暗くなると目が見えなくなる個性「鳥目」のひとみは、同級生の爆豪に脅されたことで雄英高校の受験を諦めることにした。スカッともしないし割り切れもしない、ただただ非常な現実の話。
(爆豪がややかわいそうなので爆豪アンチのタグを付けていますが、好きなキャラが自業自得でかわいそうな目に遭うのを見るのが性癖なだけです。)

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鳥目少女は振り返らない

 

 

 

「つーわけで一応さ。雄英受けるなナード共」

 

 その言葉を聞いて、ひとみは諦めた。

 

 鶏眼(けいがん)ひとみはあらゆる人が特殊な力をもつこの個性社会において、例に漏れず個性を持って生まれてきた。

 

 個性「鳥目」。

 見た目ではわからないが実は異形型の個性で、鶏人間だった父親から目だけを受け継いだ。母親が見たものの成分を分析する「解析」の個性だったので、目に個性が出たのは母の血もあったかもしれない。

 

 「鳥目」は名前の通り暗い場所で目が見えなくなる個性だ。紫外線を見ることができるが、普通の人と見え方が違うのでかえって文字やものを見づらく、かなり不便している。透明な物体を認知することができなくてガラスの扉に堂々とぶつかったりもする。

 つまり、いっそ無個性のほうがまだマシだと思えるほどひどいデメリットだらけの個性なのである。父親のような鶏人間だったのならまだ多少空を飛んだりもできただろうに。

 

 父親も同じデメリットを抱えていたので、在宅で仕事をしていた。それでもたまに会社に出勤しなければならなくて、遅くまで会社に残った日、事故で亡くなった。今は母親と2人暮らしだ。

 

 当然ひとみはいじめの対象になった。明確に暴力を振るわれたり罵られたりすることはなかったが、みんなどこかよそよそしかった。後ろの席に座る子が消しカスを溜めて投げてくる。ものがうまく見えなくて狼狽えるひとみの様子を見てクスクス笑う。夜になって目が見えなくなると、いろんな方向からつんつん触られたりもした。

 

 そんな彼女にも中学生になって初めて友人と呼べる存在ができた。

 同じクラスの緑谷出久。無個性の男の子だ。

 緑谷はひとみの個性を聞いて同情してくれた。夜になって目が見えなくなると、腕を貸してくれて臆せず歩くことだってできた。

 

 ただ、そんな友人ができたのと同時に、天敵とも呼べる相手もできた。

 それが爆豪勝己だ。強気でプライドが高く、個性も「爆破」と恵まれている。

 彼は緑谷を目の敵にしているようで、よく一緒に居るひとみのことも馬鹿にしてくる。明確に暴力をチラつかせられたのも彼がはじめてだ。

 

 中学生になって間もないころ。放課後の夕方、爆破で脅してくる彼から逃げようとしたことがある。ただ周囲があまり見えなかったのと、彼の取り巻きがひとみを後ろから小突いたせいで誤って突っ込んでしまって、顔にモロに爆破を受けた。

 前髪が焼け焦げて切るのに失敗したかと思うくらい短くなり、鼻の上から額の右側にかけて目立つ火傷跡ができてしまった。強い光を浴びたせいか右目の視力がすこしだけ下がった。

 

 これにはさすがに学校側も苦言を呈した。しかし、教師が爆豪とその取り巻きにちょっと注意したあと、なぜかひとみにも「お前も。どんくさいんだから気を付けろ」とお叱りを受けた。

 爆豪もそのことは気にしているようだった。ひとみに対する罪悪感というよりかは、見える傷を付けてしまったことが高校進学に響かないかを。

 ああ見えてずる賢いのだ。だから彼は普段から暴力をチラつかせることはあっても実行に移すことはない。ひとみが怪我をしたのはほんとうに不運が積み重なった結果だったのだ。

 

 そんなひとみたちも中学3年生になるころには高校受験に向けて努力していかなければならない。

 ひとみは雄英高校の普通科を受ける予定だ。

 緑谷と爆豪は雄英高校のヒーロー科を受けるつもりらしい。

 

 ひとみはヒーローになりたいわけではない。雄英高校が最難関の一番有名な高校だから選んだのだ。

 個性によるハンデを抱える以上、秀でたスキルがなければいい職に就くのは難しい。だから最難関の高校に進学して、最難関の大学に進学して、自分の経歴に箔を付けなくてはと感じていたのだ。

 

 その矢先にクラス中に進学希望先が知れ渡り、爆豪に釘を刺された。

 彼の忠告を無視して受験して、合格したら? 彼も合格して、同じ高校に通うことになったら?

 絶対また爆豪に怯えながら過ごす日々が続いていくに違いない。

 

「来世は良い個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!」

 

 だからひとみは雄英を受けるのはやめた。

 有名大学の附属高校に進学することにした。もともと偏差値は雄英とどっこいどっこいだったが、人気度は雄英のほうが高かったから第一希望にしていただけだ。

 

 

 

「ねえ、出久くん。放課後空いてる? この間の試験の……」

「ごめん! 今日この後オールッ……じゃなくて、トレーニング! トレーニングがあるから! また今度!」

「そっか……」

 

 

 

「出久くん。委員会のことなんだけど……出久くん?」

「はっ! え、ご、ごめん。ひとみちゃん、どうしたの?」

「……なんでもない。勉強の邪魔しちゃ悪いし。頑張ってね」

 

 

 

「あれ、出久くんは?」

「緑谷ならもう帰ったぞー」

「そうなんだ……」

「最近お前らあんま一緒に居ないよな。フラれた?」

「ギャハハハハ! 言ってやんなって! オイッ!」

「ええー? だってお似合いだったじゃん? 応援してたのにさあ。なっ?」

「バーカおっまえ! 応援て! フハッ……ッハハハ……!」

 

 

 

「そうか! これはこうなって……ブツブツ……」

 

「まーた緑谷ブツブツ言ってるよ」

「……聞きたいことがあったんだけど……まあいいや」

「え? 鶏眼なんか言った?」

「なんでもない。帰る」

 

 

 

 緑谷は諦めていないようで、その日から勉強とトレーニングをするようになった。授業が終わったらすぐ帰って運動するという。切羽詰まった様子というか、とにかく必死に頑張っているのが見てとれた。

 自然と緑谷とも疎遠になっていった。

 

 受験は無事に合格した。卒業式は欠席して引っ越しの準備を済ませ、すぐ東京に移った。できる限り早くあのクラスメイトたちから逃げ出したかったから。

 

 雄英体育祭を見て、緑谷が映っているのに気が付いた。彼はなぜだか個性を得ていた。ものすごいパワーだ。

 その後、爆豪が映ったのですぐテレビを消した。

 

 高校では相変わらず友達も居らず孤立していたが、いじめられることなく過ごしている。みな優等生で勉強に必死だ。いじめなんかに精を出す余裕の持ち主は居なかった。

 ひとみはやっと息ができたような気がした。

 

 だというのに。

 

「ごめん」

 

 ひとみはなぜか爆豪に頭を下げられていた。

 

 度重なる敵の雄英襲撃。活性化。解放軍。全面戦争。

 穏やかなひとみの日常は一年と絶たず終わりを迎え、避難所である雄英高校にやって来た。

 母親は警察官として働いていて、「解析」の個性が捜査に求められる。2人で雄英にやって来て、母親は他の警察官とともに再び出かけていった。

 

 避難所は贅沢はできないが腹を満たせるだけの食事があって、狭いながらも個室がある。

 消灯に備えて建物の構造を把握するために探索していると、なぜか緑谷がやって来たのだ。そしてひとみを連れて彼らの寮の前まで歩いた。

 

 そしてこれだ。

 

 ひとみは下げられたままの爆豪の頭を眺めていた。

 

「……なにに対して?」

 

 震える声で問いかける。

 

「今までしてきたこと、全部」

 

 周囲の者たちは同じクラスの子達だろうか。みな爆豪を心配そうに見つめていた。

 

「なに、それ……。バカじゃん。自分が勝手にスッキリしたいためだけに謝らないで」

 

 こんな多対一の状況。まるで許せという圧がかけられているようだ。

 顔の傷。諦めた雄英高校の受験。すべて爆豪のせいだ。高校生活に不満はなかったが、それでも雄英にいたらと夢想することはある。

 

「爆豪くんは変わったのかもしれないね」

 

 中学生のころなら、他人に、ましてやひとみに頭を下げることなんてしなかった。彼の中で変化があったのはたしかだ。

 ────ひとみを置き去りにして。

 

「でも私は爆豪くんを許さない。何があっても、絶対」

 

 きっと爆豪は良いヒーローになるんだろう。強くて、かっこよくて、人気のヒーローに。

 いつの世もそうだ。加害者ばかりが勝手にスッキリして先々進んでいく。被害者は止まった時の中で、過去と別れられないままだ。ひとみはその中でもがいている。

 

「私になにか償いたいなら、もう二度と関わらないで」

 

 爆豪は既に世間に名が知られている。その気になれば、ひとみはいつだって証拠とともに彼の悪行をネット上に公開させることだってできる。そうすれば炎上は間違いなし。彼の望む完璧な経歴に傷を付けることも容易い。

 ひとみは永遠に爆豪を許さない。ひとみへの負い目といつ晒されるのかという不安の中で、この先ずっと生きていればいいのだ。

 

「……出久くんはこんなことのために私を呼んだの?」

 

「え……っと、その……」

 

「知らない人しか居ないところに連れてこられても困るよ」

 

 それに、謝りたいなら向こうから来るのが礼儀というものだろう。

 

 緑谷は背が少し伸びて、それ以上に逞しくなった。前はもっとヒョロガリだった気がする。

 

「出久くんも、変わったね」

 

 それはある種拒絶に近い言葉だった。

 

「個性、発現したんだ。おめでとう」

 

 もういい?

 ひとみはそう言って、返事も聞かずに歩きはじめた。もう外は暗い。折りたたみの白杖を取り出す。

 そんなひとみに声をかける者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 いつの間にか戦争は終わっていた。日々はぎこちなく、しかし確かに過ぎて行く。

 多くのヒーローが姿を消したが、残った者たちが必死に世を回していた。民間の意識も少しずつ変わっていっている。

 

 数年間不況が続いた。なんとか持ち堪えて、ひとみが大学3年生になるころには経済はだいぶ回復した。おかげで就職難は回避できそうだ。

 

 爆豪はひとみが当初予想した通り、強くてかっこいい人気のヒーローになっていた。生活圏が近いので遠目に見かけることはあったが、視線すら交わることはなかった。

 ひとみは彼を見なかった。爆豪に謝罪されたあの日、ひとみは恨みをすっかり吐き出して、もう彼への興味を失った。

 たまに緑谷がなんとか仲を取り持とうと話しかけてきた。しかし皮肉なことに、ひとみの中ではもう緑谷は友人ではなかった。

 あの受験期間、疎遠になったのはひとみが避けたからではない。緑谷がひとみに一切構わなかったからだ。結局のところ、緑谷はオールマイトと爆豪のことしか頭になかった。

 「すみません、どなたですか?」そう言えば彼は黙って、それ以来話しかけられることもなくなった。

 

 人生なんてそんなものだ。

 自分をいじめてきた人間に目に物見せてやることなんてできない。そういう人間ほど決まって有名人になる。たとえひとみが炎上させたところで、数日もすれば鎮火して変わらない日常に戻るだけ。

 昔は仲の良かった友達と、学校を卒業してから関係が続かないことも珍しいことではない。

 ひとみは今の生活に不満はない。それで十分なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷出久から見て、爆豪勝己は鶏眼ひとみに恋をしているように思えた。

 

 彼の行動は「好きな子ほどいじめたくなる」の典型的なパターンだった。緑谷はひとみに友人以上の感情はなかったが、好きな子の横に他の男、ましてや目の敵にするような相手が居るのが気に食わなかったのだろう。ことあるごとに緑谷とひとみを引き離そうとしていた。

 

 当然ひとみは爆豪を蛇蝎の如く嫌った。緑谷が爆豪を憎めずにいたのは緑谷本人の生来の人の良さだけでなく、生まれた時からの幼馴染としての情もあったからだ。それまでの関係値もないひとみが爆豪に好意を抱くことはなかった。

 

 爆豪は爆豪なりにひとみに気を遣うこともあったが、やはり気恥ずかしさが先立ってひとりよがりなものだった。

 たとえばひとみが目が見えなくてウロウロしていると、何も言わず突然手を掴んで引っ張って行ったりした。当人からしたらたまったものではない。

 ひとみの顔に傷を付けた時は「これじゃ嫁にも行けねーな」と笑っていた。緑谷は、これが小学生の頃の爆豪ならその後に「ま、俺がもらってやってもいいけどな!」と続けるだろうなと当時は思ったものだ。

 

 去っていくひとみの背を見て、緑谷は咄嗟に「助けてあげなくちゃ」と思った。中学生のころはいつもそうしていた────と思い、ふと、3年生になってからはとんと交流が途絶えていたことに気が付いた。

 彼女の足取りは慣れたようにしっかりしている。街灯のわずかな明かりと、気配と、白杖を頼りにして。実際慣れているのだ。

 

 自分の考えは傲慢でしかないのでは? 緑谷は思った。

 心のどこかでひとみのことを下に見ていた。個性がそのまま障害になってしまった、かわいそうなひと。そう。緑谷はいつもひとみを「かわいそうだ」と思っていた。

 それのなんとおこがましいことか。彼女はハンディキャップを抱えてはいるが、極めて限定的なものだ。場所や時間帯を調整すれば解消される程度のもの。社会に出れば暗闇に惑わされずに生活することができるだろう。彼女は立派に自立できる少女だというのに。

 

 彼女が去ったあと、クラスメイトの何人かは「さすがにさあ……ちょっと酷くね?」「気にすんなよ爆豪」などとひとみの態度に苦言を呈した。他ならぬ爆豪が「悪いのは俺だ」と一喝したことでその声は止まったが。緑谷も、ひとみが悪いとは思わない。

 

 自分たちと彼女の間には埋めようもないほどの距離が開いていた。

 つらく孤独な中学生時代を過ごしてきた友人のはずだったのに。オールマイトに選ばれたこと、雄英受験のこと、高校生活のこと。それらすべてに必死で、そう言い訳をして。ひとみと関わることを止めてしまった。

 

 ひとみは有名大学に進学後、問題なく大手企業に就職した。特にテレビに名が載るような有名人でもなく。淡々と社会の歯車を回す地味な社会人の一員となった。華々しいヒーローとは違って。

 

 割り切れない感情を抱えながらも、緑谷は緑谷の生活を歩むしかない。

 もはや自分が彼女にできることは、いつもの「お人よし」「おせっかい」を発揮して「ありがた迷惑」をふっかけることではない。ただ関わらないようにしながら、彼女の平穏な日常を壊さないようにするだけだ。

 

 今日もテレビでは爆豪の暴言が面白おかしく取り沙汰されていた。

 

 

 

 

 


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