【炎の神殿】にはまだ人が大勢残っていた。
燭台の【消えない炎】の中にいるサラマンダーは、人々の祈りを聞かされていた。
「サラマンダー様! 今こそ炎の御加護を!」
「サラマンダー様! どうか我々をお助けください!」
「化物が街で暴れています! サラマンダー様! お願いです! 我々をお守りください!」
弱ったなこれは……
人間たちの話を聞いている限り、この地球にドラゴンが侵入してしまったみたいだ。
あのフェアリーたちの監視網をどうやって抜けたんだ?
それにあのフェアリーが、たった一匹のドラゴンに苦戦していることも分からない。
まさか、この期に及んで世界樹さまはフェアリーの能力を封印したままなのか?
世界樹さまはこの事態に気づいてないのか?
サラマンダーの疑問は晴れない。
目下では人間たちが必死に祈りを捧げている。
そんな祈りを捧げられても困る。
サラマンダーはフェアリーのような戦闘員ではない。
つまり戦うことが出来ないのだ。
実態もないため、まともな攻撃手段もない。
唯一サラマンダーにも出来ることはあるが、それは世界樹さまからもタブーとされているため、やはり何も出来ない。
今フェアリーがドラゴンを抑えているみたいだが、能力を封印されたフェアリーに勝てる見込みはない。
フェアリーがやられれば、ここはあっという間に血の海になるだろう。
もはやこれまでか……
「サラマンダー様!」
聞き覚えのある女の子の声が神殿に響いた。
黒髪のツインテールを靡かせまっすぐ走ってくる。
あのフェアリーの相棒リズ・リンドだ。
どうしてここへ来たのかは大体検討が付くが。
「サラマンダー様! フェアリーを助けてください!」
自分たちじゃなくフェアリーを?
てっきり他の人間と同じくドラゴンを倒してくださいと言ってくるのかと思った。
しかし言葉は違えど願う結果は同じだ。
ドラゴンを倒さねばフェアリーは助からない。
そしてサラマンダーにはドラゴンを倒す力はない。
あるのは一つの禁忌だけ。
「このままじゃフェアリーは、死んでしまいます!」
そんなことは分かっている。
しかし妖精はドラゴンと戦って死ぬものだ。
アイツも覚悟はあるだろう。
問題はフェアリーじゃない。
フェアリーがやられた後だ。
誰がドラゴンを止めるんだ?
人間が何千何億と束になってもドラゴン一匹に勝てやしない。
世界樹さまがこの事態に気づいた頃にはみんな殺されている可能性すらある。
どうすりゃいいんだ。
唯一、世界樹さまと交信できるのがフェアリーなのに、そのフェアリーが世界樹さまを怒らせてしまった奴だ。
交信は遮断されているだろう。
やはり絶望的だ。
「フェアリーは【憑依】を使ってドラゴンを倒そうとしています。でも【憑依】はフェアリーも死ぬんです」
そうか!
フェアリーにはまだ奥の手が残っていたな!
【憑依】だ!
それならドラゴンを倒すことは出来る!
まだ希望はあったな!
「サラマンダー様! お願いです! フェアリーを死なせたくないんです! あいつ、このまま死んだら……あんまりにも……可哀そうです!」
フェアリーが……可哀そう?
どういうことだ?
ドラゴンと戦うのが妖精の本分だ。
ドラゴンを倒し、地球を守って死ねるならフェアリーも本望なはずだが?
「フェアリーは、あいつは……アタシたち人間にずっと大切なものを奪われてきて、それで人間が大嫌いで……それでも世界樹さまが人間を認める限りは、アタシたちを見捨てないって……」
リズは泣いている。
フェアリーのために泣いているのか?
まさか妖精のために泣く人間がいるとは。
しかもよりによってあんな人間を毛嫌いしているフェアリーに。
「人間のこと殺したいほど嫌いなはずなのに……それでもフェアリーはアタシたち人間のために戦ってくれてるんです! アタシはそんなフェアリーに報いたいです! もっと『ありがとう』と言ってあげたいです! もっと美味しい物も食べさせてあげたいです! ですからどうか! サラマンダー様! フェアリーを助けてください! お願いしますっっっ!」
……たまげたなぁ。
あれだけ冷たくされていて、フェアリーを想うのか。
まっすぐで良い子だとは思っていたが、予想以上だ。
この子になら……禁忌たる【精霊の力】を与えても、良いのではないだろうか?
いや、しかし……世界樹さまの決めた禁忌を破って良いはずはない。
【精霊の力】を与えるということは、簡単に言えば人間に『妖精に匹敵する力』を与えることになる。
つまり人間でもドラゴンと対等に戦えるようになるということだ。
だが逆に言えばその力を得た人間は、妖精かドラゴンでしか止められない存在と化す。
人間は妖精と違って世界樹のような絶対的な存在が上にはいない。
力に溺れて暴走しても、それを止められる存在が限られてしまう。
最悪の場合はその暴走によって世界が滅ぶ可能性もある。
だが、フェアリーのために泣けるリズ・リンドなら……彼女ほど心が強い子なら【精霊の力】を使いこなせるかもしれない。
どのみちフェアリーがドラゴンにやられたら、サラマンダーも終わりだ。
終わるくらいならいっそ賭けてみるか!
この子に!
轟っ! と【消えない炎】が燃え盛り始め、一粒の火球が飛び出してきた。
サラマンダーである。
神殿内にいる人間たちがサラマンダーの出現に驚きつつ歓喜し始めた。
その声でリズも顔を上げ、サラマンダーの存在に気づいた。
「サラマンダー様!」
受け取れ!
リズ・リンド!
サラマンダーから発せられた火球がリズの胸元に当たり、そして溶け込んでいった。
「え!?」っと突然のことにリズは戸惑いの声を上げた。
次の瞬間、全身から炎が発生し、それは業火となってリズを包み込んだ。
それを見ていた周囲の人間たちが驚愕し、悲鳴を上げる者もいた。
しかしそれもすぐに止まる。
リズを包み込んでいた炎がゆっくりと消えていき、リズの姿が露わになった。
黒かったツインテールは赤く染まり、瞳は炎の煌めきの如く紅い。
真紅の刃を持つ大剣を握り、赤と黒の鎧に身を包んだリズがそこにいた。
「こ、これ……」
リズは自分の姿に驚き、しかし沸き起こる力を感じたらしい。
「身体の奥から力が
『おうよ! 嬢ちゃんを信じての事だぜ!』
「!」
サラマンダーの声が聞こえてリズは目を大きく見開く。
『驚いてる場合か。フェアリーを助けたいんだろ? 早く行ってやれ!』
「……っ! はい!」
【精霊の力】を得たリズは走り出した。
その速度はもはや、人間を辞めていた。