死に損ない、幻想郷にて死を望む。   作:飛煙

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第五話「白玉楼(はくぎょくろう)へ」

 玲子(れいこ)は人里に立ち入っていた。玲子(れいこ)は妖精を見つけて案内してもらおうと思っていたが、見つけた妖精たちはどうやら畑で何かを競い合うらしかった。会話の必要がなさそうならばわざわざしなくていいかと、玲子(れいこ)は妖精をストーキングして人里に立ち入ったのである。

 

「うーん、畑......」

 

 ここが道なのか畑の枠なのか玲子(れいこ)には分からない。農夫がいればと辺りを見回すが誰もいない。玲子(れいこ)はしかたなく当てずっぽうで里の中心を目指すことにした。幸い、幻想郷は未開の地らしく開けている場所が限定されているようだった。切り(ひら)かれている場所の中心へ向かえばそれなりのものはあるだろうという予想だ。この考え方は意外にも適切で、脅威から守るために重要なものを中心に集めるというのは人の巣作りの基本だった。

 玲子(れいこ)はその基本に(なら)ったからか、家屋が密集している場所を見つけることができた。

 

「......」

 

 玲子(れいこ)は悩んでいた。ここに入るべきかどうか。時は午前、人の活動時間である。幽々子(ゆゆこ)なる者は、使いの者が人里にいることがあるという言い回しをしていた。それを見るに、使いの者は人里に住んではいないのだろう。立ち入って幽々子(ゆゆこ)の使いがいるかと聞いたところで、無駄足になる確率が高かった。そして足踏みしている一番の理由は玲子(れいこ)の恰好だった。人里の人間たちが和の(よそお)いをしている中、玲子(れいこ)の洋服ではどうあがいても浮いてしまうのだ。謎の人間から知人の所在を聞かれたらどうか、要らぬ不安を浮かべることは間違いないだろう。

 

「待とう。それでいい。」

 

 玲子(れいこ)幽々子(ゆゆこ)の使いが外からやってくることにかけて待ちぼうけを決めた。どうしようもない居心地の悪さに集中してしまい、玲子(れいこ)は人里の入り口が複数ある可能性など考えることはできなかった。

 

 

 

「そんなところで座り込んで、一体どうした。」

「......?」

 

 絶望的な待ちぼうけに救世主が現れた。救世主は青メッシュの入った白銀の髪を背中に流し、玲子(れいこ)に目線を合わせながらそう言った。

 

「あの、えっと......妖夢(ようむ)さんという方を探していて......」

 

 どう考えても探しているのではなく待っているだけの状況だが、それを直接指摘しない優しさが救世主にはあった。

 

「あぁ、なるほど。失礼だが名を聞いても?私は上白沢(かみしらさわ)慧音(けいね)という。」

「あ、私は(やなぎ)玲子(れいこ)です。」

「そうか。(やなぎ)、私は妖夢のことを知っている。差し支えなければ要件を聞いてもいいだろうか。」

「あ、はい。幽々子(ゆゆこ)さん?という方に白玉楼(はくぎょくろう)への招待をいただきまして、使いの者を送るから人里に来るように言われました。使いの方に会えたらいいんですけど、いつくるのかは分かってなくて......」

「ふむ......」

 

 慧音(けいね)は子供たちから里の外でじっとしている女の子がいると話を聞いて、様子を見に来ていた。女の子を見つけて話を聞いてみれば、あの幽霊と半霊の名前が出てくるではないか。この者は一体何者なのだろうか。それが分かるまで人里に立ち入らせたくはなかった。外部で済むことは外部で済ませてもらった方がいいのだ。最近は人里を巻き込む大異変が珍しくなくなってきている。警戒はするだけして損はなかった。

 

「お前は、何者だ?」

「うーん。死にぞこない、ですかね?」

「死にぞこないだと?人里に恨む相手でもいるのか?」

 

 慧音(けいね)から鋭い気配が漏れ出る。玲子(れいこ)はそれを苦にすることもなく弁明した。

 

「いえ。あの、私、霊なんです。」

「怨霊か?」

「違うと思います、たぶん。」

 

 自分を見つけて殺そうとするのは確かに怨霊みたいだと玲子(れいこ)は思ったが、本来ちゃんと死ぬ運命だったものを運命通りにしているだけであると自己弁護した。そういう意味では自分は天使かもしれないと場違いなことを考えながら、玲子(れいこ)慧音(けいね)に釈明する。

 

霊夢(れいむ)さんに頼んで浄化してもらったんですけど、なんかうまくいかなかったんです。そこで次は守矢(もりや)神社にいこうと思っていたんですが、その途中で幽々子(ゆゆこ)さんから声がかけられまして......という流れなんですけど、どこか説明不足とかありますかね?」

「浄化してもらっただと?それは自ら頼んだということか?」

「はい。」

「なぜだ。」

「未練がないからです。」

「そうか......」

「やっぱり、信じられませんか?」

「そういう訳ではないが、お前のような者は見たことがなくてな。」

「見たことがある人がいればぜひ教えていただけたらなぁ、と。浄化されなくて困っていますから。一応、小野塚(おのづか)小町(こまち)さん、博麗(はくれい)霊夢(れいむ)さん、霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)さんという方たちと話したので、この中に知り合いがいれば確認を取ってもらえればと思います。」

「う、うむ。」

 

 慧音(けいね)は幻想郷のあらゆる情報を知る術がある。しかしその(ちから)を使役している時にも彼女のような存在は見当たらなかった。しかし、見当もつかないわけではなかった。こういった本人が解放されることを望んでいるような事象は、大抵封印関係のものなのだ。特に、体の一部と記憶を失っている場合は碌なものではない。それは、(ちから)が大きすぎて封印が完遂できていないことの示唆なのだ。本人はただの霊と言っているが、一応確認だけしておこうと慧音(けいね)玲子(れいこ)に質問をした。

 

「その、失礼続きで申し訳ないのだが最近思い出せないことなどないか?」

「全くありません。生まれて死んで、今に至るまですべてを記憶しています。」

「なるほど。」

「もちろん完全記憶ではないですけど、人並みな感じです。」

 

 玲子(れいこ)の返答によれば、彼女は普遍的な霊だった。それどころか、霊にしては意識がはっきりとしすぎているのではないかとすら慧音(けいね)は違和感を覚える。ただの死霊(しりょう)であるならば、弔いが足りずに残ったもので自我が形成される。誰にも弔われなかった者は己の未練の(ちから)が存在を形作る。しかし玲子(れいこ)はそのどちらでも無かった。ここまで欠如がないならば誰にも弔われなかった者だろう。慧音(けいね)はそこまで考えて玲子(れいこ)の言葉を思い出した。

 

(やなぎ)、さきほど小野塚(おのづか)小町(こまち)と言ったか。」

「はい。」

「その者にお前は自分の存在について何か言われたか?いや、そもそも死神と出会ってなぜここにいる。退(しりぞ)けたのか?」

「いえ、小町(こまち)さんに霊夢(れいむ)さんのところに案内していただきました。そこで浄化していただいたんですが上手くいかず......」

「あぁ、そういう流れか。すまない。それで、二人の専門家に何か言われたりはしなかったか?」

 

 なぜわざわざ死神が巫女のところへ霊を持っていくのか。疑問はつきないが、今は彼女と関わった人の意見が聞きたいと慧音(けいね)は話を促した。

 

「すみません。えっと、最初に小町(こまち)さんと会って三途の川を渡れないかと聞いたんですが、私お金もってなくて......どうやら相当な嫌われ者でない限り少しは持っているらしいです。でも私は無かったので運賃を払えませんでした。」

「そうだったのか。」

「あはは......心当たりが全くないので理由は分からず終いです。でも小町(こまち)さんによると死んでいることは確かとのことなので、私は霊で間違いないと思います。」

「死神のお墨付きか......」

「はい。でもよく分からないので博麗(はくれい)さんのところで見てもらえと。」

「そうか、結果を聞いても?」

「それが......申し訳ないのですが、博麗(はくれい)さんに今すぐ消えるか説明を聞くか選べと言われたので、消えることを選びました。」

「もしかして、何もわからないまま失敗したということか?」

「はい、すみません......」

「いや、大丈夫だ。」

 

 話を聞いた慧音(けいね)は頭を悩ませていた。舟渡(ふなわたし)*1に払う手持ちがない霊など、生前に俗世から離れて死んだ者か、まだ死んだことに気付かれていない者だろう。当人の言葉を信じるのならば、彼女の死はまだ誰にも気付かれていないということだ。しかしそれだけじゃないのが問題だった。博麗(はくれい)の巫女に頼んで浄化してもらって尚、こうして存在できている理由が全く分からない。霊夢がどんな形式で彼女を消そうとしたのかは不明だが、現世へ戻ってきているというのがありえなかった。それが起こりうるのは輪廻を超越している者だけだ。慧音(けいね)はその方法に心当たりがあった。

 

(やなぎ)、おまえは霊になってから何か食べたか?」

「はい。」

「なんだと!?」

「えっ......?」

「それはなんだ!?肉か?肉を食ったのか!?」

 

 慧音(けいね)玲子(れいこ)の肩を掴んで問い詰めた。

 

「お、お肉なんて食べてませんよ!お金ないですし。魔理沙(まりさ)さんの家にお邪魔した時に茶菓子をいただいただけです......!」

「......本当にそれだけか?」

「はい、そうですけど......」

 

 蓬莱人(ほうらいびと)の生き肝。それを食らった者は輪廻から外れ永遠を手にすると言われている。

 

「......」

「あの......お肉って食べない方がいいのでしょうか......?」

「いや、大丈夫だ。」

「えっ?そ、そうですか。じゃあなんで......」

「あのー、大丈夫ですか?」

 

 玲子(れいこ)には分からない一悶着があった時、白髪ボブカットの少女が慧音(けいね)玲子(れいこ)に声をかけた。

 

「あなたは......」

妖夢(ようむ)......すまない、なんでもない。少し先走っただけだ。」

「そうですか。何もないならいいんですけど......何もないのにあなたが騒ぐわけがない。斬って確かめましょうか?」

 

 声をかけたのは妖夢(ようむ)という少女だった。玲子(れいこ)の目的の人物である。彼女は腰に差している二つの得物のうち一つに手をかけていた。

 

「いや、その必要はない。落ち着いてくれ。どうやら彼女はあなたに用があるらしい。」

「私に?(みょん)ですね......私の知り合いの中にあなたはいません。」

「私もあなたと知り合いではないですが、幽々子(ゆゆこ)さんと知り合いというか、招待されただけの者というか。」

「何?あなたが?幽々子(ゆゆこ)様が準備しておけと言っていたのはこれのことか。」

 

 妖夢(ようむ)はそう言うと構えを取る。今にも玲子(れいこ)に斬りかかりそうだった。

 

「一体どうしたというんだ!?」

 

 慧音(けいね)は咄嗟に間に挟まる。

 

慧音(けいね)さん、どいてください。これは幽々子(ゆゆこ)様からの指示です。あなたも本当に幽々子(ゆゆこ)様から招待されたというのなら、もちろん受け入れてくれますよね?」

「はい。」

「なに!?おい!(やなぎ)ッ!」

 

 即答、からの即行。玲子(れいこ)慧音(けいね)の前に出て、妖夢(ようむ)の横に並んだ。

 

 慧音(けいね)は動揺していた。確かに自ら浄化を望んでいるとはいえ、ここまで自分を軽視するものなのかと。事前の取り決めだとしても斬られることを了承するのは正気の沙汰ではない。そもそも生きている者を霊にするために斬るのならばまだ分かるが、既に死んでいる者を斬る理由はなんだ?

 

 慧音(けいね)の思考の隙、誰の目にも留まらぬ一振り一閃。

 

__【妄執剣(もうしゅうけん):修羅の血】

 

 

 

「なるほど、まったく手応えがないですね。」

 

 これも修行不足かぁと妖夢(ようむ)は嘆いた。

 

「本人確認は大丈夫でしょうか?」

「はい、問題ありません。あなたを幽々子(ゆゆこ)様の元へ案内します。」

「ありがとうございます......!」

「......」

 

 慧音(けいね)には状況など理解できるはずもなかった。未知の存在が現れたかと思えば、進んで斬ろうとする者、進んで斬られようとする者......お手上げとはこのことだ。もはや里に悪影響が無ければいいと、慧音(けいね)は事態の終息を感じながら匙を投げるのであった。

 

上白沢(かみしらさわ)さん、短い間でしたがありがとうございました。」

「あ、あぁ。」

慧音(けいね)さんも訳が分からないと思いますが大丈夫です。私もなので。」

 

 訳も分からず斬ったのならそれはそれで問題だろうというツッコミをする気力は慧音(けいね)には無かった。

 

「行くのか?道中には気をつけてな。」

 

 慧音は代わりに当り障りのない言葉を発した。

 

「はい。では、失礼します。」

 

 玲子(れいこ)も当たり障りのない言葉を返した。

 

 

 

「まさか幽霊なのに飛べないだなんて。」

「あはは、すみません。」

「大丈夫です。ついでに花見ができるので。」

 

 冥界まで飛んでいくつもりの妖夢(ようむ)だったが、あらゆる幻想を知らない玲子(れいこ)にとってそれは困難だった。謎の(ちから)があればと玲子(れいこ)は思ったが、玲子(れいこ)の無力さは死神のお墨付きである。飛ぶために必要な理屈が玲子(れいこ)には無かった。

 徒歩で冥界など本来行けるはずもないが、異変など様々な事情により現世と冥界の境界が曖昧となっていた。そのため、現世から冥界へ花見客が来るようになったという。玲子(れいこ)たちもそのルートで冥界へ行くことにした。

 

「あなたを斬れたらすぐ冥界送りにできるのに。」

「私にはよく分かりませんが、本当に斬れるものなのでしょうか?」

 

 瞬間、斬撃が舞い落ちる木の葉を真っ二つにした。

 

「わぁ、お見事です。」

「だいたいこうなるはずなんですけどねぇ。」

「霊だから斬れない、とか?」

「むしろ幽霊を斬るものなんですけど、なぜあなたは斬れないのか。」

「うーん、無力だから......?(ちから)が見える人からすると、私には全く(ちから)が無いみたいなんです。斬るものが無い的なことだったりしますかね?」

「確かに、あなたは霊を名乗っているくせに全く(ちから)が無いですね。」

「霊というのは暫定のものなので......早く自分の状態を理解して消えたいです。」

「そうですか。まぁ、行き詰った時は声をかけて下さい。幽々子(ゆゆこ)様に斬れない案山子(かかし)役として迎えられないか打診してみます。」

「ありがとうございます。できることをやって無理なら頼らせていただきます。」

「やはりあなたは案山子(かかし)適正が高いですね。斬られることに何の抵抗も示さない。」

「むしろ斬っていただきたいですからね。」

「それだけ推されると逆に不安になってきますね。本当に斬ってよいものか。」

「斬って問題になることがあるんですか?」

「うーん。何か封印されていたりしたら大変なことに......」

「その中身ごと斬ったりはできないのでしょうか?」

「あぁ!たしかに。丸ごと斬ってしまえば万事解決か。」

 

 周りの草花になんの興味も示さず、当人たちは物騒な話に花を咲かせていた。

 話の成り行きではあるが、玲子(れいこ)妖夢(ようむ)に斬ってもらうことをプランBとして見据えるのだった。

 

 そんな話をしていると、玲子(れいこ)の目の前には気が遠くなるほど積み上げられた階段があった。

 

「あの、もしかしてこれ......」

白玉楼(はくぎょくろう)はこの先ですね。」

「わぁ。」

「では私は業務があるので先に行きます。」

「あ、はい。案内していただきありがとうございました。」

 

 飛んでいった妖夢(ようむ)の背中を見ながら、玲子(れいこ)は階段を上り始めた。意外にも、玲子(れいこ)は絶望などしていなかった。もしかしたら力尽きて消滅できるかもなどと期待を抱いていたのである。

 

 

 

幽々子(ゆゆこ)様、ただいま戻りました。」

「おかえりなさい妖夢(ようむ)。少し遅かったわね。」

幽々子(ゆゆこ)様が言っていた方を見つけたんです。今は階段を上っているところでしょう。」

「あら。では斬れなかったのね。」

「はい......面目ないです。」

「大丈夫よ。でも妖夢(ようむ)、階段なんて上らせないで連れてくればよかったのに。」

「荷物を置いてから連れてこようかと。」

「まるでお客人が重いと言うようね。剣で斬るものがないほどに空っぽ。きっと軽いはずだわ。」

「た、たしかに。出迎えてきます!」

「転んで下まで落ちないよう気を付けるのよ、妖夢(ようむ)。」

 

 妖夢(ようむ)蜻蛉(とんぼ)返りを見ながら、幽々子(ゆゆこ)は指に蝶を止めていた。

 

「ただ待っているだけではつまらないものね。」

 

 蝶は幽々子(ゆゆこ)の指から離れ、妖夢(ようむ)を追うようにとんでいった。

 

 

 

「あれ?」

 

 階段を無心で上っていると、色鮮やかな蝶が私の邪魔をするように舞っていた。かと思えば、階段の脇へと移動する。

 

「ついてこいってことなのかな?」

 

 蝶は意味があるのかないのか、私を左右に振りながら階段の先へと導く。もしかして、私遊ばれてる?ちょうちょに?

 

「お客人ー!」

 

 あ、妖夢(ようむ)さんの声だ。

 

「もうこんなところに?一体どうやって......」

 

 そう妖夢さんに言われて後ろを振り返ると、明らかに上ってきた数以上の階段が眼下にあった。やっぱりちょうちょが導いてくれたんだ。

 

「蝶が案内してくれたんですけど......」

 

 あれ?どこにもいない。礼くらい言いたかったな。ん?あれは......

 

「あれです!あの子が案内してくれたんです。」

「え?だめです!それに触れては......!!」

「え?」

 

 蝶が私の指に止まる。もしかして吸血するタイプだろうか。ウェルカムではあるけど、妖夢(ようむ)さんにとって迷惑なら避けたい。ちょうちょさん、ばいばい。えっと、戻ってくるのは聞いてないんだけど......

 

「あはは、すみません。この子、私になついてるみたいで。」

「......いえ、大丈夫です。すみません。」

 

 蝶は私の頭に張り付いてじっとしている。それを妖夢(ようむ)さんが神妙な顔つきで見ていた。なんか、すみません。自力で上って来た方がよかったかな?

 

「では、あなたを白玉楼(はくぎょくろう)へ連れていきます。手を貸してください。」

「はい。わぁ!」

 

 妖夢(ようむ)さんは私の左手首を掴むと宙に浮いた。私はぶらんぶらんと釣られていくのみである。最初からこれで良かったのでは?あ、でも妖夢(ようむ)さんが持ってた荷物がない。一旦置きに行ったのか。

 適当なことを考えていると、目の前に大きな門が見えた。もしかして、このまま飛び越えるのだろうか。それができるなら門の意味は無いのでは?......いや、幽霊なのに飛べないのかって妖夢(ようむ)さんは言ってたな。もしかして、幽霊だけが通れる門ってことなのかな?だとしたらあれは門というより壁だなぁ。

 

「すみません、今更ですが名前を聞いても?」

「あ、すみません。(やなぎ)玲子(れいこ)です。」

「私は魂魄(こんぱく)妖夢(ようむ)です。」

「あ、魂魄(こんぱく)さんでしたか。ずっと名字がわからなくて。」

「問題ありません。さぁ、着きますよ。」

「あ、はい。」

 

 蝶の件からなんだか妖夢(ようむ)さんに壁を感じる。何か得体の知れないものを見るような。でも実際、得体の知れない者だから仕方がない。蝶についても幽々子(ゆゆこ)さんに聞いてみよう。妖夢(ようむ)さんの目が変わる何かがきっとあるはずだ。

 

 

 

 妖夢(ようむ)は右手の先にいる玲子(れいこ)について考えていた。

 

「(あの蝶は、きっと幽々子(ゆゆこ)様の......)」

 

 死を(つかさど)る蝶。それが彼女に触れたということは何かしらの術がかけられたということ。

 

「(幽々子(ゆゆこ)様の意図が分からない。それ以上に、この子が何なのかが分からない。)」

 

 幽々子(ゆゆこ)なら本来の目的ついでに彼女を殺すだろう。しかし彼女に変化はなくピンピンとしている。死神が言ったとはいえ、妖夢(ようむ)は彼女が本当に霊なのか疑問視していた。もしかしたら生きているのかもしれないと、そう思っていたから蝶に触れるのを止めようとしたのだ。

 

「(幽々子(ゆゆこ)様の術が効いていないのか?だとすればこの子は蓬莱人(ほうらいびと)......)」

 

 妖夢(ようむ)は月の大異変のことを思い出していた。幽々子(ゆゆこ)の術が効かない者たち。

 

「(いや、でも階段を上っているのに息が上がっている様子はない。蓬莱人(ほうらいびと)ではないのか?もし蓬莱人(ほうらいびと)の霊ならば......)」

 

 そこで妖夢(ようむ)は、慧音(けいね)玲子(れいこ)のやりとりを思い出す。

 

(やなぎ)、おまえは霊になってから何か食べたか?』

『はい。』

『なんだと!?それはなんだ!?肉か?肉を食ったのか!?』

『お、お肉なんて食べてませんよ!お金ないですし。魔理沙(まりさ)さんの家にお邪魔した時に茶菓子をいただいただけです......!』

『......本当にそれだけか?』

『はい、そうですけど......』

 

「(そっか、だから慧音さんは......)」

 

 妖夢(ようむ)慧音(けいね)が取り乱していた理由を察した。玲子(れいこ)の受け答えによると、彼女は蓬莱人(ほうらいびと)ではなさそうだ。ただそれは同時に、蓬莱人(ほうらいびと)以外で幽々子(ゆゆこ)の術が効かない者が存在するということを意味する。

 

「(幽々子(ゆゆこ)様の術が効いたのかどうかは分かりません。ですが、急いであなたを斬れるようにならなければと、私の勘がそう言っています。)」

 

 玲子(れいこ)にはどうやら未練がないらしい。だがそんなことは関係ない。彼女が誰かに(そそのか)されて幽々子(ゆゆこ)に危害を加えようとした時、今の妖夢(ようむ)幽々子(ゆゆこ)では対抗する(すべ)がない。幻想郷には多くの悪意が(うごめ)いている。妖夢(ようむ)が最悪の場合に備えることは幽々子(ゆゆこ)の護衛役として当然のことだった。

 

 

 

幽々子(ゆゆこ)様、客人をお連れしました。」

「ご苦労だったわ。下がっていいわよ。」

「幽々子様......!」

「構わないわ。戻りなさい。」

「......承知しました。」

 

 沈黙があたりを包む。玲子(れいこ)からしたらかなり気まずい空気だった。何も悪いことをしていないのに、状況が悪くなっている気がした。それを打破すべく、玲子(れいこ)は自分から声をかけることにした。

 

「ど、どうも。」

 

 問題があるとすれば、言うことがなかったということだろう。

 

「えぇ、どうも。ふふ、期待以上だわ。」

「え、ど、どうもです。」

「どう?お茶でも飲みながら話しましょう?あなたのことを教えてほしいのだけれど。」

「はい、ぜひ。弁明もしたいですし。」

「そういえばそうだったわね。」

 

 これからどんな話がされるのか玲子(れいこ)には分からない。そもそもこんなに大きな屋敷の主だとは思っていなかったのだ。きっと幻想郷でもすごい人だろうと玲子(れいこ)はあたりをつけた。きっと彼女なら命の仕組みについて何か知っているはずだ。むしろここで分からなければ面倒な試行錯誤をしなければならない。最低でも、もう一人の自分を殺した後にどうなるのかが分かる程度の情報はほしかった。空も飛べなければ術も使えない玲子(れいこ)にとっては、殺した後に復活したかどうかを確認するのは困難を極めることなのだ。

 

 幽々子(ゆゆこ)にとって玲子(れいこ)は興味深い客人だった。妖夢(ようむ)の剣で切れないということは生者でも死者でもない。(くう)そのものということだ。それでも万物には終わりがある。幽々子(ゆゆこ)玲子(れいこ)に死をけしかけた。それは体の腐食、そして記憶の忘却。しかしそのどちらも効果が無いようだった。そう、術は発動していた。効果だけ無かったのである。

 

「(既に終わっている、ということなのかしら。)」

 

 知れば知るほど正体が分からない。幽々子(ゆゆこ)の暇つぶしは始まったばかりである。

 

*1
三途の川を渡らせてくれる死神のこと。小町(こまち)がそれに該当する。

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