幻の夢を追いかける華   作:日振

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運命的な出会い

 

 とある日のトレーニング前、チームシェアトのメンバーがストレッチを行う中で、トレーニングメニューを確認していた若旅が徐に口を開く。

 

「スケジュールは自分達を優先して欲しいんだが、この冬。皆で一緒にイングランドへ行かないか?」

 

 想像もしていなかった言葉に、ウマ娘達の動きが止まる。

 一緒に、海外へ。

 告げられた言葉を各々が反芻し、噛み砕く。そしてメンバーきっての反抗ウマ娘であるアセビスズナは、分かり易く「面倒臭い」「行きたくない」といった風な表情をした後にそっぽを向いて、ストレッチの続きを一人再開する。

 若旅はウマ娘達の反応を確認すると、誘い文句に次いで何故その様な事を言い出したのかを説明する為に再び口を開く。

 

「今後、海外のレース挑戦に意識が向いた場合、日本とは全く違うバ場を前もって経験しておく事や、実績を積んでおく事はとても重要だと考えている」

 

 唯一、明確に海外レースを視野に入れているアセビツバキがキュッと口を結ぶ。だが、チームシェアトは基本的に国内レースにのみ意識を向けているメンバーが殆どで、若旅が言う事に納得はすれど、頷くメンバーはツバキ以外現れることはない。

 その中で、ボタンが何かに気が付いたのかハッとした表情を作った後、おずおずと手を挙げる。

 

「……魅力的なお話ではありますが、日本と違い、海外の練習施設にアポイントメントもなく入れるものなのでしょうか?」

 

 至極真っ当な疑問に若旅は軽く頷いた後に、少しだけ頭を掻きながら大丈夫だと言って、言葉を続ける。

 

「あー、実はな……俺の親父というか祖父もだが、無駄に顔が広くて諸々の申請だの許可だのは気にしなくて良いらしい。ボタンの周りにもいないか? 一般人で海外の人間と触れ合う仕事でもないのに謎のコネクションを持っている奴」

「私の周り……は、いませんが。お兄ちゃんがお仕事の関係上、様々な国の人とお話ししている事はあります」

「そうか。それの一般人版だと考えてくれれば良い」

 

 首を傾げるボタンとのやり取りに若旅は軽く笑うと、考えておいてくれとメンバーを見渡して、話は終わりだとバインダーを揺らす。

 トレーニング前のストレッチが再開され、気にしていないといった風を装いながらもメンバーは何処か未知なる土地への誘惑を全身に受けながら考える。

 けれど、いざトレーニングを始めるとなった時、ボタンはどこか申し訳なさそうな表情で若旅の隣へ並ぶ。

 

「あの、トレーナーさん」

「ボタン? どうした?」

「えぇと、そのですね。この冬って事は、タイミング的に冬休みに行く事になりますよね?」

「まぁ、そうなるかな」

「……やっぱり、か」

「何か用事があるのか? さっきも言った通り自分のスケジュールを優先してくれ」

「いや、その、トレーニングのお話は有り難いですし、経験を積むという意味では海外レースへ挑戦する予定のない私も、是非にと言いたい気持ちで一杯なのですが……」

 

 顔に「困っています」と見える程に珍しく歯切れの悪いボタンの言葉に、今度は若旅が首を傾げる。その様子を見て、ボタンは意を決した様に口を開く。

 

「実はですね、冬休みに少し時間が取れるという事で、私の家とお兄ちゃん達で偶然にもイングランドの方へ旅行に行こうという、話が、ありまして……」

 

 若旅の言葉に頷いていないとはいえ、まさかのダブルブッキングに話が聞こえていたアセビコウロが「あらま」と分かり易く耳を立て、同じ様に聞いていたロードが「楽しみなんだね」と他人事の様にカラカラと笑う。

 

「……で、でも! 本当に魅力的なお話なので! 聞くだけ、聞いてみますね!?」

「いや、本当に無理はしないでくれ」

 

 海外での練習経験は積みたい。でも、家族との旅行も楽しみたい。

 天秤に感情を乗せグラグラと揺れる姿を晒しながら、ボタンはうーんうーんと迷い続ける。その姿を見て、スズナは「めんどくせっ」と隠しもせずに呟いた。

 

 

 起きるのも億劫な季節になり、沢山のテストをクリアして早々に宿題を終わらせ、ボタンは殆ど初めての飛行機に搭乗し珍しく興奮した感情を抑え込みながら日本を飛び立ってから10時間以上のフライトを経て、初めての土地に脚を付けた。

 冬休み前に若旅の話を聞いた時はどうなる事かとヒヤヒヤしたものだが、旅行を計画したお兄ちゃんの計らいで少しではあるが目的通りトレーニングの時間を確保する事が出来た。

 チームシェアトで参加するとなったのは、ボタン・ツバキ・ロード。そして、トレーニング自体は全く眼中にないが、観光がしたくなってやって来たスズナの4人。

 携帯のロックを解除すれば、若旅からの「出口の直ぐ横で待っています」というメッセージが届いていた。

 時間を無駄にしない様に、待たせない様にと思い手早くボタンはジャージに着替えると、先に更衣室から出て行った2人を追う様に見慣れない地図を頼りにボタンは歩くが、一向に景色は変わらず最悪の結末が頭に浮かぶ。

 

「……もしかして、迷った?」

 

 どうすれば良いのだろうか。

 知らない土地、知らない場所、案内図は現在地が分からないから使いものにならない、言葉も違う。迷子になった時の対処法である、最初の位置に戻ろうにも更衣室の場所も分からなくなってしまった。

 若旅を待たせている気持ちが最初にあるからか、ボタンは不安よりも酷い焦りに襲われる。

 こういう時は、どうすれば良いのだろうと一縷の望みでポケットに手を入れれば、手に触れる確かな感触に安堵を覚える。トレーニング時は普段だと持ち歩く事のない携帯電話。

 助かったと思い、パスワードを打ち込んだ瞬間に遠くから1つの声が聞こえる。

 

「You there!」

 

 ほんの少し閉鎖的に感じる通路の真ん中で反響する、ボタンとは違う、美しい声。

 音に導かれるまま顔を上げれば、ボタンの記憶に焼き付いていふ「あの子」と似た鹿毛の髪を揺らし、少し大きめの耳を此方に向けて心配そうな顔を向けているウマ娘の姿。

 

「Feeling unwell? Shall I take you to the infirmary?」

 

 素人の耳では一つ一つの単語すら認識出来ない程のネイティブな滑らかな、本場の英語。

 

「え!? あ、あーゆー? ど、どうしよう……何て言って……すろーりーわんもあぷりーず?」

「ニホンゴ……アナタ、日本のウマむすめ?」

「お、おーいえす! いえす! じゃぱにーずうまむすめ!」

「そうなのね。ふふっ、わたし少しだけ日本語分かるわ」

「そうなのですね! あ、あのあのあの! 私、ここの場所に出たいんです!」

 

 日本語が分かるのならばと、思わず持っていた紙の地図を開いてボタンが唯一分かっている目的地がある場所に指を置けば、目の前に立つウマ娘は当たり前だが、慣れた様子で場所を把握する。

 

「ここに行きたいのね? なら、わたしが案内しますね?」

「案内まで……良いんですか? 貴方も、練習があるんじゃ」

「大丈夫よ。困っている所を助けたんだもの、怒られないわ」

「……では、お願いします」

「うん。任せて!」

 

 共通の言語を理解してくれているとはいえ、初めての土地で出会ったウマ娘の隣を歩くのは緊張する。それに、日本にいるボタンの知り合いも全員が美しい容姿や、雰囲気を持っていて美しさには慣れている筈なのに、隣を歩くウマ娘は何かが違う。

 言葉で形容する事は出来ない、とても高貴な「なにか」がボタンの肌をビリビリと刺激して、息が詰まりそうになった。

 

 

 案内されるままに暫く歩くと、待ち望んだ出口が見えて扉を開く。靴から伝わる日本と違う感触の芝と、映像では見た事がある日本と比べると凹凸の多い柵。何もかもが見慣れない、海外のバ場。

 ボタンが慣れない感触に脚を動かしていれば、案内をしてくれた彼女は口元に手を添えて美しい声でお淑やかに笑う。

 

「え!? ど、どうしたんですか?」

「ううん。ただ、アナタはとってもラブリーだなって」

「らぶりー?」

「えぇ、そうよ……あ、そうだ! 何かの縁よ。連絡先を交換したいわ!」

「へ!?」

「日本とは時差があるし、わたしたちはやる事があるから、きっとヒンパンには出来ないけれど、良いかしら?」

「……わ、私で良ければ!」

 

 蜘蛛の糸が垂らされたお陰で使う事のなかった携帯を取り出して、未だ慣れない手付きで画面を見易い様に出せば、彼女はボタンと違って慣れた手付きで携帯を操り、あっという間に連絡先の交換を完了してしまう。

 

「アナタの名前、アセビボタンって言うのね。ボタンって呼んでも構わないかしら?」

「えぇ。えっと、貴方の名前は」

 

 携帯に表示された名前を読み上げ様と口を開いた瞬間、唇に彼女の指が当てられる。

 首を傾げれば、大きく映った美しく笑う顔。

 

「わたしの名前はね、この国にあるお城と同じ名前なの。だから、調べて、見つけて欲しいわ……それで、ボタンがわたしを見つけてくれた時に初めてわたしの名前を呼んで。ボタンがシャーロック・ホームズになるのよ。その方が、きっと楽しいわ!」

 

 悪戯っ子の様な笑みに、ボタンも釣られて笑顔を返す。シャーロック・ホームズが探偵である事は、ボタンも知っている。

 

「……分かりました、きっと見つけます」

「えぇ! 約束よ!」

「はい! もし間違えたとしても笑わないで下さいね?」

「笑わないわ。見つける為に動いてくれた事実だって大切だもの……なんだか不思議。わたしと貴方、初めて会ったのに初めての気がしない」

「そう、ですか?」

「うん。もしかしたらわたし達、何処かですれ違っていたのかもしれないわね。わたしも、日本に行った事があるもの」

「日本には、袖振り合うも多生の縁という言葉があります。本当に小さな事でも前世からの縁かもしれないね。という意味です。だから、きっと」

「まぁ! 素敵な言葉だわ。わたし達、そでふりあうもたしょうのえん。ね!」

 

 彼女と指を絡ませて、2人だけの約束を交わす。

 そうして名残惜しい気持ちを携えながら彼女と別れ、ボタンが若旅達が待っている場所へ顔を向ければ、気を遣って黙っていてくれた3人が待ちくたびれたと言わんばかりの表情で立っていた。特に、ボタンを一層尊敬しているツバキはまるで行方不明だった相手が数年振りに帰ってきた様な深刻さで胸を撫で下ろした。

 若旅がボタンが遅くなった事への心配をしながらも、大丈夫か。と、すみません。のやり取りをして、貴重な時間を無駄にしない様にとボタンは早速ストレッチを始める。

 トレーニングを開始し、流す程度に芝の上を走ったボタンの脚に掛かる負荷の違い、ツバキがレース後ではないにも関わらず息を荒げている姿、土俵が違うとはいえロードが珍しく鋭い視線で地面を見つめる表情。

 それら全てで分からせられる。

 

 海外で戦うのは難しい。

 

 ボタンの知り合いも、インターネットを探しても、海外に挑戦して勝ち星を挙げた報告はまだ少ないし、この国のレースに関しては殆ど聞いた事がない。

 

 勝ちたい。

 

 純粋に湧き上がる思いと、日本のウマ娘達の前に立ちはだかる高い高い壁。

 それを、いつか超えてみせる。

 

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