幻の夢を追いかける華   作:日振

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 レンズにはなれなくても

 

 先日の桜花賞トライアル、GIIに指定された「チューリップ賞」にて悔しくも8着という結果に終わったアセビツバキは、腹の底でグルグルと唸る形容し難い感覚を抱えながら、どうしようか、どうするべきかをずっと考えていた。

 若さ故の自意識過剰混じりの全能感が砕かれ、メンタル面や走り方へと如実に不調が出ているツバキは広大な敷地を持つ学園の中でも1人になれる場所で、ひっそり息を潜めていた。

 

「……はぁ」

 

 落ち着こうと深呼吸をしてみても、頭にこびり付く上手く出来ない自分への自己嫌悪や後悔ばかりが頭に浮かぶ。嗅覚を刺激する若干の埃っぽさに、このまま誰にも見つからずとも思ってしまう。

 昔から関わった物事へはある程度の成果を出してきた様な気がする。だからこそ、どんなに努力しても打ち砕かれる事が往々にしてある勝負の世界で初めて失敗して、まんまとこうなっている。

 

「吾がもう少し、大人であれば」

 

 メンタルの弱さがあっても仕方のない年齢。しかし、ツバキは大人になりたかった。憧れた背中へ一瞬でも近付く為に、背伸びをしたかった。

 ジッと身体を身体を縮めた世界に授業の開始を告げる予鈴が届く。

 ツバキはもう一度深呼吸をして、見た目だけは元気であろうと頭を振って立ち上がる。

 

「これは」

 

 秘密基地とも呼べる場所から歩いて行こうとした瞬間、目の端に見慣れないものが映り込み、立ち止まる。手を伸ばせば、物置き的な埃っぽいこの場所には似つかわしくないカラフルで、綺麗な姿形を保ったままの人形が落ちていた。

 トレセン学園は敷地に比例して生徒数も多いからか、個性的なウマ娘が沢山いる。

 本来なら学び舎にストラップも何も付いてない、純粋なぬいぐるみが落ちているのは珍しい光景だが、そんな事もあるだろうとツバキは特に疑問を抱かず可愛らしいそれを手に取り、汚れを払う。タイミング的に持ち主を今直ぐ探す事は出来ないが、ぬいぐるみが持ち主にとって大切なものであるなら可哀想だと大切に抱える。

 

「授業が終わったら、持ち主の元へ直ぐに連れて行くからな」

 

 意味なんてないのに、思わず言葉を掛けてしまうのは、ぬいぐるみの瞳が困っていそうに見えたから。そして、何よりもツバキ本人だって同年代と変わらないただの可愛いものを好む感覚を持ったウマ娘だったから。

 

 

 昼休憩を終え、時間割り通りのカリキュラムをこなしたツバキは早速ぬいぐるみの持ち主を探す旅に出る。道中、友人やクラスメイトなどに持ち主の手掛かりを聞いてみるが全員が首を振る。

 デザインを見る限りぬいぐるみはウマ娘を模したもので、もしかしたら上級生、はたまた下級生のものかとツバキは首を傾げる。

 

「ボタン様……のものではないですし、スズナさんは趣味ではないでしょうし……ロードもまぁ、違うだろう」

 

 改めてぬいぐるみを見つめながらツバキは歩く。時々、どちらの方にいるかとぬいぐるみに聞いてみて何となく恥ずかしくなる。

 放課後に予定がない事を存分に利用し、学園内を練り歩き、遂には外にまで範囲を広げる。

 もしかしたら帰ってしまったのだろうか、グラウンドにいるのだろうか、寮かグラウンドのどちらに向かうか考えた所でツバキは足を止める。

 学園の正面から入った先にある三女神像の傍に腰を下ろしたウマ娘の姿が目に入る。耳を下に向け、目線も下がっている様子は分かり易く落ち込んでおり、ツバキは思わずその陰につま先を向ける。

 

「失礼。何かありましたか? 吾で良ければ、何でも言って下さい」

 

 ツバキの言葉に座っていたウマ娘は軽く肩を揺らした後、顔を上げる。黄色味の強い若葉色の瞳が赤い椿の色と交わる。

 困惑した様に相手の瞳が動くと、直ぐに「あ……」と声が漏れる。

 

「もしかして、こちらのぬいぐるみの持ち主ですか?」

 

 そう言えばと見直せば、持っていたぬいぐるみとツバキの目の前にあるウマ娘は同じ姿をしていた。

 持ち主ですかと聞いた手前、ツバキは直ぐに内心で良かったと思う。

 

「そうです、そのぬいぐるみはマーちゃんのものなのです」

「昼休憩に吾が見つけました。届けるのが遅くなり、申し訳ありません」

「いえ。見つけてくれて感謝です、どこにありましたか?」

「校舎裏です。きっと、落とした所から動物か何かが咥えて隠されてしまっていたのでしょう」

「そうでしたか」

 

 ぬいぐるみを手渡せば、持ち主は大切そうにギュッと抱き抱える。

 余程大切なものだったのか、再び感謝を告げられてツバキは気にしないでと手を振る。

 

「えっと、マーちゃんはアストンマーチャンと言います。あなたは?」

「吾はツバキです。アセビツバキ」

「ふふ、宜しくお願いしますね……そうだ、お近付きの印にマーちゃん人形をどうぞ」

 

 アストンマーチャンと名乗ったウマ娘は、どこからかもう一つ、ツバキが返したものとは違うぬいぐるみを取り出し差し出してくる。

 

「え、複数持っているのですか?」

「はい〜。マスコットを目指すウマ娘として、抜かりはないのです」

「マスコット、ですか?」

「そうです。マーちゃんはみんなの記憶に残りたいのです」

「記憶……」

「ツバキさんも、マーちゃんのこと……覚えていてね」

 

 差し出されたぬいぐるみに手を添える。柔らかい感触を確かめれば、ほんの少し耳が揺れる。

 小さく可愛いぬいぐるみを大切に抱え、ツバキは有難うとマーチャンへ向き直る。

 

「勿論です。貴方を探して学園内を探検した思い出は忘れられそうにありません。それに、名前と顔を見て思い出しました……アストンマーチャンさん、先日のフィリーズレビューで強い走りをしたウマ娘。忘れられる筈がありません」

「……その言葉、信じても良いですか?」

 

 マーチャンに見つめられ、問われた言葉。そこに込められた真意など知らずに、ツバキは頷く。

 

「吾と貴方は同じウマ娘、同じレースで交わる事は少ないかもしれませんが……それでも、出会う事はあります。その時はまた、こうしてお話しましょう」

「はい、はい……。どうぞ、末永く宜しくお願いします……!」

 

 花の咲く様な笑顔を見せるアストンマーチャンにツバキもまた釣られて笑う。

 お近付きの印にぬいぐるみを渡されたのは初めてだったが、ツバキにとっては大切なものの一つになった。

 

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