「あやや!これは心ここに在らずといった様子ですね。」
射命丸文は守矢神社に来ていた。森の妖精が騒がしくしていることについて守矢が調べていると風の噂で聞いたのだ。空から境内を掃除する早苗を見つけた文は、彼女が普段と違う様子を見せていることにすぐに気が付いた。
早苗はどこを見つめるでもなくぼーっとした様子で同じ場所を箒で掃いていた。悩みを抱えていることは誰から見ても明白であった。
「冴えない顔をしていますねー!何かあったんですかー?」
「あっ......文さん。すみません、今はお茶を出せなくて。」
「いえいえ、お構いなく。ちょっとだけお話を聞きに来ただけですよ~。今大丈夫ですか?」
「はい......」
明らかに大丈夫な人の声色ではないのだが、そこを詰めても話が進まないと判断した文は軽く話を振ることにした。
「最近森が騒がしくしてたらしいじゃないですか。まぁ妖精たちが元気なのはいつものことなのですが。」
手帳開き、ペンを頬に当て考えるようにして文は言った。
「ただ同じような話題で盛り上がってたらしいことが気がかりでしてね。宴会場がどうとか。早苗さんは何か知ってます?」
「......」
「早苗さん?」
早苗は口をもごもごとさせながら沈黙していた。隠そうとしているというよりは言葉選びに悩んでいるようだった。
「分かりません。」
「知らないではなく?」
「はい。その件については私が調べているので。ただ、その......」
「無理して話されなくても大丈夫ですよ。趣味の情報集めなので。」
「大丈夫です!うまくまとまらないだけで、全然無理とかでは!」
「(無理してる人の言葉ですねぇ。)」
文としては何か情報があれば儲けもので、無いなら無いで良かったのだ。だから無理しなくていいと早苗に伝えたのだが、却って負担を大きくしてしまったようである。
「あまりうちの巫女をいじめないでくれるかい?」
「あややや!いじめるだなんて人聞きの悪い。まだ筆を執ってもいないのに。」
「神奈子様......」
「早苗、いくらなんでもボケっとしすぎだよ。ほら、次の仕事に行った行った。」
「す、すみません!失礼します!」
早苗は小走りでその場を後にした。
「手がかかる程愛しいですよねぇ。」
「不思議とブン屋にはそういった情が湧かないな。」
「あやや!これは手厳しい!そういえば器の広さと言葉のキツさには関係があるとかないとか。」
「おや、軽い運動にでも付き合うかい?」
「お話に付き合ってくれるなら歓迎なんですけどね。ま、守矢ぐるみで隠したいということなら無理強いはしませんよ?ブン屋としてそちらの都合を尊重いたします。」
強気で来る神奈子に文はわざとらしく丁寧な言葉で返した。今の言葉の応酬にどれだけの本音が含まれていただろうか。それを理解している神奈子は笑った。
「ははっ、やめよう。異変の最中でもないんだ。聞きたいことがあるなら聞くといい。」
「それはありがたいですー。でもこれは世間話なんですけど、早苗さんはどうしてあんな状態に?」
「あぁ。早苗が助けた少女が目を覚まさなくてな。何度か医者にも診てもらったんだが、分かることは何一つないと来たもんだ。どうしたらいいか分からなくなって気を揉んでいるのだろうよ。」
「なるほど......」
文はメモを取りながら考えていた。
「(博麗神社と守矢神社で患者が発生、と。なーんかありそうですねぇ。)」
「助けた時には意識があったんです?」
「早苗の話によると意識があったそうだ。それでもかなり弱っていたらしい。」
「はー、大変ですねぇ。その女の子は森で襲われていたんですか?」
「どうしてそう思う?」
「そう警戒しないでくださいよー。実は最近森の妖精が騒いでると耳にしましてね?それについて何か知らないかと聞きに来たんですよ。」
「なるほどな。それについては我々としても知りたいと思っている。その調査を早苗に任せているが......あまり芳しくないようでな。正直話せることはあまりない。」
「大変そうですもんね。」
「ただ、妖精たちが会場のような場所について話していることは分かっている。宴会だのかまくらだの自由に形容されていて詳細はまるで分らない。」
「うーん、手掛かりが妖精だけだと追い切る前にロストしてしまいそうですねぇ。」
「まったくその通りだ。妖精たちも興味を失い始めている。被害者が出ている以上早苗は原因解明に躍起になっているが、妖精たちからすれば今回の件は時に流行する怪談と同じようなものだろう。原型など残っているはずもない。」
「掘ってもアタリは無さそうですねぇ。」
「何が起きたのかは目が覚めた少女から聞けばいいと思っている。取材に来るのは結構だが新しい情報はそれまで期待できないと思ってくれていい。」
「事件そのものを記事にするより、その子の復帰を記事にした方がパンチがありそうです。『危機一髪!守矢の巫女がまた救った!!』とかどうでしょう?」
「他人の仕事に口を出すつもりはない。いい記事が出たなら購入を検討しよう。」
「釣れませんねぇ。今日はこの辺にしておきますよ。」
「まだ聞きたいことがあるなら聞くといい。」
「非常に魅力的ですが私も多忙の身。情報が私を呼んでいるのですよ。では、その子が元気になったらお伝えください。いつでも相談に乗ってくれる優しいお姉さんがいるってね!」
「営業は自分でしてくれ。」
最後に神奈子が言った言葉は文には届かなかった。言いたいことを言ったそばから飛んで行ってしまったのである。
「私はもう行きますね。」
「ありがとう。参考になったわ、色々と。」
歯切れの悪い霊夢の言葉を受け取った鈴仙は博麗神社を後にした。
「行ったかー?」
「えぇ。」
「なんだよれいむー、シケた顔してらしくないな。」
「少し考えてるだけよ。」
「ふーん?で、アイツはどうだった?」
「そうね。わざわざ一筆書いてくれたから、自分で見たほうがいいと思うわ。」
霊夢は魔理沙に診断書を渡した。
「......」
「......」
静寂。物言わぬ少女の問題は簡単には解けそうになかった。
「(話を聞くに亡霊らしいことは分かっていたが、診断書で死亡と書かれると改めて不思議な感じがするぜ。ただ波長が無いってのはどういうことだ?何かの虚像ってことか?)」
「(守矢神社に同じ顔の患者、ね。早苗がやけにしょぼくれてウチに来たことがあったけどその子のせいだったのね。向こうでは波長が確認できたようだから目が覚める可能性はある......正直、待つしかなさそうね。)」
それぞれの考察が一段落したところで魔理沙が口を開いた。
「少し調べたいことができたから帰るぜ。ご馳走様なー!」
魔理沙は駆けるようにして博麗神社を後にした。
「返事くらい待ってほしいものだわ。」
霊夢は音を立てて茶をすすった。それで心が落ち着くはずだった。茶を飲み切る前に、霊夢は立ち上がり彼女の元へ向かった。
布団に横たわる彼女は目を閉じて黙っていた。呼吸もせず、何かを訴えようとすることもない。霊夢たちに話しかけていたのが嘘と思えるほど反応がない。
「自称外来人さん、アンタはなんで幻想郷に来たのかしら?」
霊夢は外来人の多くが答えられない質問を彼女に投げかけた。外来人の多くは意図せずに幻想郷に来てしまう。理由など知る由もないのだ。
「(もうひとつの幻想郷の話をした直後にこうなったのは本当に偶然?)」
霊夢は思い出す。彼女の絶望した表情が霊夢の心を揺らす。
「(誰かに利用されてこうなっているのなら許せることじゃないわね。)」
まだ見ぬ敵は強大に思えた。情報の隠匿を図り実行できる者は決まって曲者ばかりなのだ。ただ、根拠はそれだけではなかった。
「(まったく、亡霊が溢れかえるだけの異変が可愛くてしょうがないわ。)」
霊夢は今まで解決した異変を思い出して気付いたことがあった。異変が起こるたびにその規模が大きくなっているのである。箱庭的に思えた幻想郷の繋がりは思っているよりも広く複雑なものなのかもしれない。少なくとも今の霊夢からしてみれば底が知れなかった。
「解決の糸口が分からないからって考えすぎね。果報は寝て待つに限るわ。」
霊夢は疑念に飲み込まれる前に一度問題から離れることにした。
「霊夢さーん!文々。新聞ですけどー!お見舞いの品もありますー!!」
「間が悪いったらありゃしないわ。」
霊夢は一蹴しにくい文言を用意していた来客に対応することとなった。この問題から距離を置くのはまだまだ先になりそうである。
時は少し遡り場所は人里。慧音と妹紅は玲子について話し合っていた。
「すまないが着替えの準備を任せてもいいだろうか?私はいまから寺子屋でやることがあるのだ。」
「あぁ、構わないよ。」
「頼む。」
妹紅は自分と玲子の着替えを用意した。まだ幼さの残る玲子の服はまだしも、何故か妹紅にピッタリのサイズの寝巻きがあることに妹紅は微笑んだ。
「実は寂しかったりするのか?」
たまには遊びに来やろうと思いながら着々と準備を進めていく。やることを終えて少しゆっくりしていると戸が引かれた。
「やけに早い帰りじゃないか。もう寺子屋の用事は済んだのか?」
「妹紅!来てくれたのか!あぁ、用事があると思ったのは思い違いでな。今日のうちに済ませておくものはもうなかった。」
「(何だ......?)」
まるで今日初めて自分と会ったかのような反応をする慧音に妹紅は違和感を覚えた。
「なぁ、頼まれたものは準備しておいたが......」
「む、何か頼んだか......?すまない、なんだったかな。」
「アイツの着替えだよ。ほら。」
妹紅は自分よりも小さな寝巻きを慧音に見せた。
「アイツ?何の話だ?」
「(何が起きている?)」
慧音の反応は先ほどまでの話を全て忘れているかのようだった。
「慧音、柳玲子って名前に心当たりはあるか?」
「柳......玲子?いや、ないな。」
「なるほど。慧音、今から話すことはすべて事実だ。信じてほしい。」
「あ、あぁ。信じるが急にどうしたんだ?」
妹紅は慧音に玲子について話した。今日自分たちが話し合った内容も含めてすべてを慧音に伝えた。
「妹紅の言うことは信じよう。しかし、話を聞いて思い出すといったことはないな。」
「話したら思い出すと思ったんだが、こりゃ見当違いだったか。ただ証明できるものがないから信じてもらうしかない。」
「ふむ。もしかしたら証明はできるかもしれん。付いてきてくれ。」
慧音は小さな机が置かれた部屋に妹紅を案内した。
「私が幻想郷の歴史を編纂をするのは満月の時だ。玲子という人物はまだ記録されていないだろう。だが、正しく編纂するために印象的な事柄は必ず記すようにしているんだよ。」
慧音はそう言い、タンスから取り出した箱の蓋を開けた。その中には何本もの巻物が保管されていた。
「玲子という人物と私が出会っているのなら、きっとここにその痕跡が残っているはずだ。」
「もし何かしらの術で消されていたとしても、空白として痕跡が浮き上がるのか。」
「あぁ。そしてこれが今日の事柄が記されたものだ。」
「私にも見せてくれ。」
妹紅と慧音はそろって同じ巻物を注視した。様々な事柄が書かれている中、二人の目を引くものがあった。
”里ノ門ニ不審者在リノ報セ”
”正体ハ途方ニ暮レタ外来人”
”姓ヲ ヤナギ 名ヲ レイコ トイフ”
「これは......!!」
「記録に残り、記憶から消える外来人ねぇ?」
慧音は身が震えた。これだけ決定的な証拠があるのにも関わらずこの外来人の記憶を思い出すことが無かったのだ。
「記憶から消えることも追記しておこう。これは......気味が悪い。」
「少し厄介になってもらうつもりが、かなり厄介な代物だったとはねー。慧音、コイツの相手は私がやる。」
「短絡的になるな!わざわざひとりで危険を冒す必要はない!」
「違うよ、慧音。」
妹紅は冷静に、諭すように慧音に言った。
「一番危険なのは慧音だ。仕組みは分からないけど、記憶を失ったのは慧音だけ。私には何の影響も無かった。」
「しかし!」
「私はずいぶんと永く死に方を探したが、死んでも忘れられたくない相手はいる。」
「妹紅......」
妹紅が慧音を慮っていると、戸を大きく叩く音が部屋に響いた。
「慧音さん!慧音さんッ!いませんか!?」
声の主は玲子を引き連れて里を出発したはずの妖夢の声だった。背筋に嫌な汗が垂れるのを感じながら慧音は戸を引いた。戸の前には汗を垂らして息を吐く妖夢が一人で立っていた。
「何があった?」
「玲子さんが、玲子さんが!」
妖夢はつっかえながらも慧音の片手を両手で握って縋るようにして言った。
「玲子さんが消えちゃいました!!」
慧音は不安の映る顔をした妖夢に何も言えなかった。変わりに慧音の後ろをついてきた妹紅が口を開いた。
「突然ですまないが聞いてほしい。慧音は玲子を知らないんだ。」
「え、なにを言って......」
妖夢は慧音の方を見た。
「......」
訂正も否定もせず、言葉に詰まった慧音の姿がそこにあった。
「うそ、ですよね?」
「......すまない。」
妖夢は脱力するようにして握った手を離した。
「とりあえず中で話そう。」
妹紅がそう言って奥へと進んでいく。この場には立ち尽くしている二人だけが残った。
「来てくれ。」
慧音は気まずそうに言って妹紅と同じ方へ進んだ。妖夢は黙ってそれに着いていくしかなかった。