この物語は決して歴史に出ることは無い。
重なりあってはいけないものが重なっているからだ。
─『世界混沌手記』
神世界の片隅に存在する世界、レクリス。
その世界のどこかにある原始植物が生い茂る森の中。そこに秘密の訓練所があった。
そびえ立つ石の柱。地面はひび割れ、所々隆起した土がここで激しい何かが行われていることを想像させる。
そこで対峙するのは赤いマントをつけた大きなネズミと球体に近い丸みを帯びた赤のスピリットだ。
「ヒートライザーよ!オレの失われた力を取り戻させてくれ!契約煌臨ッ!」
灼熱の契約剣から放たれるのは大地を焼くほどの強烈な炎。
その炎が丸みを帯びたスピリット、プチグロウに注がれると両手両足、そして尻尾を持つ本来の姿へと変貌した。
プチグロウはザ・ジャッジメントという強大な存在との戦いで失ってしまった力をエンゲージブレイヴと呼ばれる特別な武器と合体することで一時的に元の姿を取り戻せるのだ。
「いくぜ、グロウ!」
「来い、アイボウ先輩!」
アイボウと呼ばれた巨大なネズミは刃と盾を携えるの。その剣の名は突破刀バトル・セイヴァー。
グロウのヒートライザーと同じエンゲージブレイヴだ。
「おりゃあ!」
アイボウの一閃をグロウはヒートライザーで受け止める。ぶつかり合う剣と剣。
火花を散らし、打ち合いながら繰り広げられる剣戟はうねりを上げて渦巻く火柱を思わせる。
「やるな!」
「そっちこそ!」
彼らは称え会えど、共に剣を振るう動作を止めはしない。刃を打ち合う数は時間と共に加速してゆく様は永遠に続くかと思われた。
アイボウは打ち合う中でグロウの僅かな隙を発見していた。それは第三者から見れば気づきようのないズレだったが、長い間相棒と共に多くのスピリットを見てきたアイボウだからこそ見抜くことができたのだ。
「そこだぁぁぁ!」
バトル・セイヴァーが勢いよく振り下ろされ、グロウのヒートライザーを弾き飛ばした。
「オレの負けだ!流石はアイボウ先輩だぜ」
バタン、と地面に倒れるプチグロウをアイボウは引っ張りあげ、起こした。
「それにしても毎回訓練相手になってくれてありがとうな」
「いいってことよ。オレの方こそ助かってんだ。契約スピリットになってからバトる機会増えたからよ、ビシバシ鍛えていかねぇとな!」
プチグロウの言葉に指を立てて、元気に答えるアイボウ。
その2体を背後から覗くのは鷲のスピリット、ガットだ。
「ミーもアイボウ先輩みたいに強くなりたいものサ☆そうだよね、ステゴウロ☆」
ガットの隣で『そうだそうだ』と言わんばかりに咆哮を上げるのは恐竜のアンキロサウルスのような見た目をしたスピリット、ステゴウロだ。
彼ら緋炎スピリット達はプチグロウの訓練場にて互いに手合わせを行い、バトルの腕を磨き続けていた。
訓練を終え、一息入れようとした時、突如として空が大きく揺れ動き、眩い光の中から黒の扉が現れる。プチグロウ達が思わず空を見上げた。
青空の中にある黒い扉はゲートと呼ばれ、レクリスと異世界を繋ぐものだ。
ゲートが開き、扉の中かナニかが現れる。
「ワッツ!?なんだいアレは!?」
目を見開いたガットは驚く。
ゲートが開くという事象にではなく、そこから現れる者にだ。
扉から現れたのは胸にBの文字が刻まれた機械の兵士たち。
機械の軍勢は瞬く間にプチグロウ達を包囲し、彼らに銃を向ける。
「誰だテメェら!」
「我々は特別調査室だ!」
「ただ今よりこの場所は立ち入り禁止となった!貴様達には出ていってもらおうか!」
「いきなりオレ達に訓練場を出ていけだぁ!?ふざけんじゃねぇ!」
突如現れた特別調査室と名乗る武装集団。正体も分からない兵士達は訓練場を差し押さえ、立ち退きを要求しているのだ。
当然、プチグロウ達は反発するが、反抗の意思を示したスピリット達に対して機械兵は次々に銃を構え始めた。
「キミたち、そんなに乱暴な言葉を使ってはいけないね。現地の方が困っているじゃないか」
「これじゃまるで地上げだぜ?」
嫌悪な空気が巻き起こる中、ゲートから舞い降りる2つの影。
その正体は放浪者ダンや契約の巫女と同じ人間だった。
黒いスーツの上から腰に怪しげなベルトをつけたショートヘアの男。
彼は笑みを浮かべ、子供に言い聞かすかのような口調で兵士達を制止する。
もう一人の男も同じように黒スーツを身に付けているものの、優男とは違い腰には刀を携えていた。そして黒い髪には赤いメッシュが混じっている。
2人の男が現れると機械兵達は射撃姿勢を解除し、次々と敬礼を実施する。
「アンタがコイツらのボスか……!!」
「ボスというよりかは責任者かな。キミたち、大人しくココを出て行ってくれたら何もしないよ」
男は兵士達を止めた時と同じような眩しい笑顔をプチグロウ達に向ける。
「そんなの信じられるか!オレの後輩に手を出すんじゃねぇ!」
この状況に痺れを切らしたアイボウは彼らを敵と判断、戦闘態勢へと移行していた。
「アイボウ先輩、ミーも一緒にファイトさせてもらうサ☆」
そんなアイボウに続いて、闘うことを決めたのはガット。
彼らはグロウの居場所を守るという決意を秘め、それぞれ、その身に竜皇の力を宿す。
強大な力を持つが故に契約者を竜そのものへと蝕む呪いを持つレジェンドスピリット、龍皇ジークフリードXV。
一方、アイボウが契約煌臨するのは頂点の名を冠する新たなる龍皇、頂点龍皇ジークフリード・ゼニス。両翼を翻し、気高い咆哮を上げる。
「マイエンゲージブレイヴ、カモン!」
ガットの言葉に呼応して現れるのは真紅と金で彩られたエンゲージブレイヴ、廻天刃ツヴァイザー。
ガットの秘めたる力を解放し、コアの恵みを授けるその力で目の前の男を薙ぎ払う……はずだった。
「まったく……。何もしなければ傷つかずに済んだのにね」
短髪の男が言葉を漏らし、腰のベルトに何かを差し込む。
次の瞬間。攻撃に転じようとしていたはずのジークフリードは訓練場の練習器具へと叩きつけられていた。
「オイオイ、あの訓練場は傷つけんなって言われてたろ?」
「すまない。こんなにも簡単に吹き飛ばされてしまうとは思わなかったからさ」
赤メッシュの男が笑う一方で、先程まで微笑みを浮かべていた優男の姿はなかった。
そこにいたのは人の姿を超えた怪人。
腰のベルトはそのままに手や肩、膝に防具がつけられ、頭部には黒い兜のようなものが覆われていた。その風貌はさながら西洋の騎士を思わせる。
蒼の騎士はいとも簡単にジークフリードを吹き飛ばし、ガットの契約煌臨を解除させたのだ。
「ガット!」
「おっと、よそ見している暇はないぜ?」
口角を吊り上げた赤メッシュの男の身体が漆黒の炎に包まれ、変化する。
オレンジと黒の刺々しいフォルムを持ち、胸に三日月形の傷が刻まれた魔人。
彼もまた短髪の男のように変貌をとげ、ジークフリード・ゼニスに牙を剥く。
「新月斬破!」
刀を携えた魔人が放つ一閃。
赤黒く染まった斬撃が頂点の龍皇を襲い、その巨体を地につける。
「ガハッ……!!」
アイボウは切り裂かれた龍の身体を維持出来なくなり、元の姿に戻らざる得なかった。
「ガット!アイボウ先輩!」
「グォオオオオ……!!」
倒れた2体のスピリットに駆け寄るプチグロウとステゴウロ。
その光景の中に偶然、ターゲットを見た蒼の怪人は彼らへと歩みを進める。
「丁度いい。ステゴウロ、君にも来てもらおう」
「何!?」
怯えるステゴウロに近づく騎士の前にプチグロウは立ち塞がる。
「お前ら、何でコイツを狙う!?」
「神々の障害となる存在だからね。そうならないように我々の元で管理するのさ」
「許さねぇ……!!オレの仲間をめちゃくちゃにした上に連れ去ろうってのか!」
激昂するプチグロウ。自分の仲間を傷つけた挙句、その仲間をも連れ去ろうという暴虐無人な態度が許せなかった。
「うぉぉぉぉぉお!!」
燃えたぎる怒りの叫びと共にプチグロウの姿が変化する。
灼熱の炎に包まれ、形を織り成すのは巨龍の姿。
ヒートライザー、ツヴァイザー、バトル・セイヴァー。
三本のエンゲージブレイヴを両手と尾に構え、灼熱剣皇ソード・グロウへと契約煌臨を成し遂げた。
「覚悟しやがれッ!!」
緋炎の力を持つ三刃から放たれる灼熱の斬撃。
脅威を感じ取った怪人達は咄嗟に回避行動を取るも、機械の兵士達は判断出来ぬまま業火の炎に包まれていった。
「次はお前だ……!!」
「そうか。でも、その程度の速さでは私は止められないよ」
怒りのままに連続で放たれる灼熱の刃。
それらを青騎士は弄ぶかのように回避する。
ガットを倒した超スピードは衰える事なく、むしろ加速する。
そして、彼もアイボウと同じようにグロウの隙を感じ取っていた。
斬撃の間に隠れたステゴウロの場所を割り出した怪人は復讐に燃える剣皇の隙をつき、加速する。
「予告通りに頂いてゆく」
「しまっ……!!」
青騎士に仲間が奪われ、驚いたのもつかの間。
ソード・グロウに近づく一つの影。……あの魔人だ。
刀を構えた魔人から放たれる闇の一閃がソード・グロウの身体を吹き飛ばす─。
「アバよ、緋炎のおチビさん」
嘲笑う声が彼の耳から離れてゆく。
放たれた斬撃による痛みはない。
ただ、対象を吹き飛ばすだけの衝撃波だ。
しかし、それがグロウにとってどれほど苦痛に満ちたものかは想像に難い。
守るはずの仲間と場所から遠く離れているのだから─。
「クソォォォォォォ!!」
彼はただ己の無力さをただ叫ぶことしか出来なかった。
******
見渡す限りに広がる岩の荒野、ポイント・ゼロ。
レジェンドスピリット・巨人機トールが眠っていたこの大地で向かい合う男女がいた。
美しい銀の短髪と契約の巫女の礼装を着た少女・トア。
金と黒が入り交じった髪。そして白黒の仮面で素顔を隠した男性・カイ。
「トア、キミから呼び出すとは珍しいな」
「カイ、正直に答えなさい。あんた、グロウ達が特訓してた場所を知ってた?」
「ああ、確かに私はあの場所を知っているよ」
「……そう。なら、特別調査室って何?あんたの差し金?」
特別調査室という言葉を耳にした時、微笑を続けていたカイの表情が変化する。
「どこでそれを知った」
「そいつらにグロウ達が襲われたのよ。そして理不尽な儘に特訓の場所もステゴウロも奪われた」
「……特別調査室。異世界に存在し、契約調停機関ですら足元に及ばない組織。言うなれば次元の違う”上位存在”という奴だ」
少しの沈黙をおいて語られる”特別調査室”という組織の存在。カイは言葉を続けてゆく─。
「彼らは自分達の定めた規則に反した存在を取り締まり、管理・封印する。スピリットのみならず、マジックや場所すらもその対象だ」
「はぁ!?何よそれ!冤罪もいいとこじゃない!そんなヤツらを野放してていいの!?」
「この世界の存在では太刀打ち出来ないほど、特別調査室は強大な力を有している。グロウ君、キミも味わっただろう。あの組織が驚異的な力を持っている存在だということを」
「ッ……!!」
カイの言葉でグロウの顔が苦悶に満ちたものになる。自身のみならず、アイボウもガットも彼らが放った一撃で吹き飛ばされてしまった。
極めつけに人間がスピリットと同様、もしくはそれ以上の怪物に変貌したというのだから恐怖という感情を抱かずにはいられないだろう。
カイは視線を怯えているプチグロウから少女へ向ける。
「トア、これからこの世界で生きたいのなら、この一件から手を引くことを進めるよ」
「ッ!?それってどういう意味よ……!!」
カイは忠告を終えるや否や、空へと舞いその場を立ち去ろうとする。
「カイ、待ちなさいよ!」
”彼らには誰も逆らえないのだから”
トアの言葉も聞き入れず、仮面の男はそれだけを言い残して姿を消したのであった。
******
「……」
トアと別れたカイは脇腹を抑えながら、街の狭い路地へと入ってゆく。
先程までトアと会話していた時とは違い、彼の足は自身の体重を支えきれないほど弱っていた。
(やはり……蝶の魔術に、手を出すべきではなかった……な……)
自分の行いを悔いながら、硬い地面に倒れ込むカイ。
倒れた衝撃で仮面にヒビが入り、彼の素顔は地へと晒される。
(ト、ア……気をつけ……ろ)
動かなくなったカイの身体は次第に光の粒子に変換され、その光は一枚の形を象ってゆく。
そこには契約者カイと書かれたカードが残るばかりだった。
参考:
契約編 背景世界
契約編:界 背景世界
秘密の訓練場 フレーバーテキスト