幻の夢を追いかける華 作:日振
今から見て、少し昔の話。
私は基本的に一度眠ったら目を覚まさないのが普通で、その日も特に問題なく目を閉じて、眠りに就いた。でも、珍しく夜中に目を覚まして、その時は酷く喉が渇いている様な感覚を覚えた。だから、珍しいなと思いつつお台所の方へ歩いて水を飲んだの。
喉が渇いて目が覚めたんだから、何となくお手洗いにも行っておこうかなって思って、用事を済ましてお手洗いの電気を消した時、お手洗いがある場所から見える玄関に月光に照らされた小さな影が見えた。
その日は親戚の子達も遊びに来てたから、もしかしたら私と同じ様に眠れなくなってしまったのかと思って、私はその子に近付いてどうしたのって声を掛けた。けど、その子は何も言わなかった。
聴覚に問題のある親戚の子はいなかったから、不思議に思ったけど何か返答出来ない様な事情があるのかと、ゆっくりとその肩を叩いてもう一度「どうしたの?」って言おうとした。
そうしたらね、私が肩に手を伸ばそうとした瞬間、玄関にあった姿見にヒビが入ってパリンって割れたの。私、すっごく驚いちゃって「わっ」て声を上げたら目の前にいたはずの子はすっかり姿を消していたんだ。
その日からね、お風呂だったり洗面所だったりいつの間にか新しくなってた姿見だったり、家の中、はたまた家の外とかにある鏡とかガラスに私が写ると、必ず玄関で消えちゃったあの子も一緒に写る様になった。
何か嫌な事がある訳じゃなくて、本当にただ、写るだけ。それでも、私自身に害はなくても居心地の悪い感覚があって、常に視線を感じる様な違和感があった。
「私、何も出来ないよ。もう離れて欲しい」
いつの日か、初めてあの影を見た日と同じ玄関で私は鏡に向かってそう言った。背後には見慣れてしまった小さな影もある。
声も聞いた事がないその子へと、私はもう一度「無理だよ」と言おうとしてなにやってるの?って言われた。私はまたびっくりして、肩を揺らしながら視線を動かしたら遊びに来ていたチカラちゃんって呼んでいるお姉ちゃんがいて、不思議そうに首を傾げてた。
正直に、「幽霊がいる」なんて私は言えなくて、脈絡もなく視線を動かしていたらチカラちゃんは「あぁ!」って何か納得した様に手を叩いてこう言ったの。
「気付いた!? そこに飾ってある絵、新しくしたんだよね。なんとなんと、トキちゃんの手描きだったりして〜?」
私、もう一度驚いちゃった。
だって、そこにあるのは姿見の筈で、絵なんて飾ってなかった。
だけどね、チカラちゃんからそう言われて私は「そっか」って思ったの。飾ってあるのは本当は絵で、姿見なんて昔からなかったよな、って。
そう思った瞬間に、目の前から姿見はなくなっていて、綺麗な絵が壁に掛けられていた。
そうして、やっと、私は思い出した。
そもそもの話。私の全身を余裕を持って写せる大きな姿見を設置出来るスペースなんて、最初から玄関になかった。それは、お家が建てられた何十年も昔からずっと、変わらない事実。
私、何を見ていたのかな。
電気を消し、少し薄暗い教室の中蝋燭を模したライトを吹き消す様な素振りでスイッチを切ったアセビボタンが、「どうだった?」と首を傾げれば、対面に座るアセビロードがうーんと唸る。
「意味分かんない話ですね? 存在しないものが存在していたのは100歩譲って良いとしても、それに気付かないなんて事あるんかね?」
「それがあったんだよね。本当に、違和感を感じなかったの」
「それはそれは、摩訶不思議な話なんですね? コウロちゃんはどうだった?」
ロードは特に怖がる事なく左腕にしがみ付く後輩であるアセビコウロへと視線を向ければ、コウロは今にも泣きそうな表情で首を振る。
アセビボタンをリーダーとするチームシェアトは、コウロを除く全員が心霊・怪談といったジャンルへ触れるものの、恐怖心のボーダーがあまりにも高く、余程の事がない限り怖がる事はない。だが、懐疑派や信じない質ではなく夏の時期になると、こうして机を囲み怖い話を楽しむ会を開いていた。
「……全く、クソビビりな癖によく参加するよナァ?」
カチカチとライトのスイッチを弄るアセビスズナが呆れた様に呟くが、スズナの隣にいたアセビルピナスは「まぁまぁ」と宥めながらスズナの手からライトを抜き取る。
ルピナスは再びライトのスイッチを入れ、ぼんやりとした光で10センチ程度の半径を照らす。
「では、お次はルーちゃんがー」
前置きをし、ルピナスが時折何かを思い出す様な訥々とした話し方でボタンと同じ実体験と称した話を口にしていく。
コウロを除く全員が怖がるというよりも、興味深くその話へ耳を傾けて終わった時には謎の満足感がその場に流れる。
「この話、なんだったんでしょうねー?」
「話を無理矢理カテゴライズするなら神隠し、に近いのでしょうが、それにしてはルピナスさんがいなかった数日、ご家族はこれまでと変わらずルピナスさんと交流しながら日々を過ごしていたのが引っ掛かります」
「ですよねー? ルーちゃんは2日間の記憶がないのに、両親はルーちゃんの記憶にない2日間を今までと同じ、ルーちゃんと過ごしていたのは、あなたは誰なんだーって話、ですねー?」
「入れ替わられたのでしょうか?」
「誰にですー?」
「それこそ、神様とか?」
「神ナンテこの世にいねぇダロ」
「分からないよ。この世界は何が起こるか未知数だもの」
其々の考えを口にしながら怖い話も程々に考察に熱が入り始めた最中、ウマ娘達の話を聞きながら1人事務作業を行っていたトレーナーである若旅伊吹が、無意識に目を向けた時計を見て手を叩く。
「水を差して悪いが、そろそろ寮に戻る時間だぞ」
「ア? もうそんな時間カ」
「盛り上がりましたねー」
「……た、助かった」
1人だけ安心した様な晴々とした表情を浮かべながら、各々がバッグを持ち扉へと向かう。
さようならと、扉へと手を掛けた瞬間、若旅が声を上げる。
「お前も、」
お前も?
誰に向けた言葉なのか分からずに、何人かのウマ娘が振り返る。そして、視界に入る不思議そうに誰もいないソファへと顔を向ける若旅の姿。
「ここにもう1人いたよな。どこに行ったんだ?」
「もう1人、とは?」
「もう1人はもう1人、だろ。皆が話し始めた頃に入ってきた黒い髪の、誰かが友達を呼んだのかと思ってたんだが」
「吾も見ました。吾やボタン様と同じ左耳に飾りを付けていました。しかし、髪の毛はロードの様に茶色に近い色でしたよ」
「え? いやいや、黒髪で右耳に飾りを付けてお下げって言うのか? 2つに結んでて」
「それはあり得ません。ボタン様の様に結ばずに下ろした姿でした」
「2人いたンじゃねぇの?」
「ふ、2人!?!? 1人だって見間違いではないのでしょうか!!!!!」
不思議そうに話すツバキと若旅、特に気にしていなさそうなスズナ、持ち前の怖がりな性格から震え上がるコウロ。
三者三様な反応を見せながらも、若旅とツバキが見た謎の存在の答えが出る事はない。
「じゃあ、本物の幽霊を見たって事で」
折衷案を出すかの様に、笑顔を浮かべながら指を立てたボタンを見ながらコウロは全力を持って「それが一番駄目です!」と叫んだ。