幻の夢を追いかける華   作:日振

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 速過ぎるのも考えもの

 

 トレセン学園でトレーナーとして活動する若旅伊吹は、机の上に何枚もの書類を散らばせながら、契約するアセビルピナスへと頭を下げる。

 当の本人はゆっくりと、意味が分からないとばかりに首を傾げるが、頭を上げた若旅が差し出してきた書類に印刷された文字を見て「ふむー」と普段通り、のんびりとした動きで頷く。

 

「もしかしてー、距離、長いですねー?」

「あぁ。すまない、上手くレースプランを立てられない俺の実力不足だ」

「拒否権、ありますー?」

「勿論。俺のこれはただの提案で、実際に出走するかしないかを決めるのはルピナスの意思だ」

「ほー」

 

 ルピナスは書類を受け取り、内容を見る。開催予定のレース名に、距離、格付け、開催レース場など、基本的な情報と関係者向けの情報が混ざった文章を読み、ルピナスは再び書類を若旅へと戻す。

 そして、出走の意思を若旅へと伝える。

 

「……大丈夫か?」

「はいー。それに、今よりも長い距離、走れるのも格好良いですー」

「本当に、すまない」

「謝るの、なし、ですねー?」

 

 ルピナスはくふくふと笑うと、ドヤ顔でサムズアップをして見せる。表情と態度だけで「任せろ」と言ってみせるルピナスに、若旅も釣られて笑う。

 

「よし、それじゃあトレーニングするか!」

「はいー、頑張っちゃいますー!」

 

 ルピナスのタッタッタと小走りで着替えに向かう背中を見つめながら、若旅は小さく深呼吸をする。

 恐らくルピナス本人も自覚しているが、次のレースに勝機がないという事実を若旅は飲み込む。まだデビューしたばかりのルピナスの力では、適性から大きく外れた土俵で勝った負けたの一瞬の勝負に躍り出る事は出来ない。

 しかし、それでも、完走させる、一つでも上の順位を取らせる道を作る事は出来る。

 

「よしっ!」

 

 若旅は頬を叩き、気合を入れる。

 若輩者らしくやれる所までやってやると意気込みながら、若旅は書類をファインダーへと挟み込んだ。

 

 

 アセビルピナスが出走するGIII「京成杯」は、通常なら中山レース場で開催されているのが変則的に東京レース場で開催される事となった。

 ゼッケンを付けたルピナスは地下バ道を歩きながら、やる気を漲らせる。

 

「やーりますよー!」

「無理はしない程度にな」

「はいー! 万が一にも勝ってしまったらー、沢山褒めて下さいねー?」

「おう。でも、喜び過ぎて話出来ないかもな」

「それもまたー、良いですねー」

 

 行ってきますと手を振るルピナスを見送って、若旅は観客の中へと紛れる。

 人混みをかき分け、柵近くに身体を滑り込ませれば、向こう正面2コーナー付近に用意されたゲートへと向かっていくルピナスの背中が見える。

 レース前の情報では、ルピナス自身のマイルもしくはそれ以上の適性があまり期待出来ない事から、最低人気で終わっている。逆に、気負わなくて良いとルピナスは笑っていた。

 

「ウマ娘、全11人が枠入りを開始しています」

 

 緊張感が高まる瞬間、若旅はキュッと拳を握る。

 淡々と進められる枠入りが終わり、一瞬の静寂後、一斉に開かれたゲートから飛び出し、先頭に立つルピナスを電光掲示板越しに見つめながら若旅はスタートダッシュが決められた事実に安堵し、直ぐその後、自由に走り始めるルピナスの姿に大きな焦りが湧き上がった。

 

「さぁ、後続を大きく引き離してアセビルピナスが単独で3コーナー前の坂を駆け上がります!」

 

 たった1人、ルピナスは坂を越えコーナーに差し掛かる。もしこれが、短距離のレースならルピナスは己の能力とこれまでのトレーニングの成果でどうにか出来る可能性がある。

 しかし、東京レース場には最終直線にも坂があり、適性を超えて挑まなければいけないその難問に答えを出せる術を最後まで持つ事は出来なかった。

 レースではルピナスが3コーナーを通過し、4コーナーに差し掛かる。東京レース場は直線が長い為に、後続のウマ娘達は大々的に動いていない。

 電光掲示板の映像が切り替わり、ルピナスの姿が映される。その表情は走る事を楽しそうにしているものの、明確に疲労感が主張し始めていた。

 

「耐えろ……ルピナス……!」

 

 自分勝手に、若旅は両手の指を絡めて祈りの形を作る。応援の声が騒がしく響き渡る中で、どこまでも静謐に若旅は見つめる。

 

「アセビルピナス未だ独走状態で最終直線に入る! マイルの壁を超えられるか!」

 

 実況の声がアセビルピナスに期待を込めるが、その脚は分かり易く鈍っていく。

 最終直線、後続のウマ娘達が動き出す。

 いとも簡単に見える脚取りで、ルピナスは追い越されていく。

 ハナ差での決着が決まる。世界が熱狂に包まれる。勝利したウマ娘が拳を突き上げる。

 アセビルピナスはゴール板の直ぐ側で座り込み、たった1人で荒い呼吸を繰り返していた。

 

「大丈夫?」

「凄い前を走ってたもんね」

「す、みま、せんー……み、じかい、きょ、りしかー、走れ……なくて……」

「そっかそっか」

「頑張ったじゃん」

 

 2人のウマ娘に肩を支えられ、酷く震える脚でルピナスは立ち上がる。そのままゆっくりと出口へと向かえば、同じ様に息を荒げた若旅がやって来る。

 役目を代わり、若旅がルピナスの肩へ腕を回せばルピナスはくふくふと笑う。

 

「ま、けましたー!」

「いや、ナイスガッツだよ。本当に……単純計算で適性から外れた400メートル、坂もあったのに」

「もっと、褒めてー、みますー?」

「あぁ、俺で良ければ!」

 

 控え室に戻る道すがら、笑い声を響かせながら、ゆっくりと歩いて行く。

 結果としてはレースで結果は出せなかったものの、綺麗に決めたスタートダッシュや、走る時のフォーム、褒められる場所は沢山ある。

 若旅はレースを見ながら気付いたそれらを口にすれば、ルピナスもまたドヤ顔でサムズアップを返した。

 

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