幻の夢を追いかける華   作:日振

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 勝利の裏に隠れた焦り

 

 中京レース場、春に行われる短距離GI「高松宮記念」は、沢山のレースファンに迎えられ無事開催される事となり、出走メンバーには素晴らしい実力を持ったウマ娘達が数多く名を連ね、高松宮記念が開催される数週間前から話題が尽きる事はなかった。

 個性豊かかつ色とりどりの勝負服に身を包んだ自身ありげな者、時に緊張に染まった表情浮かばせる者など、様々な表情を見せるウマ娘達がパドックへと姿を表せる。その中に1人、短い黒髪をちょこんと二つ結びにしたスポーティな格好のウマ娘、アセビルピナスがほわほわと柔らかく笑いながらファンへと手を振る。

 アセビルピナスは自他共に認めるスプリンターで、1200メートルまでが誰にも負けない最高の舞台であるとしていた。高松宮記念は途中、施行距離の変更が行われてから1200メートルの短距離レースへと変わり、正に、ルピナスが望んだ舞台となった。

 

「頑張り、ますねー」

 

 ファンの応援へと応える様に、ルピナスは間伸びした特徴的な口調で意気込みを口にする。

 その姿をファンの中へ紛れ見つめていたトレーナーの若旅伊吹は、控え室でも確認していた不調がないかを改めて確認する。ルピナス自身、素直なウマ娘である為不調を隠す事はしないが、それでもしつこい程に確認してしまうのがトレーナーとしての性だった。

 

「ルーちゃん、今日も良い感じですね」

 

 若旅の隣に立つウマ娘、アセビボタンが同様に胸を撫で下ろしながら呟く。

 

「あぁ。距離も適性範囲で仕上がりも抜群。こんな事言うのはトレーナーとして失格かもしれないが、今日はルピナスが勝つ」

「ふふっ、トレーナーさんが担当するウマ娘に対して自信を持っている言葉なんですから、呪いになんてなり得ませんよ。もっと大きな声で言っても良いんですよ?」

「そうか? じゃあ……今日はルピナスが勝つ!」

「はい! ルーちゃん、頑張れっ!」

 

 若旅とボタン、2人の大きな声が空気を振るわせる。放たれた言葉は遠くにいるルピナスへと届いたのか、ルピナスは自身の耳を立てながら相変わらずのんびりとした様子で若旅達の方へ手を振る。

 

「はいー、頑張り、ますねー!」

 

 時間となり、ルピナスはファンへと背を向け歩き始める。

 春の最速を競う大一番は、目の前へと迫っていた。

 

 

 向こう正面2コーナーを過ぎた辺りに設置されたゲートにルピナスが入る。他のウマ娘達の枠入りも順調でロスなどが起こる事はなかった。

 ガコンと音を立て、ゲートが開く。ルピナスは完璧なタイミングでスタートを切ると、真っ直ぐにスピードを上げ、先頭に立つ。そして、そのまま勢いを殺す事なく後続へと差を開いていく。

 

「ルーちゃん良い感じですね!」

「あぁ! 今日も背中を叩きまくってきたからな!」

 

 ガッツポーズをした形のまま、若旅が興奮した様子で更に拳を握る。

 若旅の目線の先にいるルピナスはたった1人で3コーナーを通過し、既に4コーナーへと迫る位置にまで進んでいた。あまりに速い脚取りに幾ら短距離とはいえ体力は保つのかと心配する声がどこからか聞こえるが、若旅は自信を持って「大丈夫だ」と胸を張る。

 

「そのまま、そのまま走り切れ、ルピナス」

「ルーちゃーん! いけー!」

 

 最終直線に入り後続のウマ娘達もまたスピードを上げる。しかし、ルピナスがレース序盤から作り上げていた差を中々埋める事が出来ない。それどころか、更に差が広がっている様にも見える。

 ルピナスはたった1人、最後に残されていた坂にも鈍る事なく笑顔でファンの視線を奪う。そのスピードはきっと、最後の最後まで速くなり続けていた。

 

「やっぱり、得意な舞台でのルピナスは輝いてるな」

「はい! 短距離のルーちゃんは、私にも止められない最強のウマ娘ですからね!」

 

 アセビルピナスは紫を基調とし、和のテイストが入ったゴール板の前を3バ以上もの差を開いたまま通過する。

 ゆっくりとスピードを緩めていくルピナスの背中を見つめながら、若旅とボタンは興奮した様子でハイタッチをしながらワチャワチャと騒ぐ。

 

「よし、よしっ!」

 

 日本国内に限定するなら貴重な短距離のGIレースの内、高松宮記念をしっかりと勝つ事が出来た。

 若旅はじわじわと勝利の興奮以上に、幸せな感情に襲われてルピナスを迎えに行く途中もその顔が歪むのも気にせずに目的地へと向かう。

 

「ルピナスーッ!」

「あー、ナーさん! ルーちゃん、やりました、ですねー?」

 

 ほわほわと笑いながらルピナスが力こぶを作る。若旅がどうやって喜びを共有するか迷った挙句、握手の為に片手を出せば両手で握られる。熱を交わすその場所を普段よりもずっと強い力でギュッと握られて、ほわほわと笑っているもののルピナスが持ち、感じているであろう確かな感情が伝わってくる。

 

「ライブ、出来そうか?」

「ふっふっふー、お任せ下さい、ですねー。貴重なルーちゃんの大一番、やってやりますー」

 

 ブンブンと握った手を上下に振られ、適性距離を走った故の余裕を感じ若旅もまたははっと先程までとは違う無邪気な笑顔が漏れる。

 若旅とルピナスかニコニコと手を握っていれば、その肩を優しく叩かれて顔を向ければ同じくニコニコとした表情のボタンが時間ですよと言いたげにペンライトを見せる。

 

「およ、喜び過ぎてましたねー? それではルーちゃん、これからステージなのでー」

「センターのパフォーマンス、期待しちゃうよ?」

「お任せ下さいー、ナーさんも、ご期待して下さいー、ですねー?」

「あぁ。一番良い場所でステージを見るよ」

「ふっふっふー」

 

 ルピナスは若旅から手を離し、そのまま両手を口元に添えながら小走りで去っていく。

 

「……それにしても、今日は本当に有難う。助かった」

「いえいえ。私もルーちゃんのレースを生で見たかったのでお気になさらずに」

「それにしても、まさか一番大事な靴を忘れるとはな……」

「私のチームがものすごーく時間前行動をするチームで良かったです。お陰で間に合いました」

「俺がうちなーたいむの人間だから、遅れるよりは良いだろうと何かヘマをしない様に時間前行動へ無理矢理突き合わせている気持ちだったが、ここで功を成すとはな」

「ふふっ、これも作戦通りですね?」

「今後は二度と功にならない事を祈るよ」

 

 若旅はボタンからペンライトを受け取りながら、今度は誤魔化す様に笑った。

 

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