幻の夢を追いかける華 作:日振
わたしは、生まれ育った場所が大好きで、地元にある浦和のトレセン学園に進学する事を小さい頃からの目標にしていました。でも、実際は地元から離れた船橋トレセン学園で学んでいます。理由は笑ってしまうくらい簡単で、緊張で風邪を引いた結果、浦和トレセン学園の試験が受けられなかったからです。
わたしはトレセン学園の中でも、レースウマ娘の中でも特に平凡なウマ娘です。目立つ容姿はなくて、派手なパフォーマンスも出来ない。ダート三冠の最終戦、ジャパンダートダービーにも出走が叶ったけれど、注目はやはり優勝した中央の娘になるので、2着となったわたしはインタビューが目立つ場だったけど、生まれ持ったあがり症の所為でマトモに話せなかった。
目指すレースはなんと言っても、わたしの地元である浦和で開催されるさきたま杯と浦和記念。
「……勝ちたい、です」
「勝てるよ。そうなる様に、君もあーしも頑張った」
浦和記念の開催日、前日。わたしの不安を拭い去る様に、杜若トレーナーが手を握ってくれる。そうしてくれるだけで、わたしにはビックリするくらいの力が湧いてきてくれる。
有難う
普段より、人が入った観客席を見ながら、緊張で震える身体を誤魔化す様に歌いながらゲートへと走る。頭がパニックになりそうで、杜若トレーナーがさっきやってくれたおまじないを思い出しながら、大丈夫だよと自分で自分を慰めながら鼓舞をする。
分け与えられた番号のゲートに入り、ふーっと息を吐く。
ガコンと音を立てて開いたゲートから一気に飛び出す。うん、スタートは良い感じ!
後は、これまでの努力をしっかりと結果に結び付ける!
「7番、アセビコウロ! 今一着でゴールインッ!! 中央の精鋭達を差し切って船橋所属の二冠バが浦和記念を制しました!!!」
必死に走って、息も脚もボロボロになりながら迎えた最終直線。本当は、もう限界がきていたけれど「負けたくない」の一心で、向こう1週間は動けなくなる覚悟で砂の地面を全力で踏み込んだ。
記憶が無くなるくらい頑張って、気付いたらゴールをしていた。実況の声も、お客さんの声も聞こえていなかった。
だけど、掲示板に光った数字がわたしの身に付けたゼッケンと同じ数字だった。
「え……あ、え? あ、わ……やっ、た? やった! やってしまいました!? 杜若トレーナー!! ほ、ほ、ほほ本当にわたしの番号ですよね!? ゼッケンと変わりありませんか!?!」
視界と脳が認識した瞬間、始まるパニック。
フラフラなのを一気に忘れて、杜若トレーナーの元へ向かい、ゼッケンをグイグイと掲げながら「間違っていないか」を何回も確認する。
杜若トレーナーは、焦るわたしが面白いのか笑いながら頭を撫でてくる。
「……おー、オメデトー。コウロ、ようやっとるわぁ」
「な、なんですかその! やる気のない言葉は!」
「何て言うかコウロが喜び過ぎてるからか、1週回ってあーしは虚無だわぁ……でも、コウロがちょー頑張ったのは分かるよ〜。あーしはコウロのファンだからさ、いつまでも、どんな時もどんな場所でも、コウロを応援してっからね」
「そんな大人な反応じゃなくて! も、もっと喜んでくださーい!」
「なにさぁ、充分喜んでるよぉ」
わたしが全力で杜若トレーナーに抱き着けば、しっかりとした力で抱き締め返してくれた。
その温もりが、現実であると教えてくれる。
とあるレースを観戦してから数日経って、携帯電話に入れて貰ったウマッターを開く。
SNSと呼ばれるこのツールは私と同じウマ娘が利用していたり、レースの情報が共有されていたりする便利なものだ。
私はインターネットにあまり詳しくないから、アカウントも作って貰ってフォローする事も、私が呟く事もやった事がない。
フォロワーの数字だって1桁で、全部知り合いの方だ。
「浦和記念、新進気鋭のウマ娘が新たな勝利へと! 確かに、あの走りは素晴らしかった」
タイトルに惹かれてURLと呼ばれる文字列を触って表示されるのは、交流戦のJpnIIに設定された浦和記念のニュース記事。私が練習以外だと経験のないダートの舞台。
記事に載せられた写真には、笑顔で笑う黒髪のウマ娘と、平静を装っているものの表情から誇らしさが滲み出ているトレーナーらしき女性。
次のページに書かれていたインタビューで明かされた次の目標は同じく浦和で開催されるさきたま杯。今はJpnIIに設定されているものの、もう直ぐJpnIに格上げされるレースであり、浦和記念より600メートルも短い1,400メートルである。恐らく、今回優勝したアセビコウロが見せた末脚が次のレースでも通用するかが鍵。
ニュース記事を読み終わり、アプリを切り替えて、もう一度昨日のレースを再生する。
「……うん。この子、強いな」
アセビコウロ、それがわたしの名前。
戦績は今の所8戦3勝、昨日の浦和記念を入れれば9戦4勝。重賞は勝たせて頂いたものの、至って普通の、平凡なウマ娘。
オグリキャップさんや、タマモクロスさん、ユキノビジンさんの様な地方から中央へ移籍して人気のまま結果を残す様な夢も見るが、それは本当に限られたウマ娘が出来うる事で、わたしなんかができっこない。
というか、わたしは生まれ故郷である浦和のレースを勝てれば良い。そんな事を思いながら登校したら、靴箱の前でこの学園では見慣れないとても綺麗なウマ娘さんと出会った。
誰かに用事があるのかなと思いながら、挨拶をして通り過ぎようとしたら呼び止められて、思わず首を傾げる。
「ど、どうか、されましたか……? あ! もしかして、職員室の位置が分からないとか?」
「……間違っていたら申し訳ありません。アセビコウロさんですか?」
見た目に見合った凛とした美しい声が響き渡る。周りの娘達の視線がわたし達に突き刺さる。
えぇ、と頷けば目の前のウマ娘さんは安堵した後、わたしに手を伸ばす。
「私。貴方をスカウトしに来ました」
「……へ?」
「特別留学、と言えば良いのでしょうか。アセビコウロさん。共に切磋琢磨する1人として、中央に来る気持ちはありませんか?」
まさか、わたしがそんな事を言われるなんて思ってもなくて、酷く、喉が渇く。
わたしはどうしたら良いのだろうか。
トレーナーの言葉を、突然思い出す。
「いつまでも、どんな時もどんな場所でも、コウロを応援してっからね」
お父さん、お母さんへ。
普段はメッセージアプリで済ます所を、突然のお手紙で驚きましたか? 今回は、大切なお話があるので普段の様に簡単に終わらせるのではなく、しっかりと相談したいという気持ちをこのお手紙に込めています。
わたしは、進学した船橋トレセン学園で毎日頑張っています。そのお陰でと言うのは可笑しいですが、去年の年末から今年のお正月にかけて帰省が出来なかったのはそういう事でした。でも、今年は絶対、帰ります。
えっと、ここからが本題です。
わたしは練習の成果と、トレーナーさんの力で大きなレースを勝ちました。その結果、特別留学生として中央のトレセン学園に来ないか。というお誘いを受けました。
わたしは正直、今でも信じられません。だって、わたし以上に凄い娘がいるのは事実ですから。
でも、周りを気にしない、わたし個人の思いを口にして良いのなら、わたしは、中央で学んでみたいです。
結果を出せない未来に天秤が傾く確率が高いのは分かっているけれど、例え笑われたとしても自分の実力を限界まで伸ばしてみたい。身勝手に今のトレーナーさんから離れる不義理なウマ娘ですが、わたしは、杜若トレーナーが誇れるウマ娘になりたい。
受ける・受けないの結論を出すにはわたしだけでは難しく、大切なお話なので、スタッフさんやトレーナーさん、お母さんとお父さん、全員で話す場を設けたいと言われました。もし、良かったら、お返事を頂けると嬉しいです。
アセビコウロより。