妖夢は慧音に言われて部屋の中へ入った。そこで事のあらましを話された。
「慧音さんだけが記憶を失った理由が分かりませんね。」
「妹紅と妖夢の共通点は生を逸脱していることだ。もしかするとそこに糸口があるのかもしれん。彼女のことを知らせた人間に話を聞ければよいのだが......」
「そもそも覚えていないから聞くあてをつけられない、か。」
「......」
言葉が出ないのは妖夢だけではなかった。失ったものは玲子との関わりの記憶。無くても困らない程度のもの。このまま関わらず有耶無耶にした方が丸いだろうという雰囲気がその場に漂っていた。
「なんにせよ、玲子という外来人を見つけなきゃ話が始まらん。アイツはどこで来たんだ?」
その雰囲気を変えたのは妹紅だった。彼女は原因がどうであれ玲子と会うことが目的であることは変わらない。例え危機や影響がなくともやることは変わらないのだ。
「守矢神社への道を案内してる最中に消えてしまいました。あまり使われていない参道でした。」
「なんだと?場所が場所だ。もしかすると人里の人間に影響があるかもしれん。注意の呼びかけをしたほうがいいか......」
「とりあえずは守矢のとこに連絡だな。参拝すると神隠しに合うだなんて噂が流れたらひとたまりもないだろう。」
「確かにそうだな。協力を仰いでみよう。」
「すみません、私はあまり力になれなさそうです。」
「なに、大丈夫だ。多忙の身なのだろう?大きな異変が起きたわけではない。私も本腰を入れて調査はできないさ。」
「ま、身軽な私が嗅ぎまわってみるさ。何か掴み次第慧音に話しておくから、気になるなら聞きに来い。」
「ありがとうございます。」
記憶の消失というインパクトのある事件が起きたものの、事件の大枠は良くわからない人物の失踪。ここにいる誰もがその人物との縁は深くはなかった。さらに該当人物は幽霊で生死の問題が薄い。普段の予定を曲げてまで調査する理由がなかった。
「(玲子さんは死ねないと思っていました。そんな方が簡単に消えるとは思えません。きっとどこかにいます。)」
妖夢にとって、彼女は自分の成長を形としてみることができるかもしれない人物だった。彼女を斬れるようになった時、それは間違いなく何かを掴んだ時といえる。半人前としてはこのまま失うには惜しい人物であった。それだけではない。もし彼女が消えたのなら、彼女のような存在が己の欲望を拒否している者がどう欲を押し通したのか妖夢は知りたかった。
「すまないが妖夢、玲子の顔の特徴とか教えてくれないか?声は聴いていたが容姿が分からなくてな。」
「もちろんいいですよ!」
こうして参道の神隠しの調査が始まった。攫われたのか、消えたのか。それすら分からない。幻想郷との人物と関わり合いが少ない外来人という境遇。攫われたとしても攫う人物に当てをつけるのも不可能だった。唯一のヒントは、犯人は少なくとも妖夢に気づかれぬよう攫う程度の実力を持つ者ということだ。適切な警戒度を持ってこの事件に妹紅は臨むのだった。
「はあ、なるほど。死んでいる、と。」
「そ。満足した?」
場所は博麗神社。文の取材に霊夢はこたえていた。
「亡霊の死体なんてものが見れるなんて思ってもみませんでした。かなり珍しいんじゃないですか?」
「そうね。こんな奇妙なもの見たことないわ。いい記事になるんじゃないかしら?」
それは皮肉だった。珍しいものに必ずしも価値があるわけではないのだ。
「えぇ、いい記事が書けそうですよ。」
そう言うと文は半目で口元をペンでおさえた。
「なーんか匂うわねぇ。あんた何か知ってるの?」
「あや、霊夢さん。興味あります?」
「別に何でもいいわ。果報は寝て待つともう決めているのよ。」
「彼女もそうして果報を待っているんですかねぇ?」
文は壁越しに玲子の方へ視線を向けてそう言った。
「それはないわね。」
「あや?何故そう言い切るので?」
「彼女に果報なんてものはないということよ。さ、聞くこと聞いたら帰った帰った。」
「あやややや!見舞いの品も持ってきたのにー!」
「それはありがたく私がすべていただくわ。どうもありがとう。」
やいのやいのと騒ぎつつも文は飛び立って行った。やっと静かになった博麗神社で、霊夢はすっかり冷めた茶を飲みほした。
「(どうせ守矢神社で何か情報を掴んだのでしょう。私は焦らないわ。)」
文が余裕を見せていた理由に当たりをつけながら、霊夢は日常を取り戻していく。きっと今回の件は守矢の患者が起きるまで進まないと霊夢は感じ取っていた。亡霊の死体があるなんて奇妙なことがあるにも関わらず、嘘のように変わらない日常が過ぎていった。
そんなある日。
「よう、博麗の。」
「あら、ここに月はいないわよ。」
博麗神社に妹紅が訪れてきた。
「柳玲子、という亡霊を知らないか?」
「......」
霊夢は札を構えた。
「ハハッ、いいね。お互い進展を迎えることができそうだ。」
「(アイツの言葉にコイツの名前はなかった。やり取りをするのは真意を確かめた後......!!)」
妹紅から玲子の名前が出てきた。それが果報だとは霊夢は思えなかった。鈴仙や早苗なら兎も角、無関係に思える人物からその名が出てきてしまえば警戒せずにはいられない。霊夢は事の重さをまだ測り切れていないのだ。石橋を叩いて渡るくらいが丁度良い。
「アンタに恨みはないわ。もちろん、これが理不尽だってことも分かってる。ただそれでも、真意を確かめさせてちょうだい!」
先手必勝。そう言わんばかりに妹紅を囲むように投げたお札が地面の三点を抑え結界を発動する。霊夢は自由を奪われた妹紅に肉薄しお祓い棒で殴りかかる。
「っ!」
霊夢が近づいたその時、妹紅がその場で燃え上がった。霊夢は危機を察知してすんでのところで距離を取ることに成功したが、たまらず冷やせがたらりと頬を伝った。
「真意、ね。何を警戒しているかは分からないが......」
炎の中から妹紅が出てくる。霊夢が投げたお札は焼け焦げてボロボロになり、妹紅の腕も焼け皮膚が剥がれていた。しかし、霊夢のお札とは違い彼女の腕は再生し火で焼けたのが嘘だったと言わんばかりに元の美しい姿を取り戻していた。
「腹を割って話すのは嫌いじゃない。」
妹紅が空を蹴り上げるとそれに押されるようにして炎が霊夢の方へ走った。当然、霊夢は回避するがそれを読んで近づいていた妹紅に蹴り飛ばされてしまう。落ち着く間もなく地面から伸びる炎が霊夢に向かっていく。
「暑苦しいわね!」
霊夢が霊力を込めてお祓い棒を横に振ると風が炎に向かっていった。炎の進みは止まったが風を受けて成長した炎は高く高く燃え上がる。その炎は何かに押しつぶされるようにして妹紅の方へ倒れていった。
妹紅は津波のように襲い掛かる炎の下を駆け抜けることで直撃を避ける。と同時に霊夢との距離を詰めた。
手に炎を発生させて殴りつけるようにして霊夢に攻撃をしかけた。霊夢は咄嗟にお祓い棒で防御するも、妹紅の手にあった炎は消え妹紅にお祓い棒を掴まれてしまう。炎はブラフだったのだ。
「アイツの何がしりたいわけ?」
「死ぬ理由、かな。今はそれより、アンタがあの外来人についてどれだけ知ってるかを知りたい。」
「まるで何かを知っているかのような物言いね!」
「逆だよ。何も知らない。でも、本当に知らないわけじゃない。アンタはどうだ?」
「何を言って」
突然お祓い棒が燃え上がる。お祓い棒を持っていた手を放し、反対の手でお札を妹紅の胸に貼った。お札を爆破し、妹紅を吹き飛ばすことで霊夢は距離をとることに成功する。
吹き飛ばされた妹紅は地面に倒れるもおもむろに立ち上がった。
「なぁ!アンタは覚えているのか?アイツのことを!」
「覚えている?私は彼女と面識はないわ!少なくとも、意識を失う直前までは無かった。」
「違うね。」
霊夢はその否定に言葉が出なかった。本能的に妹紅の言葉を待ってしまう。
「アイツはアンタと面識があった。それだけじゃない。お前はアイツを一度殺したんだ。」
妹紅は飛び上がり背中に大きな炎を呼び出した。炎はうねり、大きな鳥のように翼を広げている。羽にはいくつも模様があった。孔雀のような目のような、人魂のような。そんな炎の弾幕が一斉に霊夢の方へと飛んでいく。
「殺したですって?そんなわけないじゃない!だったらあの子は私に助けを求めるはずがないでしょう!?」
3つの陰陽玉が衛星のように霊夢を中心に周りだす。夢想封印の構えだった。
「それが成り立つのさ。彼女の救いは死なのだから。」
「だから殺しに来たってわけ?」
虹色の玉と大量の炎がぶつかり合う。衝撃が風となって周囲の木々を揺らしていた。
「まさか!話がしたいんだ。死ねないって聞いたんでね。」
「お生憎様!彼女は蓬莱人ではないわ。消えなさい!」
虹色の玉が大きな爆発を起こす。大量にあった炎の弾幕も、妹紅の後ろにいた火の鳥も掻き消された。
「はぁ......はぁ......」
「それも分かってる。私のことはいい。大事なのはアンタのことだ。」
「なによ......それ......」
妹紅は地上の霊夢の元へと降りてきた。
「初対面なのにアイツはお前のことを知っていなかったか?」
「......」
「......慧音も、忘れていたんだ。」
「え......?」
「慧音は、玲子の記憶を失った。原因は分からない。未だに思い出すこともない。」
霊夢は玲子の言葉を思い出していた。確かに、彼女は霊夢たちのことを知っていた。しかしそれは玲子の言葉から推測するにもう一つの幻想郷とやらの話のはず。しかしそれは玲子の視点から見た話でしかない。
もし、玲子が霊夢と面識があることが事実で、霊夢がそのことを忘れているとしたら?その可能性を霊夢は否定できなかった。それどころか、その事象を詳しく説明できるであろう人物が目の前にいる。
「......上がりなさい。話があるわ。」
「真意とやらは掴めたのか?」
「いいえ。ただ話を聞く価値が跳ね上がったわ。」
「そりゃよかった。ま、私としては得るものが少なそうなんだが。」
「そうでもないわ。」
霊夢は振り向き、妹紅にこう伝えた。
「あなたを玲子に会わせてあげる。」
「......へぇ。」
妹紅は笑った。その笑顔は緊張を含んだものだった。