【水の神殿】はアクアヴェールの中央にある。
しかし、その神殿はまさに天上の世界へと至るような高い場所に位置していた。
「こ、この階段を上るの?」
リズが震えた声を発する。
そう。
【水の神殿】へと至るには、まず目の前に広がる長い階段を上らねばならない。
その階段はまるで大地の躍動する波を模したようなデザインで、白い大理石で作られていた。
階段の一つ一つは細やかに彫り込まれた波の模様が浮かび上がっており、まるで水が躍動しているかのような錯覚を与える。
「そのようですね。行きますよ」
なんの躊躇もなくフェアリーが先行し始め、げんなりしながらリズも続く。
一歩一歩踏み締める階段。
その両端に流れる【清浄なる水】の川。
眺める分には美しいが、それを楽しみにながら登れるような距離じゃない。
この大都市の一番高い場所に行こうとしているのだ。
当然と言えば当然だが、高すぎる。
やはり何人かの礼拝者たちが息切れを起こして休んでいるのを見かけた。
フェアリーもリズも体力はあるから、これくらいでは息切れなんてしないが。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ふぅぃ〜、ちょ、ちょっと休憩しない〜?」
同行していたロザリーヌはやはり年齢のせいか息切れを起こしていた。
「ダメです。急いでるんですから頑張ってください」
「そ、そんな〜」
冷たいフェアリーの対応にリズはすぐ注意した。
「ちょっとフェアリー。お年寄りは労りなさいよ」
「え? なんでですか?」
「アタシやあんたより体力ないんだから当たり前でしょ。人間は歳を取るといろいろ弱くなっちゃう生き物なんだから」
たぶんフェアリーは歳を取るという概念がないだろうから、敢えてリズはそう言った。
するとフェアリーは怪訝そうな顔をしてロザリーヌを見る。
もう一押しだと思い、リズは口を開く。
「アクアヴェールに入れたのはロザリーヌさんのおかげなんだから、無下にしたらダメよ」
「……分かりましたよ。でも休憩はしません。リズさん。あなたが彼女をおぶってあげなさい」
「え!? なんでアタシが! 身体能力的にフェアリーがやりなさいよ!」
「嫌です。人間を担ぐなんて穢らわしい」
「いやいやいやいや! アタシをいっつも担いで運んでるじゃない!」
「あなたは特別です」
「!?」
特別!?
思わぬフェアリーの返しにリズは顔を真赤にした。
たぶんフェアリー的にはそこまで大きな意味はないのだろうけど、特別扱いは妙に嬉しかった。
「それにアクアヴェールに入るのにロザリーヌさんの助力が必要になったのは、あなたのせいですよ?」
「ぅ……そ、それは……」
「では、よろしくお願いします」
言い放って先に階段を上がっていくフェアリー。
リズは仕方ないとロザリーヌに背を向けて屈んだ。
「どうぞロザリーヌさん。おぶります」
「ごめんね〜リズさん。ありがとう〜」
感謝しつつロザリーヌが背に乗った。
高齢らしいロザリーヌだが、その身体は柔らかく、リズの背中には張りを感じさせる胸の弾力が伝わってきた。
わ、ロザリーヌさんやっぱり見たまんまだ。
凄く大きいな。
イルセラ様もこれくらいあった気がする。
あと、凄く甘い香りがする。
フェアリーもそうだったが、女性はみんな良い香りがする。
自分もこんなに良い香りをさせているのだろうか?
そんな疑問を持ちつつも階段上りを再開。
ロザリーヌの体重を支えながらゆっくりと歩いていく。
「重くないかい? ごめんねリズさん」
「大丈夫ですよ。アタシこう見えて鍛えてますから」
「頼もしいね〜」
ロザリーヌと雑談しながらフェアリーの背を追いかけて行く。
振り返ればすでにかなり高いところまで来ており、アクアヴェールを一望できるほどになっていた。
しかしさすがに長い。
もう何分くらい登り続けただろう?
さすがのリズもロザリーヌを抱えながらの階段は息が上がってきて、その速度も遅くなっていた。
フェアリーはどんどん先に行き、こちらの状態に気づいてくれない。
「フェアリー! はぁ、はぁ、ちょっと待ってよ!」
「? 何やってるんですか遅れてますよ」
「だから呼んでんのよ! 少し待ってよ!」
「待ちません。頑張ってください」
それだけ言ってフェアリーは先に行ってしまう。
「あ、あいつ……」
「はは……あの子、思ったより冷たいね〜」
さすがのロザリーヌもフェアリーの冷たさにドン引きしている。
「そうなんですよ。あいつ人間嫌いなんで、どうしてもああいうところが出てくるんです」
「あらん? 人間が嫌いなの? ……どーりでなんか妙に距離を取られてるなぁって思ったわ〜」
「え? 距離?」
「うん。リズさんにはベッタリなのに、私には必ず一定の距離を保ってくるのよ。話しかけてこないし、話しかけるなオーラみたいなの出てるし……」
「あぁ……」
そういえばリズとロザリーヌの会話には一切口を出して来なかったな。
あれは話題に興味がないというよりも、慣れてない人間と話すのが嫌だったのかもしれない。
「人間嫌いなら仕方ないわね〜」
「ごめんなさいロザリーヌさん。あとでよーく言っておきます」
「ああいいのよ。無理強いはしないであげて。あの子だって嫌なものは嫌だろうし」
「でもそれじゃフェアリーが何も成長しないんじゃ……」
「……人は完璧にはなれないのよ〜。あの子が出来ないことをリズさんがしてあげればいいわ。人ってね、それで良いと思うのよ〜」
フェアリーが出来ないことをアタシがしてあげる、か。
何をしてあげられるだろう?
それを見つけられたら、もっとフェアリーの特別な存在になれるのだろうか?
って、何考えてんだろアタシ。
フェアリーに性別が無いとはいえ、見た目は完全に女性なんだし、変な気は持たないようにしないと。
「……覚えておきますよ。そのロザリーヌさんの言葉」
「あらーん。リズさんって本当に素直な良い子ね〜」
「ありがとうございます。フェアリーが素直じゃないので」
「あらん。ふふふ……」
リズとロザリーヌは笑い合う。
そして果たしたリズは遥か遠くに行くフェアリーを見据えた。
1ミリも待つ気がないフェアリーの背に、リズは意を決する。
「ロザリーヌさん。アタシちょっと変身しますね」
「え?」
「変身!」
別に言わなくてもいいのだが、なんとなく言ってリズは炎に包まれた。
「ヒャアああ!? 火ぃ!? リズさん! 火ぃ出てるよおおおお!?」
おんぶされているロザリーヌは突然のリズの発火に驚いて倒れそうになった。
「大丈夫ですよ!」っとリズはナイトルージュになってロザリーヌをおんぶし直した。
「え!? え!? え!? 何が起こったの!?」
背中でパニックになってるロザリーヌだが、リズは上がっていた息が一気に回復するのを感じ、ロザリーヌの体重もまったく感じなくなった。
「よっしゃー! 一気に登りますよロザリーヌさん! しっかり掴まっててくださいね!」
「え、あ、はい!」
ガシッとリズの首に手を巻き付けたロザリーヌに、それを確認したリズは一気に走り出した。
凄まじい速度にロザリーヌが「ひぃいいいい!」と涙目になりながら歯を食いしばっている。
そしてあっという間にフェアリーを追い越した!
「は!? ちょ! コラァアアアアアアアアア!」
ナイトルージュになったリズを見てフェアリーが怒鳴って追い掛けてきた!
「なにくだらない事に【精霊の力】を使ってるんですかあなたは!」
「あんたが待ってくれないからでしょ! ほら! 追いつけるものなら追いついてみなさいよ! ナイトルージュの速さは伊達じゃないんだからね!」
って言ったらあっさりフェアリーに抜き返されゲンコツされた。