幻の夢を追いかける華 作:日振
授業が終わり、トレーニングもチームのミーティングもないからと早々に寮へと戻り、ベッドに寝転がったアセビスズナの元へ一つの小包が届けられる。
荷物を受け取ったスズナが身に覚えがなさ過ぎるそれを机に置き、宛名を確認すれば自身の母親の名前が書かれている。
インターネットを通して簡単なメッセージのやり取りは定期的に行なっているが、この様な荷物を送ってくるという事は初めてで首を傾げる。
送り状を剥がし、中身を覗いてみれば「気紛れに送りました」と言わんばかりに、ポリ袋に詰められた大豆が入れられている。
「ドウシテ大豆なんカ……」
大豆と共に入れられていたメモ書きには「豆まき用」と書かれているが、母親の行った突然の奇行にスズナは思わず笑う。普段はしっかりしているのに、時々愉快な行動をする母親をスズナからしたら珍しく純粋な気持ちで好ましいと思っている。同時に父親もまた、スズナにとって好ましい一人である。
だが、豆まき用の大豆が送られてきた所で、スズナは大豆が使われるイベントを楽しむ様なタイプではないし、同じチームのメンバーを誘う様な性格でもない。
「かといッテ、全部食ウのはなァ」
取り敢えず自分の歳の分だけボリボリと噛み砕いて飲み込んだが、それでもポリ袋の半分より多く入れられた大豆は結構な量がある。大豆に味付けがされていたらまた違ったかもしれないが、味付けのないそのままの大豆を大量に食べるにはスズナにとっては中々に厳しいものがあった。
どうしようかとスズナは悩み、ポクポクポクと考えた後「仕方ネェか」と頷き、大豆を机に置くと段ボールを畳み、ベッドへと戻り一応の礼儀として母親へと一言入れる。そうすれば、直ぐに「楽しんで!」と返信が届く。
「楽しんデって……」
耐え切れず、また笑えば今は一人しかいない部屋の中に笑い声が大きく響いた。
翌日、まだ誰もいない早朝にチームで使用している教室にやって来たスズナは、手に持ったポリ袋を机の上に置く。
自分だけでは食べ切れないけれど、この場所に置いておけば誰かしらが手を出し、なんなら全員で食べ始めるだろうと昨日のスズナは考え、珍しく早起きをした。脳味噌はまだ寝たい、寝かせろ、と叫んでいるが無理矢理身体を動かした。
その理由は酷く簡単で、何時も通り放課後に大豆を持って教室へ入った日には「どうしたの?」「一緒にやろうね!」と囲まれる事がこれまでの付き合いによって分かりきっていたからだった。
スズナは頭に浮かんだ芦毛のウマ娘がニコニコと笑う姿に、もしかしたら頭を撫でてくるなんて未来に舌打ちをして、頭を振る。
「……ねみィ〜」
スズナはぼやきながら欠伸をして、教室内に置かれたソファへ倒れ込む様に寝転ぶと何も考えず、ぼんやりと天井を見つめる。そうすれば、じわじわと眠気が湧いてきて瞼が閉じる。
このままじっとしていれば、簡単に夢の世界へと走っていける。けれど、それは駄目だと名残惜しい気持ちを持ちながらスズナは無理矢理身体を起こす。
頭を振り、眠気を何処かへ投げ捨てる様に頭を振り、頬をパチンと叩く。「ヨシ!」と気合を入れ、立ち上がりスズナは教室を出て行こうと扉に手を掛ける瞬間、手が止まる。
それは、単なる気紛れだった。
ポリ袋の結ばれた口を解き、中に入った大豆を3粒だけ手に取る。
「……鬼ハ外。福ハ内」
3粒の大豆をトレーナーが普段使用しているデスクに、聞き馴染んだ言葉を呟きながら落とす。
次は、自分の事をヤケに気に掛けてきて、うざったい程に面倒を見てくる芦毛のウマ娘が座っている場所に、同じ言葉を呟きながら大豆を3粒落とす。
次は、体力がない癖に長い距離にも果敢に挑戦し、得意距離では誰にも負けない速さを持ったウマ娘が座っている場所へ。
次は、憧れと実力の差に若者らしく苦しんで、泣きべそばっかかいているのにそれでも己の「頂点」を目指すウマ娘が座っている場所へ。
次は、いつもいつも呑気に笑っているけど、チームの中で特に危ない世界で頑張って、どこまでも飛んでいける凄さを持ったウマ娘が座っている場所へ。
最後は、地方からこの場所へやって来て、何も分からない中腐らず真っ直ぐな気持ちのまま高みを目指す、頑張り屋としか表せないウマ娘が座っている場所へ。
「……頭デモ可笑しくナッタか?」
机の上に転がった大豆を目で追いながら、スズナは自分で自分を笑う。「願い」なんて高尚なものではない。簡単に、「怪我しなければ良いな」程度の気持ち。何となく、悪いものが去って、良いものが入ってくるのなら、そっちの方が良いな程度の考え。
なんだか顔が熱い錯覚を覚えながら、机に落とした大豆を回収し、地面に落ちてないのだから良いやと噛み砕く。口の中で溢れる大豆の匂いに顔を顰めながら飲み込んで、今度こそ扉へと手を掛ける。
季節柄、未だ薄暗い廊下と気温に身震いしながら、廊下に出てしっかりと扉の鍵を閉めると、スズナは自身が籍を置く教室へと向かう。今から寮に戻った所で直ぐに登校時間になるのなら、教室で眠った方がマシだとスズナは考える。
長い廊下を歩きながら、どこか見慣れない景色に感じる学園内を楽しんで、色々な場所に寄り道をする。
普段は五月蝿いと程に活気に満ちたグラウンドも、今はやる気に満ちた生徒が1人、2人程度しかいない。静か過ぎる、殆ど無音なその場所は新鮮で、少しだけ「楽しい」と思った。