このアクアヴェールという大都市を改めて見ると、そこらじゅうに大きな水路があることにリズは気づいた。
大都市の中央には先ほど登っていた水の神殿がある。
下から見るとそれはもう山のようで、四方から水が滝のように流れていた。
その流れた水が水路を通って街中を流れている。
どこもかしこも水だらけだ。
小さな小船で街を行き来している住民たちがたくさんいる。
リズはもちろん小船なんて持ってないし、レンタル屋を見つけたが一人で乗ってどうするんだと思い素通りした。
そしてついに行き止まりに当たってしまい、リズは歩を止めた。
大きく溜め息を吐いて、目前に流れる水を眺めた。
この水も、あのウンディーネが出している水だと思うとムカムカしてきて返って落ち着かなかった。
ウンディーネの言葉に腹が立って、感情のままに吐き散らかして来たが、少し冷静になるとやってしまったなと思った。
でもウンディーネのフェアリーに対するあの態度だけは許せなかった。
特に、フェアリーの代わりはいくらでもいるが、地球の代わりはないというあの発言。
あれを聞かされた時、ああやっぱりと思ったのだ。
コイツらにとってフェアリーはその程度の存在なんだな、と。
自分たちがそう言われる立場にいないから、あんなことが言えるんだ。
フェアリーがどんな思いで戦ってるかなんて、ウンディーネは想像もしないのだろう。
フェアリーは所詮、数いる妖精の一人だから。
それでも理不尽だと思う。
ウンディーネは言いたい放題なのに、フェアリーはたった一言の失言で大嫌いな人間にされ、地球に落とされ、あげく能力まで封印された。
『人間は守る価値がない』なんて、確かに思っていても、言ってはいけない事だったのだろうけど……それを押し殺して数億年も兵士として戦ってきたフェアリーには、重すぎる罰だと思う。
世界樹も、ウンディーネも、フェアリーの命を軽く見ている。
それがとにかく気に食わない。
代わりがいるからなんだ?
フェアリーはフェアリーなんだ。
もっと……報われてほしい。
できれば幸せになってほしい。
けれど、数億年も兵士として生きてきたフェアリーに幸せになってほしいなんて思いは……迷惑なだけだろうか?
そう思い馳せ、水面に映る自分の顔を見た。
覗いた水面には自分の顔と……フェアリーの顔が映っていた。
「わっ!?」
「探しましたよ。リズさん。こんなところに居たんですね」
「フェアリー……」
ウンディーネを怒らせたから説教をしに来たのかもしれない。
そう身構えたが、フェアリーはただリズの隣に立って同じように水面を覗き込んできた。
「何を見てたんです? 魚でもいましたか?」
他愛のない話をするフェアリーに、リズは逆に驚いてしまった。
「ぅ、ううん。何も……ただ水面を見てただけ……」
戸惑いながらリズは答えた。
フェアリーも「そうですか」とだけ返して、リズと同じように水面を見つめる。
なんとも言えない沈黙が生まれ、リズは隣のフェアリーをチラチラと横目で見てしまう。
フェアリーが何を考えているか、まったく分からないからだ。
当のフェアリーは相変わらず無表情で水面を見つめている。
耐えきれなくなってきたリズは、ついに口を割った。
「……怒りに来たんじゃないの?」
「怒ってほしいのですか?」
「そ、そんなわけないじゃない。質問に質問で返さないでよ……」
不貞腐れるリズを一瞥し、すぐに視線を水面に戻したフェアリーはゆっくりと切り出してきた。
「ロザリーヌさんに言われました。リズさんとデートしてきなさいって」
「デート?」
女同士で? っと思ったが、フェアリーに性別が無いことを思い出した。
「……思えば、エタンセルにドラゴンが出てから今日まで、のんびりあなたと過ごしたことがなかったと思いまして」
それはフェアリーがドラゴンに対して過敏に反応していたからだと思う。
でもそれで港町レザーフはあれだけの被害で済んだし、大橋で戦ったドラゴンも早期発見で被害が出る前に討伐できた。
フェアリーの判断はまったく間違っていなかった。
むしろ甘い見通しをしていたリズこそ戦犯になるところだったのを、フェアリーに救われたわけだ。
「……のんびり過ごしてたら、港町レザーフは滅んでたわ。大橋で戦ったドラゴンも、人を襲ってたかもしれない。フェアリーの判断は正しかったわ」
「ええ。それは私もそう思います。……ですが、のんびり過ごせなかったのは事実です。私もずっと気を張り詰めていましたから、ここらで少し肩の力を抜こうと思います」
「それで、デートを?」
フェアリーは頷いた。
「デートが何なのかはロザリーヌさんから説明を受けています。大切な人との大事な時間なんですよね?」
「!」
驚くリズにフェアリーは手を差し伸べた。
フェアリーが自分からリズに。
「一緒に街を見て回りませんか? ゆっくりと話をしながら」
「ぇ、あ……ぅ」
フェアリーは人間じゃないんだと頭で理解しているのに、リズは赤くなっていた。
同時にフェアリーから手を差し伸べてくれたことが、無性に嬉しくもあった。
「は、はい……」
何故か敬語になったリズは、なんとか息を整えて、フェアリーの手を握り返す。
フェアリーの手は温かく、そして柔らかかった。
優しい力加減でリズの手を包み込んでくれた。
まるで夢のようで、リズは胸の奥がドキドキしていることに気づく。
フェアリーに性別はない!
フェアリーに性別はない!
っと自分を落ち着かせようとするも、心臓の高鳴りはなかなか止まらない。
なんでこんなに、喜んでいるのだろう?
リズにはそれが分からなかった。
触れば穢らわしいと怒ってくるフェアリーが、こうして自分から触れてくれて感動しているだけかもしれない。
「アクアヴェールは小船が無いと回れないみたいなので、小船を借りましょう。さっきそこでレンタル屋を見つけました」
「う、うん……あ、船はアタシが運転するわ。櫂の使い方は知ってるから」
「大丈夫。私も知ってます。さっき小船を運転している人たちを見てきましたから」
「そんな見ただけで……。あれけっこう難しいのよ?」
「大丈夫ですって。私を誰だと思ってるんです?」
そんな問答をしながら、リズとフェアリーはレンタル屋へ向かった。
手を繋ぎ、フェアリーがリズを引きながら……