死に損ない、幻想郷にて死を望む。   作:飛煙

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第四話「私と輪廻(りんね)

 先はもう短い。

 運命がそう言っているかのようにすべてがうまくいっていた。

 

 目の前には、地べたに這いつくばっているもう一人の私がいる。

 もはや立ち上がる程度の(ちから)もない。霊達の襲来になんとか耐えているようだった。生きる理由も記憶も無いのに懸命なことだ。

 記憶のない彼女は霊達にとって余程都合がいいのだろう。自分が何者なのかすらはっきりせず、付け入る隙間だらけの少女など鍵のかかっていない家と同じ。どこからでも入りたい放題だ。

 

 さぁ、早く消えてくれ。

 霊の仕組みなど知らないが、これだけ取り憑く者がいれば弱い自意識など簡単に塗りつぶされて消えるだろう。そんな期待をしながら、私は彼女の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。

 

「うぁ......ぁ......」

 

 正に風前の灯火(ともしび)。意味も無く彼女は顔を地面から私の方へと向けた。その顔に抗議の意思はなかった。それすら訴えることができない程に、衰弱しているのだ。期待通りの展開に、私はにこにこしながら消滅の瞬間を待っていた。

 

 

 

 しばらく経つがしかし、すぐに消えるだろうという玲子(れいこ)の予想に反して彼女は虫の息ながらも耐えていた。

 

「「どうして」」

 

 言葉が重なったのは偶然か、もしくは同一人物であるという象徴か。

 小さく漏れ出した同音異義の言葉が風向きの変化を伝えていた。

 

 玲子(れいこ)は彼女の身体(からだ)の異変に気付いた。途中までは霊達に襲われる度により薄く、より透明に近付いていたがどうだ。今では段々と濃くなっているではないか。

 地面が見える程透けていた足はとうに光を遮るようになっていた。

 

 何が起きている?

 

 玲子(れいこ)は困惑し一瞬頭の中が真っ白になるが、状況を整理しなければ始まらない、一旦落ち着こうと自分を(なだ)めた。

 

「(少しうまくいきすぎているとは思っていた。生前だってうまくいくことの方が少なかったんだ、これはいつも通り。大丈夫、大丈夫。)」

 

 なぜ存在が濃くなっているのかは分からない。他の問題に目を向けようと玲子(れいこ)の思考が始まった。

 

 対して、己の質問に答える者もなくただ襲われることを受け入れるしかない少女がいた。

 

「(どうして私を消したいの......?あなたが私なら、理由を話して私を納得させてよ!こんな一方的な仕打ちをする必要なんてないはずななのに......)」

 

 彼女にできることはもう一人の自分の表情から、何かを得ようとするくらいしかない。声を出せたら、自分の意思を伝えられたら。そう思うが濃くなる身体とは対照的に自意識は曖昧になっていた。自分が思った言葉が口まで届かない。他人(ひと)の気持ちでかき消されてしまう。彼女は無力だった。

 

 そんな気持など知らない玲子(れいこ)は、なぜ幽霊達が手間取っているのかを考えていた。何か言ってないかと幽霊達の声に聞き耳を立てる。

 

『ここは俺の、俺の場所だ!』

『あぁ!わたしのおうち......また、また失う......!』

『今度こそ、間違えない......今度こそ自分だけのために。』

『やめろ、おいだすなら、俺も、おまえを、おまえをぉぉぉ......!』

 

 どうやら争いあっているらしい。取り憑く機会が同時にあらわれた結果、誰もが完全に取り憑くまでいかないという状況のようだ。

 

「互いに争ってもしょうがないでしょ!」

『おれの、おれの...』

 

 霊は聞く耳を持たない。霊達は(はな)から玲子(れいこ)に従っているわけではない。ただ自分の未練が果たせそうな話に食いついていただけなのだ。玲子(れいこ)と霊の関係性をあらわすならば、それは釣り人と魚。当然、釣り上げられた魚が釣り人に忠誠心を(いだ)くはずもなかった。

 

「どうすれば......」

 

 玲子(れいこ)は、今のままでは自分が霊に対してできることは何もないと悟った。そこで、原点を見直すことにした。

 

「(どうすれば私にとって最も都合がいい?)」

 

 霊達による取り合い合戦の終わりを待つのが正解か?否、彼女の存在が濃くなっていく状況で時間をかけるのはきっと玲子(れいこ)にとって不利益を生むだろう。

 彼女の消滅が叶わないとしても、自分にとって都合がいい形を考えるのが現実的だと玲子(れいこ)は判断した。

 

「(何か、何か......!)」

 

 霊という幻想郷特有の存在をどうにかするには、幻想郷の知識で対抗するしかない。玲子(れいこ)は幻想郷に関する記憶を必死に掘り返した。

 

『判決......黒。』

『な、なぜだ。それほど悪いことはしていないだろう!』

『その自己価値観で完結している(さま)が罪と知れ。』

 

『そう、あなたが天人たるに(あたい)するならば見事達成し、戻ってこられるはずよ。』

『修行のようなもの、でしょうか。』

『そうよ!幻想郷の天人は甘くないわ。』

 

 その副産物か、玲子(れいこ)は致命的なことに気が付いた。

 

輪廻(りんね)......」

 

 玲子(れいこ)魔理沙(まりさ)の家で出会ったあの奇妙な出来事を思い出していた。その内容は死んだ者が裁かれ、死後の世界へ行き、現世に戻るという輪廻(りんね)の巡りが幻想郷にあることを示唆(しさ)するものだった。

 

 自分が霊夢(れいむ)に浄化されてもここにいるのはきっと、幻想郷の輪廻(りんね)という仕組みが関係しているのだと玲子(れいこ)は考えた。

 

 そのロジックは、今ここでもう一人の自分を消しても過去の自分と同じように幻想郷のどこかで復活するということを成立させる。

 玲子(れいこ)にとってこれは致命的なことに他ならなかった。

 

 ただ、玲子(れいこ)はまだ追い風は自分に吹いていると感じた。

 自分の思惑通りにはいかなかったが、そのおかげで致命的なミスを犯す前に気付くことができたからだ。

 

「それなら......」

 

 ここから目指せる最善、それは最悪を回避すること。

 玲子(れいこ)がバラバラのまま消えることが、今起こりうることで最悪のことだった。

 それを回避する方法は何か。

 

「わたしは、霊......」

 

 思いついたのは『玲子(れいこ)』がひとつになることだった。

 バラバラでなければ、たとえ輪廻(りんね)を巡ることになっても自分ひとりが消えることだけを考えればいい。それに、自分は霊。きっと自分に取り憑くだけならば容易いはず。

 

 玲子(れいこ)はそう考えたが、自分が生み出した霊同士の争いがそれを困難にさせていた。今からあの争いに参加し、無力な玲子(れいこ)が自分自身を勝ち取ることなどできないだろう。いま最もあの身体(からだ)に取り憑けているのは紛れもなくもう一人の玲子(れいこ)だった。

 彼女がひとつになることに同意してくれれば、この争いに戦わずして勝つことができるかもしれない。

 

 二人の望みは奇妙な形で一致し、話し合いが始まった。

 

「ねぇ、苦しい?」

「.....して。」

「なにかな?」

「どう、して......こんな......ことっ!」

 

 身体が濃くなった影響か、他の要因があるのか。とにかく、彼女は話せる程度の(ちから)を取り戻していた。

 

「君を消すためだよ。」

「ちが、そうじゃ、なくて......!」

「でも、状況が変わったんだ。私は君に消えてほしくない。」

「っ!?」

「あなたも辛いでしょ?知らない他人(ひと)たちに好き勝手されてさ。」

「な、んで......」

「理由を知りたいの?なら、いい提案があるよ。」

「......?」

「ひとつになろう。わたしたち。」

「ぇ......?」

「わたしたちが元に戻れば、あなたは記憶が手に入るし、私があなたにこうする理由も分かる。そして、私はあなたとひとつになりたい。どう?目的が一致してると思うな。」

「なんで......」

「理由がほしいならどうすればいいかわかるでしょ?」

「なんでッ!!」

「!」

 

 あの弱々しさから出たとは思えない大声に気圧(けお)され、玲子(れいこ)は尻もちをついてしまう。

 

「どうして、どうしてそんなに一方的なの......?」

「......」

 

 這いつくばっている彼女はどうか聞いてくれと言うように手を伸ばす。その手は玲子(れいこ)の足を掴んでいた。

 

「ずっと、聞いてるのに、ずっと、知ろうとしてるのにッ!」

「な、にを......」

 

 彼女はどこにそんな(ちから)があったのか、玲子(れいこ)を引き寄せる。

 

「わっ!なに?」

 

 どこにそんな(ちから)があったのか、彼女は(おお)いかぶさるように移動し、その重さを支えられなかった玲子(れいこ)は意図せず仰向けになってしまう。

 彼女は玲子(れいこ)の顔の横に手をつき、上から覗き込む体制となった。

 

「わたしはなにもわからない!そんな私があなたは嫌いなのかもしれない。だけど、そうならそう言ってよ!なにもわからなくて、知らないうちに嫌われて、かと思えば違うって言い出して、もうわけがわからないよぉ......!」

「......」

 

 彼女の思いが言葉で伝えられる。言葉で伝えきれない感情が、涙となって彼女の目から溢れ出す。

 

「わたしはあなたのこと嫌いじゃないのに、消えてほしいなら消えるから、やなところがあるならなおすから!おしえてよぉ......!」

「だから、知りたいならひとつになればいいと」

「無視しないでよッ!わかってるでしょ!?あなたは私なんだから、私の言いたいことくらい分かってよ!!」

 

 玲子(れいこ)とて分かってはいる。ただ説明する必要もないし、彼女の気持ちなんてどうでもよかった。玲子(れいこ)が興味あるのは自分の提案に乗ってくれるかどうかだけである。どうせ死ぬのだ。死ぬために必要なこと以外はどうでもいい。自分のことならなおさらどうでもいいというのが玲子(れいこ)の所感だった。

 

「私のくせに何もわからないやつがそれを言うの?無茶苦茶だね。」

「だって、だって......!」

「ただ、君が私とひとつになりたくないのはよくわかったよ。」

「ちがっ」

「どいてよ。」

 

 もう用は済んだとばかりに玲子(れいこ)は冷たい態度を取る。自らの手でどかそうとしたのだが、彼女をどかす程の(ちから)玲子(れいこ)にはなかった。自我の強さでは玲子(れいこ)(まさ)るが、身体(からだ)の強さは彼女の方が上だった。

 

「どかない!ちゃんと話してもらうまで消えない!!いつもそうだ!私の意見は聞いてもらえない、全部、全部無視される!みんな私の気持ちを無視するんだ!!」

「!?」

「あ、あれ?みんな......?みんなってだれ?わ、わたしは......」

「どいてッ!!」

「いやぁっ!」

 

 彼女が不安定になり(ちから)が弱くなった瞬間、玲子(れいこ)は今しかないと全力で彼女をどかした。

 

「な、んで......わたし......」

 

 隙をつかれたこと、気持ちが伝わらなかったこと、記憶にないことを口にだしたこと。それらすべてが彼女を動揺させ、一度はっきりし始めた自我を再び曖昧にさせた。

 

「......ふぅ。じゃ、私はいくから。できれば円満な方法が良かったけど、私は君を弾き出すことに専念するよ。」

「いや、まって、まだ、まだわたしは......」

 

 玲子(れいこ)が彼女と会話する理由はなくなった。では今からあの争いに参加するのかといえばそうではない。彼女の身体(からだ)は取り憑きやすく追い出されやすい。ならば彼女が更に衰弱し、意識が追い出されたところを吸収すれば良い。ただ玲子(れいこ)は時間がかかることを避けたかった。この場の霊だけでは足りない。もっと、もっと多くの霊を呼び込まなければと玲子(れいこ)は判断した。

 彼女から背を向け、霊を探しにいこうとした玲子(れいこ)の耳に声が届いた。

 

『いかないでぇ......』

『いかないで、いかないで。』

『まってよぉ、どうして、なんで......』

「......?」

 

 嫌な予感がした玲子(れいこ)は再び彼女の方を見る。

 

「いかないでよぉ......」

『いかないでぇ、いやだぁ。』

『あぁ、どうして、まって、あぁ。』

 

 彼女を取り巻く霊の一部が、彼女に呼応するかのように呟き始めたのだ。

 自我が曖昧になっているのは彼女だけではなかった。何度も憑こうとして失敗した霊は、自分と彼女との境界が曖昧になっていた。

 

「まずい......!」

 

 もし霊たちが自我を失い、彼女の自我が分散するとなればそれは最悪の事態であった。

 

「(早く、早く霊を集めないと!!)」

 

 同じ霊を襲わせ続けるのは危険、ならば物量でその問題を解決すると玲子(れいこ)は急ごしらえの回答を出した。もはや考える時間などない。玲子(れいこ)はその場から駆け出した。

 

 

 

 私は霊の発生場所なんて知らない。でもやるしかなかった。言葉が通じる通じないに関わらず、非現実的な存在なら誰彼構わず未練が解決できる場所があると吹いてまわった。さすがに妖精っぽい者にも言ったのは時間を無駄にしたのかもしれないと思ったが、嘘に『霊と同行すること』という条件を追加して伝えると、無邪気にも霊を探しに飛び去って行った。

 

 これは、使える......!

 

 そこからは同一人物が嘘をついて回っていることを隠すために、一部の妖精がしている噂として広めることにした。

 

 妖精を探しては嘘をついて回った。妖精は花の群生や大木など自然のランドマークがある場所に多いことが分かったため、霊を探すより断然効率がいい。

 

「そろそろ様子を見にもど......あっ。」

 

 噂を広めることばかりに集中してたせいで元の場所が分からない......

 

「何をするにしてもほんとダメだな、私。」

 

 悪態をつきながらも元いた場所を探す。

 でもそう簡単に辿り着けるわけもなく、幻想郷には朝が訪れていた。

 

 もう一人の自分はどうなっているだろうか?私が戻るまで耐えられるだろうか?

 どうしたものかと考えていると、切り株の周りで妖精達が話しているのが見えた。

 

「ねぇ、幽霊の宴会場に行ったことある?」

「ないけど......もしかして!」

「ふっふっふー、私はあるっ!」

「いいなー!」

「今夜みんなで行ってみようよ!」

「いく!でも、幽霊を見つけなきゃいけないんでしょ?」

「大丈夫!別に幽霊がいなくても行けるし、最近は逆に幽霊から道案内を頼まれるよ!」

「わー、すごい!死神みたい!」

「ふふん、みんなを鎌で切っちゃうぞー!!」

「きゃー!にげろー!」

 

 今夜、か。

 夜になったらここに来てみよう。もしあの子たちがいれば、道案内を頼んでみよう。

 

 

 

 幻想郷に再び夜が来た。玲子(れいこ)は、切り株周辺の様子を見に来ていた。

 

「みんな、準備はいい?」

「もうとっくに済んでるよ。早くいこーよー。」

 

 どうやら噂の宴会に行くらしい妖精に、玲子(れいこ)は話しかけた。

 

「ねぇ、もしかして宴会?」

「え。」

「あなた、だれ?」

「私はしがない霊だよ。最近、周りの霊が宴会とやらに行ったきり帰ってこなくてね。場所を聞くにも当てがないんだ。君たちは場所を知っていたりするかな?」

「すごい!本当に道案内を頼みにきたよ!」

「え、えぇ!当然よ!わたしは道案内の達人なんだから!」

 

 嘘である。この妖精は幽霊を案内したことなどない。調子に乗って話を盛っていただけで、まさか本当にそんな霊がいるとは思っていなかった。彼女の内心はバクバクである。

 

「すごいね。じゃあ、案内してくれるかな?」

「ま、まかせなさい!!」

 

 自称案内人の妖精は宴会場までの道は知っていた。こっちは本当のことで良かったと人知れず安堵するのであった。

 

 妖精に案内されて宴会場らしい場所に着いた。

 

「なにあれ、おもち?」

「あれが宴会場の正体よ!」

 

 そこには玲子(れいこ)も知らない白いドーム状のものがあった。

 

「あれが、宴会場?」

「そうよ!さぁ、幽霊さん。宴会場の中へ案内してもらおうかしら。」

「え?入り口とかはないの?」

「ないわ!幽霊だけが入れるみたい。」

「そっか。でもごめんね。私宴会場の場所も知らないような幽霊なんだ。」

「あ、そっか。」

「じゃあ何もできないってことー!?」

「ごめんね。」

 

 妖精たちはがっかりといった感情を体全体で表現していた。

 

「つまんない!帰る!!」

「えぇ!?待ってよー!」

 

 用がないと分かれば妖精たちは(きびす)を返した。

 案内人の妖精はその後、入ったことないのかと一緒にいた妖精に詰められるが、初めては友達と一緒に入りたかったと言い訳して難を逃れるのであった。

 

 その場にひとり残された玲子(れいこ)は白いドームに近付こうとするが、空に何かいるのを見てすぐに隠れた。

 

「(あれは......陰陽師(おんみょうじ)?いや、巫女?)」

 

 緑の髪に、神事に関わっていそうな白と青紫の服を着た少女が地上に降りてきた。

 片手に複数の札をぶら下げた彼女は白いドームに近付いた。

 

 そして、彼女は立ち止まったかと思うと急に叫んだ。

 

「女の子がっ!?」

「(きっともうひとりの私のことだ......!)」

 

 巫女が札をドームに投げると爆発が起きる。それがきっかけになったのか、ドームに異変が起こる。

 

「(ドームが回転してる?いや、あれは......霊だ!)」

 

 ドームは霊の塊だったのだ。霊たちは巫女に威嚇するように扇状に広がると、一斉に巫女に向かって突撃した。

 

 その時にできた隙間から、玲子(れいこ)は中にいる少女を目撃する。

 

「(やっぱり、私だ。)」

 

 どうやらまだ耐えていたらしいと玲子(れいこ)はほっとする。

 同時に、こんな短期間でこれほどの霊が集まるかと玲子(れいこ)は驚いていた。これが噂の(ちから)かと他人事(ひとごと)のように思っていると、霊達が集まって化け物へと変貌していた。

 頭はなく首まである人の半身、首の周りに扇状の襟が広がったと思えばそこから数多(あまた)の人の顔が浮き沈みしている。

 

 さてどうなるかなと玲子(れいこ)が呑気に思っていると、先程より多くの霊達が再び巫女に突撃した。

 

 玲子(れいこ)はその隙に化け物の裏側へと移動する。なるべく巫女にばれにくい位置に行きたかったのだ。

 

 裏側へ行くと、見知った顔が背中から浮き出ていた。それは玲子(れいこ)自身の顔だった。

 

『あぁ......あぁ......』

 

 私を見つけたからか、その表情は恐怖を浮かべていた。

 玲子(れいこ)はその顔に向けて言葉をかける。

 

「ただいま。」

 

『あぁ!ああああああああ!!』

 

 化け物の咆哮か、その顔から出た悲鳴か。ただ玲子(れいこ)の言葉を()に、化け物は玲子(れいこ)から逃げるように空へと飛んで行った。

 巫女はそれを追いかけるように空を飛んだ。

 

「(そういえばあの巫女さん、当たり前のように空を飛んでる......)」

 

 玲子(れいこ)は映画の観客のような気分でいた。

 無力な玲子(れいこ)にできることは巫女を応援することくらいだったからだ。

 さすがに飛んで逃げられたらどうしようもないので、巫女にはアレを撃墜してほしいというのが玲子(れいこ)の立場だ。

 

 巫女と化け物の戦いを見ていると、突然大きな爆発が起きた。巫女の必殺技だろう。化け物が分散し、霊同士の繋がりが弱くなると、玲子(れいこ)は指に何かが引っかかっているような感覚を覚える。

 その感覚を確かめるように指を引くと、数多(あまた)の霊達の中からまっすぐ引っ張られるようにして来る者がいた。

 

「(私だ......!)」

 

 玲子(れいこ)はなんて運がいいんだろうとそれを受け止めようとするが、巫女が降りてきていることに気付き反射的に隠れてしまった。

 

「(しまった!私が!!)」

 

 隠れるのを優先して引っ張ることを中断した結果、白い塊は玲子(れいこ)から逃げるように正反対へと向かった。そこには、巫女に抱きかかえられるもうひとりの玲子(れいこ)がいた。

 

「待って......!!」

「離れなさいッ!!」

 

 玲子(れいこ)が絶望した瞬間、巫女がもうひとりの玲子(れいこ)に入ろうとした人魂(ひとだま)を追い払った。

 

「(来なさいッ!!)」

 

 このチャンスを逃すまいと玲子(れいこ)は吹き飛ばされた人魂(ひとだま)手繰(たぐ)り寄せる。

 人魂(ひとだま)は抵抗するもむなしく、玲子(れいこ)の手の中に捕らえられてしまった。

 

「(さぁ、ひとつになろう。死ぬために。)」

 

 玲子(れいこ)人魂(ひとだま)を抱えると、そのまま胸に押し込んだ。

 

『どうして、どうしてそんなに一方的なの......?』

『無視しないでよッ!わかってるでしょ!?あなたは私なんだから、私の言いたいことくらい分かってよ!!』

 

「(わたしが統合される......)」

 

『どかない!ちゃんと話してもらうまで消えない!!いつもそうだ!私の意見は聞いてもらえない、全部、全部無視される!みんな私の気持ちを無視するんだ!!』

 

「......」

 

 吸収した玲子(れいこ)の中に彼女の記憶が流れ込んだ。しかし、玲子(れいこ)は消化不良といった表情をした。

 

「(私に抱いた恐怖心はどこ......?)」

 

 玲子(れいこ)は『わたし』を探す。すると、(かす)かに自分の気配を感じ取ることに成功する。その小さな気配の方を見ると、巫女がもうひとりの玲子(れいこ)身体(からだ)を抱えていた。

 

「(まだあそこに......)」

 

 巫女は身体(からだ)を抱えて飛び去ってしまった。

 

「(振り出し、か......でも、状況は少しだけ良くなったはず。)」

 

 玲子(れいこ)の精神の大部分は統合された。あとは残りかすを回収すればいいだけである。ひょっとしたら、残りかすは上書きされて消滅するかもしれない。

 玲子(れいこ)は上機嫌になりつつ、次にやるべきことを考える。

 

「(今度は私が私を乗っ取る。魂の(ちから)関係は吸収した私の方が強いはず。)」

 

 それなら後は身体(からだ)を見つけるだけと玲子(れいこ)は巫女が飛んで行った方へ向かおうとするが、本当にそれでいいのか自問自答する。

 

「(今回は予想外のことばかりだった......これは、私が幻想郷を知らなすぎるせいだ。身体(からだ)探しは幻想郷についてもっと調べてからでもいい。いや、絶対調べた方がいい。)」

 

 その時玲子(れいこ)は、幽々子(ゆゆこ)なる者に招待を受けていたことを思い出す。

 

『あなたと直接会えるのを楽しみにしているわ。』

「ただものではないよね......」

 

 あれが追体験なのか、現実の出来事なのかは玲子(れいこ)には分からない。それを確認するためにも、玲子(れいこ)は人里へ向かうことにした。

 

「あれ、月がない。」

 

 玲子(れいこ)は月を見つけることができなかった。これでは魔理沙(まりさ)に教えてもらった方法では人里に行けないだろう。今日はたまたま新月かと玲子(れいこ)はひとり納得した。

 

「(妖精さんに聞けば答えてくれるかな?)」

 

 いたずら好きの妖精が素直に教えてくれるかは不明だが、玲子(れいこ)はそんな常識を知らない。玲子(れいこ)は最近得意になってきた妖精探しを始めるのであった。

 

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