エロ本談議で盛り上がる男女。ひょんなことから対決することに。

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彼女 VS 俺

「エロマンガってすごいよね!」

 

 ペットボトルのお茶を飲みながら、真面目な顔で馬鹿なことを語り出すのは、佐々木香織。

 達也は、そんな彼女をうつろな目で見つめていた。彼の想像を容易にブチ超えてくる香織には、大分慣れたつもりだが、その内容まではさすがに予想出来ない。

 俺を部屋に引っ張り込んだ彼女が、突然エロマンガを讃え始めるなんて、誰が予想出来るというのか。

 

「男子向けって違うんだね」

 

 感動と興奮の新境地の目をキラキラと輝かせ、彼女は熱弁をふるい始める。

 おいおい、でかい声で連呼すんな。

 ツッコミたいが、そんなことをすると、余計にムキになって主張をし続けるので、生ぬるい視線で放置することにしている。

 香織は俺の幼馴染で高校のクラスメート。桃色のシフォンチュニックに白いショートパンツ姿の肩の下くらいまで伸ばしたまっすぐな黒髪を振り乱して鼻息も荒く俺を睨みつけている。黙ってりゃ整った顔してるのに、言動は個性的。

 しかも、肩くらいの髪を栗色にしていたが、すぐ飽きたらしい。挙句、『プリンだよ!』とネタにしてくる始末。

 だからか、高校に上がっても浮いた噂一つ聞かない。

 

「エロマンガってさ、癒しだと思わない?」

 

 そして、こんなふざけたことを幼馴染に語ってしまうのだ。

 

「思わねーよ」

 

 顔を顰めたまま、俺は受け流す。すっげー疲れるんだよ!

 

「てか、一体どこでエロマンガの知識を手に入れてきた」

 

 なおも食い下がろうとする彼女の意識をよそに向けようと、俺はぐいとその鼻面をエロマンガそのものに引きずった。

 

「サイトのバナー広告だけど?」

 

 不純のかけらもない声で、首を少し傾けて発せられた。確かにスマホでサイト検索をしても広告が出てくる。大型掲示板なんかに行くと、その広告は一気にふしだらなものとなる。

 見ている人間が女であろうが18歳未満であろうがおかまいなしに、エロマンガの広告が表示される。

 

「クリックしてないだろうな?」

 

 あんなものに釣られるのは、発情期まっさかりの思春期か、見境なくサカっている奴だと俺は思う。

 

「うん、そんなことはしてないよ。でも、バナー広告見ているだけで、男の人のエロ願望が分かるってすごいよね」

 

 素直で楽しそうな香織の言葉に、俺はがっくりと肩を落とす。

 

「何がそんなに楽しいんだよ」

 

 いっそ、香織がもう少しエロくなって、自分を誘惑してみろってんだ。そういう場面での彼女は生きがいい。

 

「よし、やろう!」

「何をだよ?」

「今夜の金魚すくい対決で実験する」

 

 そう言って、一旦家へ帰った。

 

◇ 

 

 夕方ともなると暑さも和らいでくる。蜩の音が穏やかに響き渡る。

 夏祭りは人出が多い。待ち合わせた鳥居のあたりも、やはり俺たち同様待ち合わせている奴らで結構一杯だった。

 

「勝負よ!」

 

 紺地に朝顔の柄の浴衣を身に着けた香織が俺を指さす。

 

「お前も懲りないな」

 

 俺はにやりと笑ってポケットから小銭入れを出した。なにしろこれは毎年の行事なのだ。8月下旬、この残暑の厳しい頃に近所の神社で開催される夏祭り。

 そこでの勝負は小学校の頃から数えて7回目。ちなみに俺は負け知らずだ。

 

「おっちゃん、二人分」

「はいよ、一人300円な」

 

 硬貨を3枚ずつ的屋のおっちゃんに渡す。節くれ立った手が硬貨を受け取り、俺と香織に一つずつポイを手渡した。

 並んでしゃがんで、小さなボウルに水を汲む。汲んだ水にまだ灯ったばかりの提灯の明かりが反射してきらきらしている。

 けれど俺たちはそれには目もくれず、ただ眼前のターゲットに集中する。ポイを持つ手がぴくりと動くと、おっちゃんがかけ声をかけてくれた。

 

「はじめ!」

 

 俺と香織の金魚すくい対決が今年も始まった。

 リュウキンは1点、デメキンは3点。制限時間はなし。お互いポイの紙が破れるまでに何匹掬えるかが勝負で、最終的に点数の高かった方が勝ちというシンプル極まりないゲーム。

 ちなみに負けたら相手にリンゴ飴を奢ることになっている。

 開始早々から俺は快調に金魚を掬っていった。俺は掬うとき、ポイははじっこだけを使い、できるだけ水の抵抗が紙にかからないようにスッと入れ、スッと抜く。みるみるうちにボウルの中に金魚が増えていく。

 さて、香織はどうなったかと見ると、ボウル片手にすでに破れたポイを握りしめ、赤い顔で悔しがっている。

 

「俺がリュウキンだけで19匹。香織はリュウキン10匹にデメキンが2匹。今年も俺の勝ちだな」

「この香織さんの素敵な生足にも心揺らさないとかさぁ!」

 

 地団駄を踏みながら悔しがる香織。そんな作戦を練ってたからその格好なのか。まあ、眼福だと思わなくもなかったが。

 

「いい! 次こそはリンゴ飴を奢らせてやるんだから!」

「はいはい。それに、誘惑されなかっただろ。だから、実験は失敗」

「むーっ、でもやってみたかった!」

 

 祭り会場を後にした香織は満面の笑みで答えるものの、至極残念そうだ。

 

◇ 

 

「私は、毎日楽しくて幸せだから」

 

 そんな彼女を、馬鹿馬鹿しい奴だと思いながらも、可愛く思う。今の自分が楽しくて幸せであると、一体どれだけの人が言えるのだろうか。

 こんなチャレンジャー精神旺盛で、いろいろと試行錯誤してくる女に、達也はこれまで会ったこともない。物怖じせず、パワフルで、空気を読むのを苦手とし、失敗してもすぐ前を向く。何でも試してみて、自分で判断し、分類していく。プリンの髪もその結果なのだ。

 これほどの個性を曝け出し、他人も型にはめずにフリーダムな女は、俺は他には知らなかった。

 思わず俺は、手を置いていた香織の頭を、ガシっと掴んでしまった。

 

「達也痛い。DVはダメ絶対!」

「お前の脳みそは、こうだ!」

 

 プリンのカラメル部分に向かって、俺は罵倒の言葉を吐き倒した。

 

「私だって、一生懸命考えるんだから」

 

 ツッコむのにも疲れて来て、ようやく俺は彼女の頭を解放してやる。痛かったのと掴まれたので、香織は自分の頭を両手で撫でていた。

 

「……男って難しいんだね」

 

 また、真面目に馬鹿なことと向き合って、彼女は考え込んでいる。こんな女だったからこそ、彼女を好みだと思う男は非常に限定されてきたらしい。これまでに男に好きだと言われたのは、小学校の時に一回だけだという。

 実に面白い女。俺にとっては、惰性になっていたことでも、彼女は何かを必ず掘り返し、宝物みたいに持ち上げて見せるのだ。どこを切っても新鮮でアクのある女に、俺はすっかり惚れてしまったのかもしれない。

 暮れかけた低い夕日が路地に影を長く伸ばしていた。

 




いかがだったでしょうか。

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