太陽は真上から柔らかな光を降り注ぎ、船の甲板を照らしている。
風は良好で、帆は風を受けて膨らみ、船はゆるやかに海を前進していた。
フェアリーはあれからイルセラに通行証を発行してもらい、すぐにリズと共に港町レザーフに走った。
運良くグランドクリフ行きの船が来ており、それに乗せてほしいと言えば快く承諾された。
レザーフの領主や漁師たちはみなフェアリーとリズに恩があるため、すぐに出航の準備を進めてくれて今に至る。
船員たちはすでに各自の持ち場で動き始めている。
甲板上では帆を調整する者や、ロープを確かめる者の姿が見えた。
彼らの動きは熟練しており、無駄がない。
時折、船長が指示を飛ばし、その声が風に乗って船内に響く。
それらを聞きながらフェアリーは甲板から海を眺めていた。
港町レザーフが次第に遠ざかり、小さくなる建物のシルエット。
船の後ろには白い波が立ち、航跡がくっきりと海に刻まれている。
波は普通で、船は穏やかに揺れ動きながら進んでいる。
「すぐに乗せてもらえて良かったね」
そう言ってきたのは隣にいるリズだった。
「ええ。本当に助かります。これで少しでも早くノーム様に会えます」
「うん……そうだね」
リズはそう答え、どこか遠くを眺めて静かになった。
……気のせいだろうか?
リズはエタンセルから……いやもっと前か?
ロザリーヌと別れ、アクアヴェールを後にしてから口数がやたら少なくなった。
顔もどこか元気がないというか、覇気がないというか。
とにかくリズらしくない。
「どうしたんですかリズ?」
「え? 何が?」
「アクアヴェールから口数が少ないですが……体調でも悪いのですか?」
「そ、そう? 別にアタシは普通だけど……」
どう見てもリズの目は泳いでいた。
何かを悟られまいと必死に平静を保っているようだが、フェアリーには筒抜けだった。
そしてフェアリーは心当たりを質問してみる。
「もしかして船酔いというヤツですか?」
「違うわよ」
「じゃあ女性特有のあれですか? 生理という」
「違うわよ! てかなんで生理知ってんのよアンタ!」
「いえ……私のこの身体にもそれがあったので……」
「あったの!? 無駄にしっかり作られてるわねその身体……」
「……で、生理ですか?」
「違うってば! 生理生理言うな!」
どうやら違ったようだ。
まったくリズの相手はドラゴンよりも手こずる。
なかなか読めないから厄介だ。
「ようお二人さん! 船旅は楽しんでるか?」
いつかの漁師さんがこちらにやってきた。
相変わらずムキムキである漁師に、フェアリーは小さくお辞儀した。
「はい。漁師さん。素早い対応に感謝します」
「良いってことよ! 姉ちゃんと嬢ちゃんは命の恩人だからな!」
ガハハと笑って仕事に戻って行った漁師。
彼はわざわざこの船の仕事を請け負ってくれたらしい。
それもフェアリーとリズのために。
他の乗組員たちも同じようで、大して金にならないただ送るだけの仕事を名乗り出てくれたそうだ。
それをレザーフの領主から出航前に聞かされたフェアリーは嬉しいと思う反面、胸の奥が少し痛かった。
人間も捨てたものじゃないな、と思ってしまった自分にハッとしたのだ。
なんだが世界樹さまの思惑通りになってる気がして、それを認めたくない自分が胸の奥で葛藤している。
この痛みは、きっとそれなのだろう。
「……ねぇフェアリー」
「! は、はい?」
ずっと静かだったリズに急に話しかけられ驚いた。
「フェアリーはさ……宇宙に帰ってしまったら、もう会えないの?」
「それはそうです。私の仕事は宇宙でドラゴンと戦い地球を守ることですから」
「……そう」
「なんでそんなことを聞くんです?」
当たり前の事を聞かれて首を傾げたフェアリーに、リズは小さく首を振った。
「ううん。特に深い意味はないわ。確認しただけ」
「そうですか」
……だが、リズの顔は明らかに暗く沈んでいた。
リズの顔色に気づけるようにはなってきたが、どうしてそうなるのか? という感情の動きが分からない。
静かに、何も語らず海を眺めるリズとフェアリーは、ふと空を見上げた。
海鳥が空を舞い、時折、船の周りを旋回する。
風の音と波の音を聞きながら、二人は視線を落とし、広がる水平線を共に見つめた。
同じ景色を眺めているのに、二人の見ているその先の景色は決して同じではなかった。