「こんな時になに言ってるんですか! 人命が掛かってるんですよ!」
「わかってるわよ。ほらウンディーネ。時間が無いんだからさっさと謝りなさいよ。そしたらあんたの【精霊の力】を貰ってあげるし、戦ってもあげるわ」
『口を慎め小娘が! 身の程を弁えよ!』
「身の程って何よ? あんたこそ弁えなさいよ。ろくに戦えもしないくせに」
「リズ! いい加減にして!」
ついにフェアリーが怒鳴るが、リズは引き下がらなかった。
「うるさい! フェアリーは黙ってて!」
「!?」
怒鳴ればリズは止まると思っていたのだろうフェアリーは、思わぬ反撃を受けたように竦み上がる。
『この……小娘が! 言わせておけば!』
「ウンディーネ。あんたアタシが何に頭にキテるか分かってないんでしょ? フェアリーの代わりはいくらでもいるって言ったことよ? あんた達にとってフェアリー達の命は本当に軽いみたいだもんね?」
『なんだと!? まさかそれを謝れと言うつもりか!? ならば解せん! 事実を言ったまでだぞ! なぜワタシが非難される!』
「フェアリーがどんな思いで、どれだけ頑張ってるかも知らないくせに! 謝りなさいよ!」
『知ったことか!』
「謝れ!」
『黙れ! 力はやるからさっさと戦え!』
「まずは謝れって言ってんのよ!」
運河のド真ん中で口論するリズとウンディーネに、周りにいる住民たちも何事かと視線を寄せてくる。
ウンディーネに実態があれば、今にも取っ組み合いになりそうな二人に、フェアリーが先に動いた。
「リズ! いい加減にしろ!」
バチンと乾いた音を立ててリズの頬を叩いた。
叩いた瞬間にフェアリーはハッとなり、やってしまったと顔を歪ませリズを見る。
しかし叩かれたリズの顔はまったく変わっていなかった。
「……っ! いいわよ。あんたに殴られるのも覚悟の上だから」
「な……」
『こいつ……』
どうしてそこまで、という言葉が喉まで出かかったフェアリー。
リズの顔は本当に覚悟を決めている色だった。
冗談ではない。本当に怒っている。
「ウンディーネ。あんた立場が分かってないみたいね?」
『なんだと!?』
「あんたは自分では戦えない。だからアタシに戦って貰わないと困るんでしょ? 頼みのフェアリーだって碌な武器がない」
『……! 何が、言いたい?』
「最初から言ってるでしょ? フェアリーに謝って」
人間から見ればウンディーネの発言は命を軽んじる軽率な発言だった。
それを黙って見過ごせというのは無理な話だった。
ましてそれが人間が嫌いでも、それを押し殺して、自らの命を掛けて最後まで戦ってくれているフェアリーの命ならば……事情を知っているリズには、到底、看過できるものではなかった。
ウンディーネとリズの睨み合いが発生してから数秒後、遠くから爆音にも似た轟音が鳴り響き、人々の悲鳴が沸き起こった。
「ドラゴンか!」
言ったフェアリーは即座に小船を運河の端に寄せて路上を目指す。
『ええい! 先手を打たれたではないか! お前のせいだぞ小娘!』
「あんたのせいよ。さっさと謝りなさいよ。言っておくけど、ここにドラゴンが来てもあんたが謝るまで動かないわよアタシは!」
『き、貴様……どこまで……っっ!』
ここに来てまだリズは譲らないつもりだ。
そしてウンディーネも謝る気配はない。
「リズ! もうやめろ! お願いだ! ドラゴンが来てるんだよ! 時間がない! 早く力を貰うんだ!」
フェアリーの言葉が男口調になった。
おそらくこれはフェアリーの【戦闘モード】なのだろう。
そう察していると、ウンディーネが青い水玉を召喚してリズの身体に溶け込ませてきた。
『ほら! 力をやったぞ! 行って来い!』
ウンディーネの【精霊の力】を得た。
リズの頭の中には【アクアメイデン】という言葉が浮かび上がり、それらの能力が記憶に刻まれていくのが分かった。
【ナイトルージュ】と同じだ。
「ありがとうございますウンディーネ様! さぁリズ! 早く変身を! ……リズ?」
リズは微動だにしない不動の構えを取っていた。
視線はウンディーネを睨み、その眼光は鋭さを増していく。
謝らねばテコでも動かないと暗に示していた。
信じられない。
遠くでは轟音と人間の悲鳴が聞こえているのに、このリズという人間はまるで動こうともしない。
こいつは、同族を見捨てるつもりなのか?
リズのあまりの頑固さにゾッとしたウンディーネだったが……
「ウンディーネ。あんたまさか、人間を見捨てるつもり?」
『は!?』
こいつ!
ワタシのせいにしようと言うのか!
見捨てているのはお前だぞ!?
「フェアリーにあれだけ偉そうに言っておいて、自分は何もしないのね」
こいつ!
こいつ!!
おのれ! どこまで生意気なんだ!
絶対に謝るものか!
っと熱した頭がそう叫ぶが、もう一人の冷静な自分が、後の事態を予測した。
リズに謝罪しなかったらアクアヴェールはたった一匹のドラゴンに滅ぼされる。
おそらくフェアリーは戦ってくれるだろうがダメージを与えられず死に、自分も巻き込まれて戦えず死ぬ。
地球の水の浄化を請け負っているウンディーネが死ねば、地球はあっという間に汚染され、滅ぶ。
リズはそれでも良いのか?
こいつは、そうなってもそれでいいのか!?
たった一匹のフェアリーのために、なんでそこまで怒れる!?
リズの目を見るが、彼女の黒い瞳は宇宙の深淵の如く冷たく暗い。
ウンディーネは初めて人間に恐怖した。
こんなにも冷たい目は初めて見た。
あれは本当に謝らなかったら全てを見捨てるつもりの眼だ。
『……! ……くっ! ううぅっ! わかった! 謝る! すまなかった! 本当に、すまなかった! もうフェアリーの代わりはいくらでもいるなんて言わん! だから頼む! 戦ってくれ!』
この時ウンディーネのプライドはガラスのように割れて弾け飛んだ。
そしてその言葉を待っていたかのようにリズは路上へ飛び出した。
「変身!」
青い水に包まれ、泡となってそれらが消えると、中からリズが出てきた。
青いツインテール。
青い瞳。
銀の肩当てと小手。そして腰当て。
鉄製の部分は少なく、腹は丸出しで胸は青いラバーの胸当てで覆われており、下半身も同じラバーで青と黒で分かれているデザインだった。
「またこんな恥ずかしい格好……」
ナイトルージュより露出が多いアクアメイデンにゲンナリしながらリズは召喚された槍を手にした。
「リズ! こっちだ!」
「うん!」
先行するフェアリーに続き走る。
そこは運河から飛び出してきたらしいドラゴンが、今にも人間を襲おうとしていた。
そのドラゴンは港町レザーフで見た青い鱗のドラゴンだった。
前のドラゴンより小型になっている。
そのドラゴンは目の前で腰を抜かしている人間に飛び掛かった!
「うわあああああ! 助けてえええ!」
「させるか!」
フェアリーが加速し、ドラゴンの脇を蹴り飛ばした。
建物を貫通して壁の向こうで倒れるが、すぐに起き上がってきた。
それを迎え撃とうとリズが前に出る。
「フェアリー! 住民の避難をお願い!」
「わかった! 頼むぞ!」
フェアリーはそこで気絶している人間を担いで即座に離れていった。
ドラゴンは逃げた獲物を諦め、すぐに狙いをリズに変えてきた。
「小型ならアタシ一人でも!」
リズが槍を構えて踏み込み、ほぼ同時にドラゴンも動いていた。
咆哮とともに鋭い爪を振り下ろす。
リズはその動きを見逃さず、素早く横に跳んで回避した。
ドラゴンの爪が地面に突き刺さり、土と石が飛び散る。
それは隙になり、リズの乱れ突きがドラゴンを貫いていく。
何度か刺されたドラゴンだが、まだ死なず後退して運河へ逃げ込んだ。
「逃がすか!」
リズも迷わず運河へ飛び込むと、下半身が人間の脚から【人魚の尾】へと変化した。
「足が人魚になった! 凄い! 水中なのに息が出来る! これが【アクアメイデン】の力……うわっ!」
初めての体験に感動していると、敵が凄まじい速度で横切ってきた。
見ればヤツも二足歩行が魚の尾のように変化しており、水中を自在に泳いでいる。
地上よりも動きが速い。
「この! 上等じゃない!【リフレクタースケイル】展開!」
人魚の尾から青い鱗が多数発射され、それらはドラゴンの周囲に展開する。
敵は自分の周りに浮遊する鱗をキョロキョロと見回しているが、それが命取りだった!
「【ブルートライデント】!」
槍を投擲!
鱗は反射板になっており、次から次へと槍を反射させて加速させていく。
ドラゴンはその槍を目で追うが、次第に追いつかなくなり、ついに速度が最大になったところでドラゴンの胸を貫いた。
「どうよ!」
胸を貫かれたドラゴンは……しかしまだ行きていた!
「! こいつ! まだ!」
敵はリズに向かって巨大な泡を発射。
その弾速は遅く、避けるのはあまりに容易だったが。
「なにこれ、泡?」
こんな遅いのが攻撃? っと拍子抜けしていると、突如としてそれは炸裂した!
「!?」
炸裂した泡は小さな散弾となりリズの全身を襲う。
一つ一つに衝撃波が込められており、それらを浴びたリズは「がはっ!」と吐血した。
それで止まったリズを狙い、ドラゴンが目前に迫る。
振り下ろしてくる爪が見えて、リズは咄嗟に人魚の尾で弾いた。
だが威力が相殺できずに水の底へ叩きつけられる。
「うっぐっ!」
僅かに感じる痛みを堪え、リズは殺気のする方へ視線を上げた。
ドラゴンがトドメとばかりに爪を巨大化させ降下してきた!
「舐めんなぁあああああっ!」
対するリズも槍を構えて尾ヒレで水を蹴り加速する。
ドラゴンとリズが水中ですれ違い、ドラゴンの顔が貫かれて吹き飛んだ!
リズも脇腹を斬られ、わずかに血が出る。
精霊の加護のおかげか傷は深くはない。
「いったぁ……んもう! これ鎧の面積少なすぎなのよ!」
ほぼ水着みたいなアクアメイデンの装備に愚痴りながら、リズは水上へと向かった。