幻の夢を追いかける華 作:日振
お母が小さな箱を握って、細い棒を擦り付ければポッと可愛らしい灯りが夜闇を照らす。ほら、と促されて僕達は目の前の小さな灯りに向かって手にしていたそれを差し出す。
チリチリと先の方が燃えて、キラキラとした光が弾ける。
「お母さま! 見て下さいな! とっても綺麗!」
「えぇ、えぇ。見ていますよ、珠子、そんなに振り回しては危ないわ」
「大丈夫ですよ、お母さま! それに、こうして動いた方がもっと綺麗に見えるの……わっ!」
駄目だと言われているのに、手に持った花火を振り回した珠子の手に火の粉が落ちて、驚いた珠子は花火から手を離してしまう。光は何度か地面で弾けた後、そのまま消えてしまう。
お母が珠子を心配しながら約束は守るものだと怒っているが、興味の矛先が花火に向いている珠子はもう少し長く楽しめていたであろう花火を落としてしまった事が何よりも悔しかった様で、暗くなった地面をジッと見つめていた。
「おい、珠子。お母の話は聞け」
「だって、私の花火が落ちてしまったのよ?」
「呆れた奴だな。下手したら大怪我する所だったんだぞ、お母を悲しませるなよ」
僕の言葉に、珠子はお母の顔を見る。そして、怒ってはいるものの何よりも珠子の無事に安堵するお母の気持ちを察したのか、漸くしおらしく眉を下げ謝罪の言葉を口にする。
お母だって、娘が怪我をする事も娘の楽しみを奪う事も本意ではないから、気を付けるといった珠子の言葉を信じてもう一度、花火を珠子の手に持たせてくれる。
「ほら、お兄さんもいっしょに」
「……機嫌の治りも早いもんだな」
新たに小さな灯りが点く。灯りを目指して花火を動かせば、新しい光が真っ暗な中に光り始める。
今度は静かに、大人しく、珠子は花火の光を見つめていた。
珠子と一緒に花火をやって、お母が買ってくれたものが全てなくなった頃、トヨさんがスイカを持ってきてくれる。近くに流れる川でよく冷やされたスイカにかぶりつけば、なんとも言えない美味しさが口の中に広がって堪らず飲み込む前にもう一口と、行儀の悪い食べ方をしてしまう。
でも、それは珠子も一緒だから変な罪悪感はなかった。
「美味しい、美味しいわ! お母さまもトヨさんもどうぞ召し上がって!」
「有難う、珠子。トヨさんも良かったらどうぞ」
「まぁ、では、お言葉に甘えますね」
2人は珠子に言われるまま切り分けられたスイカの一欠片を手にする。珠子はスイカの美味しさと、感想を聞くのに夢中になっているけれど、2人が取ったスイカは僕達が手にとったものよりもずっと小さくて、僕達に大きな欠片を残してくれたのだと思ったら、無言の優しさに勝手に口元が緩んでいく。
どうしたのと問われて、なんでもないと首を振る。
「お兄さん、お兄さん」
「ん? どうしたんだ?」
「私、本当に楽しかったの。きっと、大人になってもお婆ちゃんになっても忘れないわ」
「あぁ。そうだね」
「だからね、いつか……いつの日か、こんなに楽しい時間をボタンちゃんとも過ごしたいの」
「ボタンと過ごしたいって言っても、馬は怖がりなんだぞ。近くで花火なんてやったら何が起こるか分かったもんじゃない」
「じゃ、じゃあ! スイカを食べるの!」
「馬ってスイカを食べられるのか?」
「……分からない、けれど」
「なら駄目だ。ボタンは生きているんだ、僕達の勝手な行動で死なせてしまっては可哀想だよ。それは、僕達もだけど、一番お父が悲しむ事だ」
僕の言葉に、珠子は膝の上でギュッと拳を握って目線を下げる。その目には、先程までの楽しかった表情から一転して、沈んだものへと変わっていた。
花火から変わって蚊取り線香がチリチリと先端を燃やして、灰がポトリと鉄の蓋に落ちる。
昼間と比べて大人しくはなったけれど、それでも遠くで聞こえてくる虫の声に耳を澄ましていれば、珠子は突然顔を上げる。
「私! 動物にもっとくわしくなるわ!」
「は、はぁ。いきなりなんだ」
「だって、お兄さんがボタンちゃんと花火をしたり、スイカを食べたりする事にあぶないって思うのは、私にちしきがないからだわ!」
「それは、そうだけど」
「なら、私はこれからたくさんたくさんお勉強をして、動物にくわしくなって、ボタンちゃんといっしょに遊ぶの!」
「なんだよそれ」
「それにね。私、いっつも遊ぶばかりでウメちゃんやマメさん、ナコちゃん達のご飯のよういはトヨさんにやってもらってた! それではダメだわ。さいきん、高垣のおじさまにせきにんをもつのが大切だって言われたの!」
「高垣のおじさまって、また勝手に行ったのか!? あぁ! あの日か! 僕、すっごく怒られたんだぞ!」
「……ご、ごめんなさい」
珠子の頭を叩けば、珠子はシュンとする。普段なら何か言い返してくるのが普通だけど、今回ばかりは何も言わなかった。
「勉強なんて、出来るのか? 学校の事だけでいっぱいいっぱいなのに」
「まぁ! どうしてイジワルを言うのかしら。私、好きなものへは真っ直ぐなのよ」
「真っ直ぐと言ったって……それで変な事をしたら怒られるのは僕なんだよ」
「なら、お兄さんもいっしょにお勉強したら良いわ!」
「はぁ!? どうして僕が」
「だって、いつか、いつかよ? 私たちもお父さまみたいに動物をたくさん飼うかもしれないもの」
「僕が動物をって? 犬や猫ならまだしも、馬に関してはそんな事ないよ。僕の馬は、ボタンだけだ」
「そんな事あるわ。私たちが大好きできれいなお相手に、出会えるかもしれないもの。今じゃなくても、ずっとずっと先の未来で」
「ふーん。ま、僕はそんな事絶対ないけど」
「絶対なんてないわ! 何がおこるのか分からないのが、生きているって事なのよ!」
「僕より生きていないクセに生意気な事を言うな」
僕の言葉に、珠子はふふふと両手で口を覆いながら笑う。ボタンの様な綺麗な馬に出会ってみたいとは思う。でもそれは、とても難しくて簡単になんて出来ない。
それでも、未来の話なら、もしかしたら出会えるかもしれない。
いや、やっぱり、一番はボタンが良い。
「蓮之介、珠子、もうお家の中に入りなさい」
お母の声が聞こえてくる。
はーいと揃った声が静かな空間に響き渡った。