死に損ない、幻想郷にて死を望む。   作:飛煙

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第八話「消滅」

 守矢(もりや)神社を目指して妖夢(ようむ)玲子(れいこ)は歩いていた。特に広いわけでもない山路(やまじ)を独占するのが(はばか)られたのか、玲子(れいこ)は隣を歩かず妖夢(ようむ)の一歩後ろを歩いていた。

 

「(本当に後ろにいるんですよね?)」

 

 玲子(れいこ)の本質がそうさせるのか、気配が無ければ足音もしない玲子(れいこ)の前を歩く妖夢(ようむ)の内心はハラハラとしていた。この気持ちを妖夢(ようむ)が抱いたのは初めてではなかった。

 

「(玲子(れいこ)さんとの移動はこわいです。意識していないとひとりでいるかのように錯覚させられる。)」

 

 そろそろ解決策が欲しいと妖夢(ようむ)は思考する。

 

「(......門の中に入れたときのようにすればマシになりますかね。)」

 

 妖夢(ようむ)は実際に玲子(れいこ)の体を直接掴んで連れていた時のことを思い出したが、最適解とは思えなかった。しかし、他に手があるわけでもない。

 

「むむむ......玲子(れいこ)さん、手を繋ぎましょう。」

「はい。」

 

 玲子(れいこ)は素直に妖夢(ようむ)の左手を右手で握った。

 

「うーん。」

 

 (くう)を握るかのような感覚。手を握るという行為は、玲子(れいこ)の存在認知という課題に対しては効力の小さい解決策であった。

 

「(......空っぽが手の中にある。)」

 

 完全な虚空ではないが、周囲よりも薄い何かを妖夢(ようむ)は己の手の中に感じ取った。間接的に玲子(れいこ)の存在を確認することに成功したのだ。

 

「(初めての道なのにあんまり緊張しないなぁ。森と調和してるから?)」

 

 妖夢(ようむ)が手を引いてくれるおかげで周りを見る余裕ができた玲子(れいこ)は、道を覚えることにより意識を割いていた。山に入る時は獣道のようなものを想像して少し身構えていた玲子(れいこ)だったが、参道に入るとその印象は改められた。玲子(れいこ)が歩いている参道は石畳のようなものは無くとも程々に整備されていた。小さい荷車なら引くことができるだろう。

 

玲子(れいこ)さん......?」

「はい?」

「いえ、なんでもありません。玲子(れいこ)さんはどうして守矢(もりや)神社に?」

「端的に言えば行方不明の私に出会うためです。」

「もう一人の玲子さん、ですか。」

「はい。私は消滅したいんです。それで博麗(はくれい)の巫女さんに除霊?のようなものをしていただいたのですが......」

「うまくいかなかったと。」

「そうです。でもその(あと)にもう一人の私と出会ったんです。記憶喪失の私と。」

「一度会ったんですね。」

「はい。知らない巫女さんに抱えられてどこかへ行く私を見ました。色々と話を聞く内に守矢(もりや)神社にいるかもしれないことが分かりました。」

「なるほど、それで。」

 

 説明を受けた妖夢(ようむ)は疑問を抱いていた。彼女の目的は消滅すること。そのために巫女を頼るというのは話の筋が通っている。しかしわざわざもう一人の自分と会うことに何の意味があるのだろうか?妖夢(ようむ)玲子(れいこ)からもう一人の玲子(れいこ)への執着を感じ取った。それは彼女の消滅とどのように関係があるのか、問いかけたい気持ちと踏み込んでいいものかという気持ちが妖夢(ようむ)の口を詰まらせる。

 

「もう一人の自分に、どうして会いたいんですか?」

 

 しかし妖夢(ようむ)の背中は幽々子(ゆゆこ)に押されている。妖夢(ようむ)は多少の失礼を踏み越えてでも知らなければならない状況にいた。

 

「消滅に失敗した私は、新たな知見を二つ得ました。」

 

 玲子(れいこ)は淡々と答える。妖夢(ようむ)の心配はどうやら的外れだったようだ。

 

「ひとつは、巫女さんが想定したやり方では消滅できないこと。もうひとつは、復活を(もっ)て消滅が失敗するということ。」

「復活、ですか。死を自覚したんですか?」

「はい。最初は自殺が成功して幻想郷に来た時。次は巫女さんに除霊してもらった後に知らない森の中にいた時です。巫女さんが他人(ひと)を眠らせて森の中に放置するような(かた)でもない限りは正しい認識だと思います......実はそういう(かた)だったり?」

「いえ、どちらかというと無駄なことを避ける人ですね。わざわざそんなことはしないと思います。」

「なら、正しいと思います。私は何かのせいで復活している。そこで亡霊の性質について考えました。霊の本質は執着です。私には何らかの執着がはたらいている。」

「意外とそういったものは知っているんですね。」

「はい。これでも巫女見習いだったので......」

「そうだったんですか......」

 

 妖夢(ようむ)は思ったより複雑そうな事情に気が重くなり始めていた。見習いとはいえ神事を(つかさど)る者の死。色々なものが絡み合ってそうなことを察したのだ。妖夢(ようむ)が相手にするのは、もっと大きな存在なのかもしれない。

 

「私への執着の発生源となる候補は二つあります。前世の世界か、私自身です。」

「なるほど。つまり会いたい理由というのは......」

「もう一人の私を殺すこと__」

「それは......」

「__でした。」

「変わったと?」

「はい。ここで彼女を処分したところで、私と同じように復活する可能性が高いです。それに、彼女と自分自身を消したとしても、執着の原因が前世の世界にあるのならば復活は避けられません。執着の解消こそが消滅への道。であれば理想はもうひとりの私と元の世界へ行き、執着を解消することです。」

「......物騒な目的が急に丸くなりましたね。」

「あくまでも消滅したいのは()なので。未来永劫、復活することが無ければそれでいいんです。死がその役割を(にな)ってると思っていたんですけどね。」

「一応、幻想郷にはあの世というものがありますけど、御存知でしょうか?」

「はい、知ってます。でも、何故か三途の川を渡れなかったんです。駄賃が足りないとかなんとかで。」

「それはどういう......大変でしたね。」

「いえ。」

 

 妖夢(ようむ)は得られた情報を整理する。彼女はどうやら神事を(つかさど)っていたらしい。死因は自殺。霊夢(れいむ)に頼んでも復活してしまったこと。その後もうひとりの自分を見つけ、今は執着を()つために二人で外の世界に行くことを目指している。

 

「(執着というのは、斬れるのでしょうか?)」

 

 妖夢(ようむ)は右手を開いて(てのひら)を見つめた。己の実力と腰に下げている得物(えもの)。足りないものは何か。玲子(れいこ)を斬ろうと(こころ)みて失敗した時のことを思い出しながら妖夢(ようむ)は思考を巡らせていた。妖夢(ようむ)の不安を(やわ)らげるように暖かな風が両手を撫でた。

 

「?」

 

 違和感。風が妖夢(ようむ)にもたらしたものはそれだった。特に理由もなく妖夢(ようむ)の体が玲子(れいこ)の方へと向き始める。

 

「(風が、両手に......左手には玲子(れいこ)さんが__)」

 

 振り返り始めてそろそろ玲子(れいこ)の顔が見えるという頃、妖夢(ようむ)の目には参道だけが映っていた。

 

「っ!?玲子(れいこ)さんっ!!」

 

 山の中で妖夢(ようむ)の声が響くも、(こた)えるのは山の音ばかり。玲子(れいこ)は消えたのだ。この場にあるすべてがそれを如実(にょじつ)にあらわしていた。

 

 

 

「......」

 

 玲子(れいこ)は震えながらその場に座り込んだ。足元が急になくなったかと思えば(おびただ)しい量の目玉が玲子(れいこ)を取り囲んでいた。上を見れば閉じていく窓。妖夢(ようむ)を巻き込まないように咄嗟に緩めた右手を必死にそこへと伸ばすが、落ちていくだけの玲子(れいこ)に得られるものがあるはずもなかった。窓が完全に閉じて悪夢のような場所に閉じ込められるかと思ったその瞬間、玲子(れいこ)は森の中にいた。

 

「......はぁ。」

 

 玲子(れいこ)は木に体重をかけたまま膝を抱え込んだ。全てが終わるかもしれない瞬間だった。見えた光景は正に異世界。知らない世界に飛ばされて尚、解決方法を見つけられるなどという幸運が二度も起こるはずがないと玲子(れいこ)は直感的に思えてしまった。あそこには魔理沙(まりさ)のような人はいるのだろうか?目玉だけの空間で楽に死ねる方法なんてあるのだろうか?足元に来たということは自分は狙われていたのだろうか?玲子(れいこ)は自分の身の安全について思考してしまう。

 

「消えたいのに、身の安全とか......」

 

 恐怖を誤魔化すように玲子(れいこ)の口から自分自身への嘲笑が出ていた。恐怖は玲子(れいこ)の記憶を呼び起こす。幽々子(ゆゆこ)に説明された外来人の扱いについて。

 

「(今は何も考えたくない。)」

 

 鮮烈な恐怖は、そんな気持ちを(おもんばか)ることなく魔理沙(まりさ)の言葉を玲子(れいこ)に思い出させた。

 

”幻想郷じゃ問題を起こす側のやつらの方が圧倒的に多いから気を付けるんだな。ちなみに私はその中でも貴重な問題を解決する側の人間だ。覚えておくといい。”

 

魔理沙(まりさ)さん......」

 

 か細い声で玲子(れいこ)は呟いた。

 

「(魔理沙(まりさ)さん、妖夢(ようむ)さん、慧音(けいね)さん、小町(こまち)さん......)」

 

 玲子(れいこ)は心の中で自分によくしてくれた人の名前を呟きながら、自分に使われた異能の対処方法を考える。だが何一つとして案が浮かばないようだった。

 

「(あんな拉致能力の極みみたいなやつの対処なんて無理だよぅ......)」

 

 襲われないことを祈るしかない。そんな心許(こころもと)ない状況につい本音が漏れる。

 

「......死にたい。」

早苗(さなえ)といいアンタといいウチの神社でしけた(つら)しないでくれる?運気が逃げるわ。」

 

 玲子(れいこ)は顔を少しあげた。玲子(れいこ)はここがまだ幻想郷であることは分かっていた。それは目の前に見たことのある神社があったからだ。迷惑になることは分かっていたが、配慮できる程の気力など今の玲子(れいこ)には無かった。

 

「すみません、霊夢(れいむ)さん。」

 

 玲子(れいこ)は元気のない声で謝罪した。

 

「......アンタ、名前は?なんでこんなところで塞いでんのよ。」

「あ、まだ言っていませんでしたよね。私は(やなぎ)玲子(れいこ)です。なんでかは、私が知りたいです。」

「......めんどくさい雰囲気を感じるわ。」

「嫌いですよね、そういうの。妖夢(ようむ)さんが言ってました。」

「妖夢ぅ?あんた幽々子(ゆゆこ)んとこのやつ?」

「無関係です。消える方法を聞きに行っただけです。」

「あっそ。気が済んだらとっとと帰んなさいよねー。」

 

 霊夢(れいむ)はそう言う(きびす)を返そうとした。

 

「無理です。外来人なので。」

「はぁ?外来人なら最初にウチに来なさいよ。」

 

 霊夢(れいむ)玲子(れいこ)の方へと向きなおした。

 

「来ました。」

「来てないわよ。」

「いいえ、来ました。私は博麗の巫女なら色々分かると小町さんに言われてここに来ました。そして、霊夢(れいむ)さんに除霊していただきました。」

「何を言っているの?」

「?」

 

 霊夢はしゃがんで玲子(れいこ)と目線を合わせる。

 

「嘘はついていない、みたいね。」

「それはどういう......」

「悪いけど、私はアンタのことを覚えてないわ。」

「ほとんど言葉を交わしていませんでしたから、しょうがないです。」

「......他に会った人とかいる?」

魔理沙(まりさ)さんとか__」

「おーい!霊夢(れいむ)ー!見てくれ。置いた覚えのない石板が机の上にあてさー。」

 

 箒に乗った金髪の少女が空から降りてくる。世話になった人物が登場し、玲子(れいこ)の心が軽くなり始めた。

 

「ぁ、魔理沙さ__」

「ん?霊夢、そいつ誰だ?」

「ぇ......」

 

 がしかし、それも束の間。玲子(れいこ)を絶望が襲う。玲子(れいこ)の頭の中は真っ白になった。

 

(やなぎ)玲子(れいこ)、外来人よ。アンタの知り合い?」

「いんや?初めて聞くぜ。」

「ここは......幻想郷......」

「お、こいつ外来人なのに幻想郷だって分かってんのか。こりゃ幻想入りしたばっかじゃないな?」

「さぁ、どうでしょうね。」

「なんだよ他人事(ひとごと)だなぁ。外来人なら世話焼いたんだろ?忘れたのか?」

「忘れてないわ。私はこの外来人とは初対面よ......アンタも、そうなんでしょう?」

「おう、そうだぜ。それが何だ?」

 

 玲子(れいこ)の思考は止まらない。真っ白になった寂しいキャンバスに色を足すように、孤独感で空いた心の穴を埋めるように理屈を組み上げていく。

 

「(ここは幻想郷。でも、二人は私のことを覚えていない。違う、()()()()んだ。)」

 

「ここは......もうひとつの......幻想郷......」

「面倒事の気配がするわ......」

「これは大物の予感だぜっ!」

 

 都合よく組み上げた理屈はそれでも玲子(れいこ)にとって残酷なものだった。

 

「(目玉の空間(あいつ)が連れてきたのか、私が死んだのかは分からないけど......)」

 

 玲子(れいこ)は意図せず霊夢(れいむ)と同じような表情をした。

 

「(また私の死が遠のいた。)」

 

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