KJとビトレが酒を飲んでいるだけの話
「時にキング、君がアドアになったのはいつのことだい?」
何の変哲もなく唐突にそう聞かれてキングと呼ばれた男は動かしていた手を止めた。
それから少しだけ考えるような仕草を見せソファに腰掛けたまま宙を仰いだ後にビトレインに向き直る。
「覚えていない」
だろうね、と言わんばかりのビトレインの苦笑いに軽く肩をすくめられ少しムッとしたが、貧民街から抜け出し漸く1人で立ち上がれるようになった頃だ。それがいつだったかなど一々覚えている筈もない。人によってはパーツに日を刻むのかもしれないが、それにすら金がかかる。
ここでは、何をするにも金がかかるのだ。
一体ビトレインが何を言いたいのかわかりかね、気にしないことにしようと目の前の書類に向き合おうとした時、目の前にグラスが現れた。
なんだと再度顔を上げるとそこには嬉しそうな、楽しそうなビトレインの顔があった。
「ならば今日、と言うことにしよう。丁度運良く酒が手に入ったんだ」
「……普通に開ければいいだろう」
いや〜良かった良かったと大袈裟に喜んで見せながら栓を開け、出し惜しみなくたぷたぷと水分が弾けるような音を立てながらグラスへと注がれていく。
嗅覚も味覚も、金を出せば買えるものではあるがこれは間違いなく本物の酒だった。安酒とはいえ本物は高い。こんな高級品何処で手に入れたのかと言いたい気持ちはあるが、それを聞くのは野暮だろうと言葉を飲み込んだ。
ビトレインは2人分の酒をグラスへと注ぎ終わると、ふぅと小さく息を吐き改めてといわんばかりにグラスを持つ。キングもそれに釣られるようにグラスを手にし、カツンとグラスを合わせた。
「酒を開けるにはそれなりに口実が必要なのさ。乾杯」
喉の奥を通っていくアルコールが身体にしみ渡ると感じる、この感覚は合っているのかどうなのかはわからないがやはり美味いものは美味い。
一口で全て飲み切ってしまうには惜しく、半分程残して一息ついてからまたグッと飲み干した。
対象的にビトレインはガラスの中で酒を回しながらちびちびと少しずつ飲んでいた。何がそんなに楽しいのか、酔ったにしてはあまりにも早過ぎるが、ニコニコと笑いながら時折キングの顔を見て思い出し笑いをしているようだった。そのニヤケ方がなんだか癪に触り、ビトレインの近くにあった酒のボトルをむしり取ると、人の金だと言うのに無遠慮にグラスへと酒を注ぎ込む。
「あ、こら入れ過ぎだろう!?君には情緒というものがないのかい」
「妙な薄ら笑いをしているお前が悪い」
「失礼だな。思い出に浸っていると言いたまえよ」
何の思い出だかは知らないが、時折ちらちらとキングの顔を見るあたりキングに関することなのだろうと嫌でも気付かされる。ただ、あの時どうだった等話を振ってくるでもない事柄に、自ら「どんなことを思い出した」と話を広げに行くほどキングは器用な男ではない。
ついでにいうとビトレインがニヤつくような思い出など、キングにとってろくでもないこともわかっていた。
ゆっくり飲んでいる分じわじわと酔ってきているのかビトレインは己の伸びた髪をくるくると指に絡めながら、それはそれは美味そうに飲んでいた。
「いやぁ、それにしても今日はいい日だね。酒が美味い。また来年も同じ日に美味い酒が飲めたらいいな」
「お前の金なら俺はいつでも歓迎しよう」
「冗談、流石に本物は金が続かないって。来年は君の奢りに期待しよう」
「それこそ期待するな」
ハハッと珍しくキングが声を出して笑う。それぐらい有り得ないことだとでも言うように。
キングは、酒に誘われれば勿論受けるが自ら進んで酒を飲もうとは思わない。趣向品に金を使うことを否とするわけではないが、今は少しでも金を蓄えておきたいからだ。
「まぁ…会社が軌道に乗ったら、だな」
まだ会社を興せる準備が整っている訳ではない。それでもキングの目標は決まっていた。
ビトレインは一瞬表情が固まってしまったが、すぐに元に戻していつもの調子で笑って見せた。
いつもの斜め向かいに座った位置から立ち上がり、キングの座るソファの横へと腰掛ける。まだまだ資金繰りをしている最中で、それほど大きいわけではないソファに大の男が2人も座ればギュウギュウだ。
突然狭くなった自席にキングはあからさまに顔を顰めたが、ビトレインが酒の入ったグラスを手にしていた為無理に押し除けるようなことはしなかった。
それに気を良くしたのか空いた左手をキングの肩へと回して、また一口グラスに口をつけた。
「まったく、私を何年待たせる気だい?」
いつの間にか空になったグラスにまた無遠慮に酒を注ぎ込むとビトレインが顔に合わない妙な声で「あぁっ!」と漏らす。キングは全く気にしていないようだったがビトレインはこう見えてまだ一杯目なのである。
何だかその様が面白くて思わずキングの口端が上がった。
「だが、待てるだろ?」
並々とまではいかずともそれに近いほど注がれた酒の入ったグラスを、後少しで残りがなくなってしまいそうなビトレインの持つグラスへと軽く当てる。
カツンと音が鳴り、キングがそのグラスを口元へ戻そうとするとすかさずビトレインの顔がグラスへと近づき、飲ませろと言わんばかりにガラスの縁に口を付ける。
一瞬驚いたような表情を見せたキングだが、また少しだけ笑い声を漏らして少しばかりビトレインの方にグラスを傾けてやった。
ほんの少し口に含むだけで満足したのかビトレインはグラスから口を離し、代わりに全体重をかけるようにキングへと寄り掛かる。流石に重さは感じるがシューターとして稼いでいるだけあってその程度の重さではキングはビクともしない。ただ手にしたグラスを落とさないようにだけ気を付けた。
「とびきり美味い酒を期待してるよ」
ビトレインが己のグラスを傾け僅かに残っていた酒を流し込む。それを見てキングも一気に酒を流し込んだ。その様子にビトレインはギョッとしたような表情で、預けていた身体を勢いよく起こし「また君は!」と言っていたがキングは構わずボトルに残った酒を2つのグラスに無遠慮に注いだ。
その様子にこんな短時間でボトルをあけ切るなんて信じられないとビトレインに文句を言われたが、ないものはない。悪びれもせずキングがそう告げると、諦め切ったようにわざとらしくはぁ、と息をついてビトレインは再びキングに身体を預けまたちびちびと飲み始めた。
ビトレインを見習って少しずつ飲んでみようかとグラスを一瞥してから口に含んでみたが、少量では物足りずまた勢いよく酒を飲み干しては「情緒がない」と呆れられたのだった。