幻の夢を追いかける華 作:日振
アセビボタンは動物に懐かれ易い。
それは、幼少期から実家で飼っていた犬や猫、小鳥やハムスター等に悉く好かれ、尚且つ野良の動物すらも警戒心などどこ吹く風で近付いてきた経験を積み重ねた結果、気付いた才能だった。
何故、こんなにも動物に好かれるのか、動物にしか分からない何某かのフェロモンが出ているのか、元来のアセビボタンが持つ才能か、はたまたそのどちらもなのか、理由は分からない。
しかし、トレセン学園という一種の閉鎖空間で過ごし始めるまでは、アセビボタンが野良猫を何十匹と惹き付けて、ハーメルンの笛吹きウマ娘をするというのは、地元では有名な話として伝えられていた
ある日のトレセン学園。
この場所は、数多くの個性豊かなウマ娘達が常日頃から切磋琢磨しながら、過酷なレースの世界へ向かうまでの力や精神を鍛えたり、人間と同じ様に年相応な日常を過ごす為に作られた日本屈指の学び舎である。
時刻は昼の12時、麗らかな陽に照らされながら食事をするウマ娘、会話に花を咲かせるウマ娘、休み時間らしく自由に休息を取るウマ娘と過ごし方は様々である。
「……あれ?」
毛先だけが黒くなった特徴的な芦毛を揺らしたボタンは、自身が歩いていた通路の先、人通りが少ない事を良い事に道の真ん中で堂々と1匹の猫が寝転んでいる姿を見つける。
ボタンは野良猫が校内に入ってきてしまったのかと思うが、それにしてはヤケに落ち着いていて、毛艶も良く手入れが行き届いたふわふわな毛並みをしている。
もしかしたら、誰かの飼い猫なのだろうか。と、ボタンの頭に新しい考えが浮かんだものの、直ぐに寮はペット可の物件ではなかったようなと思考をどこかに追いやる。
前触れもなく出会った猫に対して、ボタンは様々な事を考えながら、校内でこのままにしておくのは、他のウマ娘がアレルギーなどを持っていた場合を視野に入れると少し不味いだろうと、取り敢えず遠い距離にしゃがむと、手を伸ばす。
「猫さ〜ん」
怖がらせない様に、驚かせない様にと気を付けた、ボタンの小さく優しい声に反応した黒い毛並みを持つ猫は、寝転んだ床からゆっくりと立ち上がると、トテトテトテとボタンの元へ歩いて来ると、伸ばした手に警戒心もなく擦り寄ってくる。
動物全般へ「好き」という感情を向けるボタンは、可愛らしい動きを見ながら無意識に自身の尻尾が揺れる感覚を覚える。そして、ボタンは手触りの良いその身体に触れ、徐々に撫でる範囲を広げていく。
そうしていれば猫は直ぐにお腹を見せ、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「猫さん、猫さん、かいらしいね」
頬が緩むのを自覚しながら、昼休憩の終了を告げるチャイムがなるまではこの場所にと心に決めようとした所で、ボタンの近くで突然大きな音が響き渡り、その音を拾ったボタンの耳がピンと天高く伸びる。
ボタンの手に撫でられ、ご満悦だった猫が逃げはしなかったものの、不機嫌そうな声を漏らす。
「はーっはっはっは!!! そこにいるのはアセビボタンさん!!!」
「……おどろ、きまし、た」
「あぁ! この場所でボク達が出会うのも何かの縁! 是非……おや? その美しい髪色に隠れている猫は……」
「この子ですか? 多分、野良猫さんだと思うんですけど」
「フム。しかしボタンさん、その子はボクの、いやボク達の!! 探し猫なのさ!!!」
「あら、そうなのですね。テイエムオペラオーさんの飼い猫さんですか?」
「理事長のだね!!!」
「りじ……まぁまぁ、それは」
存在感のあるウマ娘、テイエムオペラオーから教えられた事にボタンは驚きながらも、確かに理事長はこんな見た目の猫を頭に乗せていた様な気がすると記憶を引っ張り出す。
理事長の飼い猫なら逃してはいけないなと、ボタンは小さな身体をそっと抱き上げるが、ボタンの腕に包まれた猫は飼い主を心配させている事は気に留めず、腕の中で呑気に鳴き声を上げる。
「1人でお散歩など……心配させては駄目ですよ?」
「ニャーン」
「あらあら」
「おやおや、とても懐かれているようだね。では、美しき君。差し支えなければ、ボクが理事長室まで貴方をエスコートする栄誉を頂いても?」
「ふふっ、お願いしても良いですか?」
「勿論だよッ! 任せてくれたまえ!」
嬉しそうに動くオペラオーの尻尾を見つめながら、ボタンは可愛らしい子だなぁ。なんて思いながら、その背を追う。
初めて出会った時から何故か呼ばれる様になった「美しき君」なんて仰々しい渾名に少しだけ、恥ずかしいなぁと思いながら。
「猫! ネコネコネコネコネコ……ニャンコの気配がして来てみればとんだ肩透かし。いや、確かにここには毛が落ちている……はっ! まさか、私の脚が遅くて逃げられてしまったのか!? ふっ、まだまだ最速には程遠いということか。次は絶対に逃さないぞ、ギブミーニャンコ。フォーエバーニャンコ、だな」
オペラオーとボタンの2人が去ってから入れ違う様にやって来た1人のウマ娘は、猫への憧れを口にしながらも、どこか悔しそうな口振りで踵を返して行った。