ドラゴン襲撃による被害は建築物の破損が大半で、犠牲者は幸いにもゼロだった。
その後はアクアヴェールの騎士に取り調べをくらい加害者の疑いを掛けられたが、リズの活躍を見ていた住民の言葉により信じてもらえ難を逃れた。
決め手になったのは水底にあったドラゴンの死体だ。
あれが証拠になり、リズの疑いは晴れた。
騎士たちや領主に礼を言われ、様々な謝礼を受け取ったが、リズにとっての問題はその後だった。
「まったく! あなたの頑固さには呆れてモノも言えませんよ!」
夜になったアクアヴェールの大通りでフェアリーの怒声が響いた。
周囲にいる住民たちが驚き、視線を集めてしまい、リズはさらに恥ずかしい思いをしてしまう。
「犠牲者が出なかったから良かったものの! これで誰かが死んでいたらどう責任を取るつもりだったんですか!」
フェアリーの言葉にリズは何も言えず、ただ沈黙の中でその痛みを受け入れるしかなかった。
「……ごめんなさい」っとリズの声は蚊の鳴くような小さな声だったが。
『……もうそのへんでよかろうフェアリー。今回の件は、ワタシが悪かった』
リズを庇うように、水の精霊ウンディーネが静かに前に出てきた。
周囲の人間たちが今更ウンディーネの存在に気づいて歓喜する。
当のフェアリーは驚き、ウンディーネを見上げた。
「ウンディーネ様……」
『なぜサラマンダーがこの小娘に力を授けたか分かった。確かにコイツなら【精霊の力】を悪用したりはせんだろう』
「それはそうです。でも今回の件は度が過ぎます。次もこんなことをされたらたまったものではありません。【精霊の騎士】としての自覚を……」
『悪いのはワタシだと言った。頼むからもうこれ以上リズを怒るな。コイツを怒れば怒るだけワタシが惨めになる』
「! ……は」
ウンディーネの言葉の意味を理解したフェアリーはようやく引き下がった。
リズからすればウンディーネの言葉こそ意外だったのだが。
『リズ・リンド。ワタシは人間が嫌いだ。すぐに水を汚すからな』
「アタシもウンディーネ様は嫌いです。二度とフェアリーの命を軽く見ないでください」
またも敵意剥き出しのリズに、フェアリーは溜め息をついた。
どうしてこう噛みつくのか。
自分のために言ってくれているのは分かるが、もう少し弁えてほしい。
「アタシはフェアリーの事を尊敬してるんです」
そんなリズの不意の言葉にフェアリーとウンディーネは虚を突かれて視線を向けた。
「フェアリーも人間が嫌いなんです。でもずっと人間を守って戦ってくれてるんです。何億年もですよ? アタシだったらそんなの無理です」
『何億年も? フェアリーお前、そんなに永く生きてるのか?』
「……はい。運良く生き延びています」
フェアリー的には運悪くと言いたいが、そこは弁えた。
おそらくウンディーネはフェアリーよりもずっと年下の存在だ。
フェアリーが数億年なら、ウンディーネはせいぜい5000年ほどしか生きてないだろう。
彼女ら精霊たちは地球が誕生したその日に生まれるから、地球と同じ年齢になる。
「アタシはウンディーネ様のために我慢して戦えなんて言われても絶対に無理です。途中で投げます。だって嫌いだから」
『お前な……もう少し歯に衣着せんか』
「無理です。……でもそれを何億年もやり続けて来たのがここにいるこのフェアリーなんです」
『……』
「アタシ達がこうやって喋って生きていられるのも、フェアリー達が己を殺して戦ってくれているおかげなら……『代わりなんていくらでもいる』なんて言葉、絶対に言っちゃいけないと思います」
凛として言い切ったリズのあと、しばらくの沈黙が大通りを支配した。
関係ない周囲の人間たちもリズの言葉に立ち尽くす。
そして他でもないフェアリーは、そんなリズを胸が締め付けられるような思いで見つめていた。
宇宙に数億もいるフェアリー。
代わりがいくらでもいるのは事実。
同じ能力に同じ外見。
そんなのがゾロゾロと居ればウンディーネのような考えになるのは至極当然のこと。
でもこのリズはそれを良しとしない。
当のフェアリーには理解し難い思考だったが、どこか救われるような熱が胸の奥に湧いた。
その熱に戸惑いつつ、フェアリーはリズを見つめる。
『……感謝を忘れれば、信仰を無くした人間と同じか』
ぼそりと呟いたウンディーネは、すぐにリズに言う。
『善処しよう。リズ・リンド』
そう言ったウンディーネは空へと浮上していく。
『……お前は嫌いだが、その真っ直ぐなところは嫌いではないぞ』
それだけ言い残してウンディーネの水玉は消えた。