「お茶、ありがとうございます。」
「お菓子もあるわよ~。」
「私は大丈夫です。」
「あら、残念。」
玲子は先程まで茶をすすっていた。玲子が思考の海に沈むその寸前に、幽々子が言葉をかけて意識をそこから引き揚げたのだ。はっとした玲子は相手を放置していた事実に気がつくと、気まずさを誤魔化すため勧められるがままに茶をすすることにしたのだった。
対して放置されたとは露ほども思っていない幽々子は、客人の菓子を頬張り終えて玲子に声をかけたといったところである。この場にあった茶菓子はすべて彼女の腹の中に納まった。
「話すことがあれば、全然このまま......」
「あなたからすればもう用済みといったところかしら~。」
「いえ、そんなことは。あはは......」
図星であった。幻想郷への理解をやめた玲子にとって、ここに留まる理由はもはや無い。外来人が外へ出る時は決まって博麗神社の正面を背にして進むと、そう魔理沙が言っていたことを玲子は覚えていた。
ただでさえはっきりと答えない相手に、同じことを聞いても意味がないと玲子は考えていたのだ。
「じゃあもう少しお話しましょう?あなたの今後を聞いても?」
そう言って幽々子は湯呑みを手に取った。
「今後、ですか。とりあえず守矢神社へ行こうと思ってます。」
茶を飲んで一息ついている幽々子は、目線で玲子に更なる説明を促した。
「えっと、もう一人の私を連れて、幻想郷から出ようと思います。」
「そうなの。」
「はい。」
「そう簡単に付いてきてくれるかしら。」
「多分大丈夫だと思います。相手は命が大事で弱い人なので、色々な方法があると思います。」
玲子は悪びれることもなくそう言った。もはや既に死んでいて消えるだけの彼女は、生前の死ぬだけの彼女より周囲への興味関心が遥かに薄く、傍若無人の振る舞いを幽々子に見せていた。
「どうかしら。守矢神社にはとても活動的な神様がいるのだけれど。」
謎の自信を見せる玲子に対し、幽々子は幻想郷的な意見を返した。
「本当に神様だというなら分かってくれると思います。私にとってもう一人の私は不要で、逆もまた然りです。神様が私のことをどう思おうとやることは変わりません。」
協力してくれるなら良し、敵対して殺しに来てくれるのも良し。どっちに転ぼうが玲子の片方は消える。そう玲子は思っていた。
「あなたにとって神様とは切り捨てるものなのね。」
「それはどういう......」
「神様なんてものを縋るなら、わざわざ片方を切り捨てずにどちらにとっても良い形になることを望めばいいわ。だって、もう一人のあなたをどうしても排除したいわけではないのでしょう?」
「......」
神様を頼る。そんな発想は玲子にはなかった。幻想郷の一部を知ったとはいえ、玲子にとって神様とは不思議な力が少し使える何かだ。まさか本物の神様がいるとは思っていなかった。
「幻想郷には、本物の神様がいるんですか?」
「外の世界には偽物の神様がいるのかしら?」
「偽物というか、そういう商品というか。基本的に神様は誰かの創作物なので......」
「へぇ。人間も偉くなったものねぇ。」
「どうなんでしょう。最初からいませんし。」
「まるで歴史をその目で見てきたかのように言うじゃない。」
「見てませんけど、宗教の成り立ちなんて十代の子供ならみんな学校で学んでいます。それに、ネットに触れていれば宗教がどんなものかはなんとなく分かります。」
「外の世界の宗教は子供に理解できるくらい優しいのね。」
「私は専門家ではないのでよくは分かりませんけど、神様がいないことくらいは誰でも分かると思います。」
「そう教えられたから?」
「いえ......」
神様が基本的にはいないと思う理由。それは至極単純なことだ。
「生きていればだれもが一度は神様に願いを飛ばします。いないとは思いつつ、願うんです。でもその願いが叶うことはないんです。徳の高さなんて関係ありません。神様がどうにかしてくれることなんてないんです。」
玲子もまた、神に縋ってその恩恵を受けられなかった一人なのだ。真面目に生きていても幸運が訪れない理由は全て説明できる。神様が人間の創作物だからそもそも実在しないこと。正直者が馬鹿を見るという概念を子供なりに感じ取っていること。この二つの要素が無神論の合理化を手助けしていた。
「そうなの。でも幻想郷には神様が確かにいるわ。あなたの想像するような神様が、ね。」
「......大抵の場合、特別能力が秀でている人をそう形容しているだけですけど。」
「うふふ。」
幻想郷じゃまず形成されない価値観を幽々子は面白がっていた。この者が神を目の当たりにした時、どんなことが起こるのだろう?頼るのか、それとも拒絶するのか。玲子の問題が神様を頼ったところでどうにもならないだろうというのが幽々子の見解だった。そんな幽々子からすれば、彼女と神の遭遇は非常に興味がある出来事と言えた。
「幽々子さんは私に神様を頼って欲しいんですか?」
「いいえ。あなたがどうしようとも私には関係ないもの。」
「そうですよね、すみません。」
「ただ、協力者が増えることは悪いことじゃないと思っているわ。」
「協力者ですか?」
「えぇ。聞いている限りだと、あなた一人で解決するのはとても大変そうだわ。それに、あなたに興味を持つ者は少なくないと思うの。」
「私からすれば協力者を集める方が大変なので大丈夫です。」
「ふふ、純真無垢ね。」
「......どういうことですか?」
幻想郷で興味を持たれるということの意味を玲子は知らない。
「外来人の扱いについて、覚えているかしら?」
「はい。外来人がカーストの底辺にいるらしいということは覚えています。」
「そうよ。あなたに興味を持った者があなたに何をしようともその行為は尊重されるわ。ただの手助けから悪逆無道までね。」
「興味を持たれることが危険なら、なおさら他人と関わらない方がいいと思います。事情を話さなければ安全だと思いますけど......」
「残念ながら幻想郷は話題を見逃さないわ。あらゆる噂があなたと他者を引きあわせる。死神と会い、巫女と会い、その友人の魔法使いと会い、妖精に話しかけ、人里にまで足を踏み入れた。今更だんまりでどうにかなるだなんて、随分と呑気ではなくて?」
「......」
玲子は今まで短絡的な行動を繰り返していた。死んだら終わりだと思っていたから、消えたら終わりだと思っていたから。
「(なんだか、面倒だな。生きているのと変わらない。)」
事態の複雑化を認識した玲子は参っていた。玲子は生前に感じていたあの辛さを思い出す。玲子は己の内側が腐っていくのを確かに感じていた。
「(生きてるときは死んでるのと変わらないって思ってたのにな。)」
変わらないなら早く死んだ方が得かと玲子は自分の行動を肯定した。やっぱり消えるしか楽になる方法はないのだと、消えそうなやる気を玲子はなんとか繋ぎ止めた。このやる気が消える前に、今は幽々子をなんとかしなければならないと玲子は意識を改めた。
この会話を最低限で終わらせたいのは玲子だけであった。幽々子はそれを察してからかっているのか、のらりくらりゆらゆらと意図が掴みにくい発言ばかりしていると玲子は感じていた。自分の意見を吐き出すだけではこの会話に終わりは来ないだろうと考えた玲子は、幽々子が欲しそうな言葉を発してオチをつくることにした。
「協力者になった方が安全だから、そうしたほうがいいということですよね?」
「監禁はされないでしょうね。」
「興味を持たれたら考えます。幽々子さんは私の協力者になってくれたりしませんか?」
「協力者にはなれないわねぇ。でも、協力してあげることはできるわ。」
「それは何か違うんですか?」
「立場の話よ。私はあなたがどうなってもいい。でも、あなたの話を聞いてあげる程度のことはできる。駆け込み寺みたいなものかしら。」
分かることはひとつもないかもしれないけどね、と幽々子は玲子の言葉を使った。
「あはは......すみません。では行き詰った時にまた来ます。」
「あら、もっと来てくれていいのよ。これでも幻想郷の住人には詳しいの。未来の協力者がどんな人物か気にならない?」
「では何かあったら来ます。」
先程とは違う素直さを見せる玲子に、幽々子はこの面談の終わりを察した。幽々子ならばこのままずるずると話を続けることもできるが、相手にまた来ると言わせた以上、ここで身を引くのが最も収まりがきれいだと幽々子は分かっていた。話も茶菓子も堪能した上におかわりも見えたのだ。わざわざ皿を舐め取るような真似をする必要はない。
「案内人として妖夢を使うといいわ。幻想郷には不思議な場所がたくさんあるもの。」
「分かりました。幽々子さん、今日は色々とありがとうございました。」
「またいらっしゃい。むしろ泊まっていってもいいわよ?」
「ありがとうございます。気持ちは嬉しいのですが、泊まる理由が無いので。今日のところは失礼させていただきます。」
「そう、残念♪」
わざわざ断って出ていくのだ。彼女の再訪にはネタが乗っているに違いないと、幽々子は密かに期待を募らせるのだった。
玲子は冥界の階段を目下にしながら佇んでいた。妖夢に守矢神社へ案内してもらうことになったのだが、どうやら準備があるようでそれを待っているのだ。
玲子は幽々子との会話を終えて安堵していた。弁明の場という都合上、確かに玲子の立場は弱かったのだが、それにしても終始幽々子に振り回されていたなという印象を玲子は持っていた。そんな中で玲子があの対談から得たものは今後の方針だけである。
「(まぁ、充分かな。相手は冥界の偉い人みたいだったし、しょうがない。)」
あと、魔理沙さんって本当に優しい方だったんだなと玲子は改めて魔理沙に感謝した。
『幻想郷じゃ問題を起こす側のやつらの方が圧倒的に多いから気を付けるんだな。ちなみに私はその中でも貴重な問題を解決する側の人間だ。覚えておくといい。』
玲子は幽々子とした協力者の話よりも、魔理沙に言われた言葉を胸に刻むことにした。
そんな玲子を上から眺めている者がいた。妖夢である。人魂がぐるぐると妖夢の周りを忙しなく飛び回っていた。
『あの顔を見て斬れると感じたのならすぐに斬りなさい。答えを急いで試し斬りするのはだめよ?私のつまみ食いを見逃してくれるならいいけど♪』
妖夢は幽々子に呼び出され、言われた言葉を反芻していた。
「(確かにいるのに何も感じない。きっと門を隔てた瞬間に、私は彼女の存在を見失うのでしょう。)」
妖夢は己の手の平を見つめた。
「(この手で掴んで連れてきたはずなのに。)」
妖夢は意味もなく開いた手をぐっと握りしめた。そして、改めて玲子の様子を伺った。
玲子はただ静かに立っている。
「(......はぁ。ダメですね。)」
集中したところで感じないものは感じない。そう思考を切り上げようとした時、ふと思い出すのは舞い落ちる木の葉を心眼で斬る修行のこと。木の葉ばかりに集中している時は何も掴めなかった。木の葉は妖夢に何も教えてくれない。だが木の葉の舞の正体が風の流れだということに気付いた妖夢は、風を感じることで木の葉の動きを掴み取ったのだ。
「(玲子さんは木の葉......)」
過去の研鑽からヒントを得た妖夢は、別の意味で彼女を知る必要があると考えた。
「(彼女を取り巻く何か。それさえ分かればきっと__)」
解決までの道筋が見えたように思えたが、ここで幽々子の言葉が妖夢を引きとめる。
『あの顔を見て斬れると感じたのならすぐに斬りなさい。』
「(これはきっと、彼女から読み取れることがあるという幽々子様からのヒントです。むむむ......)」
妖夢は幽々子の言葉が真実であろうとも、この場で分かることは無いように思えた。それに、玲子をこれ以上待たせるのが心苦しくもあった。妖夢は思考を区切り、玲子の下へと降りて行った。
妖夢と玲子は人里に来ていた。玲子の性質からして守矢神社へ直行するものかと思われたが、彼女は人里の入り口から守矢神社へ行く道を案内してほしいと妖夢に頼んだのだった。
玲子は博麗神社と守矢神社の場所を知らない。だがどちらも神社という施設の都合上、人里から参拝客が来ているに違いない。人里に行けさえすればどちらの情報も得られるだろうという魂胆があった。故に、守矢神社と人里を結ぶ道を知る必要があったのだ。
「(人里で保護されているかもしれないし。)」
守矢神社で話を聞いて、病院に問い合わせるというのが玲子の予定だった。
「(薬のお世話になっていたら楽なんだけどな。)」
霊薬的なものが幻想郷にあるならば、きっとそれは弱体化した彼女には欠かせないものだろう。人質としての価値はあると、玲子は自分の有利をどう築くかを考えていた。
「ようこそ人里へ。数刻ぶりだな。」
「あ......」
玲子の口からすぐに言葉が出なかったのは企んでいたからではない。声をかけた人物の名前を思い出せなかったからだ。
「今朝は、どうも。」
「慧音さん、今朝はなんの説明もなくすみません。まだ商店は開いてますか?」
「開いてはいるが、目的の物がまだあるかどうか。どれ、少し譲ってやろう。」
声をかけた人物は上白沢慧音、里に入れず立ち往生していた玲子に声をかけてくれた善人である。
玲子の死の進展とまったく関係無さそうな人物だと判断したからか、玲子の頭の中からこの人物の情報はすっかりと抜け落ちていた。
そんな玲子を横目に、慧音は妖夢と話をしていた。
今朝、妖夢はきっと食材を買い足しに来ていたのだろう。この時間帯だと余った食材は飲食店に安く卸されてしまっていて、購入できるのは質の悪いものばかりだ。残り物には福があるとは言うが、仕事の都合で買えなかった者に金をだしてそれを買えというのは少し酷なことだろう。そう考えた慧音が妖夢に融通を利かせるのは自然なことだった。
「とても助かります。ありがとうございます。今朝のお詫びの品を持ってこられたら良かったんですけど、今は出せるものが無くて......」
玲子に出した茶菓子は本来妖夢の分であった。ギリギリのやりくりで出された茶菓子は今や幽々子の腹の中である。妖夢は代わりに普段使いの茶葉を渡すのも逆に失礼だと思い、人知れず泣く泣く人里へ手ぶらで行くことを決意していた。出せるものは謝罪しかないのである。
「いや、気にしなくていい。それより二人で買い物か?どういうことになったのか、少し聞かせてはくれないか?」
そんなことで気分を害す程慧音は小物ではない。それより、どんな訳があって玲子と共に人里へ来たのかを教えてほしかった。服装的には外来人だろう。一旦人里で過ごすという話になったのならいろいろとしてやれることが慧音にはある。とはいえ得体の知れない彼女を妖夢と同じように親切にしてやることはできない。そういった意味で慧音は話を聞きたかった。
「買い物は私だけです。玲子さんは守矢神社への行き方が知りたいみたいで。」
妖夢は玲子の方に顔を向けた。
「はい。守矢神社で用を済ませた後、里の人に博麗神社への道を聞きたかったので、まず人里へ案内してもらいました。」
「なるほど。柳は徒歩だろう?守矢神社でどれだけの用を済ませたいのかは分からないが、今日一日では片方の用しか済ませられまい。寝泊りはどうするんだ?」
「え、神社ってそんなに遠いところにあるんですか?」
「人間にとっては険しい道ではあるだろうな。」
「そうなんですか......」
玲子は守矢神社と博麗神社の規模を知らない。険しい場所にあるということを聞いて、もしかしたら両方の神社は大社なのかもしれないと玲子は予想した。
「(わざわざ険しくできるのは敬虔な信徒がいる証拠。この里の規模感で大社が二つ......?幻想郷には意外と人間が繁栄してるのかな?人が少ないなら結構宗教の色が強いのかも。)」
気を付けないと無駄に拘束されそうだなぁと玲子は生前に会った宗教関係者たちを思い浮かべた。
そして、最初は幻想郷を死後の世界と思っていたこともあり、玲子は幻想郷をテーマパークのように必要な施設がぽつぽつと設置されている場所という風に思っていた。思ったよりちゃんと世界をやっているのかもしれないと、玲子は認識を改める。
「その様子だと、寝泊りのことなんて考えていなかったようだな。」
「あー、はい。でも大丈夫です。門の外で朝が来るのを待ちます。」
「それを聞いて良いと言えるわけがないだろう。後で私の家に案内するから、用が終わったら訪ねるように。」
不審者宣言が見逃されるはずもなかった。どうやら玲子は、幽々子との会話を通してコミュニケーションのタガが外れてしまったらしい。己の心情をそのまま吐き出す機械になる勢いだ。相手を選ぶ前に基本のコミュニケーションをどうにかしなければ危ういことに、玲子はまだ気付いていないようだった。
「(玲子さんに対してどうしてそこまでするのでしょう?)」
一方、会話に思考をはさめる妖夢は慧音の親切さに対してひっかかりを覚えていた。妖夢からしても玲子は得体の知れない何かだが、慧音からすればもっとだろう。そんな者をわざわざ里に置くのはリスクと言える。本人が里の外にいると言うのであればそれに乗っかってしまえばいいのだ。
「(慧音さんから見た玲子さん......)」
素直で嘘をつくという発想すら無さそうな発言、こちらの言葉を咀嚼すらせずそのまま飲み込む危うさ。外来人のような服装をした無知な少女。
「(放置しておく方が問題に巻き込まれそうですね。)」
世間知らずの少女の霊など悪意の餌食でしかない。手元に置いた方がまだ安全なのかもしれないと妖夢は思った。
「(......私は、玲子さんを警戒しすぎている。)」
妖夢にとって玲子は敵ではないが、倒せない相手である。そんなものは存在するだけで注視してしまうものだ。客観的に見たら玲子は無知の弱者である。妖夢が感じたひっかかりは、慧音の発言ではなく己の警戒心のせいだったと妖夢は解釈した。
「ここだ。用事が終わったらここに来い。」
「はい。」
三人は慧音に案内された家の前に来ていた。
「(どうせ他人の家に上がることになるなら白玉楼で泊まった方がよかったかなぁ。)」
玲子は物事が自分の思うように物事が進んでいないように感じていた。どうも幻想郷と波長が合わない。妖精を唆した時と比べたら酷いものである。少し前まではあと一歩に感じられた消滅への道が、今では随分と遠く長いものになっているような気がしていた。
玲子のやることは単純である。守矢神社でもうひとりの自分の居場所を確認し、見つけ次第連れ去って外に出ればいいだけだ。
「(上手くいった時の想像ができない。)」
いくら早く消えたいとはいえ、さすがに猪突猛進すぎたかもしれないと玲子は冷静になった。
「(そもそも、守矢神社と博麗神社のどちらかにしか行けないのなら、行くのは本当に守矢神社でいいの?)」
最速のプランならば守矢博麗の順でよかったが、今は事情が違う。
「(博麗神社には霊夢さんがいる。たしか、外来人の処遇について詳しかったような。霊夢さんに頼んで一旦自分だけで外に行ってみるとか?でも......)」
玲子が最も恐れているのは、知らない場所で復活することである。幻想郷なんて地獄も冥界もあるような、なんでもありの場所なのだ。もし外へ行って何かしらの事故にあったらどうなってしまうのか。
「(ダメ。外に出たらどうなるのかが分からないから、どうなってもいいようにもうひとりの自分を連れていないと。)」
玲子の思考がぐるぐると回る。
「では玲子さんを案内してきます。譲っていただきありがとうございます。今度お礼します。」
「気にしなくていい。だがそうだな、団子屋が新作を出したらしい。今度寄ってやってはくれないか。」
「え、そうなんですか?今度というか今日......は無理ですね。後日寄ってみます!」
「あぁ、頼んだ。」
玲子の思考が終わる前に会話が終わる。案内先を変更してもらうなら今しか言うタイミングはない。
「(どっちに行くのが正解?間違ったらまた遠く、遠くなる......!)」
「玲子さん、行きましょうか。」
「あ......」
思考が中断され、玲子の口から言葉が出た。
「はい、よろしくお願いします。」
思考がまとまらず、咄嗟に出た言葉は場に流される一言だった。
「(はぁ。なんでもっと早く考えなかったんだろう。)」
少し前まで持っていた謎の自信は粉々に打ち砕かれた。新たな方針を見つけ、まるで消えるための道筋が完成したように思えた。しかし、それがただのまやかしであることに玲子は今更気付いたのだった。何かに取り憑かれたように真っ直ぐ進もうとした玲子はもういない。
「(死んでも視野が狭くなる性格は変わらないんだね。馬鹿は死んでも治らないって本当だったんだ。)」
冷静になったおかげか、玲子は人間味を取り戻してきていた。
「まだ明るいとはいえ道中には気を付けてな。」
「はい、もちろんです。任せてください。」
慧音と妖夢の会話が終わる。妖夢と玲子は守矢神社へと歩き出した。
「行ったか。」
どこか考えるような表情をして、慧音は二人の背中を見つめていた。
「(本当に会わせていいものか......)」
慧音が玲子を自宅に招待したのは、どうやら何か思惑があるようだった。慧音が黙って立ち尽くしていると、戸が開く音が小さく鳴った。
「あれが言ってたやつか?」
長髪の白髪の少女が慧音に語りかけた。
「あぁ。まさかまた戻ってくるとは。」
「ま、何かの巡り合わせだろう。話してみるよ。」
「しかし......!」
「慧音、何を悩んでいるんだ。私にもしもはない。産むが易しだろう。」
「妹紅!自分を蔑ろにするようなことは言うものではない。己をいじめたところで得るものなど何もないぞ。だいたいなんだあの有様は。久々に家を訪ねたと思ったら布団すら出していないじゃないか。」
「......洗うのが面倒でな。」
「嘘をつけ。お前がそういうところでマメなのは知っている。まともに寝てないことは私には分かるぞ。そもそもだな......」
「まてまて、今は私のことよりあっちの方が大事だろう?」
「どっちも大事だ!」
「子供みたいに言うな。」
「仕方がないだろう?あれが何者なのか全く見当もつかん。不安にもなるさ。」
「今のところ分かっているのは本人が死ねなくて困っている、ということくらいか。」
「あぁ、そうだ。私はあの子が悪いようには見えない。力になってあげたいが、きっと里内で済むことではない。そこでお前を頼りたいんだが......」
「いいさ。丁度暇してたし、得体の知れないやつ程おもしろい。」
妹紅は新たな死にたくても死ねないやつが現れたことに興味を持っていた。もしかしたらアイツの被害者かもしれない。さて、どういう関係を築いていくかと妹紅はどこか上機嫌になりながら考えるのだった。