宿に戻って一息つこうとしたのも束の間。
イルセラに呼び出され、フェアリーとリズは彼女の館へ赴いた。
場所はイルセラの私室で、リズが寝ていた場所である。
日も沈み出しているこんな時間に呼ばれるとは。
いったい何事だろうかとフェアリーは思った。
「お呼びでしょうかイルセラ様」
入室するなりリズが敬礼しながら言った。
前は無かったはずの机で作業をするイルセラは手を止めてリズとフェアリーの方へ振り返る。
「来たわね。西側の支援ご苦労さま。こんな時間に呼び出してごめんなさいね」
「いえ! イルセラ様のためならばいつでも馳せ参じます!」
力強く言うリズにイルセラは小さく微笑み、そして続けた。
「リズ。そしてフェアリー。私は、今回の二人の働きに対して褒美を与えようと思ってるの」
「え!?」っとリズが驚愕し「褒美?」とフェアリーは首を傾げた。
「も、もう貰えるんですか!? まだ騎士になって二日目ですよ? アタシ……」
「約五万人の命を救ったのだから当然の対価よ。誰もあなた達に文句は言わないわ。それであなた達に与える褒美なのだけれど一千万ゴールドで良いかしら?」
「い……いっせんまんゴールド!?」
隣で大袈裟に驚くリズはガクガクと震え出した。
「本当はもっとあげたいのだけれど、今は街がこの有り様で、いろいろと安定するまでにお金が掛かるの。それで我慢してもらえる?」
「とととととと、とんでもございません! いいいいいい一千万もいい頂けてええええ!」
とんでもない額を褒美として与えられたリズは震えてまくっていた。
いっせんまんゴールドとやらが、どれほどの価値なのかはまだよく分からないが、リズの反応を見る限りかなりの高額らしい。
「フェアリー。あなたにも同じく一千万で良いかしら? 話ではあなたが一番の功労者らしいけど……」
「私の分? 私は『使い魔』ですよ?」
「『使い魔』だからという理由で無下にするには、あなたの活躍は大きすぎるわ。能力がある者には相応の地位と対価が与えられるべきだと思ってるの。受け取ってちょうだい」
「はぁ……」
自分もいっせんまんゴールドを貰ってしまったが、それでどれだけ美味しい物が食べられるのだろうか?
たくさん食べられるなら嬉しいのだが、相場がよく分からない。
「それでリズ」
「え!? は、はい!」
「あなたに一つ聞きたいことがあるのだけど」
「はい! なんでしょうか!」
「騎士名簿にあなたの出身はサブラと記入されていたけど」
「!」
「あなた本当はディオンヌ出身なんじゃないの?」
イルセラの言葉にリズはビクリと身体を震わせた。
小さな汗がリズの額に流れる。
急に場の空気が変わった。
「ぃ、いえ……アタシは、サブラ出身です」
「おかしいわね? あなたサブラで猟師をしているそうだけど、サブラにはそんな狩猟が出来るような森や山は付近には無いはずよ?」
「!」
リスの顔が目に見えて青くなった。
何かマズイことを隠しているような顔だが。
「ディオンヌなら全ての説明がつくのよね。あなたのあの狩りに特化した剣技。自然に囲まれ、山や森にはクマやオオカミがたくさん出るわ。そこであなたが日々鍛えたというなら、その若さであの完成度も納得できるの」
「……」
リズは何も答えない。
いや、さっきより汗を流している。
どうやらバレてはいけないことが発覚しているようだ。
「リズ。答えて。あなたはディオンヌ出身なんじゃないの?」
「いぇ……ア、アタシは……」
またも口ごもるリズに、フェアリーは話が見えなくてついに片手をイルセラに上げた。
「あの、これはいったい何の話ですか? リズさんが何かマズイことでも?」
「いいえ。むしろ判断としては、リズは正しいわ」
「どういう事です?」
「ディオンヌは過去に疫病が流行った
「疫病……?」
「伝染力の強い熱病で、致死率も非常に高かったの。それが原因でディオンヌは五年間ほど閉鎖されたわ。感染拡大防止のために」
なるほど。
伝染力の強い熱病か。
妖精は病気などとは無縁だから分からないが。
「十年経った今でもディオンヌ出身に嫌悪感を抱く人間は多いわ。そういう意味ではリズの判断は正しいの。バカ正直にディオンヌ出身なんて言ったら城壁の門番に追い返されていたかもしれない」
「どうしてですか? 疫病とやらは収まったのでは?」
「とうに収まっているわ。でもこれが世界の見解というヤツよ。一度広まった風潮はそう簡単には消えない。現に今でもディオンヌ産の野菜や肉は売れないもの」
「はぁ……それでイルセラさんはリズさんがディオンヌ出身だったらどうするんですか? やはり追い出すのですか?」
「いいえ」
「え……?」
イルセラの意外な返事に反応したのはリズだった。
そんなリズを見つめてイルセラは言う。
「その事は、このまま黙っていればいいわ。私たち三人だけの秘密にしましょう」
「イルセラ様……」
「それより私が知りたいのは、ディオンヌを閉鎖するよう命令したエタンセル家に、あなたが騎士になりに来たことなのよ。あなたにとって私達エタンセル家は恨みさえあるはずよ?」
イルセラに問われ、リズはゆっくりと重たい顔を上げた。
「……最初の時は恨んでました。みんな苦しんでるのに助けてくれなくて、それどころか見捨てられて……いつか絶対に復讐してやるって、思ってました」
「そこまで憎んでいながら、どうして私の騎士に?」
「フォルカ団長」
「!」
リズの出した名前にイルセラは目を限界まで見開く。
フォルカという名前に聞き覚えがあるようだ。
「あの人がアタシたちを救ってくれました。閉鎖されたディオンヌにエタンセルから来て、私たちの病気を診てくれて、薬を作ってくれて……」
リズは話している途中で涙目になってきた。
しかしそれを堪えながら続ける。
「アタシの両親は助からなかったけど……アタシはフォルカ団長の作ってくれた薬が間に合って助かりました」
「そう……フォルカが……」
「そのフォルカ団長から聞きました。ディオンヌは本当は先代領主バルセルド・フー・エタンセルの命令で村ごと焼き払われるはずだったって。でもそれに反対して閉鎖で済ませてくれたのがイルセラ様だと」
ようやくここでフェアリーも理解した。
リズがイルセラの騎士になろうとしていた理由が。
「それに……フォルカ団長もその時すでに疫病にかかっていました。薬を飲めば助かったのに、最後の1本を……アタシに飲ませてくれたんです……」
リズの言葉に、イルセラは目に涙を溜め始めた。
リズも過去を思い出しているせいか、今にも眼から涙が決壊しそうだった。
「その後に、フォルカ団長はイルセラ様の旦那様だと聞いて…………アタシは……どうしても恩返しがしたくて……イルセラ様に……」
「そう……そういうことだったのね……リズ」