夜の森は静寂に包まれ、木々の影が月光に照らされ揺れている。
焚き火の明かりがちらちらと揺れ、暖かな光が周囲を照らし出している。焚き火の前にはリズとフェアリーが座っている。
彼女たちの顔には焚き火の光が映り込み、不安と疑問の色が浮かんでいる。
フェアリーは銀髪を風に揺らしながら、真剣な表情で話し始める。
「それにしても異常です。ドラゴンが三体も地球に降下してるなんて……」
向かいのリズは焚き火をじっと見つめつつ答える。
「やっぱりそうよね。世界樹さまやフェアリーたちに何かあったのかしら?」
「いえ、もし何か有ったなら、もっと大量のドラゴンが降下しているはずです。きっと別の原因があるんですよ」
「別の原因って?」
リズに聞かれたフェアリーは一瞬ためらい、焚き火の炎がその不安定な心情を映し出すかのように揺れ動く。
「それは……わかりません」
「だよね……」
森の中の静寂は再び訪れ、焚き火の音だけが二人の間で響き渡る。
星空が広がる夜空には、何の答えも示されていない。
リズとフェアリーの心には依然として不安と疑問が残っているが、いま解決出来る問題ではない。
「原因は分かりませんが、やることは変わりません。四大精霊さま方を集めて世界樹さまにこの事を伝える。そうすれば対策は打ってくれるはずです」
「うん。そうね」
「あ、そういえばリズさん。あの時の回答を貰ってませんよ?」
「え?」
「私は何故あなたを怒らせてしまったのですか? 教えてください」
「それは……あんたイルセラ様とアタシをまとめて済ませたでしょう? それが……嫌だった」
「どうしてですか? まとめて話した方が早いじゃないですか」
「それはそうだけど……やっぱり先に相談してほしかったのよ」
「イルセラさんにも言われましたねそれ。リズさんに先に相談するべきだったって。理解し難いです。順番がそんなに大切ですか?」
「だって一緒に行動するのはアタシよ? あんたが何かを決めて何かをする時、アタシも一緒に行動することになるんだから。つまり一番巻き込む相手なのよ?」
言われたフェアリーは小さく息をついた。
焚き火の光が彼女の顔を照らし、不満げな表情が浮かんでいる。
大きな力を持つ彼女たちには、感情の機微が理解できないのかもしれない。
「……わかりました。次からは必ずリズさんに先に相談します。でも、それで本当に解決するんですか?」
「解決するかどうかは分からないけど、少なくともアタシはそうしてくれた方が安心するのよ。あんたが何を考えているのか、ちゃんと把握したいから」
フェアリーは少し考え込んでから、頷いた。
「了解です。それなら、これからはリズさんに先に相談しますね」
「ありがと。そうしてくれると助かるわ」
夜空に星が瞬く中、焚き火の温かさがリズたちを包み込んでいた。
二人の間に一瞬の静寂が訪れ、焚き火のパチパチとした音だけが、夜の森に響いていた。
※
翌朝、すっきりとした快晴だった。
旅は順調に進み、フェアリーのお姫様抱っこダッシュのおかげで昼前には【アクアヴェール】に着くことができた。
【アクアヴェール】は【エタンセル】と同じく城壁に守られた大都市だ。
当然ながらその城壁には門があり、よその大陸から来た人間が入るには紹介状が必要となる。
「一列に並んでください。必要な方は紹介状の用意を」
辛うじて馬車が通れそうなほど狭い両開きの門の前には、不正は許さない真面目そうな門番が数人いる。
あの門番に紹介状を見せなければいけないため、リズは鞄に入れた紹介状を取り出そうとした。
「……あれ?」
鞄の中にイルセラ様から貰った紹介状がない。
「え、ウソ!? ウソでしょ!? えええ!?」
「どうしたんですか?」
「ど、どうしようフェアリー……紹介状……置いて来ちゃった……」
「えええええええええええええ!?」
さすがのフェアリーも声を張り上げてしまった。
通行人や門番から煩そうな目を向けられるが、それどころではない。
「どこに置いて来たんですか!?」
「た、たぶん……エタンセルの宿屋……」
「んなんっ!」
変な声を出すフェアリーと、頭を手で覆ったリズ。
エタンセルの宿屋で準備をしていたが、鞄に紹介状を入れ忘れてしまった。
思えばあの時はフェアリーの勝手な行動にムカムカしてて、まったく集中出来てなかった気がする。
やってしまった。
リズは【第三大陸】の人間だ。
【第二大陸】のアクアヴェールに入るにはどうしてもイルセラの紹介状が必要なのに。
「どうしようフェアリー……」
「ど、とうしようって……どうにかならないんですか? 別に無理に街に入らなくても【水の神殿】でウンディーネ様に会えればそれでいいですし」
「ダメなの。【水の神殿】はアクアヴェール内にあるからこの城壁を越えないと行けないわ。やっぱりいったん戻るしか……」
「ええええ!? ここまで来てエタンセルに戻るんですか!?」
「ご、ごめん! 本当にごめん! アタシのせいで……」
「いや、謝るのはいいですから! それよりなんとか入る方法を考えましょうよ! そんなにモタモタしてられないですよ!」
「そう言われても……」
「私とナイトルージュになったあなたの跳躍力なら、こんな城壁は簡単に飛び越えられます。それで入りましょう!」
「ダメよ! それ不法侵入! 見つかって捕まったら罪人になっちゃうわ!」
「大丈夫ですよ。私とあなたなら捕まりません。人間なんて何人かかって来ようが相手になりませんから」
「いやそういう意味じゃないのよ! 捕まらなくても見つかったらイルセラ様に報告されて騎士を辞めさせられちゃうから!」
「じゃあどうすればいいんですか……さすがに今からエタンセルに戻るのは無しですよ?」
「いやでも、それしかもう方法が……」
フェアリーに詰められタジタジになるリズ。
そんな二人の間に一人の女性が近付いてきた。
「あらーん? お二人さんどうしたの? ケンカ?」
不思議な口調の彼女は、癖のついた紫色の長髪を風に揺らしていた。
服装からして笑顔で客を迎える商人のお姉さんだ。
彼女の顔には知的な雰囲気を漂わせる眼鏡がかけられており、その奥には深いパープルの瞳が輝いている。
「あ、いえ……ケンカじゃないです。大丈夫です」
いきなり話し掛けられて慌てるリズと、特に反応せずジトッとした横目でその女商人を見るフェアリー。
「あらそう? アクアヴェールに入りたいなら良い話があるんだけど〜」
あ、めっちゃ話し聞かれてた。
この女商人さん分かってて話しかけて来たんだ。
「本当ですか! 聞かせてください!」
怪しい女商人に食いついたフェアリーを見て、リズは嫌な予感がした。
「わたし行商をやってるロザリーヌって言うの。ちょうど売り子と踊り子を雇おうと思ってたのよ〜」
売り子と踊り子?
商人だから売り子はまだ分かるが、なぜ踊り子?
商業と関係ないはずなのに。
「わたしに雇われれば二人とも雇われとして一緒にアクアヴェールに入ることができるわ」
商人特有の特許状を見せながらロザリーヌは微笑む。
なるほど。
それなら犯罪にはならないし、合法的にアクアヴェールに入国することができる。
踊り子という点が引っ掛かるが。
「なるほど。よく分かりませんが、アクアヴェールに入れるなら何でも良いです」
フェアリー……もう少し悩んでよ……
っと内心で思うリズだが、この件は自分のせいなので何も言えなかった。
「交渉成立ね。嬉しいわ〜。あなたみたいなとびっきりの美人が売り子なら売上も跳ね上がるわね」
ロザリーヌはフェアリーを舐め回すように見つめ、当のフェアリーは首を傾げる。
「美人?」
「あなた背も高いしスタイルも抜群だし完璧だわ。きっと踊り子の服も似合うわね」
「はぁ……」
え!?
踊り子の服!?
まさか踊り子の服を着せられて商売させられるの!?
リズは焦ったが、でも、フェアリーの踊り子姿をなんとなく想像してしまい、見たくなったので黙った。
「あなたの名前は?」
「フェアリーです」
「あらーん! 可愛い名前ね!」
「あそこにいるのがリズさんです」
「あの騎士さんね。リズさん……もなかなか悪くないわね。少し背が低いけど……」
「放っといてください!」
この人さらっと失礼だ。