合わせる。

 

「今日からはそのメンバーと合同トレーニングします」

「と、突然……だな?」

「えぇ。サプライズ、ですから」

「……そ、そうか」

 

 気圧された様な反応をするデージーだが、その耳や尻尾はルドルフの言葉によりいつも以上に早く動いており、口にしていない感情を分かり易く表現している。ルドルフは内心「良かった」と思うが、それを口にすると照れ隠しのキックが飛んでくる事を知っているので、サワラヌカミニタタリナシと口を噤む。

 デージーがプリントを捲り、記載された情報を頭に入れていると、明るい声が自然豊かなトレーニング場へと響く。

 ショートカットの明るい茶髪でデージーと同じ左耳に飾りを付けた尻尾の三つ編みが特徴的なお洒落なウマ娘、黒髪を目の横の位置で二つに結び右耳に飾りを付けた少し垂れ目なウマ娘、焦茶色の髪の毛を肩程のストレートヘアに整えた右耳に飾りを付けた真面目そうなウマ娘が、プロジェクトL'Arcのメンバーとして選ばれた先鋭達である。

 

「今日から宜しくお願いします」

 

 ルドルフとは違う、プロジェクトL'Arcに参加したウマ娘達のトレーナーであろうスーツを着た複数人の男女が軽く会釈をし、それに合わせてルドルフも軽く頭を下げる。

 遠征により長い間海外に滞在しているデージーと違い、日本からやって来たメンバーは既に関係性が出来上がっており、ルドルフは大丈夫かと一瞬不安になるが、生粋のコミュニケーション強者であるデージーは気にする事なくズカズカとプロジェクトL'Arcのメンバーへ話し掛け、話し掛けられた方もまた臆する事なくデージーをコミュニティへと招き入れる。

 

「……心配は無かった様ですね」

「そうですね。私達、トレセン学園いないから、どうなるかと思ってました」

「お噂は予々。アセビデージーさんの競争成績はトレセン学園に伝わっているので、海外を目指す沢山の生徒達の勇気になっていますし、応援している娘も沢山いますよ。学園にいない以上、謎のウマ娘状態ではあるのですが……」

「本当ですね!? それは、とてもデージー嬉しい言葉です!」

 

 デージーは、アウェーの世界で戦う事を選んだ身ではあるが、その実、ルドルフしか応援のない現状に矛盾とも言える物足りなさを覚えている。だが、デージーの走りは生まれ故郷である日本のトレセン学園へと確かに伝わり、勇気となり声援が生まれている。その事実を知ったデージーがどれ程喜ぶか、ルドルフは教えられた情報をデージーへ伝えられる様に、忘れてたまるかと、しっかりと記憶に焼き付ける。

 

「トレーナー! やろうぜ!」

 

 早くもメンバーの中心に立ったデージーが叫ぶ。ルドルフは頷き、それではと他のトレーナーへと情報を手早く共有する。

 まずは、ウォーミングアップに軽いランニングから始めよう。

 スタートの声と共に、4人のウマ娘は凱旋門賞への一歩を踏み出した。

 

 

 合同トレーニングを始めて、最高峰の頂へと挑戦するメンバーは問題なく力をつけ、綿密に作戦を考える。

 簡単に「勝とう」などとは言わない。けれど、その首筋に少しでも噛み付ける様に、研鑽を重ねる。

 カレンダーにバツ印を書き込み、着実に本番に向かう。

 花丸と思い思いのメッセージを書き込んでぐちゃぐちゃになった凱旋門賞当日。

 

「……あの、ね」

 

 アラームをセットした時刻より自然と早く起きた4人は、気が早いけれど円陣を組んでしまおうと机にメイク用品が沢山並べられた一室に集まると、そこを使っていた1人のウマ娘がベッドに座ったままおずおずと声を上げる。その表情は緊張に染まっており、両手も冬の様な冷たさを持っていた。

 

「どうした? 大丈夫、緊張くらいならどうにかできるからね!」

 

 声を上げたウマ娘と特に仲の良いツインテールのウマ娘が隣に座り、肩を抱きながら残った方の手を冷たい手の上へと重ねる。

 

「ご、めんね……」

 

 それは何に対しての懺悔なのか、最初、分からなかった。

 デージーがサングラスを外して、両目に輝く星を晒しながら件のウマ娘の前で膝をつき、髪の毛に隠れた顔を下から覗き込む。

 

「どうした」

 

 しっかりと、芯のある声が静かに響く。

 

「御免なさい……足、痛い、かも……」

 

 そう言って、笑おうとするけれど何かが決壊する。どこかから水滴がヒタヒタと落ちて、重ねられた手に落ちる。

 隣に座ったウマ娘が自分の事の様にクシャリと顔を歪めて更に強く肩を抱く。静かに見守っていたもう1人のウマ娘は何も言わずに隣に座って、その頭を自分の方へと誘導する。

 

「そうか」

 

 デージーは、それだけを言うと3人纏めてその両手の中へ閉じ込めた。

 起床を告げるアラームを止める事はない。その代わり、3人のウマ娘がこれ幸いとばかりに声を上げる。デージーはギュッと目を閉じて、少しでもこの声を誤魔化してくれと願っていた。

 

 

 海を越えた日本ではもう少しで日が変わり、フランスではまだ明るさの残る時間、日本から挑戦する3人のウマ娘が勝負服を着てターフへと姿を表す。

 祭典ともあり周りは熱狂に包まれているが、3人の内2人のウマ娘は表情が暗く、既に惨敗したかの様で、残る1人は打って変わって普段通りの様子で軽く関節を解している。

 

「……うっし! やるか!」

 

 ロンシャンでは珍しい明るい声色の日本語が響く。デージーは、昨日までの様子から変わり切ってしまった2人に目線を送り、お姉さんの様な気持ちで仕方ないなと思いながら、顔を下げてしまっている2人の顎にそっと手を添えて、持ち上げる。

 

「気持ちは分かるさ。でも、俺達は走るしかねぇんだ。できるのは、偽善だろうがアイツの気持ちを背負って1秒でも速く、一つでも上の順位を獲る事、分かるな?」

 

 射抜く様な目線と共に告げられ、2人の目が揺れる。そして、キュッと口を結び頷く。

 デージーは良しと笑って、2人の手を強く握るととある場所へ迷う事なく歩き始める。

 

「俺達、頑張るからな」

 

 デージーが優しく話す先、大事を取ってと車椅子に座った1人のウマ娘がいる。ウマ娘は、まだ少しぎこちない笑顔で頷くと膝の上に乗せたバッグから真っ白な布の様な物を取り出す。頭を振り、表情を変え、目の前に立つ3人に聞こえる様に声を張り上げる。

 

「やっつけだけど、これ」

 

 トレーナー達も手伝い綺麗に広げられたそこには、手書き特有の歪みと滲みがある文字で大きく「Good luck! Team L'Arc!」とあり、周りには同じ様な状態の応援メッセージが散りばめられている。トレセン学園が用意した物とは違う、5人分だけの空白も多い贈り物。

 けれど、たったそれだけのメッセージが何者にも負けぬ力を湧き上がらせる。

 

「おう、やってくるぜ!」

「うん……うん……! 見ててね! 私達の走り!」

「貴方と共に、頂点へと参ります」

 

「皆、全力でやっちゃって!」

 

 3人へ託す、L'Arcの希望。

 

 

 「Cette année, UMAMUSUME au Japon est différent!」と実況は叫んだ。フォルスストレートに惑わされず、力を溜め、ゴールに向かって真っ直ぐに力を出し尽くす。

 あの娘が、落胆しない走りを。日本のウマ娘を応援しているファンの皆が不完全燃焼だと思わない走りを。

 

「……Le Japon est fort.」

 

 凱旋門賞の頂へと立った、フランスのウマ娘がゴールの瞬間まで隣に立ち続けたデージーの肩を少し引き寄せ、ビズをする。そして、その後にハッとした顔をして「Sorry」と、いつもの癖で自国の挨拶をしてしまった事を癖のある英語で謝る。

 デージーは長期の遠征により海外の文化に慣れ親しんでいる為、気にしないでとジェスチャーを送るとお返しの様にビズをする。

 

「On attend beaucoup de nous aujourd'hui……Félicitations!」

「J'ai été stupéfaite! Vous parlez donc français?」

「Juste un peu.」

「……J'aimerais courir à nouveau avec vous un jour!」

「bien sûr.」

 

 デージーはネイティブの発音に臆する事なくフランス語での会話をすると、スタッフに呼ばれインタビューの為に去って行く優勝者の背を見送る。

 振り返り、ターフの上で膝をつき未だに立てない2人を支えて立ち上がらせる。

 

「よくやった!」

「うん……で、できた……!」

「作、せん……ど、ど、お……り、です……」

「おーおー、当たり前だけどバテバテだなぁ」

 

 凱旋門賞、アセビデージーが2着。それを追う様に日本では春の天皇賞やダイヤモンドステークスなどの長距離路線で結果を残し、スタミナと生粋の才能である荒れた馬場でも走れる事を自慢にしていたウマ娘が前から5バ身程離され3着。そして、何よりも、本来なら適性の関係で2400メートルが持たない筈の彼女は、前日の就寝前までずっと考え続けた作戦をシミュレーション通り完璧にやり遂げ5着に入った。

 全力で走り、挑んだ全員が異国の地に聳え立つ大きな壁を越えて掲示板に入るという快挙を、直ぐ側で応援する彼女へとプレゼントする為にやってみせた。

 

「ほれ、デージー便いっちょあがりだ」

 

 デージーが2人を連れ、トレーナー達が待つ場所へ送り届けた所で、高級そうなスーツを身に纏い関係者用の腕章を付けた男女がすみませんと話し掛けてくる。その背後には表彰台が用意されているのが見え、もうそんな時間なのかとデージーは今行きますと早口のフランス語で伝えると数十本程歩き、何故だか立ち止まると、疲れを感じさせない足取りで3人の元へ踵を返し全身をマジマジと見た後、自身の耳飾りを外し、相手の耳飾りを無言で外していく。

 なんだなんだと困惑される中、デージーは取り外した耳飾りを何も無くなった両耳へ付け、不恰好なデザインへと変える。

 

「これで良し……行ってくるぜ! 最強達!」

 

 意気揚々に宣言しながらバランスが悪そうに頭を揺らすデージーを見ながら、チームラークの面々は笑うとその勇姿を見守る。

 表彰台の上、そして、フランスに来ていた日本人記者の前でも不恰好な耳飾りを変える事なく、全世界の様々な媒体で「2着になった変な耳飾りを付けた日本のウマ娘」の写真や映像が使われ、誰の記憶にも残り続ける凱旋門賞になるのだった。

 

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