死に損ない、幻想郷にて死を望む。   作:飛煙

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第三話「光明」

 巫女さんに浄化された私は、現実感のない森の中を歩いていた。

 最初の時と違って見覚えのあるものは何もない。私より大きなキノコがあったり、木の(みき)からユリのような花が生えていたりと、なんとも幻想的で(あや)しい雰囲気の森だ。死神って森の中にもいるものなのだろうか。

 そんなことを考えていると、開けた場所に出ていた。中心には西洋を感じさせる一階建ての家が存在感を放っていた。

 

「インターホンあるかな......」

 

 死後の世界に住人がいるのかは知らないが、きっと私よりは知っていることは多いはずだ。

 

「な、ない......ドアとか叩いていいのかな?」

 

 器物損害で何か言われないだろうかと恐る恐るドアを叩くことにした。弱めの(ちから)でドアを叩くと、小さくコンコンと音を発したが誰の耳にも届くことはないだろう。

 

「......」

 

 万策尽きてしまった。

 

 困り果てた私はドアの前に座り込んだ。中で物音がしないか聞き耳を立てながら物思いに(ふけ)ることにしたのだ。

 そもそもここには人が住んでいるのだろうか?ただこんな森で人の手が入らない建物の末路を想像するのはあまりにも容易(たやす)い。きっと誰かいるのだろう。あ、でも別荘だったりしたらどうしよう。そうだとしても管理人か何かいるだろう。少なくとも家の周囲は植物が好き放題伸びているわけではないのだから、誰かが管理のためにここを訪れていることは確かなはず。

 

 無意味な思考をしていると地面に影が差した。顔を上げると、いかにも魔法を使いますという主張をしてくるとんがり帽子を(かぶ)った金髪の少女が立っていた。

 

「......」

「......」

 

 ど、どうして何も言わないんだ......!あ、海外の方かな?ど、泥棒と思われてたりするかもしれない!何か、何か言わなきゃ!

 

「とりあえず入ります?」

「私の家だぜ。」

 

 

 

 ファーストコミュニケーションに失敗した私は、彼女の厚意で家に上げてもらっていた。軽く互いの紹介をした後、座って待ってろということなので今は一人で壁を見つめていた。

 こういう時間はどうすればいいんだろう。家の中を見回す分けにもいかないし、かといって待ち方の作法など私は知らない。

 

 結局何も分からないまま背筋をピンと伸ばして、まるで金縛りにあったかのように首と視線を固定することしかできなかった。

 

『いや、なに。そこまでものを知らないとは思わなくてな。』

 

 自分の情けなさが小町(こまち)さんの言葉を思い出させる。私の無知は死後の世界に限ったものではないのかもしれない。

 

 ネガティブ思考に陥っていると、ぷふっ、という声がした。声のした方向を見ると、この家の主である霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)さんがいた。

 

「何か気に入らないことでもあるのか?その、そんなに渋い顔をして。」

 

 どうやら思考につられて表情も変わっていたらしい。ネガティブ百面相を意図せず披露してしまったことに恥ずかしさがこみあげてくる。

 

「い、いえ。なんでも、ないです。」

「そうか。お前は茶とかいるか?」

 

 魔理沙(まりさ)さんはひとり分の茶菓子をテーブルに置きながらそう言った。

 さすがにここで茶と食うものをよこせなどとは言えない。

 

「いえ、大丈夫です。食べられるか分からないので。」

 

 そもそも死んでいる身で飲食ができるのだろうかという問題もあったため、断ることにした。

 

「さすがの私も来客に毒なんて盛らないから警戒しなくていい。」

 

 ......はて?どういうことだろうかとついさっき吐いた言葉を思い返す。茶をいるかという問いに対して、食べられるかわからないと私は返した。客観的に見ると思いやりにケチを付けたひどい奴である。

 

 ご、誤解だ!私は死んでいる身だからそう言っただけで、ケチをつけたかったわけではない。そうだ、それを伝えれば勘違いを解くことができるだろう。

 

「違います!その、私、死んでいるので。」

「いきなりぶっこんできたな。」

「すみません!」

 

 ダメだー!ずっと死ぬことばかり考えていたから他人(ひと)と死の身近さの価値観が違うことを考慮できていなかった。でもここで私が死んでいることを伝えられたことをポジティブに捉えよう。切り出し方とか分からないし。

 

「その、死んだ身が飲み食いできるか分からないので。」

「幻想郷じゃ死人が暴飲暴食なんて珍しいことじゃないぜ。」

「ここ幻想郷なんですか!?」

 

 いきなりとんでも情報である。幻想郷で巫女さんに浄化してもらったのにまだ幻想郷にいる......?

 

「なんだぁ?外来人の霊なのか?」

「え、あ、はい。多分。」

「はっきりしないなぁ。」

「その、えっと......」

 

 どう説明したものかと一瞬考えたが、会話が下手な自分が上手く要約できるわけないだろう。こうなったら失礼ついでに全部聞いてもらおう。

 

「事情を聞いて下さい......!」

「おう。」

 

 魔理沙(まりさ)さんは茶菓子を頬張りながら私に説明を促した。

 

 

 

「なるほどなー。まさかこんなところで霊夢(れいむ)の失態を聞けるとはな。」

 

 またいじれるネタが増えたぜ、と魔理沙(まりさ)さんは何だがご機嫌である。

 

「れいむ......?」

「おまえの言う巫女さんの名前だ。博麗(はくれい)霊夢(れいむ)、本人(いわ)く、幻想郷の素敵な巫女だそうだ。ほら、これでも食え。友人の失敗のお詫びだ。」

「あ、ありがとうございます。」

 

 失敗とは私を浄化できなかったことだろうか。なんだか悪いなと思いつつ、受け取った茶菓子をどうすればいいか分からず困惑していた。普通に食べればいいのだろうか。ちらりと魔理沙(まりさ)さんの顔を(うかが)う。

 

「......」

「......」

 

 がっつり見られてる~!魔理沙(まりさ)さんの『食え』と言わんばかりの圧力に屈した私は、茶菓子を口に入れた。

 

「あむ......」

「......」

 

 口に入れたが魔理沙(まりさ)さんは依然として圧力を解かない。か、感想を言えば許してもらえるだろうか。

 

「んぐっ、えっと、お菓子の味がします。」

「ふ、そうか。」

 

 これは許されたのだろうか。

 

「お前さん、外来人だっけか?」

「え、はい、多分。」

「まずはそこからだな。基本的なことは全部教えてやる。」

「本当ですか?助かります......!」

「まず幻想郷についてだが__」

 

 魔理沙(まりさ)さんの話によると、幻想郷は外の世界で忘れ去られたものが集まるという場所らしい。信仰、霊、妖精に妖怪などファンタジーっぽいものに限らず、現代で廃れたロマンなどもここに集まるようだ。外の世界というのは多分、私が生きていた世界のことだろう。日本の人口の七割が無宗派を名乗っていると統計が出ていたはずなので、神様や妖怪にとっては苦しい場所、という条件にも当てはまる。外で否定されたものが来る場所があるなんて、素敵なような、悲しいような。まぁ、どうでもいいか。

 

 ただ、これで私が幻想郷にいるのも説明がつく。霊になった私は行き場を失い、幻想郷に招かれたのだろう。あれ、でもその理屈だと外の世界の死人はみんなここに流れてくるのだろうか?この疑問を魔理沙(まりさ)さんにぶつけると、

 

「あんた、外の世界で何か神事に関わってたりしたか?」

「あー。巫女の修行的なのはしてました。」

「じゃあ珍しく霊が実体化できる程度の(ちから)を持っていたんだろう。それより、あんた巫女だったのか。」

「いや、巫女じゃないですけど......親から巫女になるよう修行を課されていた身といいますか、なんというか。」

「あんたも大変だったんだな。」

「そんなに大変ではなかったです。自殺の理由でもないですし。」

「自殺だったのか?」

「あれ、言ってませんでしたっけ......?」

「死んだということしか聞いてないぜ。」

「あはは......すみません。」

「まぁ未練たらたらでドロドロしてるやつよりかはいいか。」

「未練なんて無いですからねぇ。」

「無いのか?」

「ありません。その上で、霊夢(れいむ)さんに浄化していただきました。まだ消えていない理由が分からないです。」

「んー、それは私にも分らん。幻想郷にはもう一つ有名な神社があるから、そっちを頼るのもいいかもしれないな。」

「そうなんですね。それについても教えていただけたらと思うのですが......あの、止めたりはしないんですね。」

「んぁ?お前さんが消えたいと思うことをか?」

「はい、小町(こまち)さん......死神の方にはあまり良い顔をされなかったので。」

「あー、あいつか。私はあいつほど説教臭くもないからな。それに、なんとなくだが早苗(さなえ)を頼っても解決しない気がするし。お前さんの悩みに真剣に答えているつもりもないからな。」

「そうなんですか......さなえ、というのはもうひとつの神社の......?」

「あぁそうだ。守矢(もりや)神社の巫女、東風谷(こちや)早苗(さなえ)。幻想郷で問題を解決する側というより、問題を起こす側の連中だぜ。」

「危ないじゃないですか。」

「幻想郷じゃ問題を起こす側のやつらの方が圧倒的に多いから気を付けるんだな。ちなみに私はその中でも貴重な問題を解決する側の人間だ。覚えておくといい。」

「へぇ、すごい人なんですね。」

「まぁな。」

 

 魔理沙さんはすました顔でお茶をすすった。

 その後も守矢(もりや)神社のこと、人里のこと、この森の抜け方など魔理沙(まりさ)さんは色々なことを教えてくれた。

 

「ふぁ~ぁ。たくさん話したら眠くなってきた。玲子(れいこ)はどうする?」

「とりあえず人里を経由して守矢(もりや)神社に向かおうかなと。人里に図書館とかあればそこで死者の行き先についてとか調べようかと。」

「ん~、死者の行き先かぁ。そういやパチュリーから借りた本になんか書いてあったような。」

 

 ちょっと待ってろ~、と言いながら魔理沙(まりさ)さんはそこらへんに積んである本を物色し始めた。

 少しすると、縁に金の刺繍が施された何やら高そうな本がテーブルに置かれた。表紙の上のほうに黒い宝石がはめ込まれており、その宝石の下側には囲むように赤、白、黄、紫の小さな宝石が並んでいた。明らかにただの本ではない。

 

「これだ。私は寝るから、好きに読むといい。」

「え、いいんですか?なんだか協力的ですね。ありがたいことなのは間違いないんですけど......」

「なんだか面白いことが起きる気がするからな。」

 

 この人、問題を解決する側の人間と言ってなかっただろうか?解決したいからこれから起こりうる何かの手助けをすることもあるのかな......?

 

「そ、そうですか。でも、よく知らない人を放っておくのはまずいんじゃ。何か取られるかもしれませんし。」

「未練の無い霊が何を欲するんだ?」

「......」

「じゃ、私はいくから。」

「あ、ありがとうございます......」

 

 

 

 舌戦(ぜっせん)で負けた玲子(れいこ)を置いて、魔理沙(まりさ)は部屋からいなくなった。魔理沙(まりさ)の家は魔法の森の中にあり、瘴気が強いこの森は妖怪ですら暮らすことが難しい。自然の象徴である妖精など例外はあるが、この森にいる者は魔理沙(まりさ)のような物好きか、瘴気の影響が小さい(ちから)無き者くらいである。魔理沙(まりさ)は、(ちから)が全く無いのに自我がある玲子(れいこ)のことを面白い存在だと思うと同時に、あまりの無力さと無知な態度から害は無いと判断した。

 

 そんなことを知らない玲子(れいこ)は、魔理沙(まりさ)の思い切った行動に対して『これが幻想郷の立ち振る舞いなのだろうか』と煮え切らない思いを抱きながらも、せっかくだからと本を読み進めることにした。

 

「あれ、本が開かない......?」

 

 玲子(れいこ)はなんとか開けようとしたが、本はぴったりとくっついていて開かない。

 

「(魔導書的な?)」

 

 幻想郷に来てからずっと『お前は無力だ』と言われてきた玲子(れいこ)にとってこれは問題だった。もしこれが何かの(ちから)を探知して開くような代物(しろもの)ならば玲子(れいこ)に打つ手はない。

 なんとかならないものかと表紙にはめ込まれた黒い宝石を覗き込むと、意識が吸い込まれるような感覚が玲子(れいこ)を襲った。

 

「うわっ......」

 

 何かのイメージが玲子(れいこ)の頭に流れ込んでくる。起きているような寝ているような、意識半分といった状態だった。

 

『判決......黒。』

『な、なぜだ。それほど悪いことはしていないだろう!』

『その自己価値観で完結している(さま)が罪と知れ。』

 

 流れ込んできたイメージが把握できる形で展開され始めた。

 

「(誰かが判決を下されている......?)」

 

 黒と断定された男はどこかに落とされた。

 

『くそぉ!何も知らないくせに勝手な価値観で適当言いやがって。』

『おぉ、今回の新入りは元気だなぁ。』

『お、鬼!?』

『おうともさ、馬鹿の相手をするのが仕事でね。早速、地獄を見てもらおうか。』

『や、やめろ!なぜお前たちはあいつら言いなりになっている?こんな仕事を果たす義理でもあるのか!?』

『おや、人間。鬼を口で惑わそうってか?お前たちはいつもそうだ。いつだって自分達の利のためならば、他人を使うことになんの疑問も抱きやしない。』

『なんの話をしている?ただ俺は質問をしているだけで__』

『自惚れるなよ、人間。死人に口なし権利なし。たとえ口が回ろうとも、旧地獄のやつらとはわけがちがう。簡単に取り入ろうなどとは思うなよ。転生したくば罪を罰で(すす)ぐことだな。何、焦らなくていい。輪廻(りんね)の通りに進むだけさ。おっと、馬鹿には難しいか。ここは地獄らしく、体感してもらおうじゃないか。さぁ、お前の罪は、どれほど燃える?』

『やめろおおお!!熱い、熱いいいい!』

 

「(輪廻(りんね)、転生......)」

 

 突如見せられた凄惨(せいさん)な絵より、玲子(れいこ)の興味は死後そのものに向いていた。

 この地獄という概念は仏教的なものだったか、地獄の終わりは転生、そして現世で生き死に、地獄か天国へ行くという魂のサイクルがあったはずだと、玲子(れいこ)は得られた情報を解釈する。天に行った場合はどうなのかという疑問に答えるように、流れ込んで来るイメージが切り替わる。

 

『あなた、新入り?なら、下界で垂れ流しになっている神の水を持ってきなさい。』

『下界、ですか?』

『そう、あなたが天人たるに(あたい)するならば見事達成し、戻ってこられるはずよ。』

『修行のようなもの、でしょうか。』

『そうよ!幻想郷の天人は甘くないわ。』

 

 なにやら偉そうな天女と気の弱そうな天女の会話が映し出される。桃を(かじ)る者がいたり、そこが雲より高い場所だという天上らしさは玲子(れいこ)にとってどうでもいいことだった。

 幻想郷という記憶がある以上、天上すら輪廻(りんね)の内にいるのかと玲子(れいこ)は衝撃を受けた。幻想郷(ここ)では生きること、死ぬこと、成仏することは状態の違いでしかないのだろうか。もしそうならば、玲子(れいこ)の願いを叶えることは困難を極めることになるだろう。

 

 死後最大の困難に直面している玲子(れいこ)に、新たなイメージが入ってくる。

 

幽々子(ゆゆこ)様ー!ちょっと見てほしい子が。』

『何かしら......あら。』

 

 視点がやけに低い。玲子(れいこ)の目の前には、桜色の髪をした麗人(れいじん)がいた。水色と白を基調とした服に、さも幽霊関係者であるかのように魂を模したマークが描かれた布を帽子の上につけている。

 

『その子、なんだかずっとふわふわしていて......』

『自然なことじゃないかしら?』

『いえ、それはそうなんですけど、冥界にいる他の子よりなんだか、自我のようなものがはっきりしない気がして。』

『そういう子もいるわ~。』

『うぅ......』

『ふふ、ごめんなさい妖夢(ようむ)。からかっただけよ。この子は見ておくから、あなたは戻りなさい。』

 

 あんまりいじめちゃだめですよ~、という少女の声に、善処するわと麗人(れいじん)はこたえた。玲子(れいこ)麗人(れいじん)は互いに見つめあう形となった。

 

『......どうして、あなたからは私と似たものを感じるのでしょうね?』

 

 それは、妖夢(ようむ)とやらが持ってきた何かに対して言っているのだろうか。

 玲子(れいこ)は自分にも語り掛けられているような気がしたが、答える方法が分からず沈黙した。

 

『あなたの悩みが、この子を迷わせているのかしら?』

 

 その言葉で明確に、何かと玲子(れいこ)の二つを分けて認識しているということが分かった。そして、この現象のせいで迷惑をかけている何かに対して申し訳ないという気持ちがわいてきた。

 

『あら?意図的ではなかったの。でもそうねぇ、悪気がなくとも、それでも起きてしまった......ということはあるわ。』

 

 もしかして巻き込んでしまったことに対して結構お怒りなのだろうかと、玲子(れいこ)は叱られる前の子供のような面持ちになる。

 

『ふふふ、大丈夫よ。悪いようにはしないわ。ただ、釈明の機会が欲しくないかしら?未練があるときっと、死んでも死にきれない。』

 

 玲子(れいこ)は意図を察するどころか、その本質まで見抜いていそうな物言いにぞわりとする。ただ、恐怖心などではなかった。これは、何かを知っているだろうという期待感から来るものであった。

 

『興味を持ってくれたようでうれしいわ。あなたを白玉楼(はくぎょくろう)に招待しましょう。道は妖夢(ようむ)に案内させるわ。』

 

 こちらの意思表示などないまま進む話に、玲子(れいこ)は申し訳なさと(あふ)れる期待感に抗えず流されるしかなかった。

 

 その後、人里にいることがある妖夢(ようむ)に案内してもらうための手順の説明を受けた。

 

『あなたと直接会えるのを楽しみにしているわ。』

 

 その言葉の最後に、玲子(れいこ)の頭の中にイメージが流れ込む現象は落ち着きを見せた。

 玲子(れいこ)の目の前には金の刺繍が施された本の裏表紙が顔を向けていた。

 

「すごかった......」

 

 あまりに非現実的な体験に、ここが幻想郷という特殊な場所なのだと理解が進む。たしかに、こんなことは現代では起こり得ない。

 

 そして、この体験によって玲子(れいこ)の今後に選択肢が増えた。魔理沙(まりさ)から教えてもらった守矢(もりや)神社へ行くのか、この怪しい本から得られた白玉楼(はくぎょくろう)なる場所へ行くのか。

 迷った玲子(れいこ)魔理沙(まりさ)の言葉を思い出す。

 

『それに、なんとなくだが早苗(さなえ)を頼っても解決しない気がするし。』

 

 早苗(さなえ)という人物について玲子(れいこ)は何の知識も無かったが、巫女に浄化を頼んだもののうまくいかなかったこと、自分に良くしてくれた魔理沙(まりさ)の言葉、幽々子(ゆゆこ)なる人物に釈明をしたいという気持ちなどが背中を押し、玲子(れいこ)白玉楼(はくぎょくろう)に向かうことを決意した。

 

 善は急げということで玲子(れいこ)は人里に向かおうとしたのだが、何も言わずにこの家を去ってもいいものかと思い悩む。しかし、得体の知れないものがいつまでも家にいる方が心地悪いだろうと思い直し、さっさと魔理沙(まりさ)宅を後にすることにした。

 

「お世話になりました~。」

 

 魔理沙(まりさ)宅に向かってぺこりと頭を下げて礼を言いその場を後にした。

 

 

 

 魔理沙(まりさ)さんの家を出た私は、月を目印にして人里へと向かっていた。きっと魔理沙(まりさ)さんがいなければ私はこの森から出ることすらままならなかっただろう。感謝を胸に、ただ黙々と歩いていると人影を発見した。

 迷い人だろうか?誰かに助けてもらった手前、誰かを助けて帳尻を合わせるのも悪くない。私は人影に近付いた。だが、顔を見た瞬間私の心は冷え切った。

 

「「......えっ?」」

 

 互いに顔を見合わせると同時、私たちは示し合わせるように言った。

 

「「私......?」」

 

 半袖長ズボンという季節感の無い恰好(かっこう)に、黒髪ショートボブの若干背が低い女の子。この場に、(やなぎ)玲子(れいこ)が二人いた。

 

 ただ明確な違いがあるとすれば、私は目の前の私に殺意を抱いていた。

 目の前の私の腕を見れば、そこらの草木で切ったのか生傷が所々見えた。

 対して私の腕は、整備されていない森の中を歩きまわったのにも関わらず、傷一つなかった。私は死んで霊になったのだろう。だがお前はまだ、生きている。私が殺したはずなのに。

 

 すぐに絞め殺そうかと思ったが、目の前の自分の足を見て思い(とど)まる。

 

「(足先が透けている?)」

 

 その様は正に幽霊だが、腕の傷は絶えずこいつが生き物であるということを主張していた。これは一体何者なのか。私と同じならきっと記憶があるだろう。敵対心を隠し、もう一人の私に質問する。

 

「「あなたはだれ?」」

 

 あぁ、気に食わない。その姿、その思考回路、まるですべてが同じだというように重なる事実に苛立ちを覚える。対して向こうは、ただ言葉が重なってしまって申し訳ないという顔をしていた。こいつが私なら、次は相手が口を開くまで黙っているだろう。死んでからやけに主体的となった自分が先手を打つべく、続けてこう言った。

 

「あなたには記憶があるの?」

「記憶、ですか......?」

「そう。例えば君の名前とか教えてくれないかな?」

「名前、わたしの、なまえ......うぅッ!」

 

 急に目の前の私が苦しみだした。もしかして記憶が無いのか?配慮するポーズだけ取るために、落ち着かせるように背中に手をあて、顔を見ながらもう一度聞いた。

 

「そう、名前だよ名前。君は一体何者なのか、教えてくれないかな?」

「な、まえ、うぅ......わたしは、わた、しは......」

 

 何が悲しいのか、こいつは急に泣き出した。

 

「わ、わからない......わたしが、だれなのか、わからない......!」

「そっか、わからないんだ。」

「そ、そう......だから、あの、おしえて、ほしいです......」

 

 弱り切った私は生傷のある腕を私に伸ばし、服を掴んで(すが)りつくように言った。

 

「あなたは、だれですか......?」

 

 記憶が無く心細いであろう私が欲しい言葉を与えてやる。

 

「私?私はね、君だよ。」

「んぇ......?わたし?」

「そう、私はあなた。つまりあなたは私。そして私には、記憶がある。」

 

 顔も服も同じでしょう?と言って見せてあげる。

 

「あっ、じゃ、じゃあ!」

 

 きっと自分について教えてくれと言うのだろう。だがそれはダメだ。人差し指を相手の口にあてて言葉の続きを制止する。

 

「まずは君のことを教えてくれないかな?」

「え、なんで......」

「私には記憶がある。でもあなたは私の記憶の中にはいない。私はこわい。あなたがどうして目の前にあらわれたのか、わからない。」

「で、でも!」

「ダイジョウブだよ。直近のことでいい。どうしてそんなにボロボロなのか教えてホシイな。」

 

 記憶という餌を使い、情報を最大限に取る。私に関する情報は逃がしたくない。

 腕の傷は森の中ということもあるだろうが、ズボンも擦りむいたように傷ができていた。ただ鈍臭くてそうなったのならいいが、ここは幻想郷。何かがあってもおかしくはない。

 

「わ、わたしは......」

「うん、大丈夫。話して。」

「うぅ、お、お化けが襲ってきてぇ、何度も、何度も私の中に入って来て......ずっと追い返してるのに、ずっと来て、お化けが入る度に私、き、消えちゃいそうで、だから!嫌だから!!必死に逃げて、わたし、ずっと、ずっとこわくて......!」

「そう、怖かったね。不安だったね。ずっと、頑張って、偉かったね。」

「あぁ...あぁぁ......!」

 

 あぁ、そうなのか。幽霊に憑かれる度にこの子は消滅に近付くのか。

 腕の中で泣く私を温かい抱擁で迎えてあげる。これはプレゼントだ。私を消すために必要な情報をくれた(きみ)に、感謝を伝える。

 

「ありがとう。」

「うぅ、うぇ?な、んで?......!あ!あっ!お化け、がっ!!」

 

 私の肩を叩いて何かの存在を伝えるが、あえて無視をし、彼女の頭の後ろに手を当てて、その恐怖に染まった顔を覗き込む。

 

「君、私のことを知りたいんだったね?」

「ちがっ!そう、だけどお化け、お化けが!」

 

 きっとこの子に執着している霊が来ているのだろう。それを承知で私は続けた。

 

「私が何者か、なんのためにここにいるのか教えてあげよう。」

「ねぇ!離して......はなして!」

「ちゃんと聞いたら離してあげるから、ほら、今は私に集中して?」

「あっ、はっ......!うぅ......!」

 

 彼女は早くはなせと言わんばかりに私を睨みつけた。

 

「私が君の前にいる理由。それはね?」

 

 

 オ マ エ を 消 す た め だ よ。

 

 

「......っ!?いや、嫌!離れてよッ!!!」

 

 命の乗った腕が私を押し退()けた。

 仰向けに倒れた私を無視して、幽霊が通り過ぎて行く。

 

『おれの、ふるさと、おれの、いばしょ。』

『かえらなきゃ、家、みつけた。』

「嫌、いやああああああ!!!」

 

 恐怖で震え上がった体に無理をさせ、(つまず)きながらも懸命に逃げる彼女を見ながら、私はゆっくりと立ち上がった。

 

『あぁ......みんな、どこ.....?』

 

 近くには、彼女を見失って彷徨(さまよ)う霊がいた。私はその霊に話しかける。

 

「ねぇ、おうちの場所、知りたい?」

『!!おうち!おうち......!!』

「でもおうちを独り占めするような子には教えてあげられないかも。」

『あぁ......!あぁっ!おうち!』

「焦らないで。みんなで一緒に、おうちに帰ろう?」

『みんな、いっしょ......』

「そう、おうちを探してる人がいたら、あなたもみんなに教えてあげるの。約束、できる?」

『で、できる!おれ、もう、やくそく、破らない!!ぜったい!まもるから!!!』

「いいね。じゃあ教えてあげる。おうちは、あっちだよ。」

『あぁ!おうち!また、みんなと、いっしょ、こんどこそ......!』

「......ふふふ、叶うといいね。」

 

 あれだけ衰弱しているのなら、長くは逃げられないだろう。

 一人になった私は彷徨(さまよ)っている霊がいれば言葉をかけ、霊が霊を呼ぶように吹き込みながら彼女の後を追った。

 

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