陽光が水面に反射し、キラキラと輝くアクアヴェールの運河を小船が静かに進んでいく。
小船はフェアリーの手に持つ漕ぎ棒で巧みに船を操っていた。
本当に上手で驚いたが。
当のリズは前方に座っており、好奇心に満ちた瞳で周囲の美しい風景を見渡している。
「綺麗ね……」
「ええ。やはり人間の器用さは評価に値しますね。我々には無いものを持っています」
運河の両側には色とりどりの花が咲き誇る庭園や、歴史ある建物が立ち並んでいる。
バルコニーからは様々な人が洗濯を干したり、椅子でくつろいだりしていた。
さらに大きな船が横を通り過ぎて行ったが、そのデッキにある小さなカフェでは賑やかな声が聞こえてくる。
「船の上にカフェがあるなんて凄い。ねぇフェアリー。今度いっしょに乗ってみない?」
「カフェって美味しいんですか?」
「うん。田舎じゃ絶対に食べられないケーキとかコーヒーとかあるらしいわ。けっこう高いらしいけど、今のアタシたちはお金あるから大丈夫よ」
「ケーキとコーヒーですか。美味しそうな名前ですね。ぜひ連れてってください」
「うん。約束ね」
……なんか良いなこういうの。
こうしてフェアリーと他愛のない話をして、のんびりするのは初めてだ。
フェアリーが普通に受け答えしてくれるのが、無闇に嬉しい。
「美味しい料理を作る人間は本当に器用ですね。でもその器用さが暴走して、いつかは地球を滅ぼすんですが……」
「……いきなり雰囲気壊さないでよ」
「すみません。数億年生きててこんなことしたことないので」
「世界樹さまや、他の仲間とは会話しないの?」
「必要な事ならしますが、だいたいは黙して見張りですね」
「そうなんだ……」
常に24時間年中無休でドラゴンを見張るのか。
そういえばフェアリーって寝たこともなかったみたいだし、そんなずっと黙りっぱなし見張りっぱなしの生活を数億年も続けてたってことよね?
数億年もそんな生活してたんなら、むしろフェアリーはよく喋る方よね。
人間だったらどこかで精神崩壊しそうだわ。
「あ、ねぇフェアリー。アクアヴェールの名物料理に刺身ってあるの」
「刺身? なんですかそれは? 美味しいのですか?」
「めっっっちゃくちゃ美味しいらしいわ」
「本当ですか!」
「うん。生の魚を切ってそのまま食べるみたい。このアクアヴェールで穫れる魚は新鮮でとても綺麗だから、だからこそできる生料理らしいの。アタシも食べてみたかったから、晩御飯は刺身にしましょう」
「はい! 楽しみですね! 人間の料理は大好きです!」
「人間は?」
「嫌いです」
「ブレないわね……」
勢いで好きって言わないか試したが、引っかからなかったか。残念。
そう思いつつリズは小船から水面を覗き込んだ。
透き通る世界、という言葉がしっくりくるほど美しい運河だが、この美しさはあのウンディーネが生み出していると思うと、どうにも好きになれない。
「……ねぇフェアリー」
「なんですか?」
「フェアリーはウンディーネにあんな風に言われてムカついたりしないの?」
「しませんよ。当たり前の事を言われただけですから」
当たり前、か。
フェアリーは一人の兵士として覚悟が決まっているからそう言えてしまうのだろう。
そしてそんなフェアリーの覚悟も、ウンディーネにとってはどうでもいいものなのだろうな。
代わりが利くからと。
「アタシはムカついた。フェアリーの代わりはたくさんいるけど地球の代わりはないってあの言い方が」
「どうしてあなたが怒るんですか……」
「だってアタシにとってフェアリーはたった一人だもん。代わりなんていないわ。あんたが死んで別のフェアリーがやって来ても、それはもう別のフェアリーよ。アタシの知ってるフェアリーじゃない」
「リズさん……」
「アタシ絶対にウンディーネが謝らないと許さない。力も謝るまで貰うつもりはないから」
ダメだと分かっていても、リズは自分の口を抑えられなかった。
こんな事を言ってもフェアリーを怒らせるだけなのに。
「な!? なに言ってるんですか! 力は貰わないとダメです! 一刻も早く世界樹さまにドラゴンの事を伝えないといけません! 私情を挟んでいる場合じゃないんですよ!」
案の定、フェアリーは怒ってきた。
さっきまでのノンビリした雰囲気は消え去る。
「分かってるわよ! でも……やっぱりウンディーネは許せない」
「……あのですねリズさん。私を思ってくれるのは嬉しいのですが、これはダメです。世界の命運が掛かっているんですよ?」
「じゃあフェアリーは……仲間が侮辱されたら黙っていられるの?」
「黙ってるしかないんですよ。世界と仲間を天秤に掛けるなら、私は迷わず世界を取ります。私は地球を守るために戦っているんです。仲間を守るためじゃない。私は……私達はそういう生き物なんです。理解してください」
どこか砂を噛むような顔でフェアリーが言った。
理解してやりたいが、やっぱりフェアリーがあまりに報われなくて、悲しくなる。
本人がそれでいいと受け入れているから余計に。
フェアリーが良いと言っているから良いではないか。
頭で分かっているのに、どうしてこんなに胸を締め付けられるんだろう?
『話は終わったか?』
「え!?」
突如として聞こえた女の声。
それは聞き覚えのあるウンディーネの声!
小舟の進路先に水玉が現れた。
「ウンディーネ様!」
『随分と好かれているじゃないかフェアリー』
「は、はぁ……」
小舟を止めたフェアリーが反応に困っている。
リズは露骨にウンディーネを睨みながら口を開いた。
「へぇ、精霊さまでも盗み聞きするんだ? やっぱり人間と変わらないわね」
『黙れ小娘。あまりワタシを怒らせるなよ?』
「そっくり返すわ」
まさに一触即発。水と油。
リズとウンディーネの間に怒りのオーラがぶつかり合っている。
それが見えてしまったフェアリーは焦りながら口を出す。
「あ、あの……ウンディーネ様。何か我々に御用があって来たのではないですか? わざわざこんなところまで来たのですから……」
『ああ。その通りだ。またドラゴンが現れた』
「!?」
またドラゴン!?
これで4体目よ!?
どうなってるの!?
やっぱり何かおかしいわこれ。
世界樹やフェアリーたちに何かあったんじゃ……
「そいつはどこに!」っとフェアリー。
『このアクアヴェールの水路を泳ぎ回っている。構造を理解してから人間を襲うつもりなのやもしれん。お前たちはこれを討伐しろ。大至急だ。人間に被害が出る前に仕留めろ』
「了解です。しかしウンディーネ様。我々は今サラマンダー様のお力が回復していません。どうかリズさんにウンディーネ様のお力をお与えください!」
言われたリズは驚いてフェアリーを見る。
「フェアリーじゃダメなの?」
実力的にもフェアリーが【精霊の力】を得た方が良い気がするのだが。
「無理です。妖精には【精霊の力】を受け止める器がありません。人間だけが持っている器があるんですよ。さぁ、急いで」
人間だけが【精霊の力】を受け止められるのか。
なら、やっぱり、ウンディーネから力を貰うしかないのか……こんな奴に力を貰うなんて、嫌だな。
『ふん……ありがたく思えよ小娘。お前には過ぎた力だと言うことを忘れるな』
カチンと来た。
リズは怒りを込めた黒い瞳でウンディーネを睨みつける。
「誰が貰うって言ったのよ」
『なんだと!?』
「え、リズさん!?」
「アタシに戦ってほしいなら、フェアリーに謝って」
『なにぃ!?』
「ちょ、リズさん!」