本編後のサディコとモニカの話です
「やぁ、モニカ。久しぶりだね」
犬耳の少女に声をかける。魔人側の地区には久しく足を運んでいなかったので、彼女ともしばらく会っていなかった。
「久しぶりなのよ。ちょっと遅いのよ」
少し腹を立てているようだ。こちらもなかなかに忙しい身ではあるので許してもらいたいが。
「まぁそんなに怒らないでくれたまえよ。久しぶりに会ったんだ。歩きがてら少し近況報告でもしよう」
「かまわないのよ」
そう言って二人並んで歩く。歩き始めてから少し経った後、モニカが口を開いた。
「和平のことは、どうなってるのよ?」
「まぁ、それなりにってところだね」
生贄制度は、やめる。そう決めたのはモニカの前の代の魔王が生贄として捧げられてから数日後のことだった。
何を思ったのかは正直自分でもわからない。犠牲になった魔王たちのことを正しく悼むことができているのかも、わからない。ただ、引き返すのならばここが最後だと、私が勇者でいられる最後の分水嶺なのではないかと、そう思っただけだった。
「勇者としての仕事は今日はもういいのよ?」
「ああ。まぁ、これも一応仕事ではあるがね」
制度を取りやめにしたい旨を国に伝えればそれで済むと思っていたが、当然そんなこともなく私は結局勇者として奔走するはめになっていた。和平へ向けて進んでいるとはいえ、未だ人と魔人との溝は深い。モニカもまだ幼い子供ではあるものの、今代の魔王でもあるため監視対象としてこうして定期的に勇者である私が様子を見に来ることになっていた。
「モニカに会いに来ることが仕事だっていうのは、なんだか気に入らないのよ」
「そう気を悪くしないでくれたまえよ。それはあくまでついでだ」
モニカとの仲は、そこまで悪いものではない、と思う。監視以外にも個人的な用事でモニカに会いに行くことは多いし、こうして少しの軽口も叩き合える程度にはなれている。ただ、彼女と本当に仲を深められているのか、恨まれてはいないかと、ふと考えることも多い。
木々が並び立つ道をモニカと歩く途中、木の陰からの視線に気が付き、振り返る。魔人の子供だった。私と目が合うやいなや、逃げ出してしまった。やはり魔人たちにとって私はまだ畏怖の対象らしい。
「どうしたのよ?」
モニカが私に声をかける。
「いや、少しね」
そう返しながら、視線を逃げていった子供に向ける。
「子供に逃げられてしまった。まぁ、仕方ないことだが」
そう、仕方ないのだ。どれだけ和平に力を尽くそうが、私は魔人を殺し回り、ほんの少し前までは年端もいかない幼子を生贄とすることを是としていた勇者なのだから。それに、魔人側に歩み寄る姿勢を見せて油断させてから、今度こそ魔人を絶滅させるつもりなのだ、というような噂を耳にしたこともある。そんなつもりはないと否定したくなるが、否定できるのかとも思う。生贄制度を止めにしたのも、勇者という役割を持つ者としてそうすべきなのではと思っただけで、これは私自身の意思だと言えるほど自分の感情に自信を持つことができていないのも事実だった。
子供が駆けていった方向を眺めながら、モニカに問う。
「……君は、私のことをどう思っている?恨んでいるかい?」
目は合わせられなかった。
「恨んでいないって言うと、嘘になるのよ」
「まぁ、当然だね」
当然だ。仲を深められるわけはないのだ。同胞を殺し回った人間と、笑い合えるはずはないのだ。
「でも、嫌いって言っても、嘘になるのよ」
振り返らないまま、言葉だけを返す。
「魔人を大勢殺したのにかい?」
「いろんな人を殺したっていうのは、事実なのよ。それで恨まないのは、ちょっとムリなのよ」
モニカが続ける。
「でも、今私のためにいろいろ働いているのも、事実なのよ」
「そんなこと、勇者として当然のことだろう。遅すぎるくらいだ」
「遅すぎても、事実は事実なのよ」
振り返る。モニカは私のことをまっすぐに見据えていた。
「私は魔人を大勢殺した。幼い子供を犠牲とした平穏を享受することになんの疑問も抱かなかった。今でもそのことを悔いているのか、犠牲となった者たちにそれ相応の感情を向けられているのか、そんなことでさえも分からない」
止まらなかった。止められなかった。
「そんな私は、勇者たりうるのだろうか」
なにを聞いているのだろう。五十も違う幼い子供にそれを聞いて、どうなるのだろう。
「難しく考えすぎなのよ。勇者とか魔王とか」
「でも、事実だろう。私は勇者で、君は魔王だ」
「じゃあ、監視のため以外でモニカに会いに来るのも、勇者としての仕事なのよ?」
「それは、」
答えに詰まった。そう言われてみれば、私はどうしてモニカと関わろうとしていたのだろう。監視としての仕事さえ果たせばわざわざ足繁く魔人地区に通う必要もないのに、どうして私はモニカに会いに行っていたのだろう。
「……話したかった、のかもしれない」
答えを絞り出す。どう言語化すればいいのかも分からないなにかを、無理やり言葉にすることで答えた。
「じゃあ、それでいいのよ」
「……どういうことだい?」
「勇者とか魔王とか関係なくお話ができてたんだから、これからもできるのよ」
「難しいこと考えなくても、それだけでいいのよ」
それでいいのだろうか。そんなに単純なことでいいのだろうか。なんの根拠もないただの子供の一意見、それでも、霞は晴れた気がした。
「……ふふ。そうかもしれないね」
「そうなのよ。まったく、めんどくさい女なのよ。ほら、行くのよ」
歩き出したモニカに少し早歩きで追いつき、再び並ぶ。
晴れやかな日差しを浴び、他愛もない話をしながら歩いていく。そうしてしばらく歩いた後、いきなり露骨にソワソワしだしたモニカが口を開いた。
「…………そ、それで、なにか他に言うことはないのよ?」
はて、なにかあっただろうかと逡巡したところで、今日の本来の用事を思い出す。
「あぁ。そうだった」
「今日は君の誕生日だったね。おめでとう、モニカ」
「ふん。言うのが遅いのよ。まぁ、でも」
「ありがとうなのよ」
日が私たちを照らす中、並んで二人で歩いていく。今日はモニカの十歳の誕生日だ。