死に損ない、幻想郷にて死を望む。   作:飛煙

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第一話「練炭自殺」

 特別不幸だったわけじゃない。

 

玲子(れいこ)!絵なんて描いてないで宿題を終わらせなさい。』

『もう終わった。』

『今日の授業の復習は済んだの?』

『......』

『減らず口をたたく前に学生としてやるべきことをやりなさい。あなたは知らないでしょうけれど、中学生は大事な時期なのよ。』

『ごめんなさい。』

 

 障害もないし、両親だって普通にいる。

 

玲子(れいこ)、何してるの?』

『......家庭科実習の予習。班の皆に迷惑かけたくなくて。』

『班の子とは仲がいいの?』

『いや......』

『ならやらなくていいわ。グループ実習なんてね、任せられることは全部任せればいいのよ。時間は有限なんだから、家庭科なんて専門性のないことに時間を使うのはやめなさい。』

『でも、実習で失敗したら』

『失敗しないわよ。もし失敗したって大丈夫。先生だってね、中学生ができることに期待なんてしてないわ。私が教師だった頃はそうだったもの。』

 

 母親も別に毒親ってわけじゃない。みんなの親より年齢が少し高いから、世代の違いなんだと思う。いつも私を心配してくれている。

 

『あれ、(やなぎ)さん。下茹ではした?』

『あ......ご、ごめん。』

『__ここの班は大丈夫ですね。こっちは......あれ?まだここ?』

『あ、先生......あの、私が、ミス、しちゃって』

『じゃあ作業が遅れてるだけ?』

『あ、はい......』

『なるほど、授業は先に進めますが、作業を続けてください。』

『はい、すみません......』

 

 ただ私は鈍臭かった。初めてのことは当然として、反省したって必ずミスをする。それなのに真面目だと思われていて、なんとなくその印象を壊すのが怖いから印象通りに振舞っていた。

 

(やなぎ)さん、岩尾(いわお)さんとは友達?』

『いえ、何か用事が?』

『うーん。』

『特にやることもないので、何かあるなら......』

『そう?(やなぎ)さんには悪いけど、岩尾(いわお)君に放課後来るよう伝えてくれる?』

『はい。』

 

 私の休み時間は、先生の頼みごとを聞くことに使っていた。友達がいないわけじゃない。ただ友達には友達がいる。それだけだ。それに、一人でいる方が楽だった。

 

『(確か昼休みはクラスのドアの近くでグループになってたっけな。)』

 

『あー、今日の給食マジでまずかったわ。』

『別にまずくはないだろ。』

『いーや、まずかったね!舌がストレスで禿げたわ。』

岩尾(いわお)君のお嫁さんになる人は大変そうだね。』

(あい)ちゃん、料理のできる俺の嫁にならないか?』

『キモいのは無理でーす。』

『折れたわ、屋上行って飛び降りてくる。』

『キモくてメンヘラとか救いようがないなお前。』

『やんのかこらー!』

『(あの人、かな......?)』

『やらねぇよ。せめて料理くらいはできるようになってその酷い中身を中和しな。まぁ、家庭科で詰まるようじゃ無理か。』

『別にあれ俺悪くねーから!班の女子がやらかしただけで__』

『(......っ!)』

『メンヘラキモキモ他責男』

『最低だなお前』

『おい!さらっとキモいを増やすなよ!』

『(......びっくりした。悪口を言われるのかと思った。)』

『あれ?でも岩男(いわお)君の班の女子って(やなぎ)さんだよね?』

『そうだけどなんで?』

『いや、確か小学校の時の将来の夢発表会でパティシエールって言ってたような。』

『えー、でも料理の印象全然ないけどな。家庭科でミスってたし、料理興味ないんじゃね?』

『そうかなぁ?』

『(......)』

『それ何年生の時の話?』

『うーん、低学年ってことしか覚えてないかも』

『絶対記憶違いじゃん。若年性ボケボケババア!』

『......どう、して、そんな.....ぐすっ......ひどいこと、言うの?』

『え、あっ、えっと』

『最低だなお前。』

『ちがっ!ごめん!冗談だから冗談!』

『うぅ...う、ぷふっ。なんちゃって。岩男(いわお)ちょろいわ。』

『嘘泣きとかやめろよ焦るなぁ...!』

『あのっ、お取込み中失礼します。』

『あ、(やなぎ)さんだ。どうしたの?』

『先生から岩男(いわお)さんに伝言が。』

『な、なんですか?』

『なんか緊張してんのウケる。』

『うるせぇ。』

『放課後に先生のところに来るよう伝えなさいと。』

『ち、違う!今のは嘘泣きであって別にいじめとかではなくて』

『別件です。』

『え』

『あははははは!ウケるわ。』

『なんかやったのか、最低だなお前。』

『まじで分かんねえええ!』

『えっと、私はこれで。』

『あ、(やなぎ)さん。』

『はい。』

『将来の夢はパティシエールだったりする?』

『......いえ、違いますけど。』

『あれー?そっかぁ、急に変なこと聞いてごめんね!伝言ありがとう。』

『いえ、では。』

 

 別にいじめられているわけでもない。むしろ無関心に近い良好な関係を築けていると思う。苦しいことは何もないんだ。

 ただ、中学三年生になってから思う。自分の生きる意味について。

 

 私には好きなものがない。というか、あらゆるものに無関心だった。そんな私が生きる意味について関心を持ったのは、間違いなく進路という岐路に立たされたからだろう。

 私が進路に対して出す理想の答えは【終わり】。目標もない、興味のあるものもない、好きだと思えるものもない、楽に生きようにも別に自分は器用じゃないし、どこかの能力が秀でている訳じゃないからどこへ行っても普通に苦しむだけだろう。これ以上生きていてもしょうがないのだ。

 そんな私が今生きている理由は義務教育だからというなんとも不明瞭でつまらないものだった。義務なら果たしたいし、自由ならもう終わりたい。じゃあ一生馬車馬のように義務を果たし続けたいかというとそうでもない。

 ただなんとなく思っていた。受けるべき教育をすべて受けた後に出した答えなら、きっと自由の枠組みで尊重されるのだろうと。もう子どもだから、まだ未熟だから、そう合法的に意見が潰されることがなくなるのだろうと思っていた。

 

 そうやって将来を先延ばしにしていたら、中学3年生2学期の進路相談がやってきた。

 

(やなぎ)さんは将来の方針とかはもう決めてますか?』

『いいえ。』

『意外ですね。(やなぎ)さんはしっかりしてるから、もう決まっているのかとばかり。』

『すみません。』

『全然!これから決めればいいからね!』

 

(やなぎ)さんは進学する気ある?』

『......いいえ。早く自立したいなとは思っています。』

『うーん、先生は進学した方がいいと思うな。(やなぎ)さんの成績をこのまま活かさないのはもったいないから。』

『もう最終的な成績が決まっていたりするんですか?』

『それはまだだけど、変なことをしない限りはだいたいのラインが見える時期なので。』

『そうですか。』

『......また高校行って勉強するのかぁって感じ?』

『いえ。ただ、高校を卒業した後どうしたいかが無いのに、進学するのはどうなんだろう......と。』

(やなぎ)さん、生き急ぎすぎかもです。』

『どういうことですか?』

(やなぎ)さんは、進学する人は皆なりたいものが決まってると思ってる?』

『いえ。』

『授業とかだと将来の夢を持て!進路を考えろ!って言わなきゃいけないんだけど、実はね、成りたいものなんて今決めなくてもいいんだ。』

『......』

『むしろ、それを考える時間を作るためにみんな進学をするんだ。』

『でも、それだとどの高校に行くかの基準がないので、進学先を決められないと思うんですけど。』

(やなぎ)さんは真面目すぎるね。高校を選ぶ基準なんて友達が行くからとか、家から近いからとか、制服がかわいいからとか、楽しそうな部活があるからとか、そんなのばっかだよ。』

『そうなんですか?』

『そうそう。具体的に誰のことかは言えないけどね?』

『大丈夫です。』

『でもこう言われると真面目な(やなぎ)さんはどう選べばいいか困ると思うから、偏差値で選ぶという方法を覚えた方がいいかも。』

『偏差値、ですか。』

『そう。実を言うとね、高校の授業って中学の授業より簡単なことが多いの。』

『それは高校によるものじゃないんですか?』

『それはそうなんだけど、進学校じゃない限りはだいたいそうなってます。いろんな学力の子が来るから、結局基礎からやることになります。偏差値が高いほど、どれだけ掘るかが変わるんだけど、そのくらいかな。』

『そうですか。』

『これは秘密の攻略法なんですけど、自分の偏差値より少し低いくらいの高校に行くのがおすすめです。』

何故(なぜ)ですか?』

『勉強で手一杯にならない学生生活が送れるからです。遊び放題とかではありませんからね。』

『大丈夫です。でも、勉強することが学生の本分では?』

『勉強って、テストで良い点を取ることだけじゃないんだ。知らない自分を見つけることも勉強なんだ。』

『知らない自分、ですか。』

『そう。違ってたら申し訳ないんだけど、(やなぎ)さんは自分の意志でこの学校に入って来たわけじゃないよね?多分、気付いてたら通うことになっていたと思う。』

『はい。』

『科目の勉強だってそう。そういうものだからやってきたんじゃないかな?』

『はい。』

『先生はね、高校を中学と同じように過ごしてほしくないんだ。これは(やなぎ)さんだけじゃない。進学するみんなに対しても思ってる。』

 

『先生もね、学生の頃は優等生だったんだ。』

『すごいですね。』

『ありがとう。高校の頃、中学と同じように勉強だけ頑張ってた。そうしてるとね、中学と同じように周りの大人達はみんな勉強を褒めてくれた。でもね、高校で進路相談が始まると、中学生の時と全く同じことを思ったんだ。私は何がしたいんだろうって。それですごくすごく悩んだ。周りの大人はね、私はしっかりしてるから大丈夫って言うだけで何の助けにもならなかった。しばらく悩んで気付いたんだ。私は高校生活を三年間も送ったのに、(なん)も変わってないって。』

『......』

『当たり前の話だった。だって、学生生活の取り組み方も、人生への向き合い方も、何も変えずに過ごしていたんだから。勉強漬けで他のことになんの興味もなくて、触れようとすらしなかった。変わるわけないよね。』

『先生は......変わった方がいいと、思うんですか?』

『その時はそう思ってたね。でも、結果的に変わるかどうかはどっちでもいい。先生が言いたいのはね、中学で勉強を頑張ったなら、高校は勉強以外のことにも目を向けてほしいってことかな?』

『勉強以外のこと......』

『そう。例えば、おうちで勉強しなきゃいけないからできなかったこととか、やめたこととかあるんじゃないかな?』

『......』

(やなぎ)さん、先生から宿題を出していいかな?』

『先に内容を聞いてもいいですか?』

『しっかりしてるね......先生の教科の宿題は1ヶ月やらなくていいから、空いた時間で勉強以外のことをやってごらん。もしご家族の方が何か言うなら先生が直接説明するから。』

『いえ、それは......流石に1ヶ月宿題をやらないのはまずいんじゃないですか?』

『普通ならまずいんだけどね。(やなぎ)さん、もう問題集を全部解いてるし、追加点枠で毎回毎回たくさんやってきてくれてるでしょ?1ヶ月くらいなら問題ないと判断しました。むしろ、(やなぎ)さんにとってはあんな冊子に時間を取られているほうが有害だと思う。』

『それは教師としてどうなんですか?』

『私は塾講じゃないからね。勉強より大事なことがあるならちゃんと教えるよ。教育者ですからね。』

『先生は、しっかりしているんですね。』

『生徒にそう言ってもらえるなら嬉しいです......(やなぎ)さんの進路相談なのに先生ばかり喋っちゃった、ごめんね。』

『いえ、貴重なお話が聞けて良かったです。』

『あ、そうだ。さっき言った宿題のこと、考えてくれる?』

『はい、やってみます。ただ、どう結果を提出すればいいのか分かりません。』

『それは次回の進路相談で聞こうかな。そんな感じで大丈夫?他に何か聞きたいことがあれば聞くけど。』

『いえ。いや......あの、先生。』

『なんでしょう?』

『先生は、どうして先生になったんですか?』

『さっき、先生が高校で絶望した話は覚えてるかな?』

『はい。』

『当時ブログというのが流行っていて、そこに愚痴を書き込んだの。私の三年間無駄だったー!って。そうしたら意外と同じ悩みを持つ子たちが反応してくれたんだ。その中には自分より若い子も結構多くて、流れで相談に乗ったりしてた。その時思ったんだ、どうしてこの悩みを解決してくれる大人がいないんだろうって。先生、なんだか怒れてきちゃって。』

『イライラしたんですか?』

『イライラというより、なんでだー!って感じだった。それと同時に、いないなら私が先生になって導いてやる!って気持ちになったの。それが私が先生になった理由。』

『小さいころから目指していたわけじゃないんですね。』

『うん、正直将来が決まったのはその時の数週間だった。たった数週間、いつもと違う過ごし方をしただけでこんな素敵な将来になるなんてお得じゃない?』

『ちょっとまだ難しいかもしれません。』

『全然大丈夫!色々話しちゃったけど、あんまり悩みすぎないでね。もし、煮詰まりすぎちゃったら相談して?』

『はい。ありがとうございました。』

 

 

 

 私は、先生の出した宿題に取り組んだ。

 かつてやめろと言われた絵を描いてみた。上手く描けなくてイライラするし、何で下手な絵をわざわざ描いてるんだろうって気持ちになってやめた。

 適当に音楽を聴いてみた。メッセージ性のある曲を聴くとなんだかバカバカしくなってしまって聴くのをやめた。

 映画を見てみたが、最後まで見ることができなかった。別に物語がどんな結末になろうがどうでもよかった。

 小説を読んでみたが疲れてやめた。

 なんというか、音楽も映画も小説も、いちいち感情を左右されるのが面倒に感じてしまった。どうでもいいことに少しでも体力を使わされるのは、何だか我慢ならなかった。

 それからの空いた時間は寝る時間になってしまった。感動よりも、楽になりたいという気持ちの方が大きかったのだ。

 ただ変わったことはあった。布団で寝ていると母親が小言を言いに来ていたのだが、反応を返す気力もなく沈黙していた。母親の言うことをきかないなんて初めてだった。

 それから数日は小言を言いに来ていたが、しばらくすると何も言わなくなった。私は意味もなく寝ていた。

 

 私はもう、だめなんだろう。

 

 担任の先生があれだけ親身になってくれたのに、何の魅力も感じなかった。根本的な部分が違うのかもしれない。私の将来が決まらないのは、不安だからじゃない。そもそも将来を望んでいないのだ。日に日に学校へ行く足が重たくなっていった。

 

 気怠さを紛らわすために、死ぬことを考えるようになった。10年後どころか、来年、いや、明日の自分だってどうでもいい。最近気付いたんだ。意味のないことをするのは辛いって。

 私にとって有益なことは、もはやどう人生を終わらせるかだけだった。

 

 死ぬことを考えてからは結構充実していた。死に方を調べるのにこんな時間がかかるとは思っていなかった。一番確実なのはどうやら首吊りらしい。飛び降りは確実に死ねないかもしれないし、土地の訴訟問題になるしで結構散々みたいだ。電車に飛び込むのは関係ない人を巻き込みすぎるからなし。でも首吊り用の工作をするのはめんどうだ。手軽にやろうとすると首吊りも死ねないらしいのだ。手間のかかる手法である。死ぬことすらめんどくさがる自分自身に呆れてしまう。結局候補に挙がったのは迷惑がかかるからでも確実だからでもなく、一番楽だからという理由で一酸化炭素中毒を利用した自殺だった。

 

 もう寝たら起きないという状態が今の私にはベストだった。それに、一酸化炭素中毒は意外とお金がかからないのだ。適当な折り畳み式のワンタッチ式テントに練炭。これらはお年玉一年分で足りる額で用意できる。足りなかったら親のクレジットで買えばいいだけだ。どうせ死ぬんだ。その程度の迷惑は許容できる。

 受け取りだってコンビニや近くのスーパーに設置されてる宅配BOXを指定してやれば両親が受け取るようなこともない。

 

 なんだか頭がとてもすっきりした。有意義な時間を過ごしたのは何年振りだろう。

 でも副作用があった。死ぬ方法が具体的に分かっているのに未だに生きているという現実が見えてきてしまって、前以上に苦しむことになった。

 

 なんで動けば死ねるのに生きているんだろう。

 

 もはや私にとって生きている状態が無理をすることだった。

 この苦しさはかなりのもので、前とは比較にならない程の無関心が私を(さいな)めていた。

 

 どうせ死ぬのになんで将来のことを考えないといけないんだろう。

 どうせ死ぬのになんで食事をしないといけないんだろう。

 どうせ死ぬのになんで迷惑とか心配とか考えなきゃいけないんだろう。

 もう、この疑問すらどうでもいいかも。

 

 最近なんだかぼーっとすることが多くなってきた。注意散漫でミスをすることも多い。でも、それ自体に何も思わなくなっていた。

 もう朝に何を食べたかすら思い出せない。どうでもいいことは覚えなくなってしまった。

 

 私は夜に散歩をするようになっていた。最初は親に反発されていたが、深夜に家から抜け出してほっつき歩いているのがバレてからは門限を設けることで許可が下りたのだ。そして、出かけるときは飲み物を入れられるように手提げバッグの携帯を義務付けられた。私は知っている。このバッグにはGPSが取り付けられているということを。父と母が言い合っているのを聞いたのだ。

 

 散歩は気分転換でしているのではない。ただ死ぬ場所を探していた。家で練炭を使うわけにはいかなかった。火事になったら最悪だし、何より火災報知器が反応したらめんどうだ。

 もう死ぬ場所は見つかっていた。練炭自殺は時間がかかるが、長くても半日くらいあればできることだ。誰かが不審なテントを見つけてもその間に通報されることはまずないだろう。早くても一日くらいは様子を見ると思う。結構どこでもよかったのだ。

 

 季節は冬、練炭を使うのに適した季節がやってきた。空っぽのGPSバッグを持って外に出る。友達の家に泊まるとか嘘をつくことも考えたが、いつも通りが一番バレにくいと思った。

 練炭とかテントとかの道具は全部死ぬ場所に置いてある。誰かが処分していたらこの計画はやり直しなのだが、それもどうでもよかった。今日は絶対死にたいという日じゃない。とりあえず死んでみるくらいの気持ちだった。こんなに活動的なのに死ぬことへの執着すら薄いという矛盾がなんだかおかしい。

 

 バッグを捨てる場所は決めてある。うちが管理している神社だ。小さいころから巫女として必要なことを親から叩き入れられるのに使われた場所だ。私の興味があったことを全部否定して叩き込んだのに、将来はやりたいことをやってほしいらしい。親心というのはよくわからない。

 ここには立て付けの悪い倉庫がある。スライド式の倉庫の扉は完全には開かないが、私が入れるくらいの隙間は()く。最初はここで死のうかと思ったが、神聖そうな場所だし何かの間違いで助かってしまいそうな気がしたからやめた。倉庫の中に手提げバッグを捨てる。もう私がどこにいるのかを知っている人はいない。

 

 死ぬ場所に来た。隠していた道具は全部あった。良かったと思うと同時に、めんどくさいという気持ちもわいてくる。いつでも寝れるようにするために徹夜をした体は、既に限界を訴えていた。さっさと寝る場所を作った方がだるくないかもしれないと思い、テントを張る。このテントは確か災害で家を亡くした人がすぐに張れるよう配慮されたものだったか。知識がなくても簡単に設営できるのはありがたい。助ける道具を死ぬために使うという罪悪感を少しだけ感じながらテントを張り終えた。あたりはすっかり暗くなっていた。

 暗くて周りが見にくい。点火棒で照らしながら道具を集めて、私含めてすべてのものがテントの中に入った。明かりがほしいからさっさと練炭を使おう。

 

 安物だからか、思ったより明るくならない。周りからバレにくいという点では良かった。

 手持ちのカイロも全部使って適当な場所に置いておく。カイロによってテントの中の酸素がどれだけ使われるかは分からないが、きっと不完全燃焼の助けになるだろう。

 横になったが普通に痛い。下に敷くための毛布とかを持ってくるべきだったかもしれない。コートと上着を脱いで下に敷いたらましになった。

 今になって凍死という手段もあったなぁと考えたが、具体的にどれくらいで死ぬかが分からないので結局なしだ。

 暖かいのもあって、もう眠たくてしょうがなかった。

 何かに思いふける間もなく、私は眠りにおちた。

 

 

 

 目が覚めるというよりは、起きているということを認識するという感じだった。意識が戻るというやつだろうか。私は今、山の中にいた。

 目の前には苔むした地蔵が微笑(ほほえ)んでいた。周りの木々も青々としていて、冬の気配は一切なかった。

 

(私はテントの中にいたはずなのに......)

 

 明晰夢(めいせきむ)にしては意識がはっきりとしすぎている。体に叩き込まれた巫女としての(たち)がそうさせたのか、この状況に混乱していたのかは定かではないが、とりあえず地蔵を拝むことにした。

 拝んだ後、雰囲気が変わったのを感じて目を開けた。すると木々は消え、そこらじゅうにゴロゴロと石が積みあがっていた。

 私はこの意味不明の中、見覚えのあるものを探して歩いた。すると漢字が書いてある紙切れを見つけて、少し安堵した。

 

(新聞だ......あれ?)

 

 拾った新聞は旧字体ばかりで、かなり古いものだと推察できた。発行年数を探したが、ボロボロの新聞から得られるものは何もなかった。

 ゴミはほかにもあった。昭和の方が好きそうなブリキの人形だったり、台に電球が乗ってるだけの謎の装置があったり。

 目の前のことに必死で気付かなかったが、あたりには霧が立ち込めていた。

 

 私は思った。

 私は、死ねたのではないだろうか。

 物の墓場といっても差し支えない場所、意味不明の連続、覚醒している意識。

 私は死後の世界に来たのかもしれない。

 

 一瞬安堵したが、次第に不満が湧き始めた。

 意識があるなら死んでも意味ないじゃん。

 私は消えたくて死んだのに、こんなの生きているのと変らない。

 

 もう一度、死ななきゃ。

 

 私は当てもなく歩き出した。

 

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