幻の夢を追いかける華 作:日振
使い古され、動きの悪くなったキャスターがガラガラと不快な音を立てる。音の主であるスーツケースにはベタベタと世界各国のステッカーが貼られていた。
スーツケースを回収し、国際線から鼻歌で楽しそうに歩くのはウマ娘のアセビデージー。跳ねる様に歩く動きに合わせ、左耳に付けられた複数のピアスと、髪の毛を彩る花の飾りが付いたヘアピンが光を反射する。
「よぉーっし! welcome to Japan! 待っていな、ジャパンのウマ娘達!」
「何を言いますけ、貴方、日本のウマ娘ね?」
「はぁぁぁぁぁ……ったく、浪漫がねぇなぁ!」
デージーの隣を歩く男、トレーナーであるルドルフ・コヴァーチュは綺麗なスーツと汚れのない革靴、寝癖など一切ない整えられた髪を携えながらデージーの言葉を真面目に返す。
トレセン学園の中でも特異な2人であり、日本にいるのが珍しいとも言えるポジションにあるが、どこまでいっても海外遠征の範疇に過ぎず空港を歩いていてもインタビュアーに囲まれるなど面白い事が起こる事はない。
カツカツと革靴とローファーを鳴らしながら、あれだこれだと立ち並ぶ店に目移りするデージーの手をルドルフは掴んだまま真っ直ぐに歩いて行く。
「おい! お土産買って行こうぜ! なぁ、ルドルフ!」
「駄目よデージー。トレセンに挨拶回りしなきゃいけないよ」
「そうは言ったってそこら辺の店を覗くくらいの時間はあんだろうが!」
「ないです、ないですよ〜。見るなら明日も明後日もありますね?」
「頑愚め……!」
「私、難しいニホンゴは分からないね。Prosím, mluvte se mnou slovy, kterým rozumím.」
「Jelikož jsme si blízcí, prosím, pochopte, co říkám〜!!!!!!」
「あ! いつの間に学びましたか!?」
「ア〜? 学ばなくても聞いてれば何となく分かるよ! なぁ、運命共同体サマ?」
ギャイギャイと声高らかに話すデージーによってすれ違う人々、ウマ娘達から注目の的となるが他者からの視線を気にする事を辞めたデージーは堂々と通路の真ん中を歩いて行く。
酷く時間を掛け、漸く出口へと辿り着けばルドルフが手配したタクシーへと乗り込みトレセン学園の土地を、久し振りに踏む。
トレセン学園と言えど巨大なスーツケースを引いた姿は珍しく、空港同様に注目の的となるが矢張り2人は気にする事がない。
「ここが……俺達のホームだな!」
「えぇ。私達のホームよ」
「ふふふ。日本のレースに国際招待された以上、下手な事は出来ないからな。完璧に調整すっからな!」
「何を言いますか。日本のウマ娘として、日本のウマ娘と同じ手続きで出走するのよ。国際招待なんて凄い事してない、分かる?」
「つまんねー奴!!!!」
デージーがルドルフの尻を蹴る。しかし、口振りに反して力の使い方は理性で制しているのか、ルドルフがよろける事も、動けなくなる事もない。
騒ぎながらも、ある意味で歩き慣れなれなくなっていた廊下の感触に、デージーはどこか居心地悪そうにしていた。
ルドルフとデージーが帰国してから一週間と少し、最初は軽いストレッチから始まったトレーニングは徐々に負荷を高め、短い時間の中で本番で戦える土俵まで身体を作っていく。
休憩時間やトレーニング終わりに覗く街やインターネットの中は本番となるレースの話題で持ちきりだった。
「……あぁ。やってやるさ」
本番前、普段より少し早い時間に潜り込んだベッドの中。天井を見つめながらデージーは小さく呟く。
そして、期待や小さな使命感を感じながら、左右に柔らかく灯った光をデージーはゆっくりと閉じた。
東京レース場、GI「ジャパンカップ」。芝の2400メートルで行われ、海外のウマ娘も来日する国際招待競走。
しかし、デージーが出走する今年のジャパンカップは、直前の怪我やタイミングの問題で海外からウマ娘が来日する事はなく、そういった意味で海外で活動する事が多いデージーは「自分が海外から招待された唯一のウマ娘である」と冗談を言っていた。
晴天の光を浴びて耳飾りや髪飾りがキラキラと光り、全身は後方のポジションを取った為に少し汚れている。日本でトップの成績を収めるウマ娘、日本のみならず世界でも優秀な成績を刻んだウマ娘、虎視眈々と栄光へ挑むウマ娘、デージーを除いた17人は誰もが強い視線で勝利を見つめていた。
「先頭のウマ娘がただ1人、4コーナーを回って長い直線に入ります! 上り坂での根比べを制し、勝利するのはどのウマ娘かっ!」
興奮した様子のアナウンサーが声を荒げる。マイクに感情のまま声を乗せる所為か、若干の音割れをしているがそれもまた会場の熱狂に飲み込まれて誰も気付く事はない。
先頭を走るウマ娘が上り坂によってスピードが鈍ったのを、2番手、3番手、前の位置にポジションをキープしていたウマ娘達が差を縮めていく。
スタートして直ぐの頃は縦長になっていた隊列はギュッと固まり、内側にいたウマ娘が進路を求めて苦しそうな表情を映す。
「ここで! ここで! 後方から一気に先頭へ迫る影! あのウマ娘は……アセビデージーだ! 世界を巡り武者修行をしていたウマ娘は、遂に日本のGIレースで勝利を刻めるか!!!」
デージーはスピードを上げ、後方から一気にポジションを上げながら笑顔を見せる。綺麗な楕円のコース、整地されきった地面は穴の一つも開いていない。直近ではヨーロッパのレースに出走していたデージーにとって、走り易過ぎる地面。
日本のレースでデビューした時は、周りと比べて特別に秀でたものなんてなかったデージーではあるが、遂には先頭を走っていたウマ娘に並び立つ。隣のウマ娘は苦しさを浮かべ、デージーは笑っている。
会場のボルテージが更に上がる。いや、もしかしたら名前も知らなければ日本で成績を上げていないポッと出のウマ娘が、日本のレースファンから愛され、尊敬され、応援されるウマ娘達の前に立つ事への不平不満、不快感によるものだったかもしれない。
「アセビデージーが残り100メートルで前に出た! 2バ身、3バ身、まだ開く!? 止まらない!! 止められない!! 何と言う伏兵!!!!」
レースをジッと見ていたルドルフは、拳を握り、口角を上げながら目の前の景色を見つめる。
最後まで力を抜く事はなく、全力でもってゴール板の前を走り抜けたデージーがスピードを緩めながら拳を高く上げると、振り向きルドルフの方へとサムズアップを向ける。
「アセビデージー! アセビデージーがやりました!! 今年のジャパンカップはまさかの伏兵、16番人気のアセビデージーが優勝です!!!」
テンションが上がり、観客や共に戦ったウマ娘達へ投げキッスをするデージーの喜びと、デージーへと嬉しそうに両手を大きく振るルドルフ。
反面、東京レース場はまさかの結果になった事に、シンと静まり返っていた。
「……という、夢を見た。矢張り俺はジャパンカップに出るべきだったのでは?」
「国際競走は国際競走でも、香港の方だったね」