幻の夢を追いかける華   作:日振

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 大一番、全力で駆け抜けて

 

とある年の12月末。日本が冬の寒さに包まれる中、中山レース場は夏にも劣らない熱狂に包まれていた。

 日本中が自身の応援する「推し」に夢を託し、締めくくりとする大一番のレースを見ようと、何万人ものファンが場内を歩き、電波の向こう画面の前には数多のファンが固唾を飲んで今か今かとその時を待っている。

 

「およー。今日はライバルとして、一緒ですねー」

 

 パドックの前、勝負服に身を包んだアセビルピナスが同じく勝負服に身を包んだアセビツバキへと手を振る。2人の勝負服は、スポーティな動き易さと、かっちりとした品位。全く違う雰囲気であるが、普段は同じチームに属する仲良しな仲間だった。

 ツバキはルピナスへ軽く会釈をすると、微かに驚きが混じった表情を見せる。

 

「驚きました。まさか、本当に出走するとは」

「えー? ルーちゃんはー、そんなに信用、ありませんかー?」

「い、いえ! そうではなく……確かに、ルピナスさんの成績や直向きにレースを走る姿は人気投票で選ばれるべきものです。しかし、失礼な事を言いますが、今回のレースにルピナスのスタイルは些か無謀に感じます」

「そういう事でしたかー、ご尤も、ですねー」

 

 ルピナスは普段短距離レースを専門としている。けれど、今回出走するのは2500メートルのレースであり、ルピナスからしたら専門距離の2倍、もしくは3倍近い距離を走る事となる。それに、中山レース場にはキツい坂もあり、ツバキの言う通り普通に考えたらルピナスの出走は「無謀」の一言だった。

 だが、ルピナスはチッチッチと舌を鳴らすと、得意げに胸を張る。

 

「ルーちゃんはこれでも、2000メートル台のレースにも出走した事がありますねー? 順位やタイムでは戦えませんがー、走り切る事は可能ですー」

「出走した事があるといっても、その時に走れるレースがなかったから仕方なくだったと聞きましたが……」

「細かい事は気にしないー」

「あ、ちょっと! ルピナスさん! 本当に無理はしないで下さい!」

 

 心配を他所に、スキップを始める勢いで歩いて行くルピナスの背をツバキは不安を隠しもせずに追う。ルピナスの実力や日常を知っているからこそ、例え人気投票で選ばれたと言えど無理はして欲しくないとツバキは思っている。

 

「やりますよー」

 

 パドックの真ん中、ルピナスは溢れ出るやる気をアピールするが純粋な応援は2割程度で、残りは無関心と心配が8割だった。

 

 

 ファンファーレが響き渡り、割り当てられたゲートにウマ娘達が入っていく。中には緊張か、一瞬立ち止まるウマ娘もいるが、大舞台に出走出来る実力を持っている故か直ぐに意識を切り替え、ゲートの中へと脚を踏み入れる。

 ツバキとルピナスはスムーズに自身のゲートへと入ると、ジッとスタートの瞬間を待つ。

 

「冬の大一番、グランプリの栄光を得るのは誰か! 有馬記念……今スタートしましたっ!」

 

 アナウンサーの声と共に、ウマ娘16人が飛び出す。レースでは中団より前、先行と呼ばれる位置にポジションを取っているツバキは落ち着いて己が得意とする位置を取る。一方で、レースではどこまでも自分らしく逃げるルピナスの背中が見えず狼狽える。スタート時にミスがあったのか、それとも、と考えてせめて前者であれと不安を感じるが自分もまた勝利を目指す1人として、必死に意識を変える。

 同時刻、ツバキから心配されるルピナスは出走メンバーの背を見る最後方、所謂ドベの位置を走っていた。だが、これはツバキが心配する様な事ではなく、ルピナスがレースを走り切る為にトレーナー、若旅伊吹と考えた作戦だった。

 しっかりと背中を叩かれ応援して貰った手前、前に行きたい、走りたいと本能が告げるが、必死に押さえ込んで落ち着いた状態で進む。最高位のレースに出走しているが、ルピナス個人の目標は、走り切ること、自分の限界を超えて最下位にならないことだった。

 

「まず好スタートを切ってレースを引っ張るのはスターウマ娘のネイディとビルダーラド! 僅かにビルダーラドが前に立ち、1周目のスタンド前を通過していきます!」

 

 クラシック級のウマ娘、シニア級のウマ娘、様々なクラスに属するウマ娘達が勝利を目指して突き進んで行く。闘志溢れる熱狂を受け、観客席からは拍手と声援、会場が揺れる程の声がウマ娘達に降り掛かる。

 ツバキは近年ではあまり見られない程、序盤から大きく開かれた隊列に少し舌打ちしたくなる。逃げるウマ娘がいる事に対しては想定通りだった。しかし、あまりにも差が開き過ぎて風を避けて体力を温存するという事が難しくなってしまったのだ。

 その為に、ツバキは風を避けるのではなく、実際にスピードを緩め力を溜める事を選ぶ。人の目には分からない程度の違いだが、ウマ娘からしたら大きな選択だった。

 

「最後方、アセビルピナス! 先頭からは既に15バ身はありそうだ! アセビルピナスにとっては前人未到とも言える長丁場! 虎視眈々と勝利を狙って、まさかまさかの大逆転を果たせるか!」

 

 ツバキは微かに聞こえた実況の声にルピナスが無事に走れている事を知る。それだけで、レースにおける唯一の不安がなくなっていく。

 ルピナスは前から離され、先頭から離されながらも必死に走る。中にはルピナスのファンなのか純粋に応援してくれる声が聞こえて、それだけで今感じている苦しさも気にならなかった。

 

 

 時代を作るネイディ、ビルダーラド、ヴァーダントの3人が後続を引き剥がしラストスパートを掛ける。けれど、その背中を狙い撃つが如くアイコンドーターが地面を抉る。

 アイコンドーターの脚は間違いなく前を走る3人の影を踏み、1着争いに名乗りを挙げる。アイコンドーターの背中へ、スティープヒルが迫ろうとするが、差は広がるばかりだった。

 

「せめて……せめてッッッ!!」

 

 苦しそうに、悔しそうに、歯噛みしながら出走した16人でたった1人だけ左耳に飾りを付けた、所謂ティアラ路線のクラシックを走っていたツバキが必死にゴール板の前を通過する。

 1着争いは4人。手も足も出ない様な圧倒的な強さを見せられた。レースを見ていたファンの興奮した声と、アナウンサーの声が相乗して両耳をビリビリと震わせる。

 地面に膝をつき、荒い呼吸をしながら前を走る背中に追い付けなかった不甲斐なさと、自分の全力は出せた事への安堵が混ざり合って気持ち悪くなる。

 けれど、反省会も、この後の事も一旦忘れて、ツバキは顔を上げ勢い良く辺りを見渡す。レースが終わり、思考力が戻った途端に仕舞い込んだ不安が襲い掛かる。

 

「ルピナスさんっ!」

 

 震える脚を無理矢理動かして、ゴール板から1メートルも離れていない場所に倒れていたルピナスの元へ歩く。大丈夫ですかと声を掛けても、ルピナスは顔すら上げない。

 

「も、くひょー……1、5……着……無理、む、り……でしたー」

 

 アセビルピナスは己の限界を超え、全て完璧な状態でレースを運びゴール直前までは目標達成に期待出来る雰囲気だったが、矢張り最後の急坂でガス欠を起こし、残念ながら16着となった。

 

「ルピナスさん、倒れているのも良くありません。肩を貸しますから、少し歩きましょう」

「……は、はひー」

 

 ツバキがルピナスの身体を支え、蝸牛に負けず劣らずの速度で歩いて行く。全力を出した手前、互いにフラフラだが2000メートル台のレースにも対応出来るツバキの方が、余裕を持っていた。

 GI、有馬記念に出走したチームシェアトに所属するアセビツバキ、アセビルピナス共に「負け」、ルピナスに至っては「惨敗」といって差し支えない状態での締めくくりとなったが、2人とも己の全力を超えて後悔もなく走り切っていた為に、悔しさはあれど後悔はない。

 コースから地下バ道に戻り、待っていたトレーナーの若旅伊吹の前で立ち止まる。若旅は、ツバキとルピナスが控え室に戻る前に身体に異常がないか簡易的にチェックすると、携帯の画面を向ける。

 

「仲間思いから」

 

 画面には先輩の応援で兵庫に向かい、そのまま帰省に入ったアセビスズナと、同じく帰省したアセビボタンからのメッセージが表示されていた。

 

「ツーちゃん、ルーちゃん、お疲れ様! 有馬記念、中継で見ていました。2人の全力が伝わってくる素晴らしいレース。今日は、ゆっくり休んで下さいね。」

「オツカレー」

 

「俺からも、お疲れ様。素晴らしいレースだった」

 

 ボタン、スズナ、若旅からの言葉にツバキとルピナスの2人は揃って「はい!」と言葉を響かせると、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 

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