幻の夢を追いかける華   作:日振

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 幸せと前途多難を天秤にかけて

 

 とある年のトレセン学園に、アイドル的な人気を誇るウマ娘が入学した。そのウマ娘は、毛先になるにつれて尾花の様な美しい色へとグラデーションになっていく少し深めの茶髪を揺らし、右目だけを空の色に染めた特徴的な姿を持ち、歩くだけで全ての視線を奪っていった。

 ウマ娘の名前は「ポンポーソ」、デビュー前にも関わらずクラシックレースで栄光を掴み、シニア級では不朽の記録を数多残すと決め付けにも似た期待を向けられている。

 向けられていた。

 新入生が学園に馴染み始めた頃に開催されたデビュー戦に、ポンポーソは名を連ね、レース場にはデビュー戦とは思えない程のファンが訪れた。本番では、当たり前と言わんばかりに1番人気に推され、今か今かとその時を待ち望まれる。

 

「イオ……緊張するけど、頑張ってくるね」

「あぁ! 沢山のお客さんがいるけど気負わずに、これまでの練習通りに走っておいで!」

「うん。行って、きます」

 

 体操服に身を包み、ゼッケンを付けたポンポーソは契約をしたトレーナーへと会釈すると、真っ直ぐにターフがある方へと歩いて行く。

 誰しもが「勝つだろう」「次に会えるのは重賞レースだね」と、一方的な気持ちを向けながら、その美しい姿を見つめていた。

 ポンポーソは、デビュー線を2着という結果でゴールした。

 

 

 クラシックレースが始まり、世代を代表する選手達が桜花賞や皐月賞といったGIレースで鎬を削り、レース界を盛り上げる横で、ポンポーソは注目されていた土俵から一転「期待外れだ」と、一方的に期待され、一方的に落胆された。

 ポンポーソはデビュー戦を2着で終わらせると、続く未勝利戦を4着、6着と終わらせ、再び2着と惜しい結果を重ねたがクラシックレースの初戦に間に合わなかった以上、ファンの期待はどこかへと消え去り、どこにでもいるウマ娘の1人となった。

 しかし、ポンポーソにとっては、その期待されていない状態になって漸く落ち着ける様になった。これまではずっと、身の丈に合わない期待を向けられ、逆にそれがストレスとなっていたのだ。

 

「マエストロ。次は、何をする?」

「そうだね。ひとまず休憩を挟んで、タイムを測ってみようか。次出走する未勝利戦はこれまでに走っていた距離よりも少し長いから、平均記録から遅れがないかの確認も兼ねて」

「分かった。次こそは、ノイが勝てる様に」

 

 キュッと拳を握ってみせるポンポーソを見ながら、トレーナーもまた力こぶを作りながら「頑張ろう!」と、ポンポーソの気持ちを高めていく。

 ドリンクを飲み、少しだけ雑談に花を咲かせ、トレーナーの掛け声と共にポンポーソはグラウンドを走る。ピッと軽い音を立てながらストップウォッチにタイムが記録され、良い感じだと笑うトレーナーに釣られて笑うポンポーソの足元から、誰にも聞こえない音が鳴った。

 

 

 朝一番に開催される未勝利戦。まばらな観客席を見ながら、ポンポーソは落ち着いた気持ちのままゲートへと入る。

 デビュー時には1番に推された人気も、今や5番人気まで下がりファンの注目が如実に下がった事を告げている。だが、ポンポーソはそれで良かった。

 ガシャンと音を立て、一斉にウマ娘達が芝の上を走り出す。ポンポーソはいつもの様に中団から少し後ろに位置を取る。

 

「ウマ娘達は揃った綺麗なスタートを切りました。ポンポーソは中団より少し後ろ、今度こそ、その末脚が前に届くのか注目が集まります」

 

 淡々と、重賞レースに比べると熱のない実況が場内に響く。向こう正面からスタートしたレースは、3コーナー手前にある坂によって縦長かつバラついた隊列となっていた。

 ポンポーソは3コーナーでメンバーが外に膨れたのを狙い、身体に掛かる遠心力を必至に押し込めて内ラチ沿いにコーナーを回り、下り坂を利用してロスをする事なく前に出る。

 

「今日こそ、ノイに……勝利を!」

 

 深く蹄鉄を沈ませて、芝を巻き上げながら最終コーナーを回り、長い直線と上り坂を進む。

 逃げを選んだウマ娘はペース配分を間違えてしまったのか、苦しい表情をして身体の芯がブレる。

 ポンポーソは、開いた目の前の隙間を狙って、もう一段ギアを上げる。1人、2人、と追い抜いて残り300メートルを切った辺りで先頭に立つ。後はもう、後続に追い抜かれない様に粘り続けるだけ。けれど、レースにおいて、一番難しい走り。

 後続から、他のウマ娘達がポンポーソを追い抜かそうとスピードを上げる。1バ身、半バ身と距離が縮められる。

 

「やらせない、からッ!!!」

 

 ウイニングライブ、明日の授業など気にせずに、限界を超えてポンポーソは更にスピードを上げる。

 ポンポーソの見る世界から、色と音が消える。ただ、ゴールの存在だけが思考を埋め尽くしただがむしゃらに進む。

 良しッと、柵のそばに立った男が隠しもせずに大きくガッツポーズをする。

 

「……嘘……イオが……? やった。やった! マエストロ……!」

 

 電光掲示板に表示された数字と、自身のゼッケンを何度も見直したポンポーソが嬉しそうに、幸せそうに振り返って目の端に涙を浮かべる。

 トップと比べたら、少しだけ時間が掛かったものの無事に未勝利戦を抜けられた事実に、トレーナーは頭の中で幾つもの未来を想像する。

 次は何のレースに出ようか、このタイミングならもしかしたらクラシックの最終レースには間に合うかもしれない、シニア級に上がったらポンポーソはもっと成長する。

 様々な事を考えながら、駆け寄って来たポンポーソへ拳を突き出せば、同じ様に突き出された拳がぶつけられる。

 

「おめでとう、ポンポーソ!」

「はい! 有難う御座います、マエストロ!」

 

 晴れ晴れとした幸せな気持ちにトレーナーとポンポーソは包まれる。

 再び鳴った軋んだ音には、気付かなかった。

 

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