幻の夢を追いかける華   作:日振

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 暗闇を抜ける為に

 

 アセビツバキは、自身と同じ芦毛であるアセビボタンへと強い尊敬の念を向けている。それは、他者から見たら圧倒されてしまう程に強い気持ちだが、その強い気持ちをボタンは適度に受け止めてくれて、だからこそツバキもまた思う存分にボタンの背を追い掛ける。

 ツバキは、ボタンと同じ左耳に飾りを付けたウマ娘として、クラシック期では桜花賞・オークス・秋華賞の路線で結果を残し、淡い気持ちとして「3冠」を手にしてボタンとその栄誉を分かち合えたらと思っていた。

 現実は、甘くない。それは歴史が証明していた。

 契約を結んだトレーナーである若旅伊吹から「君にはまだ無理だ」「メンタル面が不安定」と言われた重賞路線。その言葉の通り、ツバキはジュニア期のオープン戦で初めて黒星をあげてから、挑んだ重賞レースでは惨敗の2文字を重ねていた。

 しかし、大人っぽい所があるボタンと違い、大人っぽい所作はあれど中身はまだ年相応だったツバキは負けた直後は、反省会が出来ない程落ち込んで自己嫌悪に走った。

 どうしてだ。教えられた事が出来なかった。最初の頃は上手く走れたのにと考えて、メイクデビューの頃と比べたら着実に力は付いている筈なのに、それを発揮する力を失っていた。

 正に、先の見えない長いトンネルを歩いているかの様な不安に押し潰されて、その度にボタンを始め若旅や他チームメイトが支えたが、メンタルの不調は著しかった。

 

 

 ツバキは「幸せ」を全身で表現し、観客席へと何度も手を振るウマ娘を見ながら、1人ターフから出る。初めて着用した勝負服、尊敬するボタンからもデザインのアイデアを貰った大切な一着。それ故に、絶対に勝ちたいと思っていた。

 悔しさで、薄暗いトンネルの様な道の真ん中で壁に拳を叩き付ければ、鈍い痛みと共に現実が押し寄せてくる。

 

「……次、次こそはっ」

 

 地を這う様な鈍い声。ギラギラと不健康に瞳が光る。

 ツバキは、真面目で頑張り屋なウマ娘である。だが、だからこそ息抜きの方法を知らない。息抜きを教えても、未熟な自分がやって良いのだろうかと狼狽える。

 遠くから若旅が早足でやって来ると、何時もの様に「お疲れ」とツバキへ声を掛けるがツバキは小さく頷くだけで終わる。

 

「初めてのGIレースだったが、掲示板入りと素晴らしい走りだった」

「……そんな事はありません。勝てなければ、意味がない」

「そんな事はないよ。例え勝利を掴めなかったとしても、経験は次への布石になる」

「しかし、吾はこのレースで!」

「君とボタンは違うよ。それに、ツバキが完璧だと言うボタンだって歴史から見たら綻びの多いウマ娘だ」

 

 若旅はツバキの目を見ながら、柔らかい感情のまま呟くがツバキは顔を顰めたまま控え室の方へと歩き始める。

 

「伸び代あり、だな」

 

 ツバキのどこか頑なにも思えるその態度に、若旅は昔のボタンを思い出していた。

 今となっては皆のお姉さんらしく先頭に立ち笑顔を見せるボタンもまた、デビューした当初はツバキと同じ様に誰も寄せ付けない雰囲気で、自分ばかりを責めるウマ娘だった。

 

 

 初めてのGIレースで悔しい結果となってから、ツバキは更にトレーニングへと没頭し、明らかなオーバーワークとなっていた。周りが気を付ける様にそれとなく助言し、気を逸らす為に息抜きに誘ったが、どれもこれも芳しい結果にはならずどちらかと言えば、前回よりも少し調子を落としてレースに臨む事となった。

 若旅を筆頭に出走は諦めろと説得したが、ツバキは半ば無理矢理に出走へと漕ぎ着けた。

 

「どうか……どうか、無事に……!」

 

 辛酸を嘗めた表情で若旅は目の前のターフを見つめる。ツバキは先頭から殆ど離されずに、5番手の位置に着いており、ただ見ればツバキの得意な先行策に見える。しかし、若旅やレースで経験を積んだウマ娘はツバキの走りが「自分の得意」ではなく「離されない様に無理矢理走っている」のだと分かってしまう。

 たった1人、不穏な苦しさを顔に映してツバキは走る。

 

「帰って来い、ツバキ……」

 

 最終直線、頂きの景色を目指してウマ娘達がスピードを上げる。ツバキは、見ていられない程の酷いフォームで遅れない様にと、無理矢理にスピードを上げる。

 だが、その力が持つ事はない。

 徐々にスピードが緩み、ツバキは先頭から遅れ始める。

 表情が苦しみで染まる。気力で前に進んでも、しっかりと作戦の通りに走れたウマ娘達とは差は広がるばかりだった。

 東京レース場が歓声に揺れる。結果はどうあれ、誰しもがやりきったと晴れ晴れとした表情をする中、唯一ツバキだけは変わらない表情で1人、ターフを後にする。

 薄暗い道をツバキは歩く。鈍い痛みが両手を襲う。

 

「……ツバキ」

 

 静かに響いた声に、ハッとツバキが顔を上げる。視線の先には、ツバキが心の底から尊敬する美しい名花の姿。

 

「あぁ……ボタン様、ごめ、御免なさい……こんな失態を! 吾はあなたの背を追い掛けているのに、この様な無様な姿……申し訳ありません!」

 

 土下座でも始めんばかりに深く頭を下げるツバキに、ボタンはゆっくりと近付くと、その頬に触れ顔を上げさせる。ほら、と身体を起こさせれば殆ど同じ位置にくるツバキの瞳を、ボタンはしっかりと見つめながら微笑む。

 

「ほら、前を向いて。苦しさを感じるのは良いの、悔しさを感じるのは良いの。でも、そればかりに目を向けないで。あなたを応援する私達や、皆の声にほんのちょっとだけ、耳を傾けて」

 

 ボタンは痛々しいツバキの両手を包み込むと、もう一度「大丈夫」と魔法を掛ける様に口にする。

 ツバキはまだトンネルの中にいる。けれど、ボタンの放った一言は、ほんの少し先の未来でツバキに一歩を踏み出させるキッカケとなる。

 

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