『貴様……そうか。貴様がサラマンダーの言っていたリズ・リンドという人間か』
水玉のウンディーネはリズの視線に高度を合わせると、その美しい声音に棘を生やした。
『フェアリーの犯したミスを尻拭いしたと言ったな? そんな当たり前なことを声高らかにほざくな!』
「な!」
『世界樹さまの作り上げたこの地球が危うく滅びかけたのだぞ? そこのフェアリーどものせいでな!』
すぐにカチンと来たリズは反論する。
「だから! このフェアリーがそれを阻止したんです! このフェアリーは悪くありません!」
『どのフェアリーかは問題ではない! ワタシから見ればフェアリーは全てフェアリーなのだよ! よいかフェアリー! 貴様の代わりなどいくらでもいるだろうが、地球の代わりは無いんだ! そこを分かれ!』
「フェアリーに代わりなんて居ません!」
『なんだと!? 人間が口を挟んでくるな!』
リズとウンディーネの口論が激化し始め、神殿からは礼拝者たちがウンディーネを追っては出てくる。
その誰もが一人で怒鳴っているリズに注目した。
「挟むに決まってるでしょ! なんなのよアンタ! フェアリーの命を軽く見てんじゃないわよ! 不愉快だわ!」
「ちょ、リズさん!」
さすがに敬語を無くしたリズにフェアリーは焦りを覚えたが、リズは止まらなかった。
「フェアリーは黙ってて! こんな何も知らないくせに文句ばっかり言う奴は人間にもいるのよ!」
『ワタシが人間と同じだと言うのか貴様! すぐに水を汚す穢らわしい存在のくせに!』
「だからなんなのよ!『守ってくれてありがとう』も言えないアンタなんか人間以下よ! 自分では戦わないくせに偉そうに上から文句言ってさ!」
『おのれ貴様ああああああああああああ!』
おそらくウンディーネ的には痛いところを突かれたのだろう。
ウンディーネの逆鱗に触れたリズは衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
「きゃあっ!」
「「リズさん!」」
飛んでくるリズを、フェアリーとロザリーヌが受け止めた。
『不愉快だ! 出ていけ! 二度と来るな!』
怒り狂うウンディーネはそれだけ言って神殿の中へと戻って行った。
礼拝者たちもリズを少しだけ心配そうに見てからウンディーネを追って神殿へ戻って行く。
「……ああもう」
苛立ちながらリズは地面に足をつけると、フェアリーが顔を覗き込む。
「リズさん大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
「どうしてあんなことを言ったんですか? ウンディーネ様は何も間違ったことなんて言ってませんよ?」
フェアリーの言葉にリズは睨む。
「言ってるわよ! アンタまでなに変なこと言ってんのよ! 悪いのは宇宙のフェアリーたちで、アンタはまったく悪くないし、むしろ救ってるの!」
「……リズさん。ウンディーネ様も仰っていましたが、精霊さまから見ればフェアリーはみんな同じなんです。フェアリーのミスは私のミス。お叱りを受けるのは当然なんですよ」
「なによそれ意味わかんない。宇宙のフェアリーたちがお叱りを受けるならアタシだって黙ってたわよ。でも問題を解決したアンタがお叱りを受けるのは納得できないわ」
「ですから同じフェ――」
「同じフェアリーだからじゃなくて、アンタ個人の事を言ってんの! アタシの目の前にいるアンタ!」
「……私?」
「だいたいウンディーネは何様なのよ。自分で戦わないくせに。フェアリーに守って貰ってる立場のくせに。ムカつく!」
捲し立てるリズにフェアリーは溜め息を吐いた。
「それは、生まれた時に与えられた役割が違いますから当然ですよ。戦うのは私たちフェアリーの役割なんです」
「でも感謝くらいしてもいいと思うわ。自分にできないことをやってもらってるんだから。それなのにウンディーネは文句ばっかり! しかも見当違いな相手に言ってるし! ……ぁああもうムカつく!」
リズは怒りが収まらないらしく、階段を下りてもそのままだった。
しまいには「散歩に行ってくる」と不機嫌なままどこかへ行ってしまった。
取り残されたフェアリーとロザリーヌは顔を見合わせ困る。
そして結局、お腹が空いたのでロザリーヌに美味しいお店を紹介してもらうことになった。
※
石造りの建物に足を踏み入れると、重厚な木製の扉がきしむ音を立てて閉まる。
中に入ると、木の梁が天井を支え、壁には古びたタペストリーが掛けられていた。
店内の空間は広く、中央には巨大な暖炉があり、炎がぱちぱちと音を立てて燃えている。
テーブルは重厚なオーク材で作られており、長いベンチが並んでいた。
料理の香りが漂う中、店内は賑やかな笑い声や話し声で満ちている。厨房からはシェフたちの忙しそうな声と、包丁で肉を切る音も聞こえてくる。
フェアリーとロザリーヌはその数あるテーブルの一角に腰を下ろして料理を注文した。
すると先に用意されたのはアクアヴェール産の水だった。
ウンディーネが浄化してくれた【清浄なる水】は、ここでは一般的で無料で出てくる。
エタンセルでは有料だったが。
「……凄い怒ってたねリズさん」
水を飲みながらロザリーヌが言った。
向かいに座るフェアリーも水を一気飲みしてから口を開く。
「ええ。……なぜあんなに怒るのか、理解できません。ウンディーネ様は何も間違ったことは言っていないのに……あ、すみません。水をおかわり」
近くを通ったウエイターにフェアリーが言い、もう飲んだのかと驚きながらロザリーヌは聞き返す。
「それなんだけど、詳しく聞かせてくれないかい? ほら、わたしはリズさんの声しか聞こえなかったから……」
「実は――」
フェアリーはおかわりした水をまた一気飲みしてから説明した。
見た目に反して豪快な飲みっぷりだなと感心しつつロザリーヌは説明されて頷く。
「は〜、なるほどね〜。それならわたしもリズさんと同じで怒るね〜」
「え!?」
「大切な人が理不尽に怒られて正当に評価されないなんて、悔しいじゃない?」
「大切? 私がですか?」
「そりゃそうだよ〜。リズさんがあんなに怒るのはフェアリーさんを大切に思ってるからだよ? 人間ってね、どうでもいい人にはとことん無関心でね、その人がどれだけ理不尽な目に遭っても、どれだけ罵倒されても、まったく怒る気にならない生物なの」
リズに大切に思われていたことがかなり意外だった。
彼女が自分のために泣いたことはサラマンダーから聞いてはいたが、あれは本当だったらしい。
「中には無償の優しさや正義感をくれる人はいるけど、それはそれで胡散臭いのよね〜。そういう人って本当は、誰かを好きになったことがない人なんじゃないかって思うのよ〜」
「面倒くさい、というか……難しいんですね。人間は」
フェアリーにはそれが精一杯の答えだった。
人間の感情は難解で、理解するのにまだ時間が掛かりそうだ。
「そうだね〜。役割分担がしっかりしてるフェアリーさんたちはむしろ分かりやすいわねぇ。だからこうやって妙な摩擦が起きちゃう。でもねフェアリーさん。リズさんのことは信頼してあげて良いと思うよ?」
報われてほしい、とか。
ありがとうをもっと言ってあげたい、とか。
フェアリーに代わりは居ない、とか。
自分のために吼えて、泣いてくれるのがリズだ。
けど相談しなかったりするとすぐ怒るのもリズ。
人間は本当に面倒くさい。難しい。
けれど。
「……信頼は、してますよ。ですが、もう少し【精霊の騎士】としての自覚をしてほしいです。それにウンディーネ様を怒らせてしまったのも問題です。私たちはウンディーネ様のお力を授かりたくて来たのにこれでは本末転倒じゃないですか……」
あれだけウンディーネを怒らせてしまっては力を貰えるはずがない。
リズに謝れと言っても、おそらく謝らないだろう。
八方塞がりだ。
「これはもうどうしようもないよ〜。時間が解決するか、ウンディーネ様がリズさんに謝るか」
「……後者は有り得ませんね」
腹の底から溜め息を吐いたフェアリーだったが、用意された料理は眼の色を変えてガツガツ食べた。