幻の夢を追いかける華 作:日振
Q.貴方の夢はなんですか?
俺の夢は、ウマ娘にも負けないアスリートになる事だ。
昔の話だ。俺は、自分一人で歩ける様になった瞬間から「運動」という行為が大好きだった。
その結果、公園に設置されていたアスレチックでは周りを差し置いて俺が一番上手に楽しんで遊んでいたし、大人から怒られる事も沢山あったが、遊具で遊ぶ時のアレンジは学校1。いや、世界1の能力を持っていた。
運動と一口に言っても、その中で特に「走る事」が、俺の中ではお気に入りだった。骨さえ折れていなければ、場所も待ち時間も気にせずにいつまでも楽しむ事が出来たから。
だから走って、友人と競って、何度も勝って、楽しいと笑い合って、将来の夢はスポーツ選手になる事だとごく自然に思っていた。走りに特化をした、ウマ娘なんかにも負けないアスリートになるのだと。
そして、俺が夢を持ってから暫く経ち、中学生になって、当たり前の様に陸上部に入部して、大会でも良い成績を残して有頂天になっていたある日、近所に引っ越して来た家族にはウマ娘がいた。俺が生まれてから10年と少し、初めて出会ったウマ娘の知り合いだった。
その娘はまだ小学生にもなってない、世間的にはまだ小柄だと言われる部類の俺でさえも「小さいなぁ」と思う程には小さな女の子で、人間とは違う位置にある耳で身長をカサ増しをしている様に見えて可愛らしかった。
でも、その頃の俺は中学生らしい自信と、それを補ってしまう記録を持っていた所謂クソガキで、自分が学校でも大会でも上位の運動神経を持っていたからこそ、そのウマ娘に対して勝負を持ちかけた。
未だ保育園児のウマ娘と、中学生の俺による速さ勝負。相手の事を何も気にしない本気も本気の走り。
だけど、人間とウマ娘の勝負だ。結果は、お察しの通り。
年齢に関係なく、ウマ娘のポテンシャルを舐め腐っていた俺は、赤子の手を捻るが如く置いて行かれて初めて「絶望を伴う敗北」を味わった。
そこからは酷いもので、折れたプライドと年齢的に始まっていた反抗期が変な混じり合い方をして、遊びで始まった筈なのに敗北の事実が耐えられなかった俺の心は、悔しさだったのか、一気に性格が捻じ曲がり、汚い言葉使いで親を呼び、部屋に籠っては夜更かしをして、学校は休む頻度が高くなった。
交流した回数は少なくても、心の底から純粋無垢に懐いてくれていたウマ娘のあの娘とは会話所か、顔を見る事もなくなった。会おうと行動してくれたあの娘を無視した。
今思い出しても、とんでもない人間だなって思うよ。
そんな最低な俺が変わったのは、テレビでとあるウマ娘が引退をするというニュースを見たからだ。
そのウマ娘は大きな功績こそなかったが、デビューから連勝を重ねていた事から期待の新人として注目され、インタビューをされる事も多かったからウマ娘のレースには無縁の俺でも名前を知っていた。
しかし、その一人では抱え切れない程の期待に応えるべく練習に没頭して、自分の限界に気付かず膝を壊して、簡単に現役を退く事となった。
誰が悪いのかと言われれば、多分持ち上げた方と、練習メニューを詰め込み過ぎたトレーナーと、自分の身体が出したサインを見逃したウマ娘本人か。
俺はニュースを見て、正直、「馬鹿だなぁ」なんて思った。
俺だったら誰が見ても無理だと分かるメニューなんて詰め込まないのにって、ハードスケジュールをするのならそれに耐えられるだけの頑丈さとトレーニング以上のメンタルを含めたケアが必要なのにって。
そんな考えが頭に浮かんで、俺は漠然と気付いた。
俺は、運動が好きなのは勿論だが、「運動をしている相手を支えるのも好きなんじゃないのか?」って。
反抗中の脳味噌をフル回転させて思い出してみれば、思い当たる節をいくつか持っていた。
公園でアレンジしたアスレチックの遊び方を自分だけで終わらせず、友人に共有し、攻略法を教えながら楽しんでいた記憶。ドロケイをしている途中、本来ならば逃げなければいけない泥棒の俺が、警察をやっていた友人に「こうすればもっと速くなれるぞ!」と、自己流の走り方を伝授している記憶。
まるで、まるでウマ娘を一流にする為、支えるトレーナーみたいな行動。
身体に電撃が走った様だった。気付いてしまってからは、どうにも身体が熱くなって悲しいニュースの筈なのに、テレビから目が離せなかった。
「俺の支えたウマ娘が祝福され、歴史を作る光景」
きっと、俺の心に芽生えた思いを実現するのはとても難しくて、今活躍している一流トレーナーでも出来ないかもしれないこと。
それでも、それでも、叶えたい「夢」が出来てしまったのだから、目指すしかないだろ。
夢が出来た俺は、第一の目標をトレーナー試験に合格する事に定め行動を開始した。
今までの反抗期が嘘みたい終わり、性格が元に戻って、なけなしの小遣いでトレーナーになる為の資料を買ったり、図書館に行き始めた俺を見て両親はとても驚いた顔をしていた。というか、その時の俺は頭の中に知識を入れる事に夢中になっていて、両親にかけた苦労や、反抗期なんて3文字は頭から完全に抜け落ちていた。
高校生になってからは、立派な小学生となっていたあの娘に謝って、関係が修復され再び話す様になって、教本を読みながら指導者の真似をした。あんなに酷い扱いをした俺ですら笑って、あの娘はブルーシールを奢るだけで許してくれた。
成長期の身体に負担が掛からない様に意識して、時々スポーツトレーナーをしている大人に頭を下げながら知識を教わって、トレーニングを続けていればあの子は充分に速かった脚は更に速くなって、昔は地団駄を踏む程に感じていた悔しいという感情は、俺の全てを通り越して憧れと尊敬の感情へと変わっていた。
目標であるトレーナーになる為に、大学からは地元を離れ、初めて東京という土地を踏んだ。
何処を歩いても人がいて、何処を見てもウマ娘がいる。
俺が暮らしていた沖縄とは比べられない程の質量と、時間の速さに初めて、人酔いというものを経験した。
大学生になり、新たに出来た友人と遊びながらも自分なりに知識と経験を重ね、トレーナー資格を受験して有り難い事に「合格」という結果を頂いてから早数ヶ月。
広大な土地を有するトレセン学園の芝のコース。
その場所で、俺は初めてとあるウマ娘の背中を見た。
選抜レース。メイクデビュー前の学園内だけで行われる、言わばトレーナーへとアピールする場。
平日の昼。淡々と隊列だけを述べていくだけで本番の様な熱なんてない実況を聞きながら見ているのは俺含めたトレーナー数人と、出走しているウマ娘の友人が数人だけ。
そんな世界で1人のウマ娘に目を奪われた。
圧倒的な走り、途轍もない素質を見せる走りである筈なのに俺以外の存在は誰も気にしていない。俺が知っているウマ娘達とは正反対の顔で走るウマ娘。
それでも俺は、その姿を一目見て心を奪われた。
まるで俺の夢を見つけた時と同じ感覚が溢れてきた。
「……あの子が、笑顔で走っている姿」
ポツリと一人だけで口にした言葉が風に乗った瞬間、俺は無意識に動き始めていた。
あれだけの走りをしていたのだから、既にスカウトをされているかもしれない。
もしかしたら、俺みたいな新人トレーナーには指導されたくないかもしれない。
もしかしたら、俺が話し掛けても無視をされるかもしれない。
様々な「かもしれない」が頭に浮かんでは消える。
だけど、それはそれだ。断られたら諦める。有耶無耶にされたとして、何回か粘って駄目なら手を引こう。
そう思ってしまう程に、俺は、あの子の夢を叶えたいと思ってしまった。
選抜レース、4枠8番、アセビボタン。
あの子は祝福され、歴史を作るウマ娘にきっとなる。
Q.トレーナーさんの夢はなんですか?
俺の夢は、担当したウマ娘が笑顔で走って卒業していくこと、かな。