幻の夢を追いかける華   作:日振

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理解出来ないものに怪異の被せものを

 

「ねぇ、知ってる? 高等部の先輩にまつわる噂話」

「噂? あぁ! それなら知ってるよ!」

「名前は確か……アセビボタン先輩だよね?」

「そう! アセビボタン先輩がお化けが見えるって話!」

「お化け? 私は幽霊が見えるんじゃなくて、特殊能力が使えるって聞いたけど……」

「えっ? 僕は何百年も昔から生きてるウマ娘だって、聞いたけど?」

「あ、れー?」

「同じ先輩の噂話なのに、皆聞いてる事が違うね」

「こんなにも近い距離にいながら全員の話が変わるって事は……なーんだ、やっぱり噂にもならない戯言って事かぁ」

「それにしてもなんでこんなに話がごちゃごちゃになっているんだろう?」

「さぁ? ユカイハンってやつじゃない? 誰かが暇潰しに変な話を作って話したら広まっちゃった、みたいな? まぁ良いや! 私達に今必要なのは噂話じゃなくて練習! トレーニング行こ!」

「そうだね。目指せ、G1ウマ娘。ってね!」

 

 

 

 

 

 ウマ娘が目指す日本屈指の学び舎、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園は中等部から生徒を受け入れているマンモス校であり、人数の多さから毎日の様に初出不明の噂が囁かれている場所でもあった。

 例えば、どこそこの階段が1段増えた。

 例えば、〇〇先輩を2人のウマ娘が別の場所にも関わらず全く同じタイミングで見た。

 例えば、これまで足りなくなった事のなかった食堂のご飯が一瞬でなくなった。

 新しい噂が生まれては消え、生まれては消えを繰り返し、9割以上の噂は広まる事も日の目を見る事もない。だが、生まれてくる噂の中には時折、消える事なく学園内に広まり「噂」として機能するものもあった。

 トレセン学園で最近囁かれるようになったアセビボタンの噂、それこそが消える事のなかった噂の一つだった。

 ボタンは先輩・後輩に関係なく誰にでも優しく、レースでも一目置かれる確かな実力を持ち、憧れの存在にされるお姉さんであった。それなのに何故、幽霊だの、特殊能力だの、長命だのと噂話が作られたのか。

 ウマ娘、アセビボタンには兎に角謎が多かった。

 ボタンは親身になって他のウマ娘の話を聞いてくれる。しかし、自分の話をする事は少ない。

 ボタンは他のウマ娘と共に行動する姿がよく見られるが、1人の時に何をしているのかは目撃情報はある筈なのに分からない。

 ボタンがジッと何かを見ている時に同じ場所を見ても気になる様なものはあらず、聞いてみても「特に何もない」「気にしないで」の一点張りで、ボタンが何を見ていたかを知る事はない。

 そして、本人の持つ行動の不思議な雰囲気を裏付ける様にして、ボタンが「雨が降る」と一言でも言えば実際に雨が降り、「酷い天気になる」と言えば雹が降り、雷が鳴りと誰かが口にした「特殊能力」だと形容されても頷ける行動を実際に行なっていた。

 ボタンが中等部の頃から積み重ねていた行動は、高等部になる頃にはトレセン学園の極々一部で「トレセン学園七不思議」へと昇華される程になっていた。

 

 

 トレセン学園の某所、とあるチームに分け与えられた一室。

 数時間前までペトリコールを漂わせていた地面は、今や数多降り注ぐ雨粒によって隙間なく濡らされていた。学園の中も湿度が上がり、灰色の空に比例するかの様にどこかじっとりとしていて薄暗い。

 普段と比べ質感が違う様に感じるLEDの光を浴びながら、チームシェアトに所属するチームメンバーの2人が定位置となっている場所に座り、片方は脚を組みながら窓の外を見つめ、片方は机に向かい何かノートを記入しながら時間を潰している。

 だが、音楽の一つもない空間に飽きたのか、雨音だけが響く部屋の中で脚を組んだショートポニーテールの目付きが少し鋭いウマ娘、アセビスズナがノートを机の上に広げ何かを行なっている先輩ウマ娘であるボタンへと目線を向ける。

 

「ナァ、せんぱーい」

「ん? どうしたの?」

 

 ボタンは目線を机に向けたままスズナの方へ顔を向ける事はないものの、両耳はしっかりとスズナの方向へ向けていた。

 

「先輩ってヨォ、死んでンの?」

「え……? ど、うして、そうなるのか、な?」

「イヤだって、トレセン学園デ先輩が霊が見えるだの超能力が使エルだの、何十年モ生きてるだのッて」

「いや、いやいや……どこで生まれた噂かは分からないけど、そんな事は流石の私でも出来ないよ」

 

 ボタンは否定する気持ちを表す様にペンを離した両手と一緒に、尻尾を左右にパタパタと揺らしながらスズナからの言葉を全て否定していくが、スズナは納得のいかない様な顔でもう一度口を開く。

 

「でもよ、先輩が雨降るって言ったら降るシ、空ガ荒れるって言ったら荒れるジャン。何十年も生きてるから使える様になったんダロ?」

「雨? 荒れる? あぁ! それは空を見てるだけだよ」

「空?」

「そう。よく言うでしょ? 積乱雲があったら雷が鳴るとか雹が降るって言われてて、燕が低く飛んだら雨が降るとか。何十年も生きてるのは……私と似ている芦毛のウマ娘さんがその昔、学園にいたんじゃないかなぁ。場合によっては写真も残ってないから、本当に根拠もない与太話だよ」

「そんだけ?」

「多分。それに、天気の事も所詮は素人の観天望気で専門知識がある訳じゃないから当たらない事だって多いし、たまたま成功した時の話だけが1人歩きしてるんだろうね」

「……なんだ。ワクワクして損しタ」

 

 妖怪の正体は一説に、自分とは違う身体的な特徴を持つ者や、精神的な疾患を持つ者を、知識や治療法などがなかった時代にカテゴライズする為だったのではないかというものがある。

 それと同じく、人々やウマ娘の特殊能力も大きな一つからほんの一部だけを切り取って「特殊能力」だと言ってカテゴライズしただけなのかもしれない。

 

「……つまんネー」

 

 クールな性格に反して、年相応に格好良いもの好きな面があるスズナは再び灰色の空へ視線を動かすと、誰にも聞かれない声で自分の興奮が打ち砕かれた事実に対して悪態を吐いた。

 

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