幻の夢を追いかける華   作:日振

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競走馬の話
馬がヒトに出会ってから、別れるまで。


 

 わたしは生まれてからずっと、お友だちがいなかった。みんなからは「お前なんかなかまじゃない」って言われて、お友だちの輪に入れてもらえなかった。

 ずっとずっとさみしくて、かなしくて。がんばってなかまになろうと、お友だちになろうとみんなに話しかけたりもしたけれど、けられたり、むしされたりでやっぱりわたしは1人だった。

 

「ゆきかぜ」

 

 わたしがもう、1人ですごすことになれたころ。しらないヒトがやって来て、わたしにむかってそう言った。そのヒトはわたしのおせわをしてくれるみなれたヒトたちとはちがってピカピカしていて、ずっと笑顔で話してくれた。

 わたしはみんなより、優しくしてくれるヒトが好きだったから、そのヒトにもすぐにちかづいてあいさつをしようとかおをちかづけたの。

 そうしたら、そのヒトは優しくかおをなでてくれた。優しいこえでわたしに話しかけてくれた。

 ゆきかぜ。

 その響きがわたしの「名前」だということに、初めてきがついた。

 

「これから宜しくね」

 

 「つぶらやせんせい」と呼ばれていた優しいヒトと、おしまいだよって言われるまでずっと遊んで、また会いたいなって思っていたら、つぶらやせんせいのおうちに遊びに行くことになって、すっごくおどろいた。

 でも、わたしはみんながスキじゃなかったから、つぶらやせんせいといられるのがおどろいた後、すっごく嬉しくなっておもわず跳ねたら「あしもとがわるいから?」って、ちょっとだけおこられた。

 つぶらやせんせいはじゅんび?があるからってひとりでかえっちゃったけど、バイバイをする時に言ってくれた「また明日」って言葉に幸せな気持ちになった。

 わたしはうまれて初めて、明日が楽しみになった。

 うれしい。たのしみ。って、いつものヒトに自慢したら「よかったね」って撫でられた。つぶらやせんせいも好きだけど、ここにいるヒトも大好きだから、照れ臭くていつもは言えないありがとうを、いっぱい伝えてから遊びに行くの。

 

 

 つぶらやせんせいのおうちに遊びに来てから「ほうじくん」がやって来た。ほうじくんはわたしの顔をみてすごく驚いて、わたしもビックリした。だけど、すぐにわたしは心配になって、かおをちかづけて「どうしたの?」ってしたら、つぶらやせんせいと同じ様に頭を撫でてくれた。

 ほうじくんがわたしの頭を撫で終わった後、ほうじくんは嬉しそうにつぶらやせんせいと話し始めた。

 つぶらやせんせいとほうじくんが話している間、わたしはじゃましちゃいけないと思って、つぶらやせんせいのおうちに住んでいるワンワンだったり、ニャンニャンって鳴く小さいお友だちと遊んでいた。

 

 ほうじくんはわたしに「ケイバ」へ出てほしいらしい。ケイバがなんだかは分からないけど、つぶらやせんせいと仲良しなほうじくんのお願いならやっても良いかなって思った。

 でも、つぶらやせんせいは笑顔じゃなかったのが気になったから、つぶらやせんせいがダメっていったら、ヤダって言おう。

 

 あれから数日、つぶらやせんせいはわたしの頭を撫でながらウンウンとうなってずっとなやんでいるみたいだったけど、わたしをほうじくんの言っていた「ケイバ」にちょうせんさせるって決まったみたい。

 つぶらやせんせいやほうじくんの言うケイバがなんのことなのかわたしは分からないから、難しいことだったらどうしようって不安になったけれど、つぶらやせんせいやほうじくん、おせわしてくれてたヒトとはまた違った、知らないヒトをおぶって走れば良いだけだって教えられて、それなら簡単だから大丈夫だなって思った。

 ヒトをおぶって、走って、合図が出たら全力で走れば良い。わたしがみんなを追い越して1番前で走ればつぶらやせんせいも、ほうじくんも、わたしがおぶっているヒトも喜んでくれるから、わたしは嬉しかった。

 わたしにも大切なお友だちができた。

 あの時のみんなを見返せるくらい大切なお友だちで、仲間なの。

 

 

 わたしは足がはやいんだって「ちょーきょーしさん」が言っていた。たしかに、いつもケイバは1番でみんなよりもずっとはやく走り終える。

 わたしはさいきょーなんだって。ちょーきょーしさんが誇らしそうにしていて、わたしも嬉しくなった。

 「名花アセビボタン」がわたしのあだ名だって、いつもおぶっている「こがねいじょっきー」が教えてくれた。いみは分からないけど、なんだか格好良い。

 誇らしかった。頑張った。オオブタイ?でも、わたしはかわらずに走った。さいきょーのわたしは何も問題がなかった。それなのに、わたしは負けた。初めて2番になった。「トキノミノル」しらない名前。

 どうしてだろう。なんだかすごく、ムカムカする。

 気持ちがどうにも出来なくて、思わずじめんを叩いたらこがねいじょっきーに優しくなでられて、久しぶりに大声でさけんだ。

 こんなきもち、初めてだ。

 わたしはつぶらやせんせいに出会ってから、「初めて」を沢山沢山感じている。

 

 

 トキノミノルに負けてから、わたしはじょうずに走れなくなった。早く走らないとって思うのに、じょうずに身体が動かせない。今までは関係なかったみんなにかこまれて、こわいとおもった。足がぶつかりそうになるのも、ドタドタと鳴る音も、ヒトの手がぶつかりそうなのもぜんぶが怖い。

 こがねいじょっきーは、ばぐんがと言っていたけど、わたしは「ばぐん」がきらいだ。

 トキノミノルに負けてから、4回走って、4回とも1番さいごに走るのがおわった。ずっと1番で終わってたのに、さいごじゃないと終われなくなった。

 あの日、わたしが初めてじぶんからご挨拶をしたわたしと違う茶色いお友だちとも会えなくて、悲しいし、辛い。また会おうねって約束したのに。

 こんな気持ちは、知りたくないよ。

 

 

「大丈夫。ボタンはよく頑張ったよ。次で終わりにしようね」

「アセビさん、私の大切な子。そろそろアセビさんの旅も、終わらせようね」

 

 ふたりに撫でられる。

 さいきん、つぶらやせんせいは丸いのがついたやつに座りながらいどうしてるから、むかしみたいに抱き締めてはくれないし、一緒に過ごす時間もずっとすくなくなってしまった。それに声だってどんどん元気がなくなっているみたい。

 次、わたしが1番になったら、昔と同じようになってくれるかな。わたしの元気を、つぶらやせんせいに贈ることができるのかな。

 

 

 はしる。走る。まわりが五月蝿い。嫌だ。こわい。

 もう、あきらめちゃえばこの気持ちにならなくて良いのかしら。

 そんな事を思った瞬間に、身体から元気がなくなって、走りたくないってかんがえが頭にあふれてくる。

 もう、辞めちゃおうか。

 わたしは初めて、ケイバのとちゅうで走ることを辞めようとした。さいごだから、いつもみたいにじゅんばんがさいごになっても頑張ろうって思っていたけど、もう、辞めてしまおうって思った。

 

「ボタン! そのまま走れ! 頑張れっ!!!」

「頑張りなさい! 私のアセビボタンッ!!」

 

 ふと、こえがきこえた。わたしの名前を呼ぶこえ。

 横目で辛うじてみえたむこうの景色。

 つぶらやせんせいと、ほうじくんがわたしの名前を呼んでいる。つぶらやせんせいなんて丸いやつじゃなくて、ひさしぶりに立って、昔と違ってガサガサになった声なのに必死でわたしの名前を呼んでくれている。ほうじくんなんて大きな声でわたしの名前を読んだ後につぶらやせんせいみたいにゴホゴホって動いて、顔を下げてしまった。

 わたしは2人の声がきこえた瞬間、ふしぎとばぐんが怖くなくなった。

 こがねいじょっきーが「いこう、アセビボタン!」って合図を出してくれた。

 

 あぁ、思い出した。思い出したよ!

 こうみえてわたし、あしがとってもはやいんだからッ!!

 つぶらやせんせい、ほうじくん、こがねいじょっきー、それに応援してくれるみんな!

 そこでしっかり見てて!

 

 わたしが、1番になるところ!

 

 ばぐんの中からこがねいじょっきーの合図のままにぬけだして、そのまま思いっきり走る。トキノミノルとしょうぶした時と同じか、それいじょうの速さでわたしはきっと走った。

 わたしは、もういちど、1番になった。

 泣きながらこがねいじょっきーがわたしの首に抱き付いて、誇らしげにほうじくんが鼻の先を撫でてくれた。

 つぶらやせんせいはさっきと違って立てなかったから、わたしがその分首を下げたらひさしぶりに身体全部でわたしの顔を抱き締めてくれた。

 

「アセビさん、あなたと共に旅ができて良かった。有難う。本当に、有難う」

 

 こちらこそ、有難う。私も円谷先生や皆と旅ができて、とっても楽しかったよ。

 

 

 さいきん、ほうじくんと時々こがねいじょっきーが遊びに来てくれるばかりでつぶらやせんせいが遊びに来てくれない。新しいお友だちも可愛いチビもいるから、悲しくはないけれど、少し寂しい。

 

「ボタン。円谷先生が亡くなってからもう1年が経ったよ。寂しくはないかい?って言っても、君には理解できないかな」

 

 ほうじくんはいつもみたいにわたしをなでながら話してくれるけど、言葉の全部をわたしは理解できない。それでもつぶらやせんせいがもうこの場所には来ないんだなって事はほうじくんのお顔から分かっちゃったよ。なんとなくだけど。

 でもね、はくじょーものかもしれないけれど、泣いちゃうほど悲しくはないの。

 お友だちがいて、チビがいるって事は勿論だけど、どこかの世界でまた、つぶらやせんせいがピカピカの服を着て、わたしに会いに来てくれる。って、そう思うから。

 

 だから、その時はまた、一緒に旅をしようね。

 

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