幻の夢を追いかける華 作:日振
その日、アセビスズナは時間割で定められた授業に欠伸をしながら出席し、全ての用事を終わらせて巨大な門を通り過ぎた後、珍しく身体の向きを変えて歩き出した。
携帯を片手に、時々迷惑にならない程度に画面を見ながらウマ娘の感覚としては疲労の「ひ」の字にもならない距離を歩いて、とある場所で立ち止まり、一瞬躊躇った後に気合を入れて一歩を踏み出す。
その場所には、様々な色と様々な匂いが溢れていた。
キョロキョロと顔を動かしながら、スズナ自身が知っているもの、スズナ自身が全く知らなかったもの、見た事はあれど名前まではしらなかったもの、時折値段を見て「うへぇ」と失礼な反応をしながら店内を歩いていく。
「……あの、お客様。何かお探しですか?」
おずおずとではあるが、突然話し掛けられてスズナは思わず肩を上げる。声の方に顔を向ければ、店のロゴが印刷された落ち着いた色のエプロンを身に付けた女性店員が立っていて、スズナは驚きのままに「あぁ、えっと、」と前置きをしながら何度か視線を泳がせる。
「花を、探シテます」
言い終わった後に、花屋に来て花を探してますなど当たり前過ぎる事を口走った事実に、スズナは変な羞恥心を覚える。
しかし、生まれてこの方やった事もない初めての事をやろうとする手前、普段はほんの少し激しい性格をしているスズナでさえ謎の辿々しさが出るのも必然だった。
店員はスズナが放った言葉の雰囲気から、慣れない事をしているのだと察したのか買い物のサポートを申し出て、スズナが控えめに頷けば、早速、贈りものなのか飾るものなのかを聞かれる。
「……アー、えーと、贈り物。母の日ダカラ」
目線を外し、言い辛そうにするスズナを店員は笑う事なく、笑顔で分かりましたと返すと、季節柄他の花よりも多く在庫が用意されたカーネーションの前に案内されて、スズナは綺麗に咲いた赤を見つめる。
「母の日にカーネーションを贈るというのが定番となっていますが、矢張りシーズンという事で値段が上がってしまっていて……上限はどれ程にしましょうか?」
それは、制服のままやって着たスズナに対して店員の心遣いであり、尚且つ上限を決めてくれたらその範囲の中で最善策を見つけますよ、という頼もしい言葉だった。
だが、普段花屋どころか花にさえ興味を向けないスズナにとって、カーネーションは勿論、店の中で一番安いとされているであろう花の値段にもたたらを踏んでしまう世界だった。
「上限、3000円とか、4000円とか……?」
「その範囲ですと、カーネーションを中心に置いて、その周りを他の花で支える感じのデザインにするのが良いと思うのですが、他の花が混ざっても大丈夫ですか?」
「それハ全然気にならないデス」
「では、どの花が合うか探していきましょうか」
店員の言葉に、スズナはおんぶに抱っこ状態で頷きながら、再び店内を歩き始める。
カーネーションと同じ赤い色の花、オレンジや紫の穏やかな印象を作る近似色となる花、カーネーションの色を引き立てる補色となる緑色の花。
説明を聞きながら、スズナはカーネーションの値段を思い出す。
ある程度人に見せられる花束を作るのだったら、カーネーションは片手分も買えないかもしれない。ならば、少ないメインとなる花を引き立てられるものはと考えて、最後に見た緑の花を選ぶ。
スズナが「これにする」と言えば、店員は流石プロと言うべきか数十秒程考えてそっと、バケツから覗く花達を手に取ってまとめていく。
「……それでは、この様な雰囲気でいかがでしょうか?」
「うん。良い感じだと、思いマス……ア、配送もお願いしても良いデスか?」
「分かりました、少々お待ち下さいね」
スズナは、カウンターの下から取り出された送り状にペンを走らせていく。その途中、娘が突然似合わない事をやってきた事実をどう思うのだろうと一瞬不安になるが、何事にも笑顔で若者の様に楽しんでしまう母親の性格を思い出して杞憂だったかと思い直す。それに、もしこの花束が邪魔だったとしても、案外ハンドメイドが好きなあのヒトは、押し花やハーバリウムにでもしてしまうだろうと、スズナは湧いて出た不安要素を潰していく。
料金を払い、生まれてから一番疲れたなどと思いながら、スズナが肩から力を抜けば、話し掛けられた時と同じおずおずとした態度で店員に呼び止められる。
「あの、もしご迷惑ではなかったらこちらを貰って頂けませんか?」
差し出されたのは、手のひらサイズの籠に花が入れられた控えめなフラワーバスケットだった。スズナが首を傾げれば、店員は申し訳なさそうに頬を掻く。
「実は、タイミング的に仕方ないと言えば仕方ないのですが、カーネーション以外の花が少し余ってしまって……時間が経ったものをただ捨てるというのも勿体ないですし、鮮度が落ちたという意味で料金を頂くのも申し訳ないので」
店員の言葉に耳を傾けながら、カウンターに置かれたフラワーバスケットをスズナは見つめる。小さな花が沢山咲いたそれは、確かに少し萎れている部分も見えるが可憐さはまだ充分存在していた。
籠に入った白い色と、紫の花。2つの色を見て、スズナは連想ゲームでとあるウマ娘の顔を思い出してしまい、思わず首を振る。けれど、一度見てしまった手前、店員の言っていた通り勿体ないという気持ちが出てしまう。
「……貰ッテ、良いなら」
「本当ですか? 有難う御座います!」
大きめの紙袋を持ちながら、スズナは店を出る。これからの未来でまたやって来るかどうかは分からないが、なんとなく、心地の良い気持ちを覚えながらスズナは歩いて来た道を辿って行く。
何十分か歩き、自身が生活をする寮や学園が見えてきた所で、スズナは隠す事もなく「げっ」と声を出し。その声の所為で離れた場所にいた相手は、スズナの方へと目を向ける。
「スーちゃん!」
やってしまったと頭へ手を添えるスズナの事など気にせずに、小走りでやって来たウマ娘、アセビボタンは嬉しそうに尻尾をパタパタと揺らす。
「珍しいね、スーちゃんが寄り道するなんて」
「……スーちゃんって言うナ」
スズナは深く溜め息を吐いた後に、ふと、自身が手に持った紙袋が目に入って、そのまま脈絡もなくぶっきらぼうに紙袋を差し出した。
「な、に……って、お花? スーちゃん、お花好きなの?」
「違ぇ。偶々貰ったダケだ。アタシはどうせ放置シテ枯らすだけだから、先輩なら多少大切にするダロ?」
「……貰って良いの?」
「ン」
「有難う。可愛いお花だね」
「確か……バコパと、スーパーアリッサムとか言ってたナ。先輩みてぇな色ダカラ、ぞわぞわすっけど」
「えー、白と紫で私を思い出してくれたの? なんだか、嬉しくなっちゃうな」
「ハァ!? 何言ってんダ!?」
思わず大きく出てしまった声が夕陽に照らされる世界に反響する。ボタンの嬉しそうな表情から逃げる様に、スズナは歩き出すがその隣にピッタリと場所を取られてしまう。
「着いて来んナ!」
「着いて来るなって、帰る場所は同じじゃない。玄関までは一緒だよ」
「じゃあ、距離ヲ取れ!」
「もう! 相変わらず素直じゃないんだから」
ボタンはスズナの反応に笑いながら更に距離を詰めると、ギュッとスズナの腕に自身の腕を絡ませる。
辞めろと暴れる後輩をボタンは気にせずにそのまま歩いていれば、いつしか諦めたのか玄関までの短い距離を2人で歩いて行く。
階段の前、別れる瞬間に微かに感じる花の香りに、喜んでくれたら良いな。と、誰に向けるでもない気持ちをスズナは覚えながら、自身の部屋へと歩き出した。