神様さえ、知らない場所へ『ダークソウル2』   作:Artificial Line

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「ひ、ひと……?」

最初に聞こえたのは、その汚れのない絹のような声だった。

「なんだコイツ!?」

そして私の視界に入るのは、鎖帷子に身を包んだ兵士らしき男が5人。

「魔法陣の中から人が出て来た!?」

背後からの声に振り向くと、そこにいたのはドレスに身を包んだ白髪の美しい少女。
そして赤い衣が印象的な甲冑に身を包んだ赤髪の少女だった。



異世界の姫

「いい天気ねぇ~」

 

「姫様、まだ国境を超えてないんですからリラックスしすぎないでください」

 

草原に設けられた街道を、私たちの一団は移動していた。

なぜかと問われれば。

 

戦争により備蓄の少なくなった食糧問題を解決するため隣国の王との交渉に行っていたからだ。

無事交渉も成立し、現在は帰路の真っ只中。

 

とはいっても、もちろん直接交渉したのは私ではない。

 

「そんな硬くならずにぃ。いくら職務中とは言ったって馬車の中には私たちしかいないんだから。いつもみたいにリリィってよんでよ~」

 

「はいはいリリィ、気を抜かないでくださいね」

 

「全く、アリョーナは真面目だなぁ~」

 

今回の私の任務は隣国へ向かう姫様の護衛。

そして何を隠そう、私の目の前に座ってるお方が今回の護衛対象。

ビカーナ王国第一王女、リリィ・ビカーナだ。

 

まあ姫様といっても、普段の彼女からお姫様という感じは微塵もしないのだが。

 

「あなたがフランク過ぎるだけです。全く」

 

「そんな事ないと思うけどなぁ~」

 

彼女との表面上の関係は、

王国の第一王女と近衛隊の一隊士の関係に過ぎないのだが。

 

「まあもう10年以上の付き合いですし、今更何も言いませんけどね」

 

「さっすがアリョーナちゃん!私の姉なことはあるねぇ」

 

「貴女の方が一つ年上ではないですか」

 

父親が王国の大臣だった私は、小さい頃から姫様の遊び相手としていつも一緒に遊んでいた。

周りからは姉妹のように育てられ、こうして私が近衛隊士となったあとでもいつも一緒にいる。

 

まあ私が近衛隊へ入隊したのは、幼い頃から共に居た彼女を守りたかったからなのだが。

 

辛く厳しい訓練に入隊テストを乗り越え、晴れて近衛隊士となったあとは、姫様の計らいでこうして専属の護衛として傍に置いてもらっている。

 

嬉しくもあり、また責任の重さも感じていた。

 

今回の任務は特に、だ。

極秘の訪問ということもあり、護衛の人数は必要最小限しかいない。

それに加えて、エリート集団である近衛隊は目立つためあまり動けず近衛隊士は私を含め3人しかいないのだ。

護衛のほとんどは、中央即応軍団から抜粋された兵士たちで構成されている。

とは言っても、彼らも近衛隊所属ではないにしろ各部隊のエリートであることには変わりない。

私が心配なのは、いつも共に剣を振っていた仲間ではないため連携が上手くとれるかとういことだ。

 

ふと窓の外へ視線をやる。

街道の左右は小高い丘になっており、私たちはその間を移動していた。

 

不意に視界に何かが入る。

目を凝らして見てみると、どうやら馬に乗った人のようだった。

 

「アレは……」

 

「ん?どったの?」

 

望遠鏡を取り出し、よく見てみる。

 

そして気がついた。

 

 

 

騎兵だ。

 

 

 

身体中に鋭い何かが走る。

 

「敵襲ー!!!!」

 

私がそう叫んだ時にはもう遅かった。

 

キィーンという風切り音の後、悲鳴が上がる。

敵弓兵の放った矢が先頭を走っていた騎士の頭を貫いていた。

 

先導を失い一気に隊列が乱れる。

だがここで止まってしまえば敵の思う壺だ。

 

精一杯の声量で馬車の騎手に指示を飛ばす。

 

「騎手!!何があっても止まるな!!走り続けるんだ!」

 

「りょ、りょうか…」

 

だが彼が返事を返しきる前に矢が彼の胸を貫く。

 

騎手を失った馬たちは、困惑しそのまま馬車は停車してしまった。

 

「ちくしょう!姫様!頭を低くしていてください!」

 

「わ、わかったわ」

 

彼女の身体は小刻みに震えていた。

何とかして私が彼女を守らなくては。

ドアを蹴り開け、勢いよく外へ飛び出す。

 

馬車の馬は矢に射抜かれ既に絶命していた。

 

「アリョーナ!!!」

 

馬車から飛び出ると近衛隊の甲冑に身を包んだ男性が私の名前を叫んだ。

矢の死角に潜り込みながら、できる限りの声量で返事をする。

 

「ユージ先輩!」

 

「アリョーナ!!いいかよく聞け!お前とレイドは姫様を連れてこの場から逃げろ!まだ無事な馬を使うんだ!ここは俺と即応軍の兵士たちで食い止める!国境まで逃げろ!」

 

「何言ってるんですか!先輩たちを置いて行くなんてできません!」

 

「お前の任務を思い出せ!これは敵前逃亡ではなく姫様の安全を確保するためだ!なんとしても姫様を国へお返ししろ!!!」

 

ユージ先輩の剣幕に押され、頷く。

彼の言っていることは正しい。

 

悔しいが指示に従うのが最良の選択だろう。

 

「了解しました……」

 

「よし!わかったらいけ!すぐにでも騎兵が突撃してくるぞ!!」

 

先輩の言葉を聞いてから駆け出す。

手近で乗り手を失って困惑している馬の手綱を引いてなだめる。

そして馬車の影で矢をやり過ごしているレイドへ向かい、大声で叫んだ。

 

「レイド!!馬車から姫様を連れてこい!!馬にのってこの場から離脱するぞ!」

 

「え?りょ、了解!!」

 

馬に跨り、落ち着かせたところでレイドが姫様を連れてやって来る。

 

「姫様!乗ってください!レイド!お前も馬に乗れ!この場から離脱するぞ!」

 

姫の手を掴み引き上げる。

彼女を後ろへ跨らせたとき、レイドが訊いてきた。

 

「ユージ先輩や即応軍の人らはどうするんですか!?」

 

「彼らは殿だ!行くぞ!急げ!!」

 

「アリョーナ……」

 

「大丈夫です、貴女は私がお守りします!」

 

彼女の方を向き、そう一言返す。

 

こんなところで彼女を死なすわけにはいかない。

 

レイドが馬に乗ったことを確認してから、私は馬を駆け出させた。

 

 

 

 

 

「急げ!国境はすぐそこだぞ!!」

 

風を切りながら、後方を走るレイドへ叫ぶ。

 

自国の国境へと残り2キロ程だろうか。

これなら逃げきれるか。

 

そう思ったのも束の間、私は自分の考えが甘かったことを思い知らされる。

 

「キャアァ!!」

 

「うわッ!」

 

突然視界が揺らぎ、そしてそのまま地面へ投げ出される。

咄嗟に姫様を庇い彼女を受け止めた。

 

地面に打ち付けて痛む頭を無理やり動かし何が起きたか理解しようとする。

 

呆けた視界に映るのは、地面に広がった紅。

そしてその主は――

 

「先輩!!大丈夫っすか!?」

 

どうやら私たちが騎乗していた馬に矢が命中したようだ。

それで馬がバランスを崩し、私たちは落馬してしまったらしい。

 

レイドが馬から飛び降り駆け寄ってくる。

 

「ああ……私は大丈夫だ。姫様、お怪我は?」

 

「え、ええ。私は大丈夫よ……」

 

姫様が無事なことに安堵したのも束の間、ドッドッドッという地響きのような音が多数聞こえてきた。

直感でそれが何の音なのか理解する。

 

これは――騎馬の駆ける音だ。

 

先ほどの矢の事を合せると、私たちを襲撃した部隊のもので間違いないだろう。

 

そして今から騎乗して逃げても、あっという間に追いつかれる。

 

ならば……

 

「レイド!そこの廃屋へ姫様を避難させる!その後、私たち二人で奴らを迎え撃つぞ!」

 

「はぁ!?先輩正気ですか!?こっちは二人だけなんですよ!」

 

「今から騎乗したところでどのみち追いつかれる……広域魔法の使用を許可する!準備しろ!」

 

今にも泣き出しそうな姫様の手を引き、廃屋の中へ連れて行く。

こんなところで彼女は死なせない。

なんとしてでも奴らを討ち、彼女を本国へ帰還させる。

 

「姫様、安心してください。我々が必ず、貴女をお守りします」

 

「そーっすよ姫様。安心してください!刺し違えてでも姫様を守り抜きます」

 

「アリョーナ、レイド……私は……」

 

彼女の言葉に微笑みを返し、私とレイドは廃屋の外へ出た。

この街道は、辺りを草原に囲まれておりどうあがいても隠れられそうにはない。

 

既に廃屋の前には敵部隊が集結していた。

 

「レイド……」

 

「先輩、今までありがとうございました!さあ、行きましょう!」

 

「ああ……そうだな」

 

腰に挿してある刺剣を引き抜き、詠唱を開始する。

 

「姫を手に入れろ」

 

敵の隊長らしい男がそう呟く。

次の瞬間、8人ほどの騎士が

盾を構えながら突撃してきた!

 

「来ますよ先輩!!」

 

 

 

彼女らは、勝てるだろうか。

否――この状況だ。

 

戦闘に関してはド素人の私でもよくわかっている。

 

――この戦いは勝てない。

私は、捕縛されるか、或いはここで死ぬのだろう。

 

私には……何もできない。

その現実が、無力な自分がどうしようもなく憎い。

 

開け放たれた、いやそもそも元より扉のない玄関から彼女らの後ろ姿が見える。

 

それは死の覚悟を決めた、兵士の後ろ姿だった。

 

『姫を手に入れろ』

 

8人の敵が同時に彼女らへ突撃していく。

詠唱中のアリョーナを守る為、レイドは盾を構え前に出た。

 

敵の直剣がレイドの盾とぶつかり火花が上がった。

 

負けじと敵の剣を弾き返し、右手に持った得物を振るう。

 

アリョーナの剣先が赤く輝き、切先から火線が放たれた。

レイドの左側から切りかかろうとしていた騎士に火線が命中し、彼の身体は炎に包まれる。

 

レイドは二人からの攻撃を防ぎつつ、隙あらば攻勢に転じている。

アリョーナは魔法を織り交ぜながら、5人を相手取っていた。

 

「はぁぁぁ!!!」

 

彼女の火炎が、また一人を焼く。

言葉にもならない絶叫を上げながら焼かれた騎士は絶命していった。

 

「…!アリョーナ!!!」

 

だがその直後、敵の騎士が彼女の右腕を刃で切りつける。

鮮血が上がり、彼女の顔が大きく歪む。

 

後ろへ飛び退き追撃を躱したものの、利き手の自由を失ってしまった。

 

体勢を立て直していない彼女へ、更に追撃が来る。

敵の騎士が大きく踏み込みながら、彼女の胸を目掛けて突きを繰り出す。

――避けられない。

体勢を大きく崩していた彼女がそれを避けるのは不可能だった。

 

思わず身体が動き、私は廃屋の外へ彼女目掛けて駆け出していた。

 

……だが彼女が剣先に貫かれることはなかった。

 

「うッ……カハッ!」

 

レイドが彼女と敵騎士の間に割り込み、彼女の事を庇っていた。

彼の口から、彼の胸から鮮血が漏れ出す。

 

「レイド!!!!」

 

彼の名を叫びながら、アリョーナは彼に剣を立てている騎士の頭蓋を刺剣で砕く。

 

敵の騎士が後ろへ倒れるのと同時に、レイドの身体もまた後ろへ崩れ落ちた。

 

「レイドッ!?」

 

私が彼女らの元へと駆け寄った時、既にレイドは息をしていなかった。

深々と彼の左胸ヘ突き刺さっているのは、頭蓋を砕かれた騎士の直剣。

 

どうやら即死だったようだ。

 

どうしようもないやるせなさと、悲しみが一気に込み上げてきて涙腺を崩壊させる。

 

レイドは目を大きく見開いたまま、驚愕したような表情のまま、息を引き取っていた。

 

「許さない……」

 

アリョーナがそう呟くと、右手を抑えながら立ち上がる。

得物である刺剣は地面に突き刺し、ただ怒りを灯した瞳で敵を睨みつけていた。

 

「おいおい、まだ殺り合う気なのか。既に勝負はついただろう。この人数差で何ができるのだ」

 

敵の騎士の一人が、そう声をあげた。

 

「まだ……終わっていない。私は貴様らを殺し、姫様を国へお返しする……!!」

 

だが、それを嘲笑うかのように、彼らは切先を此方へ向けた。

 

「ならば騎士らしく、戦場で散らせてやろう。安心しろ、姫様を殺したりなどせん」

 

このままでは、間違いなくアリョーナは死に。

私は捕縛されるだろう。

 

首に下げてある王家のお守りをキツく握り締め、心の中で叫ぶ。

 

『お願い!!アリョーナだけでも救って!!』

 

その瞬間だった。

 

首に下げてあるお守りが眩い光に包まれ、一瞬視界が奪われる。

 

「うわっ!」

 

「なんだ!?」

 

視界が戻ると、私の手の中からお守りは消えていた。

 

「魔方陣……!?」

 

そして、その代わりのように、私たちと騎士たちの間に白い魔法陣が浮かび上がっていた。

 

魔方陣の中心に、魔力が集中していくのを感じる。

 

独特な、何とも言えない音が魔法陣から奏でられていた。

 

次に、私が見たものは、どこか現実離れしていて、それでも私に勇気や希望を与えてくれるような、そんなものだった。

 

「な、人だとッ!?」

 

敵の騎士の一人が絶叫にも似た声を上げる。

 

漆黒のローブに身を包み、フードで顔は見えない。

右手には大剣を、左手には黒く、無骨ながらもどこか神々しさを感じさせる盾を持った人影が、魔法陣の中心から浮かび上がってきていた。

 

 

 

 

 

「ひ、ひと……?」

 

最初に聞こえたのは、その汚れのない絹のような声だった。

 

「なんだコイツ!?」

 

そして私の視界に入るのは、鎖帷子に身を包んだ兵士らしき男が5人。

 

「魔法陣の中から人が出て来た!?」

 

背後からの声に振り向くと、そこにいたのはドレスに身を包んだ白髪の美しい少女。

そして赤い衣が印象的な甲冑に身を包んだ赤髪の少女が驚愕を孕んだ表情でこちらを見ていた。

 

私は混乱していた。

 

ロードランでの巡礼の後、ドラングレイグで王座に着いたはずだった。

 

だが、ここはどこだ?

見たこともない景色、亡者でも不死人でもない人間たち。

 

そして頭上では太陽が煌々と照っている。

 

私は、どこに来てしまったのだ?

 

ふと、頭の中にひとつの文章がが浮かび上がってくる。

 

『世界の主、リリィ・ビカーナに召喚されました』

 

未だに整理がつかない頭を無理やり働かせ、現状を把握する。

 

どうやら私は、何処かの世界に召喚されたようだ。

それも、驚くことに霊体ではなく、生身で。

 

私の背後で座り込んでいる二人組の片割れ。

白髪の美少女がこの世界の主ということはなんとなく理解できた。

 

それに明確な理由はなく、敢えて言うのならば、白霊としての経験からか。

 

現状が確実に異常事態なことに変わりはないが。

それでも私は、然程焦ってはいなかった。

 

だって――ロードランを巡っていた時はマヌスに引き込まれ、生身で過去のウーラシールヘ飛んだではないか。

だって――ドラングレイグを巡っていた時は灰の霧の核を使い、滅びたもの達の記憶を覗いたではないか。

 

長い――いや永い永い流浪の中で麻痺した感覚が、今は自らを落ち着かせていた。

 

兎に角、世界の主である白髪の少女等とこの目の前の騎士たちは敵対関係にあるらしい。

ならば召喚された身として、やることは一つ。

 

 

 

――目の前のこいつらをぶち殺し、彼女らの安全を確保する。

 

 

 

そう結論付けると、獲物を構える。

王の盾を地面に放り投げ、クレイモアを両手でしっかりと握った。

 

その構えは、大剣のそれではなく、どちらかと言えば刀や直剣の構えに近い。

右下へ刀身を流し、左肩を敵へ突き出すように構える。

 

「……イレギュラーが入ったが、作戦に変更はない。姫を手に入れろ」

 

敵の一人がそう呟いた瞬間――目の前の騎士たちが一斉に斬りかかってきた。

一人目の初撃をバックステップで回避し、次いで二人目の斬撃を横へローリングしてやり過ごす。

三人目の斬撃が来る――その前に攻勢へ転じる。

 

ローリングで得た加速を殺さぬまま大剣を振るい、今まさに切りかからんとしていた騎士を両断する。

まるで豆腐でも切るように。

鎖帷子ごと切り裂かれた胴体は、二つに分かたれた。

 

断末魔を上げることすら叶わずに、絶命させられた騎士の顔に浮かぶのは――驚愕。

 

裂かれた上半身が地面に落下する前に、次の攻撃へ移る。

刀身にかかる遠心力に身を任せ、そのまま身体を止めずに横へ回転させる。

 

私の二撃目と、騎士の上半身が地面に落下するのはほぼ同時だった。

 

遠心力と私の筋力によって加速された刀身が、騎士たちの上半身を引き裂く。

鎖帷子など、まるで意味をなさないように。

その人数差など、まるで問題のないように。

 

2人の騎士が同時に切り裂かれ、無様にもその半身は決別しあった。

 

元より、クレイモア等にあげられる大剣は、対複数戦を想定して作られているものが多く、1対5のこの状況では相性がいい。

まあ、とはいうものの多勢に無勢な時点で不利なのは周知の事実なのだが。

 

不死の英雄と、通常の人間ではそれすらも問題にならない。

 

そもそも土俵が違いすぎるのだ。

いうなれば、5歳ほどの女児と空を舞う飛龍を比べるようなものなのだから。

 

残るは2人。

味方の騎士がこうもあっさり。

凄惨に殺害されるのを目の当たりにしながら、未だに剣を構えてこちらを見据えるとは。

内心感嘆しつつ、腰に下げてある龍の聖鈴を左手に取る。

 

最大限の敬意を払い、痛みを感じぬように逝かせてやろう。

 

龍の聖鈴がドス黒い、それでいてどこか暖かい闇を纏う。

 

ソウルの大きな共鳴。

 

私から見て左側で盾を構えていた騎士に向かい、それを放つ。

放たれた共鳴が盾に着弾した瞬間。

 

――文字通り騎士は消し炭になっていた。

 

その光景に、術を放った本人である私が一番驚く。

確かにソウルの大きな共鳴は強力な業ではあるが、まさか跡形もなく消失してしまうとは。

 

闇に対する防御力が、盾にも鎖帷子にもなかったのだろうか?

いや、それにしてにもおかしい。

 

違和感を抱きつつ、クレイモアを構えなおす。

最後に残った騎士へ目を向けると、彼は驚愕と恐怖と怒りを孕んだような表情を此方へ向けていた。

 

「こ、この……!化物がぁぁ!!!」

 

騎士が絶叫しながら突撃してくる。

突撃の勢いのまま振り下ろされた剣を、私は避けることなく――

 

「あ、危ないッ!!!」

 

――大剣で弾き飛ばした。

俗にいうパリイという技だ。

 

騎士の身体は得物を弾かれた事によって、大きく仰け反る。

隙だらけの身体を掴み、クレイモアが勢いよく突き刺された。

 

「カッ…カハッ!」

 

小さな断末魔と共に口から鮮血が吐き出され、彼の生命は終止した。

 

――何とも歯ごたえのない敵だったな。ソウルの業で身体を強化していない、いうなれば一般人のようだ。

 

その事に激しい違和感を感じつつも、背後で座り込んでいる二人へ声をかける。

 

「大丈夫か?怪我は?」

 

「わ、私はだ、大丈夫……です。ただアリョーナが右腕を……」

 

――心底怯えたような声が返ってきた。

この少女が、世界の主で違いないはずだ。

なのに、まるで。

この状況を理解しきれていないような。

そんな、弱々しい声色だった。

 

まあ考えるのはあとだ。

白髪の少女がいうアリョーナと言う子は、きっとこの赤毛の娘だろう。

 

見れば右腕から血が滴っている。

現状を閑馬見るに、恐くは先ほどの騎士たちとの戦闘で負ったものだろう。

 

かなり傷が深いのか、ドクドクと鮮血が溢れ続けていた。

 

「君が、アリョーナか?」

 

「あ、ああ……そうだが貴公は…」

 

「少し動かないでくれよ?」

 

そう言うと龍の聖鈴を左手に構える。

聖鈴を取り出した瞬間、2人が一瞬怯えたような気がした。

 

まあ――恐くは先程の共鳴のせいだろう。

闇術を畏れるものは少なくない。

 

一つの奇跡を詠唱する。

 

大回復。

ごく一部の聖職者が使う偉大な奇跡

傷を大きく回復する。

 

なぜこの様な偉大な奇跡が扱えるのかといえば。

果てしない時を流浪し、幾度もソウルの業で肉体を強化したからにほかならない。

 

「か、回復魔法!?」

 

「それも最上位のモノかそれ以上……」

 

発動した瞬間に、彼女らが何か言ったきがするが、よく聞き取れなかった。

 

私の周囲が暖かい光に包まれ、彼女の傷が見る見るうちにふさがっていく。

光が完全に消えた時には、傷の痕すらも完全になくなっていた。

 

「き、傷が……!」

 

「よし、それで大丈夫だろう」

 

驚愕した表情で傷のあった部分を見ている少女二人。

大回復は通常、ほんのひと握りの聖職者が扱える奇跡だ。

きっと初めて、その効果を目の当たりにしたのだろう。

 

……まあ旅の道中共闘した白霊や世界の主たちは、その殆どが扱えていたわけなのだが。

 

「助けて頂いた事、感謝する。えっと、それで……少々聞きにくいことなのだが……」

 

「なんだ?」

 

「……貴公は何者なのだ?」

 

「え?」

 

「「え?」」

 

 

 

 

「……一度状況を整理しようか」

 

私と姫様は、突然現れたこの男に、今までの経緯を説明していた。

場所は先程の廃屋。

 

レイドの亡骸は祈りを捧げた後、廃屋の中へ運んできた。

彼の冷たくなった顔を見ると、どうしようもなく憤りと後悔の念がこみ上げてくる。

 

私が不甲斐ないばかりに、彼は私を庇って死んだ。

彼の遺族にどう顔向けすればいいのだろうか。

 

――考えていても現実は変わらない。

無理やり思考を断ち切り、私たちを救った男の話に耳を傾ける。

 

突如、魔法陣の中から現れたこの男。

漆黒のローブに身を包み、振るう得物はおお振りな大剣。

フードをかぶっているため顔は確認できないが、声からして男性で間違いないだろう。

 

見たことのない触媒を用い、最上級の回復魔法を扱いおまけに強力な攻撃魔法までも扱える。

そして、何よりも驚くべきは。

何の苦戦もなく歴戦の騎士5人を一瞬で切り伏せるその戦闘力だ。

 

一時も気を許さず、いつでも剣が抜けるようにしておく。

助けてもらった相手に対して、幾分無礼だとは重々承知しているが、姫様の安全の為には背に腹を変えられない。

まあ、そもそも戦ったところで、私は相手にすらならず殺されるのだろうが。

 

そんな私に対して、彼はと言えば。

 

どこか困惑した様子だった。

 

「まず、貴女方は隣国からの帰還中に、先程の騎士たちから襲撃を受けた。間違ってないな?」

 

「ええ、その通りよ」

 

「そして文字通り、絶体絶命に陥った時。リリィ嬢が持っていた王家のお守りが魔法陣を形成し、その中から私が現れたと」

 

「ああ、そういうことだ」

 

「……」

 

しばし彼は考え込む。

 

私はといえば、次のようなことを考えていた。

一体この男は何者なのか。

 

何故魔方陣の中から表れたのか。

何故我々を助けたのか。

果たしてそもそも味方なのか。

 

理解はしたものの、どこか腑に落ちない様子の男に姫様が声をかける。

 

「今度はこちらから質問いいかしら?」

 

「……ああ。構わない」

 

「と、その前にお顔を拝見させてもらえるかしら?助けてもらっておいて図々しいお願いだとは思うのですけれど」

 

姫様の言葉に、男は数瞬、戸惑ったような様相を見せたものの、直ぐにフードを取り払った。

 

「気が回らずに済まない。これでいいか?」

 

違和感。

最初に感じたのはそれだった。

 

「え?ええッ!?」

 

次いで姫様が酔狂な声を上げる。

 

美形。

一言で表すならこれに尽きるだろう。

灰色をした髪は、乱雑に伸びてはいるが、逆にそれも顔の雰囲気に合っていた。

 

年齢は19~25あたりだろうか?

 

スカイブルーの瞳には、瞳孔に合わせて赤黒いリングのようなものが浮かんでいる。

 

何処かの俳優を連想させる、そんな美形だった。

 

別に美形の戦士は珍しいことではない。

騎士階級や衛兵は軍や国の顔と言ってもいい存在だ。

 

当然のように、美形とはいかなくてもそれ相応の容姿をした者が殆どだ。

 

ならばこの違和感はなんなのか?

思考するまでもなく直ぐにその正体に気がついた。

 

――彼の纏っている雰囲気と容姿が余りにも一致していないのだ。

 

数多の戦場を渡り歩いてきたベテランの戦士。

または永い時を生き、多くのものを見た大賢者。

 

もしくは、その両方を掛け合わせたような重圧な風格を彼は醸し出している。

 

だがその実。

彼の容姿はどこからどう見ても20代前半程の青年にしか見えない。

 

「若い……」

 

「え?」

 

「いや、失礼した。貴公の纏っている雰囲気と容姿が余りにも一致しなかったものでな」

 

「それ私も思ったわ。その若さでそれほどまでの風格を纏っているなんて」

 

「……まあ、その辺は追々。それで?質問とは?」

 

「そうだったわね。じゃあ、最初に、貴方の名前を教えてもらってもよろしいかしら?」

 

「名前……」

 

彼は顎に手を当て、考え込む仕草をする。

何か名乗れない理由でもあるのだろうか?

 

だとしたら一層彼を信用することが難しくなる。

 

「名前は……ストレイド(迷い人)だ」

 

「ストレイド?」

 

ストレイド、そう名乗った彼の顔には、僅かに憂いが浮かんでいるような、そんな気がした。

恐くは偽名だろう。

先程の仕草と直感からそう判断する。

 

「分かりました、ストレイド。まずは助けて頂きありがとうございます」

 

言葉とともに、姫様は彼へ丁寧に一礼する。

仮にも一国の王女が。

素性も知れぬ男に向かって。

通常ならあってはならないことだ。

 

だが、幼少期から姫様を知ってる私としては、何の違和感もない。

 

彼女は元来こういう性格なのだ。

階級に関係なく、分け隔てなく誰にでも接する。

それは王家の人間としては致命的なのだろうが、人間としては立派な事だ、と私は思う。

 

私もそれに習って深々と頭を下げた。

 

「あ、ああ……」

 

「助けて頂いて、こんなこと聞くのも何なのですが、貴方は何者なのですか?」

 

「何者……なんと答えればいいものか。貴女方は白霊というものをご存知か?」

 

「いいえ、知りませんわ」

 

「姫様に同じく」

 

「ドラングレイグ……もしくはロードランという名は?」

 

「いえ……知りませんわね……アリョーナ?」

 

「私も存じ上げません」

 

「……」

 

私たちの返答を聞いた彼は、考え込むような仕草を取る。

しばらくそうした後。

 

不意に顔を上げると、姫様と私を交互に見ながら言葉を綴った。

 

「――恐くだが、ここは私が元いた世界とは異なる世界のようだ。私の立場を解りやすく言い表すとするならば、『守護霊』とでもいったところだろうか?」

 

「守護霊?それに異なる世界とは?」

 

「そのままの意味だ。この世界での私の主はリリィ嬢、貴女だ。有り体に言えば、貴女を死の危険から守るのが私の使命となる」

 

「つまり貴公は、姫様の使い魔とでもいうのか?」

 

「その表現にはいささか語弊があるが、まあ大体そのようなものだ。とはいうものの私も状況を掴みきれていないからどこまでが真実なのかはわからない」

 

突拍子もない話だった。

魔法陣から現れた男は、自らを姫様の守護霊だという。

 

少なからず今は、信じろと言われても無理があるが、彼自身も状況を理解しきれてない以上。

これ以上の追求は無意味だろうと思い、私は何も言わなかった。

 

「御伽噺のような話ね。まあ、それは置いておくとして。貴方はこれからどうするのですか?」

 

「さあ……決めてないな」

 

――嫌な予感がした。

 

「なら……私の護衛として一緒に王都まで来てくれないかしら?」

 

「姫様ッ!?」

 

ある程度予想していたセリフだが、それでも思わず間の抜けた声を上げてしまった。

話を振られた彼自身も、目を丸くしている。

 

「……今なんと?」

 

「だから私の護衛として、王都まで来てくれないかしら?」

 

「自分でいうのも変だが、貴女は少しは警戒しないのか?」

 

「そうですよ姫様!!」

 

全くもって彼に同意見である。

 

「警戒はしてるわよ。でも貴方の目的が私の殺害ならこんな悠長におしゃべりしないでしょ?誘拐が目的だとしても、貴方ほどの腕ならアリョーナを殺害してさっさと逃げられ

 

るはずだしね」

 

「そ、それはそうですが……」

 

「それに、王家に伝わるお守りから貴方が召喚されたのよ?お母様かお父様に聞けば何かわかるかもしれないわ」

 

「まあ、そうだが……どのみち世界の主についていく他ないか。解った、貴女の護衛につこう」

 

そのやりとりを目の当たりにし、思わずあんぐりと口を開けている私がいた。

 

いや、彼女のこの性格は今に始まったことではない。

『姫様だし、しょうがない』

と諦めを付け、私はそれ以上何も言わなかった。

 

それに、私の主が言った事だ。

私が口出ししていいことではない。

 

「えっと、アリョーナといったよな」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

「兎に角、宜しくな。苦労は察するよ」

 

「こちらこそ。察してくれるかそうか……」

 

「何を言ってるの……?それよりもアリョーナ」

 

突然、姫様の声色が凛としたものに変わる。

それに少し驚き、思わず上擦った返事をしてしまった。

 

「は、はい!」

 

「散っていった英霊達に――」

 

目を瞑り、祈りを捧げる彼女からは先程の破天荒っぷりは一切感じない。

ただ、自らのために散った死者を労わう聖女の様であった。

 

私も目を瞑り、祈りを捧げる。

 

「さぁ……行きましょう。もうじき日が落ちるわ。急ぎましょう」

 

ストレイドは、感心したような、懐かしいような目で此方を見ていた。

 

 

 

 

「レイド。必ず姫様はお守りする。安らかに眠ってくれ」

 

最後にレイドの遺体へ声をかけてから、私は廃屋を出た。




少し改変して何話分かを統合させます。
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