幻の夢を追いかける華   作:日振

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 最速と競いし君はスプリンター

 

 トレセン学園には様々な生徒が在籍し、お互いに切磋琢磨しながら日々を過ごしている。中には大成する者もいるが、そうでない者も数多くいる。しかし、結果には関係なく誰しもが「一番」を目指し、トレーニングに励んでいる。

 芝コース、1000メートルを軽く流したウマ娘が小さく息を吐く。短い黒髪を小さな二つ結びにしたその娘は、短距離の世界で「自分」を見つけたウマ娘だった。

 

「うん。今日も良い感じ、ですねー。ウォーミングアップ、終わりましたー」

 

 短距離選手らしい脚の速さとは裏腹に、のんびりと間伸びした口振りでアセビルピナスが契約を結んだトレーナー、若旅伊吹の元へ戻る。若旅はドリンクボトルを渡しながら、バインダーに挟まれた書類へと目を落とす。

 

「相変わらず、1200メートルまでなら最強だよなぁ」

「およ? 勿論ですとも。ルートちゃんは、体力が持つまでは強いのでー」

「……せめて、マイルまでいければ。いや、それはアセビルピナスじゃないな」

「はいー。ルーちゃんは、ルーちゃんらしく頑張りますー」

 

 本人の得意な場所で。と、若旅は考え実際に担当するウマ娘達には本人のベストパフォーマンスを引き出せるレースを選んでいるが、若旅が担当するウマ娘の中で、ルピナスは唯一、得意距離から外れたレースを走っている事が多い。

 理由は簡単で、日本でレースを走る上で短距離の選択肢が少ないからであり、更には、ルピナスの適性から1400メートルが保たない事を踏まえると重賞レースどころか、オープンレースの選択肢もずっと少なくなる。

 

「ごめんな。前回のレースも長い距離を走らせて」

「ううん。大丈夫ですよー。確かに疲れますけど、皆と走るのは楽しいですー。いつか、長い距離も先頭で走れると、良いんですけどー」

 

 ルピナスはそれだけを言うと、やりますよ〜と言いながらドリンクボトルを地面に置き、先程まで走っていた場所へと脚を進める。若旅もその背中を見つめながら首を振り、ルピナスの後へと続く。

 そして、ルピナスが走る前のルーティンを行う為に肩を両手で軽く叩く。

 

「じゃあ、今度は1200メートルを本気で頼むな」

「はいー。お任せあれ、ですねー」

 

 若旅の上に挙げた手が下に降ろされた瞬間に、ルピナスは一歩を踏み出すと、そのまま勢いを増し、コーナーの時ですらスピードを緩める事なく走るとゴール位置を1分と少しの時間で通過する。

 ゴールを通過してからは、緩々とスピードを落として再び若旅の元へと戻って来る。

 

「どうでしたかー?」

「うん。タイムはいつも通り、最高だね」

「おぉー! それは僥倖、ってやつですねー?」

 

 2人が記録を見ながら、ああだね、こうだね、次はこうしてみようか、などと話す。

 トレセン学園ではよく見られる、トレーニング風景。

 穏やかな時間が流れる中、突如として2人の元へ1人分の影が近付く。

 

「そこの貴方! 良い速さですね、是非お近付きになりたい。まずは一緒に猫を吸ってみませんか?」

「……どなた?」

 

 真っ直ぐな黒髪に、意志の強そうな瞳。

 そんな特徴を持つウマ娘に話し掛けられ、ルピナスは緩慢な動きで首を傾げるが、件のウマ娘はルピナスや若旅の反応を気にせずズンズンと距離を縮めると、ルピナスの手をギュッと握る。

 

「私はカルストンライトオ。一言で表すなら、最速を目指すウマ娘」

「お、おー? ルーちゃんは、アセビルピナスですねー?」

「どうしたルピナスさん。その私の倒立歩きでも追い抜けそうな話し方は」

「んんー?」

「まぁ良いでしょう。では、行くぞ」

「行くぞ? どこに、ですかー?」

「決まっている、グラウンドだ。私と共に最速を目指そう、まずはマグロレベルから始めると良い」

「んー? えー? 良いです、かねー?」

 

 ルピナスが珍しく困惑の表情で若旅を見つめるが、若旅は偶には同じ土俵に立つ友人と走るのも楽しいだろうと、頷きで「良いよ」の合図を送る。

 若旅は友人だと思っている、その実、初めましてであるライトオとルピナスが並び同時に走り出す。同じ短距離選手、同じ逃げを得意とするウマ娘同士、グングンとスピードを上げ瞬く間に1000メートルを越え、1200メートルを越える。2人はスピードに乗ったまま普通なら立ち止まる場所を過ぎても脚の回転を止めず、そのまま走り続ける。だが、1300メートルに迫る頃には自然と速度が緩み、ヘロヘロと歩いた末1400メートル地点になると、2人は揃って地面へ膝を付けた。

 

「やるな。ルピナスさん、この私と……肩を並べるとは……」

「ひぃ……はぁ……つ、かれたー」

 

 息も絶え絶えになりながら、膝を付けた流れで地面へと倒れ込む。まるで長距離レースを走った後かの様な疲労感を見せる2人の元へ、若旅がドリンクボトルとペットボトルを持って駆け寄る。

 

「お疲れ様」

「わ、ナーさん有難う御座いますー」

「これは私の分ですか? 気が利きますね、有難う御座います」

 

 2人が身体を起こし、ドリンクを口にする姿を見ながら若旅は先程の走りを記録した携帯の画面を見せる。

 

「2人共凄いな。撮影が間に合わないかと思った」

「ふふ、当たり前です。しかし、撮影が間に合ったという事は最速ではなかったという事。次こそは撮影の暇さえ与えず走りきってみせましょう」

「おー。速い、ですねー」

 

 画面へと釘付けになる2人を見ながら、若旅はストップウォッチに刻まれた数字がルピナスの平均タイムよりも早いものである事を確認する。

 

「やっぱり、ルピナスは誰かと競う様な状態になるとタイムも良くなるな」

「そうですかー? それは良かったですー」

「ふむ。このタイムを見るに矢張りルピナスさんは私の思った通り、プロングホーンを越えられる可能性を持つ逸材だ」

「ルーちゃん、プロングホーンを知らない、ですねー?」

「何ッ!? あのプロングホーンを知らないだと、それはいけない。今から私が教えましょう。着いてきて下さい、さぁさぁさぁ、移動する時は時間と競いますよ」

「へ? え、うーん?」

 

 普段の彼女からしたら珍しい困惑の表情をいつまでも晒しながら、ライトオに手を引かれ歩いて行ってしまう。

 ルピナス自身は「ナーさん!」と叫んでいるが、若旅は「仲良しって良いなぁ」とトレーニングよりも2人の青春を優先する。

 ルピナスとライトオが初対面であった事を若旅が知るのは、翌日の話である。

 

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