世界樹のフェアリー   作:ミズノみすぎ

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第2話【短気は損気】

 人間を避けようと歩き続けたフェアリーだったが、行き着いた先はこの大都市の市場だった。

 

 そこは人間が集い、賑やかな雰囲気が漂っている。

 彩り豊かな布地や宝飾品、香辛料が並び、商人たちが交渉に明け暮れている。中でも陶器らが多い。

 

 また音楽やパフォーマンスを楽しむための劇場や広場もあり、人間たちが娯楽に興じている光景が広がっていた。

 

「アタシここの領主イルセラ様の騎士になりに来たんだ。狩りで鍛えたから武器の扱いには自信があったの。それを売りにして騎士になろうと思ったんだけど、まさか魔法も使えないとダメだったなんて知らなかったからさ〜」

 

 人間だらけでゲンナリしているフェアリーの横で、リズがずっとこの調子で喋りっぱなしだ。

 まったくどれだけ喋れば気が済むんだこの人間は。

 

「召喚が成功して良かったよ。アタシに魔法の才能があったなんて知らなかったけど」

 

「あなたに魔力はありません。っていうか、ついてくるのやめてもらっていいですか?」

 

「なんでよ。あんたはアタシの『使い魔』でしょう? あんたこそ勝手に動かないでよ」

 

「『使い魔』じゃありません。どこへ行こうが私の勝手でしょう」

 

「勝手じゃ困るの! だいたいあんたここがどこか分かってんの?」

 

 痛いところを突かれたフェアリーは白い石畳を踏む足を止めた。

 ここはどの地球でも人間が必ず形成してきた街や都市と言った人口集団地域であることは明白だった。

 

 しかし現在地という意味ではまったく分かっていない。

 今いるこの都市の名前さえも知らない。

 右も左も分からないのだ。

 

 宇宙にいる世界樹さまに交信を試みてみたが、やはり応答はない。

 

『人間を知り、頭を冷やして来なさい』

 

 地球に転送される前に聞いた世界樹さまの最後のお言葉を思い出した。

 頭を冷やすのはともかく、人間を知れというのは意味が分からない。

 

 知っているからこうも嫌いになっているというのに。

 

「ほら。やっぱり何も分かんないんじゃない」

 

 リズに呆れられたが、フェアリーは何も言い返せなかった。

 

 帰りたい。世界樹さまのもとに……

 こんな重力下の身体が重い場所で人間と暮らすなんて無理だ。

 宇宙に帰りたい。

 

 けれどそれは世界樹さまを怒らせてしまった今となっては叶わぬ願いだろう。

 

「ね? 大人しくアタシの側にいなさいよ。アタシもあんたがいないと困るんだから。イルセラ様にあんたを見せないといけないし」

 

 地上には世界樹さまのような寄辺はない。

 このよく喋るリズ・リンドという人間しか、頼れるものがいない。

 

「あんた名前とかある?」

 

 リズに聞かれて返事に困った。

 フェアリーには個人名なんてない。

 世界樹の妖精は何億といるが、みんな同じフェアリーと呼ばれている。

 

 自分は数いる妖精の一匹に過ぎない。

 謂わば替えの効く一兵士。

 一兵士に個性など必要ないから名前など与えられないのだ。

 

 とは言え、なにかしら答えないとリズは延々と聞いてきそうだ。

 とりあえず妖精の通称でいいだろう。

 

「……フェアリーです」

 

「フェアリー? 可愛い名前ね。よろしく」

 

 笑顔でそう言いながらリズは手を差し出してきた。

 フェアリーは人間の文化をまったく知らないわけではない。

 リズが友好関係を築くための握手を求めているのはすぐに察したが、フェアリーはそっぽ向いて歩き出した。

 

「可愛いのは名前だけね……」

 

 そう吐き捨て肩を竦めたリズは、フェアリーの背を追った。

 こうしてフェアリーの地上での生活が始まったのだった。

 

 

 妖精は宇宙で常に【とある外敵】と戦っている。

 それは【ドラゴン】という宇宙生命体。

 奴らは地球を侵略し、あらゆる生命体を屠(ほふ)る。

 

 それらを迎え撃つのが妖精たちと、その妖精たちを統べる世界樹。

 世界樹は一つの地球に必ず一つ存在する。

 地球は世界樹から生まれるのだから。

 

 世界樹は地球を生み育てる。

 その地球に生命エネルギーが充満した時、新たなる世界樹の種が放出されるのだ。

 その種が開花すれば、また新たなる世界樹が誕生し、新たなる地球も誕生する。

 

 しかしそれを狙うドラゴンがいる。

 そしてそのドラゴンから世界樹と地球を守るために妖精が生まれた。

 

 妖精はドラゴンと戦い地球を死守する。

 ドラゴンは強い。

 一度の戦闘で散る妖精たちは多い。

 

 人間にされたフェアリーも多くの仲間が散っていくのを見てきた。

 その仲間たちが命をかけて守ってきた地球を、人間が汚染し、誰も生きられない星に変えてしまう。

 そうなれば世界樹は枯れ、世界樹の種も生まれない。

 

 数億年も生き残ってきたフェアリーはこの結果を何度も見てきた。

 

 いったい、仲間たちはなんのためにドラゴンと戦い散ったのか。

 

 どうして世界樹さまは最後まで人間を責めなかったのか。

 

 私には分からない。

 

 …………

 

 ……

 

「凄い壮大な物語ね……」

「現実です!」

 

 屑肉パンを食べながら言うリズに、フェアリーがドンとテーブルを叩いた。

 

 ここは【大都市エタンセル】の商店街で、空腹になったリズが安そうな店を探して今に至る。

 

 テーブルとイスは店の外に多数配置されており、その中の一つにリズとフェアリーは座っていた。

 大勢の人間が行き交い、大勢の人間がリズと似たようなパンに屑肉を挟んで食べている。

 

【アクアヴェール産】という水も頼んだらしく、リズの前にはガラス製のコップが置かれていた。

 もちろん『使い魔』扱いのフェアリーには何も用意されていない。

 

「その話が本当ならあんた今何歳なの?」

 

「さぁ?」

 

「さぁって……」

 

「年齢なんて私にはなんの意味もないものですから。それより食事とやらはまだ終わらないんですか?」

 

「もう少し待ってよ。育ち盛りなんだからアタシ」

 

 育ち盛り……確かにこのリズという人間はかなり若い。身長もフェアリーより顔一個分くらい低い。まだまだ成長途中なのだろう。

 

 栄養がたくさん必要なのは分かるが、待たされる方は退屈でしょうがない。

 何が悲しくて人間の食事を観察せねばならないのか。

 

「『使い魔』って良いわよね〜。お腹空かないから経済的だわ」

 

「だから『使い魔』ではないと――」

 

 ググゥゥウウ〜

 

 フェアリーのお腹から凄まじい音が響いた。

 

「え!?」っとフェアリーが自分のお腹に手を当てて驚愕し「へ?」っとリズがフェアリーのお腹を凝視した。

 

 え?

 え?

 なに今?

 お腹が、急に!?

 

 ググゥゥウウググゥゥウウググゥゥウウ〜

 

「な、なんですかこれは!? 止まらない!?」

 

 数億年生きてて感じたことのない渇望感を覚えたフェアリーはパニックになった。

 

「私のお腹に何かいるんですか!? このっ!」

 

 腹を自分で殴った。

 

「うぶっ!」

 

 吐きそうになった。

 

「ちょ、ちょっとやめなさいって! 落ち着いてフェアリー!」

 

 ググゥゥウウ〜!

 

「くそ! まだお腹に何かが!」

 

「違うって! あんたそれお腹減ってるだけだから! 殴っちゃダメ!」

 

 リズに手を掴まれて腹を殴れなくなった。

 

「さ、触らないでください! 穢らわしい!」

 

「だったら殴るのやめなさいって! それお腹に何かいるんじゃなくてただの空腹だから!」

 

「く、空腹? これが?」

 

 初めて感じる空腹という感覚にフェアリーは戸惑った。

 

 そんなバカな。

 そこまで人間化してしまっているなんて……

 

 本来は世界樹さまからエネルギーを貰い、全てを賄(まかな)っていたのに。

 それすらも遮断されてしまっていたとは……

 

 フェアリーの騒ぎに周りで食事をしていた人間たちが何事かと視線を集めてきたが、リズが何事もなかったようにフェアリーをイスに座らせるとみんな興味を無くしてそれぞれの雑談や食事に戻っていった。

 

 それを確認したリズは一呼吸してからニヤリと不敵にフェアリーを見据えてきた。

 嫌な予感がした。

 

「あんた、お腹空くみたいね?」

 

「……空いてません」

 

 ググゥゥウウ〜

 空気を読まない腹の音。

 また殴ってやろうかこの腹は!

 

「奢ってあげてもいいけど、あんた次第ね〜」

 

 意味が分からないフェアリーは首を傾げた。

 

「私次第とは?」

 

「『リズ様お願いします。このフェアリーめに食事を恵んでください』って言えば奢ってあげる」

 

「なっ!?」

 

「あとちょっと触ったくらいで怒らないで。穢らわしいとか傷つくから普通に」

 

「お断りします!」

 

 フェアリーが勢い良く立ち上がるとイスが派手に倒れた。

 また周囲の視線を集めてしまうがフェアリーは構わず歩き出した。

 

「あ! ちょっと待ってよフェアリー! 冗談だってば! 奢ってあげるから!」

 

「結構です! 誰が人間なんかに物を乞うものですか!」

 

「ご、ごめんって! せめてちょっと待って! まだ食べ終えてない!」

 

 そんなリズの言葉など聞く耳も持たずフェアリーは商店街を去って行った。

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