玲子は人里に立ち入っていた。玲子は妖精を見つけて案内してもらおうと思っていたが、見つけた妖精たちはどうやら畑で何かを競い合うらしかった。会話の必要がなさそうならばわざわざしなくていいかと、玲子は妖精をストーキングして人里に立ち入ったのである。
「うーん、畑......」
ここが道なのか畑の枠なのか玲子には分からない。農夫がいればと辺りを見回すが誰もいない。玲子はしかたなく当てずっぽうで里の中心を目指すことにした。幸い、幻想郷は未開の地らしく開けている場所が限定されているようだった。切り拓かれている場所の中心へ向かえばそれなりのものはあるだろうという予想だ。この考え方は意外にも適切で、脅威から守るために重要なものを中心に集めるというのは人の巣作りの基本だった。
玲子はその基本に倣ったからか、家屋が密集している場所を見つけることができた。
「......」
玲子は悩んでいた。ここに入るべきかどうか。時は午前、人の活動時間である。幽々子なる者は、使いの者が人里にいることがあるという言い回しをしていた。それを見るに、使いの者は人里に住んではいないのだろう。立ち入って幽々子の使いがいるかと聞いたところで、無駄足になる確率が高かった。そして足踏みしている一番の理由は玲子の恰好だった。人里の人間たちが和の装いをしている中、玲子の洋服ではどうあがいても浮いてしまうのだ。謎の人間から知人の所在を聞かれたらどうか、要らぬ不安を浮かべることは間違いないだろう。
「待とう。それでいい。」
玲子は幽々子の使いが外からやってくることにかけて待ちぼうけを決めた。どうしようもない居心地の悪さに集中してしまい、玲子は人里の入り口が複数ある可能性など考えることはできなかった。
「そんなところで座り込んで、一体どうした。」
「......?」
絶望的な待ちぼうけに救世主が現れた。救世主は青メッシュの入った白銀の髪を背中に流し、玲子に目線を合わせながらそう言った。
「あの、えっと......妖夢さんという方を探していて......」
どう考えても探しているのではなく待っているだけの状況だが、それを直接指摘しない優しさが救世主にはあった。
「あぁ、なるほど。失礼だが名を聞いても?私は上白沢慧音という。」
「あ、私は柳玲子です。」
「そうか。柳、私は妖夢のことを知っている。差し支えなければ要件を聞いてもいいだろうか。」
「あ、はい。幽々子さん?という方に白玉楼への招待をいただきまして、使いの者を送るから人里に来るように言われました。使いの方に会えたらいいんですけど、いつくるのかは分かってなくて......」
「ふむ......」
慧音は子供たちから里の外でじっとしている女の子がいると話を聞いて、様子を見に来ていた。女の子を見つけて話を聞いてみれば、あの幽霊と半霊の名前が出てくるではないか。この者は一体何者なのだろうか。それが分かるまで人里に立ち入らせたくはなかった。外部で済むことは外部で済ませてもらった方がいいのだ。最近は人里を巻き込む大異変が珍しくなくなってきている。警戒はするだけして損はなかった。
「お前は、何者だ?」
「うーん。死にぞこない、ですかね?」
「死にぞこないだと?人里に恨む相手でもいるのか?」
慧音から鋭い気配が漏れ出る。玲子はそれを苦にすることもなく弁明した。
「いえ。あの、私、霊なんです。」
「怨霊か?」
「違うと思います、たぶん。」
自分を見つけて殺そうとするのは確かに怨霊みたいだと玲子は思ったが、本来ちゃんと死ぬ運命だったものを運命通りにしているだけであると自己弁護した。そういう意味では自分は天使かもしれないと場違いなことを考えながら、玲子は慧音に釈明する。
「霊夢さんに頼んで浄化してもらったんですけど、なんかうまくいかなかったんです。そこで次は守矢神社にいこうと思っていたんですが、その途中で幽々子さんから声がかけられまして......という流れなんですけど、どこか説明不足とかありますかね?」
「浄化してもらっただと?それは自ら頼んだということか?」
「はい。」
「なぜだ。」
「未練がないからです。」
「そうか......」
「やっぱり、信じられませんか?」
「そういう訳ではないが、お前のような者は見たことがなくてな。」
「見たことがある人がいればぜひ教えていただけたらなぁ、と。浄化されなくて困っていますから。一応、小野塚小町さん、博麗霊夢さん、霧雨魔理沙さんという方たちと話したので、この中に知り合いがいれば確認を取ってもらえればと思います。」
「う、うむ。」
慧音は幻想郷のあらゆる情報を知る術がある。しかしその力を使役している時にも彼女のような存在は見当たらなかった。しかし、見当もつかないわけではなかった。こういった本人が解放されることを望んでいるような事象は、大抵封印関係のものなのだ。特に、体の一部と記憶を失っている場合は碌なものではない。それは、力が大きすぎて封印が完遂できていないことの示唆なのだ。本人はただの霊と言っているが、一応確認だけしておこうと慧音は玲子に質問をした。
「その、失礼続きで申し訳ないのだが最近思い出せないことなどないか?」
「全くありません。生まれて死んで、今に至るまですべてを記憶しています。」
「なるほど。」
「もちろん完全記憶ではないですけど、人並みな感じです。」
玲子の返答によれば、彼女は普遍的な霊だった。それどころか、霊にしては意識がはっきりとしすぎているのではないかとすら慧音は違和感を覚える。ただの死霊であるならば、弔いが足りずに残ったもので自我が形成される。誰にも弔われなかった者は己の未練の力が存在を形作る。しかし玲子はそのどちらでも無かった。ここまで欠如がないならば誰にも弔われなかった者だろう。慧音はそこまで考えて玲子の言葉を思い出した。
「柳、さきほど小野塚小町と言ったか。」
「はい。」
「その者にお前は自分の存在について何か言われたか?いや、そもそも死神と出会ってなぜここにいる。退けたのか?」
「いえ、小町さんに霊夢さんのところに案内していただきました。そこで浄化していただいたんですが上手くいかず......」
「あぁ、そういう流れか。すまない。それで、二人の専門家に何か言われたりはしなかったか?」
なぜわざわざ死神が巫女のところへ霊を持っていくのか。疑問はつきないが、今は彼女と関わった人の意見が聞きたいと慧音は話を促した。
「すみません。えっと、最初に小町さんと会って三途の川を渡れないかと聞いたんですが、私お金もってなくて......どうやら相当な嫌われ者でない限り少しは持っているらしいです。でも私は無かったので運賃を払えませんでした。」
「そうだったのか。」
「あはは......心当たりが全くないので理由は分からず終いです。でも小町さんによると死んでいることは確かとのことなので、私は霊で間違いないと思います。」
「死神のお墨付きか......」
「はい。でもよく分からないので博麗さんのところで見てもらえと。」
「そうか、結果を聞いても?」
「それが......申し訳ないのですが、博麗さんに今すぐ消えるか説明を聞くか選べと言われたので、消えることを選びました。」
「もしかして、何もわからないまま失敗したということか?」
「はい、すみません......」
「いや、大丈夫だ。」
話を聞いた慧音は頭を悩ませていた。舟渡に払う手持ちがない霊など、生前に俗世から離れて死んだ者か、まだ死んだことに気付かれていない者だろう。当人の言葉を信じるのならば、彼女の死はまだ誰にも気付かれていないということだ。しかしそれだけじゃないのが問題だった。博麗の巫女に頼んで浄化してもらって尚、こうして存在できている理由が全く分からない。霊夢がどんな形式で彼女を消そうとしたのかは不明だが、現世へ戻ってきているというのがありえなかった。それが起こりうるのは輪廻を超越している者だけだ。慧音はその方法に心当たりがあった。
「柳、おまえは霊になってから何か食べたか?」
「はい。」
「なんだと!?」
「えっ......?」
「それはなんだ!?肉か?肉を食ったのか!?」
慧音は玲子の肩を掴んで問い詰めた。
「お、お肉なんて食べてませんよ!お金ないですし。魔理沙さんの家にお邪魔した時に茶菓子をいただいただけです......!」
「......本当にそれだけか?」
「はい、そうですけど......」
蓬莱人の生き肝。それを食らった者は輪廻から外れ永遠を手にすると言われている。
「......」
「あの......お肉って食べない方がいいのでしょうか......?」
「いや、大丈夫だ。」
「えっ?そ、そうですか。じゃあなんで......」
「あのー、大丈夫ですか?」
玲子には分からない一悶着があった時、白髪ボブカットの少女が慧音と玲子に声をかけた。
「あなたは......」
「妖夢......すまない、なんでもない。少し先走っただけだ。」
「そうですか。何もないならいいんですけど......何もないのにあなたが騒ぐわけがない。斬って確かめましょうか?」
声をかけたのは妖夢という少女だった。玲子の目的の人物である。彼女は腰に差している二つの得物のうち一つに手をかけていた。
「いや、その必要はない。落ち着いてくれ。どうやら彼女はあなたに用があるらしい。」
「私に?妙ですね......私の知り合いの中にあなたはいません。」
「私もあなたと知り合いではないですが、幽々子さんと知り合いというか、招待されただけの者というか。」
「何?あなたが?幽々子様が準備しておけと言っていたのはこれのことか。」
妖夢はそう言うと構えを取る。今にも玲子に斬りかかりそうだった。
「一体どうしたというんだ!?」
慧音は咄嗟に間に挟まる。
「慧音さん、どいてください。これは幽々子様からの指示です。あなたも本当に幽々子様から招待されたというのなら、もちろん受け入れてくれますよね?」
「はい。」
「なに!?おい!柳ッ!」
即答、からの即行。玲子は慧音の前に出て、妖夢の横に並んだ。
慧音は動揺していた。確かに自ら浄化を望んでいるとはいえ、ここまで自分を軽視するものなのかと。事前の取り決めだとしても斬られることを了承するのは正気の沙汰ではない。そもそも生きている者を霊にするために斬るのならばまだ分かるが、既に死んでいる者を斬る理由はなんだ?
慧音の思考の隙、誰の目にも留まらぬ一振り一閃。
__【妄執剣:修羅の血】
「なるほど、まったく手応えがないですね。」
これも修行不足かぁと妖夢は嘆いた。
「本人確認は大丈夫でしょうか?」
「はい、問題ありません。あなたを幽々子様の元へ案内します。」
「ありがとうございます......!」
「......」
慧音には状況など理解できるはずもなかった。未知の存在が現れたかと思えば、進んで斬ろうとする者、進んで斬られようとする者......お手上げとはこのことだ。もはや里に悪影響が無ければいいと、慧音は事態の終息を感じながら匙を投げるのであった。
「上白沢さん、短い間でしたがありがとうございました。」
「あ、あぁ。」
「慧音さんも訳が分からないと思いますが大丈夫です。私もなので。」
訳も分からず斬ったのならそれはそれで問題だろうというツッコミをする気力は慧音には無かった。
「行くのか?道中には気をつけてな。」
慧音は代わりに当り障りのない言葉を発した。
「はい。では、失礼します。」
玲子も当たり障りのない言葉を返した。
「まさか幽霊なのに飛べないだなんて。」
「あはは、すみません。」
「大丈夫です。ついでに花見ができるので。」
冥界まで飛んでいくつもりの妖夢だったが、あらゆる幻想を知らない玲子にとってそれは困難だった。謎の力があればと玲子は思ったが、玲子の無力さは死神のお墨付きである。飛ぶために必要な理屈が玲子には無かった。
徒歩で冥界など本来行けるはずもないが、異変など様々な事情により現世と冥界の境界が曖昧となっていた。そのため、現世から冥界へ花見客が来るようになったという。玲子たちもそのルートで冥界へ行くことにした。
「あなたを斬れたらすぐ冥界送りにできるのに。」
「私にはよく分かりませんが、本当に斬れるものなのでしょうか?」
瞬間、斬撃が舞い落ちる木の葉を真っ二つにした。
「わぁ、お見事です。」
「だいたいこうなるはずなんですけどねぇ。」
「霊だから斬れない、とか?」
「むしろ幽霊を斬るものなんですけど、なぜあなたは斬れないのか。」
「うーん、無力だから......?力が見える人からすると、私には全く力が無いみたいなんです。斬るものが無い的なことだったりしますかね?」
「確かに、あなたは霊を名乗っているくせに全く力が無いですね。」
「霊というのは暫定のものなので......早く自分の状態を理解して消えたいです。」
「そうですか。まぁ、行き詰った時は声をかけて下さい。幽々子様に斬れない案山子役として迎えられないか打診してみます。」
「ありがとうございます。できることをやって無理なら頼らせていただきます。」
「やはりあなたは案山子適正が高いですね。斬られることに何の抵抗も示さない。」
「むしろ斬っていただきたいですからね。」
「それだけ推されると逆に不安になってきますね。本当に斬ってよいものか。」
「斬って問題になることがあるんですか?」
「うーん。何か封印されていたりしたら大変なことに......」
「その中身ごと斬ったりはできないのでしょうか?」
「あぁ!たしかに。丸ごと斬ってしまえば万事解決か。」
周りの草花になんの興味も示さず、当人たちは物騒な話に花を咲かせていた。
話の成り行きではあるが、玲子は妖夢に斬ってもらうことをプランBとして見据えるのだった。
そんな話をしていると、玲子の目の前には気が遠くなるほど積み上げられた階段があった。
「あの、もしかしてこれ......」
「白玉楼はこの先ですね。」
「わぁ。」
「では私は業務があるので先に行きます。」
「あ、はい。案内していただきありがとうございました。」
飛んでいった妖夢の背中を見ながら、玲子は階段を上り始めた。意外にも、玲子は絶望などしていなかった。もしかしたら力尽きて消滅できるかもなどと期待を抱いていたのである。
「幽々子様、ただいま戻りました。」
「おかえりなさい妖夢。少し遅かったわね。」
「幽々子様が言っていた方を見つけたんです。今は階段を上っているところでしょう。」
「あら。では斬れなかったのね。」
「はい......面目ないです。」
「大丈夫よ。でも妖夢、階段なんて上らせないで連れてくればよかったのに。」
「荷物を置いてから連れてこようかと。」
「まるでお客人が重いと言うようね。剣で斬るものがないほどに空っぽ。きっと軽いはずだわ。」
「た、たしかに。出迎えてきます!」
「転んで下まで落ちないよう気を付けるのよ、妖夢。」
妖夢の蜻蛉返りを見ながら、幽々子は指に蝶を止めていた。
「ただ待っているだけではつまらないものね。」
蝶は幽々子の指から離れ、妖夢を追うようにとんでいった。
「あれ?」
階段を無心で上っていると、色鮮やかな蝶が私の邪魔をするように舞っていた。かと思えば、階段の脇へと移動する。
「ついてこいってことなのかな?」
蝶は意味があるのかないのか、私を左右に振りながら階段の先へと導く。もしかして、私遊ばれてる?ちょうちょに?
「お客人ー!」
あ、妖夢さんの声だ。
「もうこんなところに?一体どうやって......」
そう妖夢さんに言われて後ろを振り返ると、明らかに上ってきた数以上の階段が眼下にあった。やっぱりちょうちょが導いてくれたんだ。
「蝶が案内してくれたんですけど......」
あれ?どこにもいない。礼くらい言いたかったな。ん?あれは......
「あれです!あの子が案内してくれたんです。」
「え?だめです!それに触れては......!!」
「え?」
蝶が私の指に止まる。もしかして吸血するタイプだろうか。ウェルカムではあるけど、妖夢さんにとって迷惑なら避けたい。ちょうちょさん、ばいばい。えっと、戻ってくるのは聞いてないんだけど......
「あはは、すみません。この子、私になついてるみたいで。」
「......いえ、大丈夫です。すみません。」
蝶は私の頭に張り付いてじっとしている。それを妖夢さんが神妙な顔つきで見ていた。なんか、すみません。自力で上って来た方がよかったかな?
「では、あなたを白玉楼へ連れていきます。手を貸してください。」
「はい。わぁ!」
妖夢さんは私の左手首を掴むと宙に浮いた。私はぶらんぶらんと釣られていくのみである。最初からこれで良かったのでは?あ、でも妖夢さんが持ってた荷物がない。一旦置きに行ったのか。
適当なことを考えていると、目の前に大きな門が見えた。もしかして、このまま飛び越えるのだろうか。それができるなら門の意味は無いのでは?......いや、幽霊なのに飛べないのかって妖夢さんは言ってたな。もしかして、幽霊だけが通れる門ってことなのかな?だとしたらあれは門というより壁だなぁ。
「すみません、今更ですが名前を聞いても?」
「あ、すみません。柳玲子です。」
「私は魂魄妖夢です。」
「あ、魂魄さんでしたか。ずっと名字がわからなくて。」
「問題ありません。さぁ、着きますよ。」
「あ、はい。」
蝶の件からなんだか妖夢さんに壁を感じる。何か得体の知れないものを見るような。でも実際、得体の知れない者だから仕方がない。蝶についても幽々子さんに聞いてみよう。妖夢さんの目が変わる何かがきっとあるはずだ。
妖夢は右手の先にいる玲子について考えていた。
「(あの蝶は、きっと幽々子様の......)」
死を司る蝶。それが彼女に触れたということは何かしらの術がかけられたということ。
「(幽々子様の意図が分からない。それ以上に、この子が何なのかが分からない。)」
幽々子なら本来の目的ついでに彼女を殺すだろう。しかし彼女に変化はなくピンピンとしている。死神が言ったとはいえ、妖夢は彼女が本当に霊なのか疑問視していた。もしかしたら生きているのかもしれないと、そう思っていたから蝶に触れるのを止めようとしたのだ。
「(幽々子様の術が効いていないのか?だとすればこの子は蓬莱人......)」
妖夢は月の大異変のことを思い出していた。幽々子の術が効かない者たち。
「(いや、でも階段を上っているのに息が上がっている様子はない。蓬莱人ではないのか?もし蓬莱人の霊ならば......)」
そこで妖夢は、慧音と玲子のやりとりを思い出す。
『柳、おまえは霊になってから何か食べたか?』
『はい。』
『なんだと!?それはなんだ!?肉か?肉を食ったのか!?』
『お、お肉なんて食べてませんよ!お金ないですし。魔理沙さんの家にお邪魔した時に茶菓子をいただいただけです......!』
『......本当にそれだけか?』
『はい、そうですけど......』
「(そっか、だから慧音さんは......)」
妖夢は慧音が取り乱していた理由を察した。玲子の受け答えによると、彼女は蓬莱人ではなさそうだ。ただそれは同時に、蓬莱人以外で幽々子の術が効かない者が存在するということを意味する。
「(幽々子様の術が効いたのかどうかは分かりません。ですが、急いであなたを斬れるようにならなければと、私の勘がそう言っています。)」
玲子にはどうやら未練がないらしい。だがそんなことは関係ない。彼女が誰かに唆されて幽々子に危害を加えようとした時、今の妖夢と幽々子では対抗する術がない。幻想郷には多くの悪意が蠢いている。妖夢が最悪の場合に備えることは幽々子の護衛役として当然のことだった。
「幽々子様、客人をお連れしました。」
「ご苦労だったわ。下がっていいわよ。」
「幽々子様......!」
「構わないわ。戻りなさい。」
「......承知しました。」
沈黙があたりを包む。玲子からしたらかなり気まずい空気だった。何も悪いことをしていないのに、状況が悪くなっている気がした。それを打破すべく、玲子は自分から声をかけることにした。
「ど、どうも。」
問題があるとすれば、言うことがなかったということだろう。
「えぇ、どうも。ふふ、期待以上だわ。」
「え、ど、どうもです。」
「どう?お茶でも飲みながら話しましょう?あなたのことを教えてほしいのだけれど。」
「はい、ぜひ。弁明もしたいですし。」
「そういえばそうだったわね。」
これからどんな話がされるのか玲子には分からない。そもそもこんなに大きな屋敷の主だとは思っていなかったのだ。きっと幻想郷でもすごい人だろうと玲子はあたりをつけた。きっと彼女なら命の仕組みについて何か知っているはずだ。むしろここで分からなければ面倒な試行錯誤をしなければならない。最低でも、もう一人の自分を殺した後にどうなるのかが分かる程度の情報はほしかった。空も飛べなければ術も使えない玲子にとっては、殺した後に復活したかどうかを確認するのは困難を極めることなのだ。
幽々子にとって玲子は興味深い客人だった。妖夢の剣で切れないということは生者でも死者でもない。空そのものということだ。それでも万物には終わりがある。幽々子は玲子に死をけしかけた。それは体の腐食、そして記憶の忘却。しかしそのどちらも効果が無いようだった。そう、術は発動していた。効果だけ無かったのである。
「(既に終わっている、ということなのかしら。)」
知れば知るほど正体が分からない。幽々子の暇つぶしは始まったばかりである。