幻の夢を追いかける華 作:日振
少しレトロな内装に、ノスタルジックな感覚を覚える車輪が動く音。普段利用する電車では感じられない非日常に、人間とは違う位置にある耳が楽しそうに動く。
美しい自然と、風景の真ん中をゆったりと進む蒸気機関車は乗客達に移動手段以上の特別な時間を与えていた。
石炭が燃やされ煙突から煙が上がる。時代に取り残されたかの様な、確かな歴史を持ったデザインの黒い塊が進む。
「……素敵ですね」
内装、窓の外、聞こえる音、全てに意識を向けながらポツリとウマ娘であるトゥカーナェが呟く。目の前には、トレーナーの姿。
「本当に。予約が出来て良かった」
「でも、こんな素敵な経験をさせて頂いて、カナは何が返せるのか……どうしましょう」
「気にしないで! 今日はリフレッシュも兼ねているけど、カナがレースを頑張っている事へのご褒美みたいなものだから!」
トゥカーナェの目の前に座る彼女は、嬉しそうに笑う。トゥカーナェはデビューしてから9戦6勝。更には佐賀三冠という変え難い称号にプラスして、つい先日には中央のウマ娘達も出走するダートグレード競争へ果敢に挑戦して3着と随一の成績を残していた。
凄いよと純粋な感情を乗せながら褒められたトゥカーナェは、頬を赤く染めながらバタバタと脚が動かせない代わりに自身の尻尾を抱く。年頃の学生らしい反応を見せるその姿からは時代の中に刻まれる強さは感じられない。
「次は名古屋グランプリ! 中央のウマ娘さん達は勿論だけど、カナと同じ歳の娘だけじゃなく、お姉さん達に囲まれる事になるから頑張らないといけないよ。まぁ、これはJBCの時も一緒だったけど!」
「はい! カナは負けません」
キュッと力こぶを作って見せるトゥカーナェにトレーナーである伊波実幸は腕を伸ばし、その柔らかな髪を撫でる。
「……トレーナーの癖に、カナを勝利へ導く人間の癖に、こんな事を言うのは申し訳ないんだけどね。勝たなくても良いの。ただ、カナが自分らしく走って、無事に帰ってきてくれたら良いの」
「トレーナーさん?」
「成績なんて、カナが自分らしく走った後に自然とついてくるもの。だから、次のレースもカナは自分らしく走ってね」
「自分らしく……はい! 自分らしく走ります! カナは強くなって大好きな子供達を守れる様になりたいです。カナは、皆を守れる力を付ける為に頑張りたい! です!」
「うん! これこらどんどん強くなるカナの相棒になれる様に、私も頑張るからね!」
「何を言いますか。トレーナーさんはもう、カナの相棒です。本当に、カナを見つけてくれて、有難う御座います」
座りながら頭を下げるトゥカーナェへ、焦った様に伊波は手を振り、こちらこそと頭を下げる。まるで、タイミングを間違えたお見合いの様に、向かい合いながら互いに頭を下げる時間が流れる。
今か、今かと考えて、顔を上げれば視線の先に同じ様な事をしていた相手が見えて笑い合う。
「あっ! そういえばさ、カナはこれからどんなレースで勝ちたい?」
伊波が問い掛ける。
トゥカーナェは、その身に高い能力を秘めたウマ娘ではあるが、目標としては「強くなりたい」というもので、他のウマ娘と違って特定のレースに勝ちたいとか、GIレースに出走し歴史を作るとか、地方所属のまま中央のレースに勝つといったレースに対しての目標を伊波は聞いた事がなかった。
もしかしたら、トゥカーナェがあまりレースについて詳しくないのかもしれない。それならば、しっかりと話し合って目標を決めていきたかった。
「どんなレース……佐賀のレースは勿論ですけど、強いウマ娘さん達が沢山出るレースにも出走したいです」
「それは、自分が強くなる為に?」
「はい!」
「よし、それなら沢山トレーニングして、頑張っていこう! フェブラリーステークスとかチャンピオンズカップにも出ちゃったり?」
「そ、それは……恐れ多いというか、流石に緊張するというか……」
「何言ってんの! 佐賀所属のトゥカーナェが見事中央ダートGIを勝利! 格好良いよ!」
「怖い事言わないで下さい〜!」
顔を覆うトゥカーナェに対し、伊波は窓枠に置いたペットボトルのお茶を口にしながら「大丈夫だ」「出来る」と言わんばかりにサムズアップをする。
「……まぁ、必ずしも出走するとは考えてないよ。他のレースとの間隔だったり、色々あるからね。でも、カナはJBCがまぐれなんかじゃない力を持ってる! 大きな舞台でも絶対に活躍出来るんだから!」
「本当ですか……?」
「うん! 私の目に狂いはない! こう見えてお父さんからみっちり鍛えて貰ってたんだから!」
伊波は得意げにウインクをすると、目線を淡々と進む景色へと向ける。トゥカーナェもまた、その動きに釣られて外を見つめれば美しい風景に目を奪われる。
目を輝かせ、幸せそうに尻尾を揺らすトゥカーナェに、伊波もまた幸せそうな表情で携帯のカメラを取り出す。
「盗撮は駄目ですよ?」
「盗撮じゃないよ。堂々と撮ってる」
「なら、トレーナーさんも写って下さい!」
「えー?」
不満ありげに声を上げ、立ち上がる。伊波はトゥカーナェの隣に座るとお互いが写る様に携帯を掲げる。
可愛らしくピースをする幼さが残る表情と、幼さが漸く抜けてきた表情が並ぶ。
「あっ! そうだった向こうに着いたら何食べる? 一応、ラーメンに海鮮、お肉と色々目星は付けてきたけど」
「トレーナーさんが食べたいもので」
「折角の熊本だよ? 本当にそれで良いの?」
「……じゃ、じゃあ、お魚……食べたい、です……」
「よし、今日は海鮮パーティーだね!」
「はい!」
伊波とトゥカーナェ、2人で並んだSLの中、携帯の画面を見ながら終着点である熊本では何をしようか、どこのお店に行こうかと話し、一緒に流れる景色を眺める。
本番のレースが控える前、貴重なリフレッシュ時間を存分に楽しみながら、鳥栖駅から熊本駅までの時間を進んで行く。