巫女さんに浄化された私は、現実感のない森の中を歩いていた。
最初の時と違って見覚えのあるものは何もない。私より大きなキノコがあったり、木の
そんなことを考えていると、開けた場所に出ていた。中心には西洋を感じさせる一階建ての家が存在感を放っていた。
「インターホンあるかな......」
死後の世界に住人がいるのかは知らないが、きっと私よりは知っていることは多いはずだ。
「な、ない......ドアとか叩いていいのかな?」
器物損害で何か言われないだろうかと恐る恐るドアを叩くことにした。弱めの
「......」
万策尽きてしまった。
困り果てた私はドアの前に座り込んだ。中で物音がしないか聞き耳を立てながら物思いに
そもそもここには人が住んでいるのだろうか?ただこんな森で人の手が入らない建物の末路を想像するのはあまりにも
無意味な思考をしていると地面に影が差した。顔を上げると、いかにも魔法を使いますという主張をしてくるとんがり帽子を
「......」
「......」
ど、どうして何も言わないんだ......!あ、海外の方かな?ど、泥棒と思われてたりするかもしれない!何か、何か言わなきゃ!
「とりあえず入ります?」
「私の家だぜ。」
ファーストコミュニケーションに失敗した私は、彼女の厚意で家に上げてもらっていた。軽く互いの紹介をした後、座って待ってろということなので今は一人で壁を見つめていた。
こういう時間はどうすればいいんだろう。家の中を見回す分けにもいかないし、かといって待ち方の作法など私は知らない。
結局何も分からないまま背筋をピンと伸ばして、まるで金縛りにあったかのように首と視線を固定することしかできなかった。
『いや、なに。そこまでものを知らないとは思わなくてな。』
自分の情けなさが
ネガティブ思考に陥っていると、ぷふっ、という声がした。声のした方向を見ると、この家の主である
「何か気に入らないことでもあるのか?その、そんなに渋い顔をして。」
どうやら思考につられて表情も変わっていたらしい。ネガティブ百面相を意図せず披露してしまったことに恥ずかしさがこみあげてくる。
「い、いえ。なんでも、ないです。」
「そうか。お前は茶とかいるか?」
さすがにここで茶と食うものをよこせなどとは言えない。
「いえ、大丈夫です。食べられるか分からないので。」
そもそも死んでいる身で飲食ができるのだろうかという問題もあったため、断ることにした。
「さすがの私も来客に毒なんて盛らないから警戒しなくていい。」
......はて?どういうことだろうかとついさっき吐いた言葉を思い返す。茶をいるかという問いに対して、食べられるかわからないと私は返した。客観的に見ると思いやりにケチを付けたひどい奴である。
ご、誤解だ!私は死んでいる身だからそう言っただけで、ケチをつけたかったわけではない。そうだ、それを伝えれば勘違いを解くことができるだろう。
「違います!その、私、死んでいるので。」
「いきなりぶっこんできたな。」
「すみません!」
ダメだー!ずっと死ぬことばかり考えていたから
「その、死んだ身が飲み食いできるか分からないので。」
「幻想郷じゃ死人が暴飲暴食なんて珍しいことじゃないぜ。」
「ここ幻想郷なんですか!?」
いきなりとんでも情報である。幻想郷で巫女さんに浄化してもらったのにまだ幻想郷にいる......?
「なんだぁ?外来人の霊なのか?」
「え、あ、はい。多分。」
「はっきりしないなぁ。」
「その、えっと......」
どう説明したものかと一瞬考えたが、会話が下手な自分が上手く要約できるわけないだろう。こうなったら失礼ついでに全部聞いてもらおう。
「事情を聞いて下さい......!」
「おう。」
「なるほどなー。まさかこんなところで
またいじれるネタが増えたぜ、と
「れいむ......?」
「おまえの言う巫女さんの名前だ。
「あ、ありがとうございます。」
失敗とは私を浄化できなかったことだろうか。なんだか悪いなと思いつつ、受け取った茶菓子をどうすればいいか分からず困惑していた。普通に食べればいいのだろうか。ちらりと
「......」
「......」
がっつり見られてる~!
「あむ......」
「......」
口に入れたが
「んぐっ、えっと、お菓子の味がします。」
「ふ、そうか。」
これは許されたのだろうか。
「お前さん、外来人だっけか?」
「え、はい、多分。」
「まずはそこからだな。基本的なことは全部教えてやる。」
「本当ですか?助かります......!」
「まず幻想郷についてだが__」
ただ、これで私が幻想郷にいるのも説明がつく。霊になった私は行き場を失い、幻想郷に招かれたのだろう。あれ、でもその理屈だと外の世界の死人はみんなここに流れてくるのだろうか?この疑問を
「あんた、外の世界で何か神事に関わってたりしたか?」
「あー。巫女の修行的なのはしてました。」
「じゃあ珍しく霊が実体化できる程度の
「いや、巫女じゃないですけど......親から巫女になるよう修行を課されていた身といいますか、なんというか。」
「あんたも大変だったんだな。」
「そんなに大変ではなかったです。自殺の理由でもないですし。」
「自殺だったのか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ......?」
「死んだということしか聞いてないぜ。」
「あはは......すみません。」
「まぁ未練たらたらでドロドロしてるやつよりかはいいか。」
「未練なんて無いですからねぇ。」
「無いのか?」
「ありません。その上で、
「んー、それは私にも分らん。幻想郷にはもう一つ有名な神社があるから、そっちを頼るのもいいかもしれないな。」
「そうなんですね。それについても教えていただけたらと思うのですが......あの、止めたりはしないんですね。」
「んぁ?お前さんが消えたいと思うことをか?」
「はい、
「あー、あいつか。私はあいつほど説教臭くもないからな。それに、なんとなくだが
「そうなんですか......さなえ、というのはもうひとつの神社の......?」
「あぁそうだ。
「危ないじゃないですか。」
「幻想郷じゃ問題を起こす側のやつらの方が圧倒的に多いから気を付けるんだな。ちなみに私はその中でも貴重な問題を解決する側の人間だ。覚えておくといい。」
「へぇ、すごい人なんですね。」
「まぁな。」
魔理沙さんはすました顔でお茶をすすった。
その後も
「ふぁ~ぁ。たくさん話したら眠くなってきた。
「とりあえず人里を経由して
「ん~、死者の行き先かぁ。そういやパチュリーから借りた本になんか書いてあったような。」
ちょっと待ってろ~、と言いながら
少しすると、縁に金の刺繍が施された何やら高そうな本がテーブルに置かれた。表紙の上のほうに黒い宝石がはめ込まれており、その宝石の下側には囲むように赤、白、黄、紫の小さな宝石が並んでいた。明らかにただの本ではない。
「これだ。私は寝るから、好きに読むといい。」
「え、いいんですか?なんだか協力的ですね。ありがたいことなのは間違いないんですけど......」
「なんだか面白いことが起きる気がするからな。」
この人、問題を解決する側の人間と言ってなかっただろうか?解決したいからこれから起こりうる何かの手助けをすることもあるのかな......?
「そ、そうですか。でも、よく知らない人を放っておくのはまずいんじゃ。何か取られるかもしれませんし。」
「未練の無い霊が何を欲するんだ?」
「......」
「じゃ、私はいくから。」
「あ、ありがとうございます......」
そんなことを知らない
「あれ、本が開かない......?」
「(魔導書的な?)」
幻想郷に来てからずっと『お前は無力だ』と言われてきた
なんとかならないものかと表紙にはめ込まれた黒い宝石を覗き込むと、意識が吸い込まれるような感覚が
「うわっ......」
何かのイメージが
『判決......黒。』
『な、なぜだ。それほど悪いことはしていないだろう!』
『その自己価値観で完結している
流れ込んできたイメージが把握できる形で展開され始めた。
「(誰かが判決を下されている......?)」
黒と断定された男はどこかに落とされた。
『くそぉ!何も知らないくせに勝手な価値観で適当言いやがって。』
『おぉ、今回の新入りは元気だなぁ。』
『お、鬼!?』
『おうともさ、馬鹿の相手をするのが仕事でね。早速、地獄を見てもらおうか。』
『や、やめろ!なぜお前たちはあいつら言いなりになっている?こんな仕事を果たす義理でもあるのか!?』
『おや、人間。鬼を口で惑わそうってか?お前たちはいつもそうだ。いつだって自分達の利のためならば、他人を使うことになんの疑問も抱きやしない。』
『なんの話をしている?ただ俺は質問をしているだけで__』
『自惚れるなよ、人間。死人に口なし権利なし。たとえ口が回ろうとも、旧地獄のやつらとはわけがちがう。簡単に取り入ろうなどとは思うなよ。転生したくば罪を罰で
『やめろおおお!!熱い、熱いいいい!』
「(
突如見せられた
この地獄という概念は仏教的なものだったか、地獄の終わりは転生、そして現世で生き死に、地獄か天国へ行くという魂のサイクルがあったはずだと、
『あなた、新入り?なら、下界で垂れ流しになっている神の水を持ってきなさい。』
『下界、ですか?』
『そう、あなたが天人たるに
『修行のようなもの、でしょうか。』
『そうよ!幻想郷の天人は甘くないわ。』
なにやら偉そうな天女と気の弱そうな天女の会話が映し出される。桃を
幻想郷という記憶がある以上、天上すら
死後最大の困難に直面している
『
『何かしら......あら。』
視点がやけに低い。
『その子、なんだかずっとふわふわしていて......』
『自然なことじゃないかしら?』
『いえ、それはそうなんですけど、冥界にいる他の子よりなんだか、自我のようなものがはっきりしない気がして。』
『そういう子もいるわ~。』
『うぅ......』
『ふふ、ごめんなさい
あんまりいじめちゃだめですよ~、という少女の声に、善処するわと
『......どうして、あなたからは私と似たものを感じるのでしょうね?』
それは、
『あなたの悩みが、この子を迷わせているのかしら?』
その言葉で明確に、何かと
『あら?意図的ではなかったの。でもそうねぇ、悪気がなくとも、それでも起きてしまった......ということはあるわ。』
もしかして巻き込んでしまったことに対して結構お怒りなのだろうかと、
『ふふふ、大丈夫よ。悪いようにはしないわ。ただ、釈明の機会が欲しくないかしら?未練があるときっと、死んでも死にきれない。』
『興味を持ってくれたようでうれしいわ。あなたを
こちらの意思表示などないまま進む話に、
その後、人里にいることがある
『あなたと直接会えるのを楽しみにしているわ。』
その言葉の最後に、
「すごかった......」
あまりに非現実的な体験に、ここが幻想郷という特殊な場所なのだと理解が進む。たしかに、こんなことは現代では起こり得ない。
そして、この体験によって
迷った
『それに、なんとなくだが
善は急げということで
「お世話になりました~。」
迷い人だろうか?誰かに助けてもらった手前、誰かを助けて帳尻を合わせるのも悪くない。私は人影に近付いた。だが、顔を見た瞬間私の心は冷え切った。
「「......えっ?」」
互いに顔を見合わせると同時、私たちは示し合わせるように言った。
「「私......?」」
半袖長ズボンという季節感の無い
ただ明確な違いがあるとすれば、私は目の前の私に殺意を抱いていた。
目の前の私の腕を見れば、そこらの草木で切ったのか生傷が所々見えた。
対して私の腕は、整備されていない森の中を歩きまわったのにも関わらず、傷一つなかった。私は死んで霊になったのだろう。だがお前はまだ、生きている。私が殺したはずなのに。
すぐに絞め殺そうかと思ったが、目の前の自分の足を見て思い
「(足先が透けている?)」
その様は正に幽霊だが、腕の傷は絶えずこいつが生き物であるということを主張していた。これは一体何者なのか。私と同じならきっと記憶があるだろう。敵対心を隠し、もう一人の私に質問する。
「「あなたはだれ?」」
あぁ、気に食わない。その姿、その思考回路、まるですべてが同じだというように重なる事実に苛立ちを覚える。対して向こうは、ただ言葉が重なってしまって申し訳ないという顔をしていた。こいつが私なら、次は相手が口を開くまで黙っているだろう。死んでからやけに主体的となった自分が先手を打つべく、続けてこう言った。
「あなたには記憶があるの?」
「記憶、ですか......?」
「そう。例えば君の名前とか教えてくれないかな?」
「名前、わたしの、なまえ......うぅッ!」
急に目の前の私が苦しみだした。もしかして記憶が無いのか?配慮するポーズだけ取るために、落ち着かせるように背中に手をあて、顔を見ながらもう一度聞いた。
「そう、名前だよ名前。君は一体何者なのか、教えてくれないかな?」
「な、まえ、うぅ......わたしは、わた、しは......」
何が悲しいのか、こいつは急に泣き出した。
「わ、わからない......わたしが、だれなのか、わからない......!」
「そっか、わからないんだ。」
「そ、そう......だから、あの、おしえて、ほしいです......」
弱り切った私は生傷のある腕を私に伸ばし、服を掴んで
「あなたは、だれですか......?」
記憶が無く心細いであろう私が欲しい言葉を与えてやる。
「私?私はね、君だよ。」
「んぇ......?わたし?」
「そう、私はあなた。つまりあなたは私。そして私には、記憶がある。」
顔も服も同じでしょう?と言って見せてあげる。
「あっ、じゃ、じゃあ!」
きっと自分について教えてくれと言うのだろう。だがそれはダメだ。人差し指を相手の口にあてて言葉の続きを制止する。
「まずは君のことを教えてくれないかな?」
「え、なんで......」
「私には記憶がある。でもあなたは私の記憶の中にはいない。私はこわい。あなたがどうして目の前にあらわれたのか、わからない。」
「で、でも!」
「ダイジョウブだよ。直近のことでいい。どうしてそんなにボロボロなのか教えてホシイな。」
記憶という餌を使い、情報を最大限に取る。私に関する情報は逃がしたくない。
腕の傷は森の中ということもあるだろうが、ズボンも擦りむいたように傷ができていた。ただ鈍臭くてそうなったのならいいが、ここは幻想郷。何かがあってもおかしくはない。
「わ、わたしは......」
「うん、大丈夫。話して。」
「うぅ、お、お化けが襲ってきてぇ、何度も、何度も私の中に入って来て......ずっと追い返してるのに、ずっと来て、お化けが入る度に私、き、消えちゃいそうで、だから!嫌だから!!必死に逃げて、わたし、ずっと、ずっとこわくて......!」
「そう、怖かったね。不安だったね。ずっと、頑張って、偉かったね。」
「あぁ...あぁぁ......!」
あぁ、そうなのか。幽霊に憑かれる度にこの子は消滅に近付くのか。
腕の中で泣く私を温かい抱擁で迎えてあげる。これはプレゼントだ。私を消すために必要な情報をくれた
「ありがとう。」
「うぅ、うぇ?な、んで?......!あ!あっ!お化け、がっ!!」
私の肩を叩いて何かの存在を伝えるが、あえて無視をし、彼女の頭の後ろに手を当てて、その恐怖に染まった顔を覗き込む。
「君、私のことを知りたいんだったね?」
「ちがっ!そう、だけどお化け、お化けが!」
きっとこの子に執着している霊が来ているのだろう。それを承知で私は続けた。
「私が何者か、なんのためにここにいるのか教えてあげよう。」
「ねぇ!離して......はなして!」
「ちゃんと聞いたら離してあげるから、ほら、今は私に集中して?」
「あっ、はっ......!うぅ......!」
彼女は早くはなせと言わんばかりに私を睨みつけた。
「私が君の前にいる理由。それはね?」
オ マ エ を 消 す た め だ よ。
「......っ!?いや、嫌!離れてよッ!!!」
命の乗った腕が私を押し
仰向けに倒れた私を無視して、幽霊が通り過ぎて行く。
『おれの、ふるさと、おれの、いばしょ。』
『かえらなきゃ、家、みつけた。』
「嫌、いやああああああ!!!」
恐怖で震え上がった体に無理をさせ、
『あぁ......みんな、どこ.....?』
近くには、彼女を見失って
「ねぇ、おうちの場所、知りたい?」
『!!おうち!おうち......!!』
「でもおうちを独り占めするような子には教えてあげられないかも。」
『あぁ......!あぁっ!おうち!』
「焦らないで。みんなで一緒に、おうちに帰ろう?」
『みんな、いっしょ......』
「そう、おうちを探してる人がいたら、あなたもみんなに教えてあげるの。約束、できる?」
『で、できる!おれ、もう、やくそく、破らない!!ぜったい!まもるから!!!』
「いいね。じゃあ教えてあげる。おうちは、あっちだよ。」
『あぁ!おうち!また、みんなと、いっしょ、こんどこそ......!』
「......ふふふ、叶うといいね。」
あれだけ衰弱しているのなら、長くは逃げられないだろう。
一人になった私は