幻の夢を追いかける華   作:日振

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 何度か眠って一緒にお餅を食べようか

 

 周りの音に肩を揺らし、落ちた影に飛び上がる。格高き大一番のレースでありながら、まるでデビュー戦か、初めて重賞レースに出走するかの様な怯えを見せながらウマ娘、アセビコウロはレース場を控え室までの道を歩く。

 己の名前を表現する様に羅針盤を模した飾りがキラキラと光を反射するが、その光でさえも時折コウロは身体を震わせる。

 

「全く、治らないなその悪癖は」

「ご、御免なさいぃぃ……今日は、GIれーすですから、よ、余計、ですぅぅ!!」

 

 控え室の中、合流したトレーナーの若旅伊吹はコウロが履く靴に打ち付けられた蹄鉄の確認や、コウロの体調や何か故障に繋がる可能性がないかを確かめながら緊張を解かせられないかと話し掛けるが、元来備わったそれは中々に手強い状況となっていた。

 キックバックを避ける為に長い丈で作った袖口に、スカート。細やかで華奢な装飾に、特別な衣装。けれど、それを活かすのが難しい。

 若旅は頭を掻きながら、ふと思い立った出来心で童謡を口にする。昔、幼稚園かそれより前の頃、興奮して寝付けない時に母や父が歌ってくれたらいつの間にか眠っていた記憶が若旅にはあった。だからこその出来心であり、付け焼き刃だった。

 拙いながらも懐かしい旋律が控え室の中に響き渡る。コウロの耳が音の方に向き、ジッと動かなくなる。若旅が内心で「おっ」と思いながら、そのまま続けていれば先程までの焦りは鳴りを潜めてある程度マシな状態になる。

 

「……大丈夫そうだな」

「へ!? え、あれ? 大丈夫そう? 大丈夫、です!」

「よし。そろそろ時間だ、行こうか」

「は、はぃ」

 

 若旅が扉を開ければ、遠くから歓声が聞こえてくる。コウロは一瞬身震いをした後、廊下と控え室の境を跨ぐ。表に向かう道すがら、コウロなそっと若旅のスーツのジャケットを握る。

 両目に緊張を写し、不安そうに身体を縮こませながらコウロは若旅の目を見つめる。

 

「あ、あの、えっと……ですね、もうちょっと、もうちょっとだけ、ですね! 歌っていて、欲しくて!?」

「そっか、良いよ。コウロの緊張を、少しでも取り除くのが俺の仕事だ」

「感謝感激ぃぃぃ……」

 

 両手と両足、一緒に歩き始めたコウロの背を追って若旅は童謡を歌う。

 何の変哲もない、ただ聞き馴染みがあるだけの歌ではあるが、コウロはその「何の変哲もないもの」に心を落ち着かせ、パドックへと向かって行った。

 中央のレースが終わってから数日、地方レース最後のGIレースである「東京大賞典」は、寒さもどこか晴天の光に暖められながら開催される事となった。

 出走するコウロの応援には、トレーナーである若旅と、同じチームに所属するアセビルピナスの2人。ルピナスは直近でレースに出走したばかりで、全身に疲労が残っていたがそれを感じさせず大きく手を振りながら「がんばっていこー」と声援を送る。

 コウロはルピナスの声援に慣れない素振りでグッと拳を握り返してみせる。

 大井レース場。GIレース「東京大賞典」は、ダート2000メートルで行われ、空は雲一つない晴天が照らしていたのがそのまま色を変え始めていた。

 ウマ娘達の枠入りが始まり、コウロもまた促されるままにゲートへと入る。閉塞感を感じる中で身体を強張らせるが、苦手意識があるからこそゲートが開いた瞬間に飛び出す事が出来る。コウロは沈み込む地面を蹄鉄で蹴り、得意の位置にポジションを取る。

 アセビコウロは怖がりで、全てのものに驚いてしまう、レースの世界で戦うにはあまりにも弱い姿をしていたが、走っている時だけは童謡を聞いて意識が逸れた様に、レースの中でも集中力のお陰でほんの少し強気になれていた。

 

 

 第4コーナー付近からスタートし、東京レース場の最終直線程の直線を進み、東京大賞典は一番最初のコーナーを回る。大井レース場の平坦なコースは坂もなく逃げを選んだウマ娘はスイスイと後続へ差を広げていく。

 熱狂の中、声援に見送られて16人のウマ娘達は向こう正面へと進んで行く。逃げるウマ娘は3人、しかしその内の1人が所謂「大逃げ」という状態で、一般的な逃げの状態である2人からも大きな差を開き、ウマ娘達の隊列はとても長いものへと変わっていた。

 

「先頭は早くも3コーナー直前まで迫りますが、後続のウマ娘達もその背を逃すまいと動き始めています! クラシック級ダート三冠で二冠を達成し、尚且つ優先出走権を与えられる浦和記念を快勝したアセビコウロは前とは大きく離れている! 大きく逃げるウマ娘の背を捉えられるか!?」

 

 若干焦り混じりに興奮したアナウンサーの声がコウロの様子を口にしたタイミングで、分かり易くコウロの脚が変わる。中断から後ろ、今回は最後尾とも言える後方で待機していたコウロは強く砂を蹴り上げると前を走るウマ娘達を1人、また1人と追い抜いて行く。

 若旅は拳を握り「行け」と叫ぶのと同時、隣に立つルピナスが「やれー!」と普段の間伸びした声色から一転、鋭い声を大きく放つ。

 

「わたしだってやれるんです!!!」

 

 後輩のウマ娘、先輩のウマ娘、新進気鋭のウマ娘、ベテランのウマ娘、中央所属のウマ娘、地方所属のウマ娘、全てが入り混じった世界から抜け出す為に、コウロはもう一段、ギアを上げる。

 時に、煽っているのかとマイナスな意見を受けるレース前のひ弱な姿と、レース中の強い姿、そのギャップに観客の目が奪われる。

 

「来た来た来た! アセビコウロの本領発揮だ! 後方から一気に全てを差し切る末脚は今回も先頭を差し切るのか!!!」

 

 歯を食いしばり、歯が砕けない様に時には口を開き、呼吸をして右脚を出し、左脚を出す。

 4コーナーを回り、大逃げをしたウマ娘の影が後続のウマ娘達に踏まれる。そして、今度は影を踏んでみろとばかりにポジションが変わっていく。

 コウロが残り100メートルで先頭へと追い付く。後は先頭のウマ娘と並び、半歩でも前に出たら勝ちとなる。だが、先程まで後方にいた故の差か前に出ようとも酷く長い距離に感じられた。

 

「コウロッ!」

「届いて下さーいー!」

 

 声援が背中を押す。コウロもそれに応える為に最後の一瞬まで諦めなかった。

 ゴール板を過ぎ、徐々にスピードが緩む。1コーナーの先まで歩いて、ゆっくりと来た道を戻る。

 

 

 誰もが勝者を讃え、センターに立ったウイニングライブが終わる。着替え、準備を終わらせたコウロがレース場から出る。

 暗くなった空に見下ろされながらコウロは下げていた目線から何かに気付き顔を上げれば、若旅とルピナスが待っており、コウロへと手を振る。

 

「あ、おや!? 何故に!?」

「そりゃ待ってたからな」

「その通り、ですねー」

「お、恐れ多いです!」

「恐れ多いも何も、一緒に夕飯を食べようって話してただろ?」

「……わ、忘れてました」

「うっかりさんですねー?」

 

 ルピナスはクスクスと笑うと、コウロの背後に回り込み両手をその肩へ乗せる。そして、レッツゴーと続ける。

 

「東京大賞典ー、銅メダルおめでとうですねー」

「は、はひぃ! 有難う御座いますぅ!」

「何か一言、ありますかー?」

「え!? えぇと……えっと……今年度は大変お世話になりましてぇ! 皆様良い時間を過ごして下さいぃ! 明けましておめでとうございます!! 良い年始をお過ごし下さいませー……」

「あっはっは! まだちょっと早いかな!」

「およー。ルーちゃん、追い越されてしまいましたー」

「いと申し訳なかりきぃ」

「何故古文?」

 

 首を傾げる若旅に、コウロは「うえぇ」と再び声にならない声を上げた。

 

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